マンスリーレビュー

2018年5月号特集経済・社会・研究開発経営コンサルティング

多様な個人が主役になる社会

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2018.5.1
経済・社会・研究開発

POINT

  • 量から質への価値転換に伴い個人の自由な選択や個性が重視される社会へ。
  • ビジネス社会でも、多様な個人の活躍が既存の枠組みを超えていく。
  • 企業は、従来の雇用の形式にとらわれずに、思い切った発想の転換が必要。

1.多様な個人が活躍する時代

20世紀は工業生産の拡大が経済成長をけん引し、先進国を中心に経済性と効率性が重視された時代であった。日本は物質的な豊かさを求めて、工業を駆動力とする量的成長を図り、人口増加を追い風とした生産・消費の高度成長で世界第2位の経済大国に駆け上がった。政府・財政主導で産業政策と社会資本整備が進められ、個人は良き組織人・会社人間として、個性よりも協調性が求められた。

21世紀に入ると様相は変わる。日本は量的な充足とともに需要が飽和し、資源の有限性や地球環境問題、高齢化や人口減少も加わって、これまでのような経済成長は望めない。ポスト工業化の成熟社会では、量から質への価値転換が起こり、さまざまな場面で多様化が進みだす。個人は物質的な豊かさよりもそれぞれの精神的な豊かさや生活の質の向上を追求する。個人は組織や社会に多くを依存するより、自らの意志と責任に基づいて多様な選択を行うようになってきた。

インターネットや人工知能(AI)、ロボティクスなどデジタル技術の急速な進展は、こうした変化に拍車をかけ、個人の自由度をさらに高める。日本は、効率性や協調性重視の社会から個人の多様性や生きがいを重視する社会へと、パラダイムが大きく転換しつつある。老若男女を問わず、多様な個人が活躍できる時代が到来したと言えるだろう(表)。
[表]パラダイムシフト

2.ビジネス社会の変容

このパラダイムの変化は、ビジネス社会ではどのような形で現れるのか、またどのような変化をもたらすのか。

(1)「個人」の能力は、量的にも質的にもワンランクアップする

生産技術の高度化、機械の性能向上は、個人を単純労働から解放し、また個人の仕事の効率化にも大きな役割を果たしてきた。最近の情報技術やAIなどのソフトウエア技術は、知的労働の一部もカバーするようになった。ハードとソフトを兼ね備えた機械は、個人を助けるもの、個人の能力を拡張するもの、そして「一緒に働く仲間」へとその姿を変えようとしている。しかし、どんなにAIが発達しても、機械が完全に人間と入れ替わり、人間の存在意義がなくなるということにはならないだろう。高性能化したAIやロボットを駆使して課題を解決し、新たな豊かさを追求する創造的業務や直観が求められる業務など、機械に代替されない業務に専念できるようになると考えたほうがよさそうだ。

個人の能力は、機械を活用し人間ならではの業務に専念することで、質的にもワンランクアップする。機械による大量・高速処理が量・質両面で拡大すれば、個人には多くの時間が生まれる。その余裕を使って人間性を高める活動を行ううちに、仕事という感覚は薄れ、仕事と仕事以外の境界があいまいになることも予想される。

(2)「個人」が複数の役割を果たすようになる

これまでは、会社が雇用という形式で個人の生活をサポートするのが一般的であり、個人はその代わり会社に属して、会社の目標達成に貢献することが求められた。技術革新により、時間的にも空間的にも自由度が高まったことを背景に、在宅勤務やリモートワークが普及するなど、働き方の柔軟性が広がりつつある。仕事の選択可能性の拡大と相まって、個人が会社に頼らない働き方も広がっていく。実際、会社との雇用契約に基づく従属的な立場を脱し、兼業や副業をする個人は増加している。こうした動きにいち早く対応して、ロート製薬の「社内ダブルジョブ制度」や、自由に他部署の仕事を担うことのできるカルビーの「仕事チャレンジ制度」など、社員の動きを一つの業務や役割に限定せず、社内他部署の仕事を自由に行える仕組みが導入されている。コニカミノルタやソフトバンク、DeNA、グロービスなど、副業を解禁ないし推奨し始めている企業もある。

また、人生100年時代を迎え、定年という概念も年功序列のしきたりも薄れる中、働く高齢者が増えている。経済一辺倒の働き方ではなく、自己実現や社会参加、人とのふれあいなど日常生活の一環として、多くの人はその一生で複数の仕事や役割を果たすようになる。今後、より多くの個人は複数の役割を掛け持ちすることが当然になり、多様な価値観をもった個人が柔軟な働き方を指向するようになるだろう。

(3) 会社と「個人」は緩やかにつながる

従来の労働集約・資本集約型のビジネスでは、ヒト・モノ・カネの経営資源を確保し、規模の経済性を追求するのが合理的であった。しかし、クラウドファンディングによる資金調達や、ネットを通じた協力者募集などの普及により、資本力がなくてもアイデアと技術さえあれば個人でも事業を始められるようになった。また、クラウドソーシングなどを使って、個人が自分の能力を活かして、フリーランスと呼ばれる、雇用によらない働き方をすることも可能となってきた。情報技術の進展により取引コストは低下しており、会社が自社に経営資源を抱え込み維持することのメリットが失われてきた。将来、会社が個人をしっかり囲い込むのではなく、お互いに緩やかな関係をもつことで個人と仕事が直接つながりあう時代が来るかもしれない。

3.企業に求められる発想の転換

柔軟な生き方や働き方を選択できる社会は、少なくとも平均値的には個人の幸福度を高める。しかも、技術やイノベーションの活用により個人の活躍機会は増え、仕事の形態が多様化する中で、企業経営にも急速な変革が求められる。どの企業もこの変化を避けて通ることはできないが、多くの企業は従来のやり方を変えるきっかけをつかめずにいる。遅れずに対応するためには、これまでの常識や固定観念を捨てて、発想の転換を図る必要がある(図)。

第一に、個人が能力を最大限発揮できるよう、「多様な経験と交流」を支援することである。同じ職場での就労が長くなると、特に年功序列制度のもとでは、組織管理に力点が置かれ、チャレンジ精神は失われがちだ。このため個人がもっていた本来の能力が抑制され能力を伸ばす機会も奪うことになりかねない。それには、社内外を問わず、全く異なる環境で一定期間仕事をすることが考えられる。

従来とは違うタイプの人と交わることは、自分で気づかなかった能力の発見や、そこで得た経験や知識を使ってこの能力を磨くのに役立つ。交わる相手は人だけではない。AIを搭載した機械をパートナーにすれば、個人の能力はさらに飛躍的に向上する。異なる経験を積んでいくことで、潜在能力を存分に引き出す発想が大事だ。

第二は、拡張した能力に見合うだけの「活躍機会」を提供することである。これまでは安定した生活を保障して多くの人材を社内に確保することが、企業にも個人にも合理的な選択であった。しかし、個人が選択の自由度をもって主役となる社会では、個人の能力が一企業の枠を越えて収まらなくなる。囲い込みには意味がなくなり、企業には、社内外から必要な時に必要な個人が参画するようになるだろう。

今後、企業が個人を選ぶのではなく個人が企業を選ぶ時代、企業の課題は個人が活躍できる場を提供できるかだ。拡張した個人の能力に見合うだけの高い品質や達成目標を設定し、その実現に挑戦できる環境を整備することが求められる。活躍できる場が提供できなければ、働きがいを求める人は見向きもしないだろう。

第三は、「アニマルスピリット」に基づいた意欲的な行動を支援することである。情報化が進展する中、情報分析に基づいた合理的な判断に個人は影響を受ける。情報工学によるアルゴリズムが急速に進化し、人間の知性をつかさどり人間の営みを支配している。しかし、人間の信頼や感情、意志までを根拠づけることは困難だ。

個人が何かで役に立ちたい、活躍したいといった意志をもつには、知力を活かした認識や発見だけでは足りない。心や気持ちという感情を揺り動かし、なんとか実現してやるという意欲にまで高める豊かな人間性やアニマルスピリットが重要になる。個人であれ企業であれ、機械をパートナーにするからこそ、人間性を重視した行動を再認識し、意志を強くもち続けなければならない。

第四は、多様な個人が「緩やかに連携」する生態系をつくることである。個人が主役の時代には、個人の自由な選択が尊重されると同時に、その結果に対する自己責任も強く問われるようになる。しかしこれが重視されるあまり、結果の全てが個人の責任であると考えるのも行き過ぎだろう。また、デジタル、バーチャル社会が進む結果、人と人の関係が希薄になることは警戒すべきである。個人の自主独立は「孤立」を意味するものではない。元来、人間は社会的存在であり、周囲とのつながりを保つことで心の幸せと身体の健康も維持することができる。仲間やパートナーといった感覚で、周囲との信頼関係や相互扶助を醸成する生態系が必要である。

アマゾンやピクサー、リンクトインなどの企業は退職した元社員と企業との間にも継続的なネットワークを構築している。さらに言えば、現・元社員に限る必要もない。フリーランスや他の企業に所属する社員などの社外人材をさまざまな形で巻き込むことが当たり前になり、企業を中心に一つの生態系が形成されるようになれば、個人は仕事を含む日々の営みをより大胆かつ自由に楽しむことができるだろう。

社会の成熟化と技術革新の流れは、誰にも止めることはできない。多様な個人が主役として活躍する時代に向け、会社の姿、役割も大きく変わっていくのが必然の流れであろう。しなやかに社会の変化に対応していくために、企業に求められるのは最初の一歩を踏み出すことである。今回提示した四つの発想の転換を例として、できるところから始めてみてはどうだろうか。
[図]多様な個人が主役になる社会への対応

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