マンスリーレビュー

2022年10月号特集2経済・社会・技術テクノロジー

安全な社会と経済的繁栄のための重要技術

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2022.10.1

フロンティア・テクノロジー本部明石 道融

経済・社会・技術

POINT

  • 経済力や科学技術力は国際社会における日本の影響力の源泉。
  • 科学技術力の相対的低下は国家安全保障上でマイナスとなる。
  • 産官学の知を結集し、研究開発の成果を日本の安全保障に活かす戦略を。

国家の力としての国際競争力の低迷

経済安全保障では経済力や科学技術力を、単に経済の状態を示すパラメータではなく、軍事力と同様に国家が国際社会において行使する影響力の源泉とみなす。この文脈では、国際競争力低下は国際社会における日本の影響力低下につながる。

2022年5月に公布された経済安全保障推進法の段階的な施行によって経済安全保障を推進する機運が高まっている一方、日本の国際競争力はこれまで長期的な低下傾向が続いている※1

科学技術力こそが国家安全保障の基礎

同法では、国家の安全にとって重要な技術の研究開発を政府基金により支援する「重要技術推進制度」※2が創設される。

経済ひいては国家の安全保障で科学技術力が重視される背景には、2つの重要な視座がある。1つは、安全で安心な社会を支える基盤である通信、運輸、防災、国防などに先端技術の活用が必須なことだ。もう1つは、国家安全保障上の国益である「経済的繁栄」実現のため、産業の国際競争力向上に寄与し経済を成長させ、国民の雇用と生活を支えているのが科学技術力であることだ。

科学技術は天然資源に乏しい日本にとっては特に重要な存在である。日本からの技術移転は、近隣諸国の発展にも大きく寄与した。これまで軍事力の使用に一定の自制をかけてきた日本が、国際社会で影響力を行使し、諸外国と友好な関係を維持できたのは、強い競争力のある科学技術を保有していたからである。

日本の科学技術力の相対的な低下を国家安全保障上の大きな脅威と認識し、対応策として示したのが重要技術推進制度ともいえる。

「重要新興技術」をめぐる米国の国家戦略

米国には、2020年10月にトランプ政権が公表し現バイデン政権が2022年2月に更新した「重要新興技術(CETs※3)」と呼ばれるリストがある(図)。CETsは国家安全保障のために重要な技術と位置付けられ、日本で創設予定の重要技術推進制度でも、重要先端技術を特定するための参考にされている。
[図] 重要新興技術に関わる米国の国家安全保障戦略
[図] 重要新興技術に関わる米国の国家安全保障戦略
出所:米国大統領府 "National Strategy for Critical and Emerging Technologies"(2020年10月)を基に三菱総合研究所作成
CETsには、国家の安全に直接関係する技術だけでなく、先端材料や半導体、再生可能エネルギー、蓄電技術など、経済の安定的な成長に必要な技術も含まれている。日米ともに国家や国際社会の繁栄の実現を国家安全保障戦略の上で重視しており、今後、日本においても安全・安心な社会を実現するだけでなく、経済成長の基盤となる技術を開発する戦略が求められる。

新設されるシンクタンクが果たす役割

重要技術推進制度では、経済安全保障推進法に基づく「特定重要技術調査研究機関」として新設されるシンクタンクが重要技術の特定や育成、活用に関わる方針の策定に携わる。現在、シンクタンク新設と並行して、米国のCETsのリストも参考にしながら、重要技術の特定に向けた検討が進められている。

新たなシンクタンクには、重要技術をどう開発して、国家のためにどう活用していくかの戦略が求められる。日本特有の地政学的状況や社会課題、経済力、財政力や技術力の現状を踏まえ、重要技術ごとに日本がリードすべき分野と、それ以外の分野とを区別した上で、国際連携の方向性を示すことも求められている。

そのためには、研究開発の成果を国際社会で活用するための方策も示す必要がある。

産官学の知が結集する場に

重要技術を育成・活用する戦略の策定には産官学が横断的に取り組み、研究開発の成果を他国に先んじて実用化するための方策が必要である。

政府は先端技術の公的利用者として、社会課題の明確化と省庁横断での解決に向けたリーダーシップを発揮する。産業界は、先端技術を事業化する立場から将来の産業像を描き、日本の産業が育成すべき技術を特定する。そして学界は、先端技術に関する知見を提供する。

新設されるシンクタンクは、こうした産官学の知が結集する場として機能する。重要技術の選択と集中によって国際競争力が強まり日本の影響力が維持されれば、日本にとって好ましい国際秩序の形成と、組むべき国々との信頼関係構築にもつながる。今後の経済活動には、こうした国家の機能を向上し活用していく目線も不可欠である。

※1:国際経営開発研究所(IMD)の公表する世界競争力ランキングで日本は1992年まで首位だったが、2022年には34位に低下した。 文部科学省の「科学技術指標2022」における影響力のある科学論文数ランキングで日本は12位となっている。1位は中国である。

※2:本稿ではこの制度を「重要技術推進制度」と表記する。

※3:Critical and Emerging Technologies