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原子力発電を利用していくにあたって:第5回:安全性と経済性の両立に向けて

持続的な安全性向上を可能とする原子力発電のあり方を議論しよう

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2016.10.12

原子力安全事業本部阿部真千子

杉山直紀

エネルギー・サステナビリティ・食農

電力システム改革が迫る安全性と経済性の両立

東京電力福島第一原子力発電所の事故(以下、福島第一原発事故)以降、発電事業者の経営環境は大きく変化してきた。わが国では2013年4月に電力システム改革の方針が閣議決定され、これにより過去(1995年以降)、段階的に行われてきた電気事業制度改革は、2020年をめどとして発送電の法的分離と、料金規制の撤廃を伴う電力市場全面自由化に向けて大きく前進した。すでに2016年4月には小売市場への参入の自由化が実現された。

これまで、電力会社は、電力供給の信頼性を維持し、あまねく国民に電気を届けるといった公益的責任を担う代わりに、地域独占と規制料金(総括原価方式)によって、安定的な収益が約束されるという経営環境下で、原子力発電への計画的な投資を行ってきた。しかし、電力システム改革という市場全面自由化の流れの中で、電力会社の経営環境は、今後さらに大きな変化にさらされる。

発送電の分離により、原子力発電は発電部門の一部に位置付けられ、収益性は卸電力市場価格の変動の影響を受けることになる。このため、各社の発電部門は、これまでのような垂直統合型の企業経営の中での全体最適に基づくものではなく、もっぱら火力、水力、再生可能エネルギーといった他の電源との経済的優劣に基づいて原子力発電への設備投資の意思決定を行うことになる。

これは、新たなプラントを建設する、しないという意思決定はもちろんのこと、現在運転中※1のプラントについて、政策や規制の変更への対応や事業者の自主的な取り組みに要するコストが、その対応によって得られる安全性の向上や発電収益に見合うのかが、以前にも増して厳密に検討されることを意味している。

本稿では、福島第一原発事故後の安全性向上の取り組みとその継続に焦点を当てた後、安全性と経済性を両立させるための環境の整備の必要性に言及し、国民大での議論の必要性について述べる。

福島第一原子力発電所事故の教訓と安全性向上に向けたこれまでの取り組み概要

福島第一原発事故は、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による津波が直接的な原因と考えられている。地震・津波を含む自然からのさまざまな脅威への対応を含め、事故を起こさないための対策、事故が起こった場合でも影響を小さくするための緩和策やテロ対策が、新たに規制の要求事項として定められた。これらの規制要求への対応を含め、事故以降の安全性向上には、相当の費用が投じられている。総合資源エネルギー調査会の下に設置された「発電コスト検証ワーキンググループ」の資料※2によれば、24基の原子力プラントの平均で、1基あたり約1,000億円程度の安全対策費が必要になったとされている。

加えて、事故に至った背景を調査した各種報告書で共通して指摘されていることは、津波対策が不十分であったことだけでなく、安全を追求する姿勢が十分であったかという点である。東電福島原発事故調査・検証委員会報告書(政府事故調)に記されている福島第一原発事故の教訓の最後は「安全文化の徹底」であり、原子力事業者に対して「あらゆる新知見に対して目を凝らし、それが自らのプラントの脆弱性を意味するか否かを確認し、プラントの公衆安全に係るリスクが十分低く維持されているとの確信に影響があると認めるときには、安全性向上のための適切な措置を講じることに真摯に取り組んできたかを省みる」ことを求めている。

このような教訓を踏まえ、事業者が自らの安全性を向上していくことが法律(原子炉規制法)に明記され、事業者はその取り組みを原子力規制委員会に届け出た上で、公開することが求められるようになった。規制基準を満たしたから安全であると慢心することなく、自らの安全性を追求する姿勢を社会が確認できる制度が導入されたといえる。

安全性向上を持続するために~事業者の自助努力も促す米国の動き~

福島第一原発事故で顕在化した脆弱性への対策として行ってきた巨額の投資を長期間継続することは現実的ではない。今後は、安全性向上のための投資が実効的であるかどうかを判断していく仕組みが必要になってくるものと考えられる。リスク評価やそこから得られるさまざまな知見を活用し、プラントへの脅威を見極め、対策の必要性に優先順位を付け、複数のオプションから最も費用対効果の高い施策を選択して導入していくことが求められる。

その一方で、リスク評価には大きな不確実性が存在する(歴史的な自然災害の甚大な影響が典型)ことから、事故の防止策だけに偏ることなく、事故時の緩和策も含めたバランスの取れた強化が重要である。

これまで事業者は規制基準への対応として巨額の投資を行ってきた。今後は事業者自らが規制基準を超えて持続的に安全性を向上させていく上で、追加投資を含む合理的な安全対策の意思決定を行う事業環境へと移行していくこととなろう。

すでにわが国に先行して競争環境に移行している米国では、市場の動向を考慮して原子力発電プラントへの投資の意思決定を行うことはすでに当然のこととなっている。
昨今のシェール革命による天然ガス価格の低下、不景気による電力需要の低下などにより、卸電力市場は低迷を続けており、経済性悪化を理由とした原子力発電プラントの閉鎖が相次いで発表されている※3

経済性の悪化により、安全に対する投資が躊躇されるようなことはあってはならないことであり、自由市場の環境下において経済性に劣る原子力発電プラントが、いたずらに延命されず撤退することはむしろ望ましいことのはずである。わが国でも、電力システム改革による電源間の健全で公平な競争が期待されているはずだ。
しかし、市場が健全に機能していないとすれば話は別である。実際、米国では、安全上の問題なく運転を続けてきた原子力発電プラントが相次いで閉鎖に追い込まれる状況は「電力市場の歪み」によるものと指摘し、これを正そうとする動きもある。

わが国でも福島第一原発事故以降に行われた「コスト等検証委員会」の検討において、事故対策費用や政策経費といったいわゆる社会的費用は、原子力発電のコストに反映されるべきとの指摘がなされたが、米国では、むしろ原子力発電のプラスの価値が経済的価値に反映されていないという議論となっている。そのプラス価値の代表的な例は、発電段階で温室効果ガスを排出しないという環境に対する効果や、気候や天候条件に左右されず安定的に電力を供給できるという供給の信頼性などである。こうしたプラスの価値が経済的価値に反映されていないことは「電力市場の歪み」にあたると、発電事業者らは主張しているのである。

「電力市場の歪み」を正すような市場設計の是正を訴える発電事業者らのこうした動きに呼応して、2014年頃から、一部の卸電力市場の中には、急な電力需要の高まりに備えて予備的に供給力を確保しておくことに対する経済的価値を取引するいわゆる容量市場について、電源の信頼度に応じて価格がつく市場設計へと高度化を進める動きがあるほか、最近ではニューヨーク州などにおいて、温室効果ガスを排出しないことに対するゼロ排出クレジット(ZEC)制度を導入するなど、原子力発電のプラスの価値に対して経済的価値で応えようとする動きも見られる※4

こうした市場メカニズムの調整が、原子力発電の安全への投資のインセンティブとなることは健全な動きといえるが、原子力業界の自助努力にも同時に着目しておく必要があるだろう。
米国の原子力業界団体は、2015年末に、原子力発電に係るコストの削減と事業効率化、原子力の価値に対する認識を高めること、そしてその大前提として原子力の安全を維持することを同時に目指した業界大の取り組みを立ち上げた。“Delivering the Nuclear Promise”と呼ばれるこの取り組みは、発電コストを2018年までに30%削減することを目指し、電力事業者の最高原子力責任者(CNO)クラスのトップマネジメントがこの取り組みに強くコミットしている。

国民の納得が得られる議論の場を

わが国でも、電力システム改革による電力市場の活性化と相まって、事業者の経営努力により、安全性と経済性の両立が可能な原子力発電プラントが生き残るような、公正な競争に基づく電源構成が実現されることは望ましいことといえる。
ただし、市場の設計や調整にあたっては、米国の例にみられるように、これまで市場に反映されてこなかった原子力発電のプラスの価値が、福島第一原発事故を契機に検討されたマイナス面とともに、国民の前に示され、広く議論されることが待たれる。実際、そうした動きは始まっており、政府は「新たな価値」との表現を使って、kW価値、非化石価値を顕在化・流動化させていくべきとの考えとともに、他国にも類のない「非化石価値取引市場の創設」を方向性として提示したところである※5

日本政府は、2014年のエネルギー基本計画において、原子力を重要なベースロード電源と位置づけ、2015年の長期エネルギー需給見通しでは、2030年度の望ましい電源構成(ベストミックス)の中での原子力発電の比率を20~22%と置いている。
エネルギー基本計画の見直しは法に基づき3年に一度で、次の計画に向けた議論が近々に開始される。2015年末に国際的に合意されたパリ協定でのわが国の温室効果ガス削減目標を踏まえながら、また、事故から5年が経過しても数万人の方が故郷への帰還が不可能な原子力事故後の復旧状況や、科学技術の持つリスクや不確実性あるいは限界についても目配りのできる議論を経てこそ、原子力発電のメリットとリスクが国民に共有され、ひいては安全への投資にも深い理解が得られることにつながるはずである。

※1:日本では現在ほとんどの原子力発電プラントが運転を停止している状態だが、規制機関の審査を経て運転を再開することを前提に設備投資を行い、維持管理コストを負担している。

※2:総合資源エネルギー調査会発電コスト検証ワーキンググループ
「長期エネルギー需給見通し小委員会に対する発電コスト等の検証に関する報告」P.58
https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/mitoshi/cost_wg/pdf/cost_wg_01.pdf

※3:この傾向は2012年頃から見られたが、2016年に入ってからは少なくとも5基の閉鎖が事業者から発表されている。

※4:ニューヨーク州ではこの制度の導入が決定されたことで、経済性の問題で閉鎖が危ぶまれていた数基の原子力発電プラントの収益性が改善し、運転が続けられることになった。

※5:2016年9月27日資源エネルギー庁「電力システム改革貫徹に向けた取組の方向性」 第1回 電力システム改革貫徹のための政策小委員会資料6。

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