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ベトナム×ヘルスケア 第2回:ベトナムのヘルシーエイジングが起こす社会イノベーション

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2022.7.27

海外事業本部伊藤充洋

ヘルスケア&ウェルネス本部沖中えり佳

POINT

  • ベトナム政府や国際機関などは介護における制度や仕組みづくりの面から高齢者を支え始めており、民間サービスの活躍も期待されている。
  • 住民の高齢化対策ニーズが増加して特に日本式介護サービスが求められており、日本の民間企業の参入余地が広がっている。
  • ベトナム特有の課題に対処するために、技術的だけでなく、制度的・社会的なイノベーションも進む可能性がある。

ベトナムでシニアマーケットが到来

2021年にベトナム保健省が発表した「2030年までの高齢者ヘルスケアにおける実行計画※1」には「21世紀は高齢化の世紀である」との記述がある。これは、高齢化が急速に進むベトナム※2において、保健省が高齢化を今後の深刻な課題の1つとして捉えていることを示唆している(「第1回:DXを見据えた健康ビジネスの展望と課題」参照)。

さらに、高齢者ケアに関連する医療、介護・リハビリテーション、食事・運動などの健康増進を目的としたサービス提供、高齢者向け住宅・街づくりといった裾野の広いヘルスケア・生活産業の市場の拡大が見込まれる。国連人口基金(UNFPA)のレポート※3によれば、ベトナムでは今後、医療、観光、保険など、高齢者の生活に関わるさまざまな分野で市場が拡大し、2035年までに2,000万人の高齢者が「潜在顧客」になると見込んでいる。こうしたシニアマーケットの急拡大を事業機会のチャンスと捉え、制度構築と民間サービス参入の両面で、高齢者を支援することが重要である。

翻って、日本の高齢化率は2021年時点で29.1%※4と世界トップの水準であり、これまでの日本の知見や経験はベトナムを含むアジアの今後の高齢化対策に大いに活かせる可能性がある。日本では2000年に介護保険法が施行されて以降、多様な主体の参入を認めたこともあり、制度やビジネスの両面で、高齢者を支える仕組みが整えられてきた。一方で、介護給付費の増大や介護従事者不足といった課題が徐々に浮き彫りになり、現在では地域包括ケアシステムの実現を通じて地域全体で高齢者を支える社会を目指している。こうした歴史や知見、課題は、これから高齢化対策を考えるベトナムにとって大いに参考になるだろう。

ベトナムの農村部・都市部での高齢化対策ニーズの増加

ベトナムにおける高齢化の現状とニーズを把握し、今後の高齢化対策に資する事業の実現性の検討を行うため、当社は2022年4月、独自にベトナム現地での調査を行った。

まず農村部では、ハノイから約60kmにある、人口約120万人のフンイエン省内のコミュニティの1つでフィージビリティ・スタディを実施した。同地域を選んだのは、2020年時点の高齢化率が11.0%と、全国平均の7.9%を超えているのに加え、開発途上で日系企業の参入余地が高いと考えられることなどが理由であった。

ここでは、現地の高齢者50人程度を集めてワークショップを開催し、地域コミュニティで高齢者が置かれている実情を把握した。その結果、多岐にわたるニーズが存在することが確認された。
表1 ヒアリングで把握できた高齢者のニーズ
表1 ヒアリングで把握できた高齢者のニーズ
出所:三菱総合研究所
写真1 フンイエン省での高齢者ヒアリングの様子
写真1 フンイエン省での高齢者ヒアリングの様子
撮影:三菱総合研究所
次に、農村部と合わせて、都市部の介護のニーズと現在の高齢者ケアの状況を確認するため、ハノイにある介護施設2カ所を訪問した。ここでは、経営者自らが訪日して日本式の介護を学んだ上で、夜間見守り機器や介護用入浴機器などの最新設備を導入して、高齢者が平穏に終末期まで過ごすことができるようにしていた。入所費用は月当たり約4万~8万円※5と同国では非常に高額で全て自己負担であるにも関わらず、満床の施設もあった。このことからすると、富裕層を中心に日本式介護のニーズが高まりつつあるようだ。

一方、図1に示すように、ベトナムの高齢者は、自身による収入の割合を減らしており、公的支援や子ども・孫に対する経済的な依存度が高まっている傾向にある。
図1 ベトナムにおける高齢者の収入源割合の変化(2011年/2019年)
図1 ベトナムにおける高齢者の収入源割合の変化(2011年/2019年)
注:全体を100とした場合の収入源別の割合。

出所:UNFPA「Market outlook for elderly care service in vietnam」(2021年8月)
https://vietnam.unfpa.org/sites/default/files/pub-pdf/en_-_vccihcm_report_-_market_mapping_on_elderly_care_service.pdf(閲覧日:2022年6月6日)を基に三菱総合研究所作成
ベトナムでは、同居家族が高齢者のケアを行うことが一般的とされているが、核家族化や労働者の都市部流出などの増加により、家族のサポートが得にくい状況へと変化しつつある。これに伴い、家族からの金銭的援助を受けることができてもケアが手薄になっている恐れがある。

そのため、介護保険制度のように金銭面で高齢者を支える制度設計とともに、高齢者をケアするサービスの拡充が必要になっていると考えられる。

一般的には介護保険制度がなければ高齢者をケアする事業が成り立たないと考えられがちである。だが、今回の調査では、高齢者ケアに対するニーズの高まりを背景に日本の民間企業にも参入の余地が大きいことが確認された。

調査をしたフンイエン省内のハノイに近い地区には、現地デベロッパーが大規模開発し、日本企業も参画している「Ecopark」という街がある。そこでは日本式の介護を行う施設や日系の医療関連大学の施設が入居していた。他の都市開発中の地区でも、日本の介護施設などの参入を期待するデベロッパーも存在する。
写真2 Ecoparkの街並み
写真2 Ecoparkの街並み
撮影:三菱総合研究所

ベトナム政府・国際機関・NPOなどによる高齢化対策の現状

ベトナムには、介護保険制度のように社会全体で高齢者を支える仕組みがないため、日本の制度の枠組みや経験、地域包括ケアシステム構築に向けた最新の事例などを知りたいという声がある。これに対して日本政府は、「国際・アジア健康構想協議会※6」において、ベトナムを含むアジア諸国に「日本的介護」の紹介をしてきた※7

一方、UNFPA・世界保健機関(WHO)などの現地国際機関や国際協力機構(JICA)、HelpAge Internationalといった国際NGOは、高齢者ケアを担う上で必須の人材育成やコミュニティ形成に注力した支援を行っている。

例えば、UNFPAベトナムは、保健省と共同で高齢者の健康増進を目的とした「Sヘルス」アプリを開発した。JICAの事業を通じてアプリ普及のための指導者育成を実施したり、「こけないからだ体操※8」の動画をアプリから閲覧できるようにしたりして高齢者の健康増進を促している。また、労働・傷病兵・社会省と共同で、ソーシャルワーカーを活用した地域包括ケアシステムの実証を通して人材育成を進めている。
図2 「Sヘルス」アプリ(イメージ)
図2 「Sヘルス」アプリ(イメージ)
出所:以下を基に三菱総合研究所作成
JICAベトナム事務所「JICAのベトナム保健医療分野における30年の取り組み」(第156号(2022年2-3月号)、2022年3月30日)
https://www.jica.go.jp/vietnam/office/others/ku57pq00000g86de-att/monthly202202_03.pdf(閲覧日:2022年6月6日)
Public Security news「Phổ cập ứng dụng chăm sóc sức khỏe người cao tuổi」(2022年2月24日)
https://cand.com.vn/y-te/pho-cap-ung-dung-cham-soc-suc-khoe-nguoi-cao-tuoi-i645051/(閲覧日:2022年6月6日)
さらに、国際NGOであるHelpAge Internationalは、世界銀行や日本政府などの支援を受け「多世代間自助クラブ(ISHC)」という、ボランティアを中心にケアサービスなどを実施するコミュニティモデルを全国的に展開している。

しかし、高齢化が急速に進んでいるベトナムにおいて、高齢者を支えるための関連制度・施策はまだ構築途上にある。このため、時間をかけて制度構築を進めながら、すでにニーズが高まっている高齢者ケアのサービスを迅速に展開していかなければならない。言い換えれば、ベトナムの高齢者を支える仕組みは、制度構築(財源確保・人材育成・情報基盤など)と民間サービス参入の両面を急ピッチで考えて進めていく必要がある。ベトナムや日本政府、国際機関などが進めている制度構築に関する取り組みを補う形で、民間企業の活躍が期待される。

当社は2020年12月にハノイ駐在員事務所を開設した。ヘルスケア分野では保健省、労働・傷病兵・社会省、UNFPAと継続的な対話を行うなど、日本での高齢者ケアの体制構築の経験を活かし、既存の国際機関などの動きを踏まえた包括的な高齢者ケアシステムの構築を目指した活動を行っている。

具体的には、保健省とUNFPAベトナムの共催セミナー※9や、労働・傷病兵・社会省とUNFPAの共催セミナー※10などにおいて、日本の地域包括ケアシステムの構築の経緯・現状・見通しを紹介しつつ、ベトナムにおける高齢者ケアシステムの必要性を訴求する活動を行ってきている。

ヘルシーエイジングを起点とした社会イノベーション

上述の通り、高齢化が加速するベトナムでは、日本の知見やサービスを活かせる余地が顕在化しつつある。今後も多くの日本企業が高齢化対策を通じて現地に貢献できるだろう。その際には、日本の知見やサービスを移転するだけにとどまらず、ベトナムならではの「ヘルシーエイジング」、すなわち高齢者が健康やウェルビーイングを享受しつつ、いきいきと社会参画しながら暮らす社会を目指して、革新的な解決方法が社会全体に価値を創出する「ベトナム型社会イノベーション」が起こりうる。

アジアではスマートフォンの普及率が高く※11「第1回:DXを見据えた健康ビジネスの展望と課題」でも紹介したようなオンライン健康手帳アプリなど、Leapfrog(かえる飛び)的にデジタル化が進みやすい側面もある。また、ベトナムは家族やコミュニティの力が強いと言われており、こうした特徴を生かすことで、高齢者を包み込んだ新しい社会の姿を描くことができるのではないか。

そこでは、高齢者を支える技術的なイノベーションだけでなく、制度的・社会的なイノベーションが生まれる可能性がある。例えば、高齢者ケアに関わる当事者が情報共有を行うことのできる全国規模のプラットフォームの構築や、ICTを活用した介護度合いの測定による迅速かつ簡便な要介護認定など、イノベーティブな事例が生まれれば、日本にとっても大きな示唆になるだろう。

当社は、ベトナムにおける社会課題解決を事業機会と捉えて、今後も日本および海外の官公庁や国際機関、事業者と議論を積み重ねながら、日本・ベトナムの産官学が連携した「ベトナム型社会イノベーション」の創出に向けて取り組んでいく。

※1:The Decision 403/QD-BYT for the Action Plan for Elderly Health Care by 2030

※2:JICA「ベトナムの高齢化社会保障の観点から」(2019年6月25日発行)によると、ベトナムは2017年に高齢者人口比率が7%に達して高齢化社会となった。2034年には同比率が14%に上昇して高齢社会となる見通し。
https://www.jica.go.jp/vietnam/office/others/ku57pq00000g86de-att/monthly1906.pdf(閲覧日:2022年6月29日)

※3:UNFPA「Market outlook for elderly care service in Vietnam」(2021年8月)
https://vietnam.unfpa.org/sites/default/files/pub-pdf/en_-_vccihcm_report_-_market_mapping_on_elderly_care_service.pdf(閲覧日:2022年6月6日)

※4:総務省統計局「1.高齢者の人口」
https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1291.html(閲覧日:2022年6月10日)

※5:ベトナムの平均月収は21,245円/月(2020年予測値、200VND=1JPY)。
GENERAL STATISTICS OFFICE「Thu nhập bình quân đầu người một tháng theo giá hiện hành phân theo thành thị, nông thôn và phân theo vùng」
https://www.gso.gov.vn/px-web-2/?pxid=V1127&theme=Y%20t%E1%BA%BF%2C%20v%C4%83n%20h%C3%B3a%20v%C3%A0%20%C4%91%E1%BB%9Di%20s%E1%BB%91ng(閲覧日:2022年6月16日)

※6:2016年7月に発足した「アジア健康構想に向けた基本方針」に基づく官民連携プラットフォーム。

※7:内閣官房健康・医療戦略室「『アジア健康構想』について」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/kokusaitenkai/eiyo_bukai_dai2/siryou03.pdf(閲覧日:2022年6月10日)

※8:高齢者の足腰、肩の筋肉をしっかりと鍛えることで転倒しにくく活動的に行動できるようになることを目指した運動プログラム。2017年からベトナムにおけるJICAの草の根技術協力事業として、社会福祉法人やすらぎ福祉会が、岡山県津山市とともに普及活動を実施。

※9:Active aging, Innovation and Application of Digital Technology in Care for Older Persons in ASEAN(2021年11月)
https://cpcs.vn/acai(閲覧日:2022年7月25日)

※10:Review of the pilot integrated elderly care model and Direction for development of care ecosystem for older persons(2022年5月)

※11:VIET JO「ベトナムのスマホ普及率63.1%で世界10位、日本は9位」
https://www.viet-jo.com/news/statistics/220422171121.html (閲覧日:2022年6月14日)

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