気候変動リスクに対する意識の高まりは、金融業界における事業活動の方向性に大きな影響を与えつつある。気候変動リスクを巡る金融業界の方向性を把握するため、3つの世界的なイニシアチブの動向を解説する。
1つ目がTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)である。20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の意向を受け、金融安定理事会(FSB)が2015年に設置した国際的な気候関連リスクに係る開示イニシアチブである。情報開示の自由度が高いため世界中から2,038社(うち日本は377社と国別で最大=2021年4月26日時点=)の賛同を得ている。これまでは多くの企業で「開示を目指す」ことが最大の関心事となっていたが、昨今、開示を義務化するという大きな潮流の変化に直面している。英国で昨年12月に年金基金に対してTCFD提言に沿った気候関連情報の開示を義務づける年金法改正案が可決された。日本でもコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)の改定案にプライム市場におけるTCFD提言に沿った情報開示の促進が明記されるなど、急速に、企業に対する気候変動リスク開示の圧力が高まっている。
2つ目が、NGFS(Network for Greening Financial System)である。気候変動リスク管理の在り方を検討するために2017年12月に設立された中央銀行・金融監督当局のネットワークであり、現在、世界90の中央銀行が参加する集まりに発展している(2021年4月30日時点。なお、日本は金融庁が2018年6月、日本銀行は2019年11月に加盟)。NGFSは現在、各国の中央銀行や金融監督局に対し、気候変動リスクを金融システムに影響を与えるリスクとして認識して対処する準備を呼びかけている。この流れを受け金融庁は2021年1月に「サステナブルファイナンス有識者会議」を立ち上げ、2050年における温室効果ガスの実質排出ゼロに向けた産業構造の大転換に不可欠なファイナンスの在り方について議論を開始した。この動きは民間金融機関がこれまで以上に気候変動リスクの対応やサステナブルファイナンスに取り組むよう後押しすることとなろう。
3つ目が、EUタクソノミーである。タクソノミー(Taxonomy)とは資産分類を意味する。EUでは脱炭素化社会への移行を支援するファイナンスを促進するため脱炭素の目的にかなう資産やプロジェクトなどを分類する動きが進展しており、2022年初めよりこのタクソノミーが一部適用される予定である。このタクソノミーの議論を契機に、世界の金融機関が新設の火力発電所建設に対する新規融資を停止するなど、金融業界での脱化石燃料の動きが世界的に広がった。
このように、気候変動リスクの高まりを背景にリスク開示・リスク管理・資産分類という3要素が密接に関係するようになった。目下、金融業界は企業に対し脱炭素化経営に注力することを求める方向に急速に進みつつある(図1)。
図1 気候関連リスク開示とリスク管理とリスク分類の接近
出所:三菱総合研究所