マンスリーレビュー

2022年10月号特集3情報通信経済・社会・技術

基幹インフラのサイバーセキュリティ保護

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2022.10.1

デジタル・イノベーション本部江連 三香

情報通信

POINT

  • 経済安全保障推進法により、基幹インフラの重要設備保護が必須に。
  • 海外でも重要設備の取引に対して当局が関与する動きが加速。
  • 適切な審査や必要な情報共有などで官民が連携して実効性向上を。

注目される基幹インフラ重要設備

サプライチェーンに関するリスクのうち、2022年5月に成立した経済安全保障推進法で注目されているのは、重要設備の導入・維持管理に関するサイバーセキュリティ面である。この場合の重要設備とは、機器や装置だけでなく、プログラムやクラウドサービス、委託先なども含んでいる。

同法の「基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度」では、電力・ガス・水道など基幹インフラ役務の導入・維持管理などを委託する際は計画書の事前届け出と審査を行い、審査結果によっては必要な措置に関する勧告・命令を行うと規定している。これは役務の安定的な提供を妨害する行為の手段として重要設備が悪用されるおそれがあるためだとされている。

具体的なリスクとしては、製品の製造・流通過程における不正機能の埋め込みや改ざん、政治経済情勢に起因する機器やサービスの供給途絶などが想定されている。

海外でも当局関与の動きが加速

サプライチェーンに関するリスクについては諸外国でも対応が進められている。米国では2019年5月、「情報通信技術・サービス(ICTS)のサプライチェーン安全確保」の規則に関する大統領令が署名された。同規則では、過度もしくは容認できないリスクをもたらすと認められるICTS取引の中止やリスク軽減措置を行えるとしている。

欧州委員会は「ネットワークおよび情報システムのセキュリティに関する指令(NIS指令)」改訂を2020年12月に提案し、企業によるサプライチェーンセキュリティ対策の強化などを後押ししている。ドイツは2021年5月に「ITセキュリティ法2.0」を施行し、重要インフラの部品使用に関する事前届け出制を導入した。

サプライチェーンセキュリティ確保の課題

日本でも経済安全保障推進法により、経済安全保障面から国が関与するインフラ保護の仕組みが整備された。すなわち、事業者などによる自主的な取り組みに加え、安全保障の観点から国家主導の取り組みが強化されたことになる。

とはいえサプライチェーンの実態把握と安全性確保は容易ではない。リスクの判断においても、外国政府が支援する組織的な攻撃などの動向を事業者が継続的に把握・分析し続けることには限界がある。技術的にも、例えば不正機能といっても、悪意をもって埋め込まれたのか過失によるのか、もともと必要な機能なのかの判別は難しい。

ソフトウエアにおいては、導入時に安全性を確認したとしても、運用中に脆弱(ぜいじゃく)性が発見されることもある。このためソフトの種類と脆弱性に関する情報の把握が必要となる。しかし、構成情報の把握は難しい。一部の産業では部品表であるSBOM※1の活用が検討され始めたものの、導入は進んでいない。

また、脆弱性を修正するためのソフト更新機能が悪用されて、逆に不正なプログラムが導入されるリスクもある。導入後の監視や適時の点検も検討する必要がある。

官民連携して制度の実効性向上を

基幹インフラを保護する新制度の実効性を高めていくには、分野・システム別や事業者ごとに異なる脅威があることを踏まえつつ、対象となる重要設備に対する審査の基準や方法を適切に定めるべきである。リスクを検討するため必要な情報を官民で適切に共有することも必要となる(図)。
[図] 基幹インフラのサイバーセキュリティリスクと経済安全保障推進法
[図] 基幹インフラのサイバーセキュリティリスクと経済安全保障推進法
出所:三菱総合研究所
具体的には、日本政府が各国政府と連携して必要な情報を収集することや、官民が連携して高度なサイバー攻撃の手法に関する情報を適切な範囲・内容で共有するなどの対策が考えられる。

また、経済安全保障推進法上の基幹インフラとは一部異なる「重要インフラ分野」※2のサイバーセキュリティ対策では官民が同じ目線で協力してきた実績がある。基幹インフラについても、官民連携による包括的なセキュリティ対策が望まれる。特に国家が関わるサイバー脅威に対しては、政府の果たす役割がますます重要になる。経済安全保障推進法が求める対策と重要インフラ分野の自主的な取り組みに関して、事業者と政府との整合性をとっていく必要性は今後ますます増す。

当社としても、実証実験などを通じた技術的な解決支援のほか、それぞれの産業や分野の特徴を踏まえた基準策定や情報共有といった仕組みづくりによる運用支援を進めたい。

※1:Software Bill Of Materials

※2:基幹インフラは「電気、ガス、石油、水道、鉄道、貨物自動車運送、外航貨物、航空、空港、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカード」の14分野。重要インフラは「情報通信、金融、航空、空港、鉄道、電力、ガス、政府・行政サービス(地方公共団体を含む)、医療、水道、物流、化学、クレジット、石油」の14分野である。