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2020年11月号特集サステナビリティスマートシティ・モビリティ

温室効果ガス実質ゼロ化に寄せる期待

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2020.11.1
サステナビリティ

POINT

  • 2050年の温室効果ガス実質ゼロが新たな目標に。
  • 分散型電源への転換がエネルギー需給構造に変革をもたらす。
  • エネルギー源の分散・多様化が地域創生の可能性を拓く。

1.2050年、脱炭素社会へ

2020年10月、菅首相の初の所信表明演説では、新型コロナウイルス感染症対策と経済の両立、行政・民間のデジタル化推進と並んで、温室効果ガスの排出量を2050年までに実質ゼロとする新しい目標が掲げられた。これまでの公約は2050年80%削減、実質ゼロ化は「今世紀後半のできるだけ早い時期」にとどまっていた。欧州連合(EU)や中国が実質ゼロ化の目標強化を打ち出す中、日本も「脱炭素社会」へと大きく踏み出したかたちである。

現状、2050年80%削減も容易な目標ではなく、実質ゼロに向かうハードルは高い。が、その実現への大きな道筋が「エネルギーの電化比率の大幅引き上げ」と「再生可能エネルギー(再エネ)の主力電源化」の二つであることに変わりはないだろう。2050年実質ゼロへの時間と道のりは長いが、要は、明確な方針と具体的かつ現実的な計画を打ち出し、そのスピードと確度を高めることに尽きる。

エネルギーの電化比率は、最終エネルギー消費ベースで30%程度(2018年)にとどまっており、この値を大幅に引き上げることが必要となる。再エネの主力電源化に関しては、太陽光発電による設備容量はすでに、2030年目標の9割に到達しており順調に拡大が進んでいる中、新たな再エネの有力な選択肢として洋上風力に大きな期待がかかっている。

再エネの主力電源化については、供給のコストと安定性が課題とされてきたが、その解決の道筋が見え始めた。世界的には、再エネ発電コストが年々低減しており化石燃料由来を中心とする既存の発電コストと同等(Grid Parity)となる国や地域が拡大している。安定電源化の面でも、蓄電池をはじめとする蓄エネルギー技術は日進月歩し、コストも着実に低下する。今後、大量の蓄電設備に加え、電気自動車(EV)の普及を計算に入れれば、蓄電池なしより蓄電池ありの方が、コストメリットのある状態(Storage Parity)が家庭では2020年代に実現することが見込まれている。

2.温室効果ガス実質ゼロへの道筋 ──三つの「多様化」

脱炭素は、地球温暖化対策の決め手であると同時に、日本にとってはエネルギー源の輸入依存からの脱却、エネルギー自給自足という国家安全保障上のテーマでもある。国内で考えても、エネルギーの地産地消は、安心・安全の観点から重要性の高い課題である。それは脱炭素対策であると同時に、地域創生にもつながる。

再エネ電源は、太陽光・風力・地熱など地域の特性に適した手段・立地で開発し、地産地消を進められることが特徴だ。再エネ電力を域内の「マイクログリッド」経由で配電することが主流化すれば、遠距離送配電による電力ロスを減らし、広域送電網のコストも抑えることができる。各地に点在する再エネ電源は、災害時の備えとして活用すると同時に、新事業・雇用創出など地域経済に自立性をもたらす産業としていくことが求められる。

もっとも、首都圏のように人口が集中し、大量の電力を消費して高付加価値な商品・サービスを生み出す地域は、自給自足にも限界がある。地域外からエネルギー供給を受ける方が経済合理性にかなう地域、地域外へのエネルギー供給を経済活性化の起点とするのが現実的な地域、それぞれの特性を考慮した取り組みが必要だ。

(1) 大規模集中型電源から分散型電源へ:電源の多様化

今後、再エネの主力電源化を進める過程では、これまでのように大規模発電所から広域・高圧の送電網を経由して配電する集中型電源方式からの脱却が必要であり、可能でもある。集中型電源方式は、送電過程でのロスなどの課題が指摘されてきた。分散型電源方式への移行は、これらを解決し、長期的には国民経済的にも大きなプラス効果をもたらすことが期待される。

こうした分散型の再エネ電源を広く社会実装し浸透させる必要条件は、安定供給を確保することだ。蓄電容量の拡大に関しては、リチウムイオン電池よりも大容量で安全性の高い「全固体電池」の開発、あるいは「水素による電力貯蔵技術」などの技術開発が進む。集中電源から大規模需要地に送電する場合にも、さらなる効率化が求められており、送配電時の電力ロスを減らす技術として「直流送電」も注目される。

(2) エネルギー消費者のプロシューマー化:供給者の多様化

脱炭素社会実現、エネルギーの電化推進に向けては、供給側だけでなく需要家(消費者)側でも、大小さまざまな変化が必要となる。最も分かりやすい例は、ガソリンまたはハイブリッド車両からEVや燃料電池自動車への乗り換えで、自動車産業にも大きな変化・変革がもたらされつつある。一般家庭や日常業務での熱消費も、環境・安全面などさまざまな理由から電化シフトが加速しよう。

分散型電源へのシフトは、地域の分散にとどまるものではない。太陽光発電設備は一般企業や家庭にも設置可能であり、風力発電もさまざまな立地で多様な事業形態が見込まれる。需要家が同時に供給者の役割を担うプロシューマーとなることは、地産地消の有力なモデルと表現することもできよう。

加えて、企業や家庭では太陽光発電や家庭用燃料電池などのコージェネレーション、蓄電池、EV等、エネルギーの需給を調整する機能を持つ「エネルギーリソース」が幅広く浸透する。プロシューマー化の流れに拍車がかかり、供給者と需要家を区分して捉えることの意味が薄らいでいく。

(3) エネルギーマネジメントの高度化、サービス事業化:事業者の多様化

以上のとおり、再エネの主力電源化は、電源・設備とともに担い手の多様化を伴いつつ、全体としては需給のバランスと脱炭素社会実現に貢献するとみられる半面、単に供給量を増やすだけでは効率的な利用につながらない。出力の変動性が高く、参加者も広く分散していく再エネの場合、これらの需給バランスを大きく俯瞰(ふかん)して調整する役割を担う事業者(アグリゲーター)が不可欠である(図)。かつ、それは民間事業者により市場原理に基づいて運営されるのが効率的と考えられる。

今後のエネルギーシステムでは、小口の発電所(電力供給者)が市中に大量かつ分散して点在する。かつ、供給側と需要側が混然として参加する。これらが双方向に連携し合うことで分散したリソースを適切に管理・運用することが理論上は可能となる。理論を現実にするには、IoT、ビッグデータ、AIなどのデジタル技術を有効に活用して、需給両側の大量の情報を瞬時に最適化する必要がある。

具体的には、供給側と需要側が相互にグリッド接続され電力を融通することで、エネルギーの地産地消へとつながる「自律分散協調型」の電力システムが実現される。多数・多様・小規模な発電所が有機的・一体的に連携して、あたかも一つの大規模発電所のように電力を供給する「仮想発電所(VPP)」も、こうした高度な「エネルギーマネジメントサービス」のもとに実現される。非常用電源として設置された蓄電池や自家発電も、時間帯などに応じて他の目的にも利用することが可能となる。
[図] 2050年における理想のエネルギーシステム

3.地域創生への貢献

地産地消型の再エネ導入は、人口密度の低い地方にも、エネルギー(電力)供給という産業資源をもたらす可能性がある。それを有効活用することで、さまざまな地域創生の道が拓かれる。

昨今、地方自治体と民間事業者などの共同出資による「地域新電力」の創設が相次いでいる。住宅に設置した太陽光発電のFIT(固定価格買取)制度の期間満了後の売電先として、地域新電力を選ぶ事例も増えているようだ。域外に流れていた電力料金を地域内に環流できれば地域経済の活性化にも結びつけられる可能性がある。

地域新電力の中には、「域外エネルギー資源に依存したエネルギー構造」から脱却し、経済停滞・労働人口の流出、社会公共交通網の脆弱地といった地域の社会課題解決を目標としている例もある。例えば、地域の太陽光・風力発電から電力を優先して調達することで、地域の施設に大手電力会社よりも安い料金で電力供給できる可能性もある。電力を大量に消費する産業を誘致できる可能性も高まる。

大量のサーバーを抱えるデータセンター事業者やハイスペックPC導入台数の多いソフトウエア、コンテンツ産業といったIT産業、あるいは冷暖房や照明などでエネルギー消費の多い陸上養殖、植物工場などが地域に根を下ろすことで地域経済の活気がよみがえる場合もあるだろう。これらの産業が地域内で物資を調達し、地元人材の登用も進めるようになれば、さらなる経済循環も生じよう。技術教育や人材育成といった産業が地域に芽吹くかもしれない。

多発する自然災害などを踏まえた電力供給システムの強靱(きょうじん)化(レジリエンスの強化)を推進する必要もある。千葉県では、2019年9月に発生した台風によって大規模な停電が長期間続くなど社会生活に甚大な影響が生じた。分散型電源によりエネルギー自給率を高めれば、遠隔地において配電網の独立性が担保される。大規模災害時の電力・通信の確保、EVの普及と合わせた移動の確保など利点は大きい。

4.温室効果ガス実質ゼロ時代に向けて

温室効果ガス実質ゼロ化の期限が早められたことで、日本の資源・エネルギー対策は新たな段階へと進んだ。大量輸入している化石燃料が再エネという国産資源に置き換わると考えれば、環境のみならず経済・雇用面にもプラス効果を期待できよう。政府・エネルギー業界の視点に加えて、プロシューマー化した住民や企業、VPPに乗り出す異業種が連携し、多様な主体によって実現すべきものである。

資金面でも国の財政への依存を極力抑える取り組みとしたい。世界的にもESG投資が増勢を続ける時代、環境に優しくサステイナブルでレジリエントな社会の実現に向けた取り組みに対しては、金融マーケットも好感を示すだろう。実質ゼロ化を目指し、同時に地域創生にも結びつける動きがトリガーとなって、諸外国に比べ立ち遅れ気味の日本のESG投資市場が活性化することを期待したい。

実質ゼロの時代のエネルギーシステムは、新たなプレーヤーと新たなイノベーションで構築される。需給双方とエネルギー運用形態が多様化するマルチステークホルダーの時代である。需要家のプロシューマー化も進展する。目標達成のために、各ステークホルダーが自らの機能を踏まえ、どのように参加すればいいかを検討していくことが望まれる。