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原子力発電を利用していくにあたって:第3回:たゆまぬ安全性の追求に向け、リスク情報の活用を

自主的安全性向上対策

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2016.8.31

原子力安全研究本部中村京春

エネルギー

不可欠となった自主的な安全性向上への取り組み

福島第一原子力発電所の事故を踏まえて、わが国の原子力規制体系が抜本的に改革された。2012年9月には新たに原子力規制委員会が発足し、「世界で最も厳しい水準」と称される規制基準が導入された。この基準を満足する安全対策が確保されたことを原子力規制委員会が認めた原子力発電所は、地元の了解を経て再稼働が可能となる。現在までに九州電力川内原子力発電所1・2号機、関西電力高浜原子力発電所3・4号機、および四国電力伊方3号機が新規制基準を満たしたとして、原子力規制委員会からは再稼働を認められている(高浜原発3・4号炉は司法判断による仮処分を受けて再度停止)。

新たな規制では、規制基準を満たすことで十分安全であると思い込んでしまう、いわゆる「安全神話」の発想からの脱却を求めている。従来の規制基準に追加または強化した新たな基準への準拠にとどまらず、電気事業者が自主的に安全性を向上させていく取り組みを行い、その活動を公表していくことも規制要件として定めている。こうした新規制基準の下、平成26年度には各電気事業者から、それぞれの置かれた環境や立場を踏まえて、自主的な安全性向上に向けた取り組み方針が示された。
図 新規性基準について

出所:原子力規制委員会「実用発電用原子炉及び核燃料施設等に係る新規制基準について」(2016年2月17日更新)を基に三菱総合研究所作成

リスク情報の活用の促進

総合資源エネルギー調査会の「原子力の自主的安全性向上の取組(ロードマップ)」では、福島第一原発事故の教訓を出発点として、適切なリスクガバナンスの枠組みの下でのリスクマネジメントの実施を基盤とした以下の4本柱を定めている。

① 低頻度の事象を見逃さない網羅的なリスク評価の実施
② 深層防護の充実を通じた残余のリスクの低減
③ 外部事象に着目した事故シークエンス及びクリフエッジの特定と、レジリエンスの向上
④ 軽水炉の安全性向上研究の再構築とコーディネーション機能の強化

この中で、①の「低頻度の事象を見逃さない網羅的なリスク評価の実施」においては、海外の知見を取り入れた確率論的リスク評価手法(PRA)の高度化および分析結果の活用の促進が課題として掲げられている。PRAは、原子力施設で発生し得る事故のシナリオを体系的・網羅的に探索し、その発生頻度および影響の大きさを定量的に推定する安全評価手法である。PRAの定量化で使用されるイベントツリー・フォールトツリー解析の論理モデルの概要を下図に示す。このモデルでは、安全機能の成否による炉心損傷に至るまでの進展のシナリオを、イベントツリーと称する分岐図で表現する。そして、炉心損傷のきっかけとなる起因事象に対して、事故を防ぐための安全機能が失敗する確率を掛け合わせ、シナリオごとの事故に至る頻度を評価する。そこで用いる安全機能が失敗する確率は、要因を分割して図式化するフォールトツリー解析と称する手法で算出する。

上述の解析手法は、炉心損傷発生頻度を算出して安全目標と比較することのみならず、炉心損傷へ寄与する割合が多い事故シーケンスグループを抽出して安全対策を講じるべき機器を特定するためにも活用できる。福島第一原発事故以前においても、定期安全レビュー活動の中で、事故・故障の影響や不確実さなどのリスクに関して得られる情報(リスク情報)の活用は行われていた。しかし、シビアアクシデント対策が規制要件の対象外であったことや、定期安全レビューの評価結果に公開義務がなかったことから、電気事業者においては積極的にリスク情報を安全性向上に活用するには至っていなかった。
レベル1PRA論理モデルの概要(イベントツリー・フォールトツリー解析による定量化)

レベル1PRA論理モデルの概要(イベントツリー・フォールトツリー解析による定量化)

出所:原子力学会、標準委員会 技術レポート「リスク評価の理解のために」(2016年4月)を基に三菱総合研究所作成
リスク情報活用を促進するにあたり、米国をはじめとする諸外国から学ぶべきことは多い。米国や英国において使用している、原子力発電所の安全対策の実施可否判断や規制導入評価に対する費用便益分析は、リスク情報活用の代表例である。また、米国原子力規制委員会(NRC)が提唱する以下の図に示す5つの要素からなる統合的意思決定の考え方も、安全対策の実施可否などの意思決定を行う際に参考になる。特に米国はスリーマイル島(TMI)事故をきっかけにリスク情報活用に注力した経緯があり、先進的な知見を有し、安全性向上に高い実績をあげている。
米国原子力規制委員会が提示するリスク情報を活用した統合的意思決定

米国原子力規制委員会が提示するリスク情報を活用した統合的意思決定

出所:NRC「Risk-Informed Regulation」(2013年7月更新)を基に三菱総合研究所作成

先駆的な取り組みへの期待

日本は今後、諸外国から進んだ知見を学びながら自主的安全性向上の取り組みを通じてPRA手法の高度化を図っていく必要がある。そこでは、単に諸外国から学ぶだけでなく諸外国に比べて進んでいる知見(例えば地震や津波などの外的事象に関するリスク評価手法でのモデル化や手法の標準化に関する知見)の活用、さらには福島第一原子力発電所を襲った大地震や大津波のような低頻度・高影響事象を想定した際に現れる大きな不確実さに直面した場合の意思決定の在り方の検討など、諸外国をリードした先駆的な取り組みも積極的に行っていくことが望まれる。

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