マンスリーレビュー

2021年7月号特集4デジタルトランスフォーメーション

金融行政DXにより規制負荷軽減と経営改善を

2021.7.1

金融DX本部猪瀬 淳也

デジタルトランスフォーメーション

POINT

  • 金融行政DXは規制報告の負荷軽減と高度な金融監督の両面で進展。
  • 負荷軽減に加えて、金融機関の経営改善もスコープに入れたDXを。
  • 日本では規制報告のDXを民間側が主導するかたちが望ましい。

多面的に進展する金融業でのDX

行政と産業の間でのDXを概観する上で、金融業は一つの参考となるだろう。金融業は規制対応に多くのリソースをかけている業種であり、その規制対応などのDXの例は、他業種にとっても大いに参考となりうる。

金融業全般※1におけるDXは対行政、対顧客、金融機関内の3つに分けられる。対行政で近年注目が集まっているのが、RegTech(デジタル技術による規制報告や規制対応の効率化)と、SupTech(金融庁など監督機関による技術活用を通じた規制監督の効率化)である。いずれもFinTechの一領域で、技術を使用する目的によって呼び名が分かれている。

本稿では行政との関わりとしての金融行政DX、特に規制報告のDXに注目したい。

国情によって技術進展の方向が変化

近年、金融機関の規制対応負荷は高まり続けてきた。背景には世界的に激しさを増すテロリズムと、テロ組織に対する継続的な資金移転などに加え、グローバル化や金融技術の高度化によってリスク算定の難度が極端に上昇した点などがある。

例えば日本では、金融機関によっては2,000種類を超える報告を随時計票フォーマットといわれるエクセルなどに記入し、システム間送信やメールへの添付を通じて金融庁に送付しているのが実情だ。報告頻度も短いもので15分などの分単位から日次、月次、四半期、年次など多様で、民間の金融機関では報告の正確性と高反応速度の実現のため多大なコストがかけられている。

金融機関側は増加し続ける規制対応コストの重要性を認識しているものの、その軽減を求める声は世界的にも小さくなかった。RegTechやSupTechは、監督機関側の「より正確にリスクを把握したい」「テロ資金供与をなくしたい」などの要請と金融機関側の「規制対応に伴うコストを低減したい」という要請のもとで発展を遂げてきた。

監督機関への報告システムとそれに関連するRegTechやSupTechの動きを見てみると、世界の潮流は2つに大別できる。

第1はRegTech導入を進めることで規制報告の負荷軽減を進める国々である。その例はオーストリアやイタリアだ。両国は日本と異なり、中央銀行と規制当局で報告フローが一元化されていることに加え(図)、共に民間の金融機関が主導して、規制報告を効率化するためのシステムを自発的につくり上げている。またこれらの国の報告システムでは、単純な負荷軽減のみならず、収集したデータを金融機関にも一部閲覧可能にするなどして、金融機関の経営高度化につなげている。
[図] 日本とオーストリアの規制報告フロー
日本とオーストリアの規制報告フロー
注:FMA:Financial Market Authority(金融庁に相当)、OeNB:Oesterreichische Nationalbank(中央銀行)、AuRep:Austrian Reporting Services(民間金融機関による報告システム)、ECB:European Central Bank(欧州中央銀行)
出所:日本とオーストリアの金融当局の資料を基に三菱総合研究所作成。
第2はSupTech導入を進めることで、リアルタイムデータ取得などを通じた高度な監督のために新技術を用いている国々である。例えば英国やルワンダなどだ。英国はGDPに占める金融業の割合が他の先進国よりも高く、デリバティブ発行残高も他国と比べ極めて多いなど、金融業が危機に陥った場合の国全体に与える影響が極めて大きい。またルワンダでは住宅購入を目的とする貧困層向け融資が活発に行われており、金融ショックが発生した場合の影響が同様に大きい。 このように金融業が国内経済に占める存在感が大きい場合、規制報告の負荷軽減よりも詳細かつリアルタイムな情報取得を重視する傾向が見られる。

民間が主導するかたちで規制報告のDX進展を

翻って日本の金融業は対GDP比で英国ほど支配的なポジションになっているとはいえない。このため、オーストリアやイタリアに近いかたちでRegTechを推進していくことが望ましいと考えられる。2020年10月に自民党から出された提言では、金融機関の規制対応負荷を軽減するための金融庁検査と日銀考査の一体的運用などが挙げられており、負荷軽減を目指した取り組みは今後急速に進展すると予想される。

ただし、ここで留意すべきはオーストリアやイタリアではこうした動きが民間主導で生まれ、収集されたデータが規制対応の効率化のみならず、金融機関の経営改善にも用いられている点だ。

仮に規制報告のDXを金融庁と日銀が主導して進める場合、本来の推進主体となるべき金融機関は単なる意見の聴取先にしかならない可能性もあろう。そして矛盾した体制のもとで構築されたシステムは、目的の明確さを欠き金融機関の負荷軽減には真に貢献しない可能性が高い。

こうした事態を避けるためにも、民間側が主導するかたちで検討が推進されるよう望まれる。


執筆協力:三菱総研DCS株式会社 金融マーケット開発部 有働 綾

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