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モビリティ進化がもたらす社会・産業へのインパクト 第5回 モビリティが日本の産業を変える

三菱総研「未来の産業連関表」による予測

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2018.5.15

政策・経済研究センター木根原良樹

酒井博司

経済・社会・技術
日本国内でのモビリティ進化によって日本の産業にどのような影響が及ぶのか、三菱総合研究所「未来の産業連関表」を用いて分析を行った。

自動車関連産業とモビリティ進化

年間の自動車関連産業の市場規模は、自動車の国内販売額が約10兆円のほか、ガソリン・軽油販売が約10兆円、貨物輸送が約23兆円、旅客輸送が約5兆円におよぶ。また、自動車に限らずモビリティ(移動)の恩恵を受ける産業として、観光の消費額は約25兆円にのぼる。周辺まで含めると、自動車を利用した産業の規模は巨大といえる。
図表5-1 自動車関連産業の売上額(現時点)
図表5-1 自動車関連産業の売上額(現時点)
出所:経済産業省資料(2017)、自動車工業会(2014)、サービス産業動向調査(2013)、2015 年旅行・観光消費動向調査のデータを用いて三菱総合研究所作成
EV、シェアリング、自動走行、そしてモビリティ・サービスといったモビリティの進化は、これらの自動車関連産業はじめ幅広い産業に影響を及ぼす〔図表5-2〕。

EVが普及すると、自動車のエンジン系部品の売上が減る一方で、電池やモーターなど部品の売上が増える。ガソリン販売が減少し、電力の売上が増加するといった変化も生じる。

ライドシェア(配車サービス)やカーシェア(共同利用)が進めば、自動車の販売台数が減少する一方、シェア・サービスを提供する運輸業の売上が増加する。地方では毎日の通勤でのライドシェア利用、都会では土日の外出でのカーシェア利用などが想定さる。

自動走行の普及により、自動走行装置および情報支援サービスの売上が増加する。

さらにEV、シェアリング、自動走行の融合により、充実したモビリティ・サービスが可能となる。モビリティ・サービスの充実によって、サービスを提供する運輸業の売上が増加するともに、趣味や娯楽のための外出や旅行が促されることが考えられる。
図表5-2 EV・シェアリング・自動走行とモビリティ・サービスの普及による産業への影響
図表5-2 EV・シェアリング・自動走行とモビリティ・サービスの普及による産業への影響
出所:三菱総合研究所

モビリティ進化による産業影響の分析

日本国内でのモビリティ進化による産業への影響を三菱総合研究所「未来の産業連関表」を用いて試算した。はじめにEV、シェアリング、自動走行、それぞれによる日本の産業への影響(付加価値額の増減)を算出・把握した上で、次にモビリティ全体の変化について2通りのシナリオを設定して日本の産業への影響を評価した。

EV、シェアリング、自動走行、それぞれが図表5-3に示す条件で個々に普及すると仮定した場合の産業への影響は以下のとおりである。影響が及ぶ産業の種類や規模が異なる。

EVが普及し、仮に販売・保有台数の1/4を占めた場合、自動車のエンジン系部品の付加価値が0.2兆円減、電池やモーターなどの部品が0.1兆円増となる。またガソリン等の販売が減り、その影響は付加価値額で0.3兆円減となる。産業全体の付加価値は計0.9兆円減となる。

シェアリングが普及し、仮に都会で自動車保有者の1/2がシェアリングに移行し土日の外出に利用、地方で1/4が移行し毎日の通勤に利用した場合、自動車製造の付加価値が1.0兆円減り、シェア・サービスの付加価値が0.7兆円増える。産業全体の付加価値は計1.5兆円減となる。

自動走行の普及については、仮に自動車の保有・販売台数が現在と変わらず、全車が自動走行装置を備えて情報支援サービスを利用するとした場合、産業全体で付加価値が2.6兆円増となる。ただし、自動走行が高度に進展すると、一般市民にとって自動車の存在が保有し運転を楽しむものから、快適に利用するものへと変化すると考えられるため、高度な自動走行の普及は単独ではなく、シェア・サービスの充実と抱き合わせで進むであろう。
図表5-3 EV・シェアリング・自動走行それぞれによる日本産業の付加価値額への影響
図表5-3 EV・シェアリング・自動走行それぞれによる日本産業の付加価値額への影響
出所:三菱総合研究所「未来の産業連関表」を用いて分析(※1)

2通りのシナリオにおける産業影響の評価

前述のEV、シェア、自動走行、それぞれによる産業影響の分析を踏まえ、2030年を目途にモビリティ全体の変化について、シナリオA、Bの2通りのシナリオを設定し、産業への影響を比較・評価した。〔図表5-4、5〕

シナリオAは、EVが普及し、シェアリングが地方での通勤や都会での外出に利用されるシナリオである。高度な自動運転は安全規制上の理由等により進まず、市民の受容性や企業参入が低調なためモビリティ・サービスが発達しない場合を想定したものである。このシナリオでは、シェア・サービス(運輸業)等の付加価値が0.6兆円増えるものの、自動車製造とガソリン販売の付加価値がそれぞれ1.3兆円、0.3兆円減少するため、産業全体では付加価値額が2.4兆円減となる。

シナリオBは、EV・シェアリング・自動走行がともに普及し、モビリティ・サービスが充実するシナリオである。EVの自動走行車を使って、通勤や外出、旅行などさまざまなモビリティ・サービスが提供される場合を想定したものである。自動車製造とガソリン販売の付加価値がそれぞれ0.5兆円、0.3兆円減少するが、モビリティ・サービス(運輸業)の付加価値2.2兆円増はじめ、趣味や娯楽のための外出や旅行等が増えることで、産業全体の付加価値額は4.6兆円増となる。
図表5-4 モビリティ変化に関する2通りのシナリオの設定
図表5-4 モビリティ変化に関する2通りのシナリオの設定
出所:三菱総合研究所
図表5-5 モビリティ変化の2通りのシナリオに伴う売上額・付加価値額への影響
図表5-5 モビリティ変化の2通りのシナリオに伴う売上額・付加価値額への影響
出所:三菱総合研究所「未来の産業連関表」を用いて分析(※2)
以上のとおり、日本国内でのモビリティ進化の状況を仮定して産業ごとの付加価値額の変化について分析したところ、EVと限定的なシェアリングのみが普及するシナリオAと、高度な自動走行も普及しモビリティ・サービスが充実するシナリオBとでは、両者の差は産業全体の付加価値額で約7兆円となった。

第5回おわりに

モビリティの進化は、産業のサービス化を加速させる。注目すべきは、EV技術の導入やシェアによる移動効率化のみの進化だと日本の産業は縮小する一方だが、モビリティ・サービスの充実によって移動に付加価値を持たせれば日本の産業が拡大する点である。

技術のイノベーションを契機に産業のイノベーションを興すことが重要である。

※1総務省「産業連関表」(2011年)取引基本表基本分類をもとに以下の加工により新たにEV化の進展を考慮に入れた産業連関表(三菱総合研究所「未来の産業連関表」)を作成し、経済波及影響を算出した。

 1)EV車、EV用電池を産業連関表に導入:EV車、EV用電池につき、それぞれの技術体系とバリューチェーン(新技術における製造から販売に至る全行程を特定化)を予測。その上で、製造コスト、流通コストを予測し、投入系列を新たに作成。

 2)EV・シェア・自動走行についての仮定の設定:各種仮定を産業連関表の最終需要、付加価値に取り込む。

 3)上記を勘案した産業連関表の投入係数の予測、バランス調整:RAS法により、上記の要素を考慮に入れた新たな産業連関表を作成。

 4)新たに作成した産業連関表を用いて経済波及効果を計算

※2 総務省「産業連関表」(2011年)取引基本表基本分類をもとに新たにEV化の進展を考慮に入れた産業連関表(三菱総合研究所「未来の産業連関表」)を作成の上、RAS法によりモビリティ変化を組み込んで経済波及影響を算出した。