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ベトナム×ヘルスケア 第3回:医療DX展開事例にみる日本企業のビジネス機会

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2022.12.23

海外事業本部グエンミンゴク

ヘルスケア&ウェルネス本部山口将太

POINT

  • ベトナムでは2030年に向け、政府主導で医療分野の課題解決のためのDXが加速。
  • 日本企業にとってはインフラや人材などでの課題を起点に新事業を創出する好機。
  • 競争激化に対応して技術とコストの水準を両立させるには現地企業との連携も重要。

保健省主導で医療DXエコシステムの形成・整備を加速へ

現在、ベトナム政府は医療分野での人材不足や医療水準の地域間格差に対し、DXを取り入れることで課題解決を図っている。2020年に、国家的DXプログラムの優先8分野のうちの1つに医療分野を設定したことからも、重要政策として注力していることが伺える※1

こうした中、医療DXを成功に導く主力部隊として政府から大いに期待されているのが保健省だ。同省が2020年に発表した「2025年までの医療DXプログラムおよび2030年までの方針」※2では、医療分野における①電子政府、②デジタル社会、③診療・治療DX、④予防&健康増進DXの展開を重点項目に位置づけ、詳細な目標が掲げられている。
表1 医療DXにかかる主要目標
医療DXにかかる主要目標
出所:ベトナム保健省決定No.5316/QĐ-BYT「2025年までの医療DXおよび2030年までの方針」(2020年12月22日付)を基に三菱総合研究所作成
これらの目標を達成するためには、保健省が医療DX推進の主導権を握りながら、医療機関やソリューションプロバイダーといったステークホルダーとの間で医療分野の専門知識と情報技術を統合させていく必要がある。一方、エンドユーザーである患者に良質な医療アクセスを提供するため、ベトナム国民の医療DXに関する理解や意識を向上させて、その行動変化を促すことも不可欠である。政府によるこうした強力な政策推進を追い風に、患者を中心とした医療DXエコシステムの形成・整備が今後も加速すると考えられる。

事例から見たベトナムにおける医療DX推進の現状

本節では「診療治療領域」で注目されているDX展開事例を2つ紹介する。

事例1:国家遠隔医療プラットフォーム「テレヘルス(Telehealth)」

「テレヘルス」は、保健省主導で全国展開されたベトナム初の国家遠隔医療プラットフォームである。これは国防省傘下の企業であるベトナム軍隊工業通信グループ(Viettel)により開発され、同社と情報通信省傘下のベトナム郵便通信グループ(VNPT)の連携により、全国各地で導入されている※3

「テレヘルス」プラットフォーム上では、遠隔モニタリング、オンライン診療、遠隔画像診断という3つの機能を主軸に、医師と患者(Doctor-to-Patient、D2P)および医師間(Doctor-to-Doctor、D2D)で幅広い医療行動が実施可能であり、患者は遠隔であっても国内トップクラスの医師の診療を受けられるようになる。ベトナムでは、地域の医療格差が大きいため中央の病院を受診する患者が多い。このため、「テレヘルス」の普及により、患者の医療アクセス向上が期待される。
図1 「テレヘルス」の仕組みおよび展開予定サービス
「テレヘルス」の仕組みおよび展開予定サービス
出所:VIETTEL BUSINESS SOLUTIONS「VIETTEL TELEHEALTH:遠隔医療を支援するソリューション」を基に三菱総合研究所作成
https://giaiphapviettel.vn/dich-vu/138/viettel-telehealth--giai-phap-ho-tro-tu-van-kham-chua-benh-tu-xa.html(閲覧日:2022年7月15日)
2020年4月に始動した「テレヘルス」は、2021年8月時点では30以上の中央病院と、山岳・離島を含む各地方における1,400の医療機関をオンラインで接続する大規模な遠隔医療プラットフォームとなった※3

急速に広がっている背景には、新型コロナウイルス感染拡大を受けて医療のリモート化へのニーズが高まったことが挙げられる。2020年~2021年に新型コロナの感染拡大により各地で都市封鎖や行動制限措置が繰り返し実施された際、本プラットフォームが重症患者約1,800人の治療に活用された※4。政府は今後、「テレヘルス」を全国1万4,000の医療機関へ拡大させるとともに、海外医療機関との協力も進めていく予定である※5

事例2:医療従事者の業務効率化を実現するための電子カルテ(EMR)導入

ベトナムの医療機関の大半は、いまだに紙カルテを使用している。紙カルテは保管場所の確保や入力などに手間がかかる。また、入力ミスが発生したり、情報検索に時間がかかったりするため、医療従事者の労力負担増に繋がる。さらに、紙カルテでは患者の病歴などの情報共有が非効率であるため、医療機関同士の医療情報連携がうまく行かず、前述のテレヘルスや電子健康記録(EHR)などDX導入の障壁となっていた。

このため、保健省は医療機関における電子カルテ(Electronic Medical Record=EMR)導入を促進し、業務効率化、省スペース化、医療情報連携の円滑化・強化を図っている。同省は2017年、EMRの導入に関する基準を4つのカテゴリー(①患者に対する保健医療サービス提供、②行政情報管理、③電子カルテ管理、④情報インフラ管理)ごとに分類し、医療機関でのEMR展開レベルの評価を標準化した※6。また、2018年に発表されたEMR展開計画では、2030年末までに段階的に国内すべての医療機関にEMRを導入させるという目標が掲げられた※7
図2 ベトナムにおけるEMR展開ロードマップ
ベトナムにおけるEMR展開ロードマップ
出所:ベトナム保健省IT局ホームページ「EMR導入済みの医療機関一覧」を基に三菱総合研究所作成
https://ehealth.gov.vn/Index.aspx?action=Detail&MenuChildID=391&Id=4369(閲覧日:2022年7月15日)
しかし、開始から3年を経た2022年1月時点でも、導入は全国で33の医療機関にとどまっており、内訳は中央レベル3カ所、省レベル16カ所、郡レベル12カ所、クリニックレベル2カ所である※8。つまり、EMR普及率は1%以下にとどまっており、今後の導入促進が課題である。

ベトナムの医療DXに向けた課題とビジネスチャンス

当社が独自に実施した現地関係者へのインタビューでは、ベトナムが医療DX推進で直面している課題について具体的な声を聞くことができた。これらの声を拾いあげ解決策を提供することで、新たなビジネス機会が見えてくる。

前述の事例1(テレヘルス)では、政策起点、医療機関起点、そしてユーザー起点で3つの課題が挙げられる。

政策起点の課題は、遠隔医療に関する法規制の整備である。保健省通達は公布されているものの、詳細な規定やガイドライン等は存在しないのが実情である。

医療機関起点では、医療機関におけるITインフラ・人材不足が挙げられる。特に患者が過度に集中する3大病院などでは、遠隔医療で多くの患者に対応しうるだけの技術者らの確保・配置が困難な状況にある。こうした状況にあっては、習慣の変更による非効率性や、遠隔医療に対する不安から、テレヘルスの利用に抵抗を感じる医療従事者も少なくない。

さらにユーザー起点では、遠隔診療による精度への不安、遠隔診療を受診するための機材の未整備、保険適用に関する情報不足、個人情報漏洩リスクへの懸念といった点が挙げられる。

言い換えれば、こうしたさまざまな課題が存在するものの、政府による強力な推進の下、法整備や人材確保などが進めば、導入も一気に加速する可能性もある。なお、テレヘルスシステム導入による医療機関間のネットワークの構築拡大は、国有企業が主導している。今後も国内企業を中心としたプレーヤーがけん引すると考えられるため、日本企業が全国的なインフラ整備の領域での普及を見越して事業機会を創出するには、現地企業との連携が必要となるだろう。

事例2で紹介した医療情報の電子化に関する課題としては、財政起点、インフラ起点、人材起点が挙げられる。

前述のとおりEMR普及率はいまだ低いが、これは導入コストを医療機関自身が負担する必要があることが一因である。導入を実現している医療機関のほとんどが、地場企業の提供するオンプレミス型(自社運用型)システムを採用しており、医療機関の財政状況が普及の足かせとなっている。

こうした中、日系医療スタートアップのメドリングが開発した製品がベトナムで注目を集めている。東南アジアにおけるクリニックのDX推進を目指してクラウド型診療支援システム「MEDi」を開発し、2021年9月1日からテスト版をSaaS型サービスとして展開している。同社はオンプレミス型とは違い、インターネット経由のため顧客側が専用ハードを用意する必要性が小さいSaaS型を採用することでコスト優位を実現し、EMR普及に出遅れた中小規模の医療機関への展開を進めている※9

また、普及が遅れる要因としては、医療機関でITインフラ自体の整備が進んでいない事情もある。紙を中心とする業務フローからの転換を図りたいもののDX化に対応できる人材も不足している。

さらに、医療ICTソリューションをグローバルに展開する日系スタートアップのアルムは、医療従事者間のコミュニケーションアプリ「Join」の展開に向け、2021年からベトナムでのトライアルを進めている。同社は先述のメドリングと連携し、中小規模病院とクリニックに「MEDi」と「Join」を導入し、クリニックが電子化された医療情報を共有しながら病院に対して相談できる環境体制を構築することで、中小規模病院とクリニックの間でのレファラルシステムを正常に機能させ、大規模病院への患者の一極集中という課題を解消することを目指している。

ベトナムにおける医療DX普及に向けて

ベトナムでは医療DXの動きが加速している(ベトナム×ヘルスケア 第1回)ものの、医療機関においては、テレヘルスやEMRの単発的なインフラ導入にとどまっており、これらの連動性が構築されていないため、DXの恩恵を医療機関や患者が十分に享受する状態には至っていない。ベトナムの医療DX促進の主な課題としては、EMRの運用能力の形成と、DX導入コスト負担への対応が挙げられる。前者に対しては、運用を促進する上で、より詳細なガイドラインや法規制の早急な整備、後者に対してはクラウドの活用などDXインフラの共有化や連動性の確保が一層求められる。

当社は、日本における医療DXの普及に向けて、政策提言から医療現場での導入など、上流から下流まで幅広いフェーズで支援を展開している。今後は日本国内での支援で培った知見とノウハウを活かし、アジア地域における医療DX推進にも注力する。2020年12月のハノイ駐在員事務所開所以降、ベトナム保健省との定期的な意見交換を実施しており、また2022年8月には国連人口基金(UNFPA)ベトナム事務所との協力覚書を締結し、医療・社会福祉サービスの改善や高齢者支援の環境づくりなどのベストモデル構築に取り組んでいる。また、ベトナムの社会課題解決を起点とした日本企業の事業機会創出に貢献するための取り組みを進めている。

ベトナムが加速的に推進する医療DX の過程で生まれる新しい課題を探索し、これらの課題の解決を目指すビジネス創出に関心のある方々・機関との連携を深めながら、ベトナムにおける社会課題の解決を目指していく。

※1:ベトナム首相決定No.749/ QĐ -TTg「2025年までの国家的DXプログラムおよび2030年までの方針」(2020年6月3日付)

※2:ベトナム保健省決定No.5316/QĐ-BYT「2025年までの医療DXプログラムおよび2030年までの方針」(2020年12月22日付)

※3:Vietnam Government Portal「Apply technology to save more patient lives and fights against the pandemic」
https://thutuong.chinhphu.vn/ung-dung-cong-nghe-de-nhieu-nguoi-benh-duoc-cuu-song-hon-chong-dich-nhanh-nhat-hieu-qua-nhat-10939428.htm(閲覧日:2022年7月15日)

※4:Vietnam News Agency「Support remote examination, treatment and consultation for more than 1,800 severe COVID-19 cases」
https://ncov.vnanet.vn/tin-tuc/ho-tro-kham-chua-tu-van-tu-xa-cho-hon-1-800-ca-benh-covid-19-nang/211e1622-28fb-43af-bd77-a35c0ca56949(閲覧日:2022年7月15日)

※5:ベトナム保健省IT局ホームページ「夢見たベトナムでの遠隔医療を、コロナ禍についに実現」
https://ehealth.gov.vn/?action=News&newsId=52602(閲覧日:2022年7月15日)

※6:保健省通達No.54/2017/TT-BYT「医療機関でのICT利活用に関する基準」(2017年12月29日付)

※7:保健省通達No.46/2018/TT-BYT「電子カルテに関する規定」(2018年12月28日付)

※8:保健省IT局ホームページ「EMR導入済みの医療機関一覧」
https://ehealth.gov.vn/Index.aspx?action=Detail&MenuChildID=391&Id=4369(閲覧日:2022年7月15日)

※9:メドリング株式会社「医療スタートアップのメドリング、ベトナムでクラウド型診療支援システム「MEDi」のベータ版を完成・先行リリース開始」(PR Times、2021年8月6日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000009.000066390.html(閲覧日:2022年7月15日)

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