マンスリーレビュー

2020年12月号特集経済・社会・技術

イノベーションは社会実装で完結する

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2020.12.1
経済・社会・技術

POINT

  • 技術革新から社会ニーズ・課題起点のイノベーションが求められる時代。
  • イノベーションは社会実装の過程で大きな果実として社会変革を生む。
  • コロナ禍という危機を社会変革の機会にする。

1.なぜ、いま「社会実装」なのか

一時は収まりかけたかに見えた新型コロナウイルス感染症の脅威が世界的に再燃している。日本も例外ではなく、寒さの増す季節に向け万全の警戒をもって臨む必要がある。新型コロナによる死者や重症者の数では、日本の被害は諸外国に比べ軽微といえるが、それは日本の医療技術よりも、手洗いやマスク着用など生活習慣の違いに負うところが大きいようだ。

それどころか、特別定額給付金の交付や医療機関での情報処理など、新型コロナを契機に政府や医療などのIT装備、デジタル化の弱点が顕在化した感がある。マイナンバーカードは肝心の場面でうまく機能しなかった。学校でもオンライン授業への移行に多くの時間とコストを要し、休校期間が長引いた。

コロナ禍で改めて気づかされたのは、過去30年の日本で技術革新は進み、イノベーションが生まれる環境も整備されてきたものの、社会の変革は進まなかったという事実である。これは、働き方、医療、教育、行政などさまざまな分野に共通している。社会の安定や漸進的な変革は日本の特徴でありプラス面もあるが、グローバル化が進み、技術と社会が速く激しく変化する時代には、大きなハンディキャップとなる。

失われた30年、日本の国際競争力は低下が続いてきた。1995年にはG20のトップにあった1人あたり名目GDPは頭打ち状態が続いている。さまざまな機関が発表する国際競争力ランクでも退潮傾向が続き、イノベーションや先端技術力(AIなど)では先行する米中との差は開く。

が、日本の問題の本質は、イノベーションや先端技術そのものよりも、それを社会に実装し、社会の変革に結びつけることではないか。名目GDPに代表される経済成長から、自由で格差のない社会、ESG※1などの質的要素を重んじる時代へと、国際競争力の定義も変わる。技術・イノベーションを社会実装・変革に結びつけることで、日本の新たな競争力を回復する途を考えてみる。

2.日本の社会実装の成功と失敗の事例分析

かつて、工業化時代の日本は、モノづくりの強みを活かして電化製品を皮切りにユニークなイノベーションを実現し、社会に実装することで高度成長と生活水準の向上に結びつけてきた。洗濯機や冷蔵庫自体を発明したわけではないが、インバーターエアコンやノートパソコンをはじめ技術力ときめ細かな改良努力が、高い品質・機能を実現しモノづくり大国の地位を築き上げた。自動販売機、24時間営業のコンビニエンスストアなども、生活の不便の解消という社会ニーズに着眼し、日本が世界に先駆けて社会実装に成功している。

高度成長は、生活水準の向上とともに大気汚染などの公害をもたらした。同じ時期に発生した原油価格の高騰は、資源小国日本に大きな課題を突きつけた。ホンダのシビックに搭載された低公害型CVCCエンジンが米国の1970年大気浄化法改正法(マスキー法)の基準を世界で初めてクリアした。さらに、田子の浦や洞海湾などで排水処理技術を実装するなどして、課題解決先進国になった。

経済の成熟とともにかつての勢いが弱まったのはさまざまな理由が考えられるが、これを探るため、当社の 生活者市場予測システム(mif) を活用して、社会実装の成功事例、社会実装が浸透していない(しなかった)事例、およびその要因のアンケート調査を実施した(表)。便宜上「成功事例」「失敗事例」に区分しているが、成功・失敗と一概に決めつけられないものも多い。

最近の成功事例は、新たなライフスタイルの創造につながったものが多く、かつての日本企業が得意な分野でもある。音楽を持ち運ぶというコンセプトに立ち生活のスタイルを変えたヘッドホンステレオ、業務用を家の中に持ち込んだ家庭用ゲーム機や家庭用録画機などは、アミューズメント分野に関して、空間と時間の制約を取り払うことになった。さらに古くはインスタントラーメンに始まり、温水洗浄便座やごみの分別なども、日本が生み出した新たなライフスタイルといえよう。

日本企業はこの成功モデルを追い続けているが、社会が豊かになるに伴い成功は難しくなる。ニーズやペインに着目することが重要で、技術・供給者起点の発想は外れになることが多い。2000円札やプレミアムフライデーがうまくいかなかったのはその典型例。一方、地域通貨や電気自動車(EV)はまだ立ち上がりは遅いが、いずれ社会実装されるであろう。時間軸をどう取るかにより見方が変わってくる。

社会の成熟化が進むと、技術やサービスの新しさよりも、そのメリットが決め手となり、そこが弱いと社会実装は進まない。キャッシュレス決済は、銀行が未発達で偽札や盗難などの犯罪も多い途上国で急速に普及が進んでいるが、現金決済が安全で不便がない日本やドイツでは期待されたほどには伸びていない。家電製品や自動車も、ユーザーが感じる不便・不満を突き止めることを出発点にすべきであろう。
[表] 社会実装の「成功」「失敗(現時点で定着していないもの)」アンケートの上位事例(回答者:n=5,000、20-60歳代)

3.日本の社会実装を促進するには

(1) 官民協働における新たな日本モデル

成熟し少子高齢化が進む時代には、規格大量生産型の新製品はもとより、単独企業や民間の協業だけでは解決の難しい社会問題が増えている。社会価値と経済価値が一致しない(社会価値はあっても採算が合わない)ケースも増えており、官民の適切な役割分担と協働が欠かせない。成功事例とされるETCでも、インフラ整備や普及への多額の税金投入を疑問視する見方が少なくなかった。本格普及まで粘り強いキャンペーンと利便性改善に10年の歳月を要したが、その利用率はいまや9割におよぶ。

(2) 企業のもつ技術力の再評価と着眼点の転換

世界を見渡しても、日本のように素材、部品・デバイス、製造の全ての技術を国内に保有している国は少ない。中国は、その資金力を駆使して技術と人を調達することで急速に技術水準を上げてきたが、ゼロから新技術を生み出す力は未知数。日本が技術力で勝負できる領域はまだまだ多いとみられる。日本の課題は製品化して社会に実装する力であり、それは技術起点の発想の弱点でもある。社会のニーズ・課題を起点に、その解決を生み出しえる技術・アイデアを探す順序をたどるべきである。

大きなビジョンとして、世界の消費者の欲求・期待、社会の切迫したニーズに想像力を働かせるところから始めよう。着眼点は、経済成長よりも新しい豊かさと持続性(人々の真の幸福に寄与するか、ペインポイントをついているか、生死に関わるかなど)。それに応える手段や製品(アイデア段階でよい)を考案して、幅広いステークホルダーと協働すれば、必要な技術はどこかで必ず手に入り、社会実装はおのずと進むであろう。

最近は、社会課題も、その解決に用いる技術も複雑化し、相互依存度も高まっている。一つの技術で一つの問題を解決することが、別の問題を誘発し増幅することもある。コロナ対策でも、公衆衛生や医療・人命保護の問題だけではなく、経済や社会の構造、さらには人々の行動様式やものの考え方にまでに深く影響を及ぼしている。ワクチン開発はもちろん大切だが、問題(チャンス)はそれにとどまらない。

(3) 政府に期待される役割と施策

こうした中で政府に期待されるのは、「社会課題解決に資金が回る仕組みをつくること」「基本となる人財を生み出すための教育を行うこと」の2点であろう。

資金面では、通常の財政政策に加え、受益者負担と市場原理を活用することが考えられる。例えば、温室効果ガスの削減に向けては、炭素税・グリーンタックスなどの新税とともに排出権取引やESG投資など市場を通じた資金の流れも促す。デジタル経済の浸透に適応する取引ルールや税制の見直しも喫緊の課題といえよう。

教育・人財育成も時代の変化にマッチした変革が必須の分野である。単にITリテラシーや英語教育を強化するのではなく、社会課題解決策の実装に貢献できる創造性と実現力を備えた人財を育成することが必要だ※2

4.今回のコロナ禍をプラスに転じるために

近年、DXやBX※3など先端技術の進展は目覚ましく、その分野で日本が米中に立ち遅れていることは否定できない。が、それが直ちにイノベーションや社会実装、社会改革の障害になるとは限らない。イノベーションから社会実装は一連のプロセスであり、天才的な発明発見や先端技術だけで実現するものではない。既存の(実証された)技術をうまく組み合わせ、技術以外の要素(社会システムなども)も織り込み、長いときは数十年の年月を経ることで、大きな果実=社会変革が実現する。

そのためには、問題の複雑さとそれぞれの因果関係を把握することから始めて、多種・多層なソリューションの考案、それを実装・活用するインフラの構築に至るまで、幅広い賛同者・参加者を巻き込み、協調して事に当たるメカニズムが必要となろう。そこには政府の関与・支援も当然必要だが、これまでのように政府を頂点とするトップダウンの取り組みだけでは、スピードとスコープに欠ける恐れがある。産官学に加えてスタートアップ企業やNGOも参画するコミュニティ型の対応もありえよう。

立命館アジア太平洋大学の中田行彦教授は、情報技術を活用した、クラウドファンディング、クラウドソーシングなどに続いて、これらの仕組みを選択・組み合わせることにより不特定多数のクラウドがイノベーションの中心者となる新しいイノベーションを「クラウドイノベーション」と名づけ提唱している※4。このような仕組みを利用して新しいマーケットをデザインし切り拓く主体としては、スタートアップ企業や社会起業家(ソーシャルアントレプレナー)に期待したい。

実際、介護分野でのテクノロジーの利活用の推進と持続可能な介護の実現を目指して、介護・ケアテック事業者、学識者などを発起人に日本ケアテック協会を立ち上げた主体は、ウェルモという創業7年の若い企業である。ケアテックとは、「Care(介護)」と「Technology(テクノロジー)」を掛け合わせた造語であり、AI、IoT、ICT、クラウド、ビッグデータ解析などの最先端技術、それを応用した製品やサービスの提供を目指している。

ある意味で、クラウドイノベーションの草分けともいえるUberやAirbnbはリーマンショックの最中に産声を上げた。コロナの先が見通しにくい現在も、これまでにないユニークなビジネスモデルが新しい市場を創出する可能性がある。コロナ禍で社会は大きく萎縮している感もあるが、社会実装・社会改革の目から見ると、過去の成功体験を断ち切り、「大きくリセット」※5する機会と捉えるべきだろう。

※1:環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)。

※2:理系教育の手法としてはScience(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字を取った「STEM」が提唱されてきた。近年ではこれにArt(アート)を加えて「STEAM」とすることにより、これまでになかった創造性も発揮させようとする流れが強まっている。

※3:バイオテックトランスフォーメーション:先端的なライフ・バイオ技術による社会革新を意味する。

※4:中田行彦(2014)「『クラウドイノベーション』の出現:情報技術により群衆が生み出すイノベーション」経営情報学会 2014年春季全国研究大会。

※5:2021年の世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)のテーマは「グレート・リセット」。人々の幸福を基とした持続できる新しい社会経済システム・各国の関係・働き方・生き方などに大変革が必要だとの認識に立っている。