コラム

MRIトレンドレビューヘルスケア経済・社会・技術

バーチャル治験普及の鍵

患者・市民の正しい理解と積極的な参画を

タグから探す

2021.4.7

ヘルスケア&ウェルネス本部川上明彦

折居 舞

梁瀬鐵太郎

MRIトレンドレビュー

POINT

  • バーチャル治験は、参加者の自宅ないし自宅近くの医療機関で実施されるという点で、新しいタイプの治験である。
  • 患者・市民には、(1)良い製品が開発される、(2)より早く開発される、(3)より安く開発される、という3つのベネフィットがある。
  • 普及には、患者・市民の正しい理解と仕組みづくりへの積極的な参画が鍵となる。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックを契機として、オンラインでの診療や服薬指導をはじめ、医療現場のさまざまな場面でデジタル化が加速している。そしてこのデジタル化の波は、新たな医薬品や医療機器の開発にも同様に押し寄せている。

医薬品等の開発には、開発中の製品を実際の患者に適用し、有効性や安全性の評価を行う「治験」が実施される。これまでは、医療従事者と参加者が治験を実施している医療機関で直接対面して行うことが「常態」だった。しかし、デジタル技術の発展により、両者が対面することなく参加者の自宅や近隣のかかりつけ医などで実施する治験、すなわち「バーチャル治験」が技術的に可能な段階まで来ている※1

今後、バーチャル治験の安全な実施とその普及を可能にするには、制度やルール、基盤整備などに向けた議論が必要である※2

ただし、その際は、企業や専門家だけではなく、患者や市民も参画して開かれた議論を進めることがとても重要であると、当社では考えている。治験は患者や市民の協力なしでは成立しない。また、患者や市民の視点や価値を取り入れることで、治験はより良いものになると考えるからである。

本コラムでは、開発企業、周辺産業、医療機関、国、患者・市民など、バーチャル治験に関わるさまざまなステークホルダーのうち、特に患者・市民に焦点を当てる。バーチャル治験が患者や市民にもたらすベネフィットや、普及に向けた課題とその解決の方策を紹介する。

バーチャル治験とは

バーチャル治験の実施に際しては、参加者の生体情報を自動的に取得するウエアラブルデバイスや、参加者やその介護者が測定データや症状などをパソコンやスマホなどで記録・報告するePRO(電子的患者報告アウトカムシステム)、来院せずに自宅で診療を受けられるオンライン診療などが活用される(図1)。
図1 バーチャル治験に活用されるツール・手法・サービス
図1 バーチャル治験に活用されるツール・手法・サービス
出所:三菱総合研究所
バーチャル治験には、参加者の募集から完了まですべてオンラインで行う「フルバーチャル型」と、来院とオンラインを組み合わせて従来型よりも来院回数を減らす「ハイブリッド型」がある(図2)。
図2 バーチャル治験の種類
図2 バーチャル治験の種類
出所:三菱総合研究所
技術が進歩したとはいえ、一度も対面することなく治験を完結させるフルバーチャル型で行うのは容易ではない。ただ、通院が必要な回数を7回から3回に減らせるようなハイブリッド型であれば、治験の実施主体は遠方の患者も含めた幅広い参加者を集めることができる。こうしたベネフィット(詳細は後述)を享受できるため、当面はハイブリッド型が主流となると考えられる。通院のタイミングや回数は、対象疾患の特徴や、必要な処置・検査、参加者の特徴などさまざまな要素から、設定することになる。

バーチャル治験における診療は、対面のほか、訪問診療・訪問看護との連携や、近隣のかかりつけ医との連携など、さまざまな形態が考えられる。それらを組み合わせることで、対象疾患や治験参加者の特性、治験に必要な処置・検査に合わせて実施することが可能となる(図3)。
図3 バーチャル治験におけるさまざまな診療形態
図3 バーチャル治験におけるさまざまな診療形態
出所:三菱総合研究所

バーチャル治験は何が良い?

バーチャル治験はさまざまなベネフィットをもたらす。例えば、遠隔化によって、医療機関における新型コロナウイルス感染症の拡大防止に寄与したり、参加者の通院負担が軽減されることが考えられる。

また、広く普及すれば新たな産業の創出も期待できる。バーチャル治験には、医薬品はもちろん、訪問看護や治験薬配送事業者、デジタル技術領域のICT関連産業などが関わるためである。

特に患者・市民にとっての普及のベネフィットは、日常を反映したより良い製品が迅速に開発され、安価になるというベネフィットがある。以下、「より良い」「迅速に」「安価に」の3点について説明する。

(1)日常を反映したより良い製品が開発される

1つめは、患者の日常を反映したより良い医薬品などが開発されることである。

認知症や重い消化器疾患など従来型の治験では来院が難しかった患者でも、バーチャル治験であればオンライン診療を活用し、自宅から治験に参加できるため、従来型よりも幅広い患者層のデータが収集できる可能性がある。また、白衣高血圧※3や、関節リウマチにおける朝のこわばりなど、病院と自宅で検査値や症状に乖離(かいり)があるような場合においても、バーチャル治験ではウエアラブルデバイスやePROを用いて、日常生活の中でデータを収集できる。さらに、活動量など、日常生活でしか測ることのできない項目もバーチャル治験であればデータが収集可能である。

このように、バーチャル治験を行うことで、幅広い患者層の日常を反映した医薬品などの開発が期待できる。

(2)より早く開発される

2つめは、治験の実施期間が短くなり、患者・市民に、より早く新しい医薬品などが届くようになることだ。

バーチャル治験では、従来型治験よりも通院回数が減るため参加者の負担が少なくなる。遠隔地からも治験に参加可能になることで参加者を現在よりも短期間で集められるようになる。例えば、患者数が少なく参加者が集まりづらかった希少疾患に対する医薬品の治験にも、全国から患者が参加可能になるため、開発スピードが上がると考えられる。

また、通院の煩わしさが減ることや、何かあったらすぐにオンラインで医療従事者に相談できること、またウエアラブルデバイスを通じて自動的にデータを収集できることなどから、参加者の脱落やデータの欠損が少なくなることも期待できる。それにより、有効性および安全性を示すためのデータ収集に必要な参加者数が少なくて済み、治験期間が短縮する可能性がある。

このように、バーチャル治験の導入は参加者登録の迅速化や期間短縮をもたらし、今よりも早く患者・市民に新しい医薬品などが届くようになると期待される。

(3)より安く開発される

3つめは、新たに開発される医薬品などの価格が安くなることが挙げられる。

前述のとおり、バーチャル治験では参加者を減らし、期間を短くする可能性がある。また、通院頻度が少なくなって参加者の負荷が下がるため、一つの医療機関で集められる参加者が増え、実施医療機関を減らせる。さらに、前述のとおり有効性および安全性を示すためのデータ収集に必要な参加者数が少なくて済む。これらの要因が、治験コストの削減をもたらすであろう。

結果として従来型の治験を続けるよりも開発全体のコストが下がり、医薬品などの価格が安くなることが期待される。
図4 バーチャル治験が患者・市民にもたらすベネフィット
図4 バーチャル治験が患者・市民にもたらすベネフィット
出所:三菱総合研究所

バーチャル治験はなぜ普及しない?

バーチャル治験の普及に向けては、規制・ルールの整備、必要な技術の開発、実施する際の運用面の検討などさまざまなハードルが存在する。ここでは患者・市民視点からのハードルとして、(1)バーチャル治験という言葉・概念自体がまだ一般に広く認知・理解されていない、(2)オンライン診療をはじめとしたデジタル技術を活用した治療への不安がある、という2点を解説する。

(1)バーチャル治験の認知・理解

バーチャル治験は新しい概念であり、社会における認知度はまだまだ低いと言わざるをえない。今後普及させていくためには、患者・市民がデジタル技術を活用した治療に対する正しい知識を身に付けてベネフィットを理解し認知度を高めることで、社会に受け入れられることが必要である。

(2)デジタル技術を活用した治療への不安

対面ではなくオンラインで診療を行うバーチャル治験では、参加者が、治療の効果や安全性が確保されるのか、情報のセキュリティーは守られるのか、デジタル機器を使いこなせるかといった不安をもっていると考えられる。患者・健常者に実際に参加してもらうには、オンライン診療をはじめとしたデジタル技術への不安を払しょくする必要がある。

従来型の対面の治験であっても、参加者は治療効果や安全性に対して不安を抱えている。まして医師と直接会うことなく、オンラインで診療を受けるとなれば、不安がさらに大きくなることは容易に想像できる。また、治験ではオンライン診療だけでなくウエアラブルデバイスなどを活用し、日常の診療以上に参加者の詳細な情報を収集・登録するため、個人情報漏えいなどセキュリティーに関する不安も大きいと考えられる。

さらに、治験に参加する患者・健常者のすべてがオンライン診療ツールやウエアラブルデバイスのようなデジタル機器を使い慣れているわけではない。特に生活習慣病や認知症などの患者は高齢であることが多く、バーチャル治験に用いられるデジタル機器の使い方に不安を覚える人も少なくないだろう。そのような人が参加できなければ、収集データに偏りが出てしまう。バーチャル治験普及のためには、協力する意思のある患者・市民の不安を払しょくし、誰でも安心して参加できるようにすることが求められている。

より良いバーチャル治験の仕組みづくりのために

これまで述べてきたとおり、バーチャル治験を普及させるためには、製薬企業、医療機器製造販売企業、再生医療等製品開発企業、治験の実施を支援するCRO、ICT企業などの産業界と患者・市民が互いに理解を深め、安心して参加できるバーチャル治験を一緒になって作っていく必要がある。ではどのようにすればそのような環境をつくることができるのだろうか。

まず、バーチャル治験の仕組みに対して、患者・市民が自らの意見・要望を産業界に伝える仕組みづくりが必要だと考える。近年医薬品や医療機器の開発において、アカデミアや産業界の考えだけでなく、患者・市民の意見を取り入れるというアプローチが注目されている。バーチャル治験においても、患者・市民が感じている疑問や不安などを産業界が十分に理解することで、オンラインであっても適切に理解できる説明資料の作成や参加者が安心できる医療機関への連絡プロセス構築、よりユーザビリティが高いICTツールの開発といった的確な解決策を提示できるようになる。これによって患者・市民の不安が払しょくされ、バーチャル治験がより参加しやすく、より効果の高いものになると考えられる。

次に、患者・市民に対する正確な情報提供である。正しい知識や理解を身に付けることで過度な不安を解消できる。特に、オンライン診療でも対面の診療と同等の効果が期待できること、来院しなくても医療従事者と連絡がとれるため安心して治験に参加できること、デジタル機器に関する最新技術の開発状況やセキュリティー対策が行われていることといった、患者が漠然と不安を感じている事項に対する回答・説明を産業界が丁寧に行うことが重要である。

また、医療従事者などに対する教育プログラムや支援体制を整備し、患者・市民に正しい情報が伝わる環境も整える必要がある。その際には患者会との連携も重要となる。

バーチャル治験の普及には、患者・市民の意見を取り入れた仕組みづくりと、適切な情報提供による社会全体の認知・理解醸成が不可欠である。産業界と患者・市民が連携を深め、お互いを正しく知ることが必要だと考える。
図5 バーチャル治験の仕組みづくりへの患者・市民の参画
図5 バーチャル治験の仕組みづくりへの患者・市民の参画
出所:三菱総合研究所

※1:バーチャル治験(Virtual Clinical Trials)は、現時点で確立された名称ではない。Decentralized Clinical Trials(DCT、分散化臨床試験)、Site-Less Trials、Remote Trials、Direct-Patient Trials(D2P)、Location Flexible Trialsなどさまざまな名称で呼ばれている。

※2:三菱総合研究所は、2020年9月から製薬企業、医療機器製造販売企業、再生医療等製品開発企業、CRO(医薬品等開発業務受託機関)、ICT企業などと意見交換を行い、バーチャル治験普及に向けて各ステークホルダー(業界団体・企業、医療機関、アカデミア、患者・患者団体、国)が取り組むべき事項を提言書に取りまとめ、2021年1月に公表した。
「患者中心の治験」の実現—日常生活からの医薬品・医療機器・再生医療等製品開発—

※3:病院の診察室や検査室で計測した時だけ血圧が高くなること。