コラム

カーボンニュートラル時代の原子力エネルギー

廃炉への鍵 世界の叡智の結集

福島第一原子力発電所事故後の原子力

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2017.10.18

原子力安全事業本部河合理城

カーボンニュートラル時代の原子力

1.福島第一原子力発電所の廃炉に関する国際協力の背景

当連載コラムの『【coffee break】納得している? 福島第一原子力発電所廃炉の「難しさ」』でも取り上げたとおり、福島第一原子力発電所の廃炉には、さまざまな難しさが存在しています。炉心損傷を伴う原子力発電所の重大な事故としては、過去にスリーマイル島(TMI)原子力発電所事故(1979年)やチェルノブイリ原子力発電所事故(1986年)が起きています。

福島第一原子力発電所の廃炉には、溶け落ちた燃料(燃料デブリ)が原子炉格納容器内に広範囲に分布している可能性がある点や、複数の損傷した原子炉に対応しなければならないことなどから、「これまで人類が経験したことのない」難しさがあります。このような未曾有の領域で戦うには、国内技術だけではなく、かつての事故の経験を踏まえた海外の先進的な技術も取り入れることが効果的かつ効率的です。そのため、福島第一原子力発電所の廃炉では国内だけでなく海外の知見も活用した取り組みがなされています。

2.福島第一原子力発電所で既に活用されている海外技術

既に活用されている海外技術として、以下の機器・装置等が挙げられます。これまでさまざまな部分で、活躍しています。
図表1 福島第一原子力発電所で既に活用されている海外の装置(例)
装置名称 企業名(国名) 概要
セシウム除去装置(Actiflo-Rad) AREVA(仏)
Veolia(仏)と
日揮との共同
汚染水のセシウム除去
セシウム除去装置(Kurion) Kurion(米)
現Veolia(仏)
汚染水のセシウム除去
モバイル型ストロンチウム除去装置(KMPS) Kurion(米)
現Veolia(仏)
タンク内の汚染水からのストロンチウム除去
多核種除去設備(ALPS) Energy Solutions(米)
(東芝との契約)
汚染水のさまざまな放射性物質(62核種)除去
コンクリートポンプ車 Putzmeister(独) 事故直後における長い注入アームを用いた原子炉建屋への注水
内部調査用小型ロボット(Packbot) iRobot(米) 原子炉建屋内の高線量物品の運搬、カメラの搭載による建屋内部の撮影等
γ線イメージャ(N-Visage) React(英) 原子炉建屋内の線量測定、汚染分布の調査

出所:経済産業省ウェブサイト、AREVAウェブサイト、Kurionウェブサイト(http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/140414/140414_02f.pdf、http://www.sfrp.asso.fr/medias/sfrp/documents/S4_b_-_JC_PIROUX.pdf、http://www.kurionveolia.com/en/our-expertise/technologies/separation-mobile-processing-system-kmps、2017/9/20閲覧)等をもとに三菱総合研究所作成

3.廃炉に向けた技術開発に関する海外機関の協力

福島第一原子力発電所の廃炉の技術開発には、海外からの協力も重要です。廃炉に関する技術開発は、「基礎・基盤研究(基礎的データの取得・現象の解明や新たな技術アイデアの開発・検証等)」「応用研究(機器・装置・システムの開発や性能実証等)」「実用(現場適用や規制対応等)」の三つに大別できます。「基礎・基盤研究」は主に大学や研究機関が、「応用研究」は主にメーカーが、「実用」は主に東京電力が担います。ここでは、「基礎・基盤研究」と「応用研究」に焦点を当てて説明します。
図表2 技術開発のステップと主なプレイヤー
図表2 技術開発のステップと主なプレイヤー
出所:三菱総合研究所
福島第一原子力発電所の廃炉では未知の部分が多く、長期の対応が見込まれることから、将来の「応用研究」や「実用」の前段階として、研究者の自由な発想に基づく基礎的・基盤的な研究開発が多様に行われることが必要です。「基礎・基盤研究」として、文部科学省が「英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業」を実施しており、多数の重要な研究が行われています。この事業では、日英・日米・日仏で、内外の大学・研究機関が協力し合い、廃炉に向けた研究を日々進めています。

また、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(以下、JAEA)の廃炉国際共同研究センター(CLADS)でも、国際協力体制を強化する取り組みを始めています。特に最近では、国内外の大学・研究機関が共同研究できる場として、2017年4月に「国際共同研究棟」を福島県富岡町に整備しました。廃炉を着実に進めるための研究開発に関して、より海外の技術協力を得やすい環境に変化してきています。
図表3 基礎・基盤研究の取り組み(文部科学省)における海外機関の協力
実施年度 中核機関 海外側代表機関 研究課題名
平成27年度 長岡技術科学大学 ランカスター大学(英) プラント内の線量率の評価と水中のデブリ探査に係る技術開発
平成27年度 東京工業大学 ブリストル大学(英) 水の漏洩箇所特定とデブリ性状把握のためのロボット・超音波技術の開発
平成27年度 九州大学 シェフィールド大学(英) 汚染水処理で発生する廃棄物の処理処分技術の確立と高度化
平成27年度 JAEA シェフィールド大学(英) 汚染水処理で発生する廃棄物等の安全な長期貯蔵・処理・処分のための技術開発
平成28年度 JAEA テキサスA&M大学(米) ヨウ素の化学状態に基づく廃棄物の処理方法の開発
平成28年度 東京大学 ロンドン王立大学(英) 燃料デブリ取り出し戦略の構築:リスク管理と物理シミュレーションの融合
平成28年度 北海道大学 シェフィールド大学(英) 汚染水処理で発生する廃棄物の固化体の理解とモデル化、処分システムの提案
平成29年度 【事業開始前のため未定】 フランス国立大学(仏) 【募集テーマ】過酷環境下での作業のための基礎基盤技術に関する共同研究

出所:原子力損害賠償・廃炉等支援機構ウェブサイト(http://www.dd.ndf.go.jp/jp/decommissioning-research/dr-committee/materials/04/doc2-5.pdf、2017/9/20閲覧)をもとに、研究課題を簡略化して記載。

応用研究としては、経済産業省・資源エネルギー庁が「廃炉・汚染水対策事業」において補助金を用いた支援をしており、より実用段階に近い研究開発が進められています。この「廃炉・汚染水対策事業」にも、多数の海外事業者が参加しています。(詳細:図表4)
図表4 廃炉・汚染水対策事業(経済産業省・資源エネルギー庁)における海外機関の参画
実施年度 事業者 実施内容
平成26年度 IBC Advanced Technologies, Inc.(米) 海水中の放射性物質を除去する技術の検証
平成26年度 AREVA NC(仏) 海水中および土壌中の放射性物質を捕集する技術の検証
平成26年度 Cavendish Nuclear Ltd(英) 燃料デブリを水中ではなく気中で取り出す方法の検討
平成26年度 Create Technologies Limited(英) 燃料デブリの位置を特定するための視覚・計測技術の実現可能性検討
平成26年度 ONET TECHNOLOGIES NUCLEAR DECOMMISSIONING(仏) 燃料デブリを水中ではなく気中で取り出すための燃料デブリ切削・集塵技術の実現可能性検討
平成26、27年度 Kurion(米)
現Veolia(仏)
汚染水中のトリチウムを分離する技術の検証
平成26、27年度 Federal State Unitary Enterprise “Radioactive Waste Management Enterprise “RosRAO”(露) 汚染水中のトリチウムを分離する技術の検証
平成27、28年度 COMEX NUCLEAIRE(仏) 燃料デブリ・炉内構造物を取り出す際に、それらを切削し集塵する技術の実現可能性検討
平成29年度~ COMEX NUCLEAIRE(仏) 燃料デブリの所在の特定・検知のための小型中性子検出器の開発
平成29年度~ Federal State Unitary Enterprise “Radioactive Waste Management Enterprise “RosRAO”(露) 燃料デブリの所在の特定・検知のための小型中性子検出器の開発
平成29年度~ COMEX NUCLEAIRE(仏) 燃料デブリ・炉内構造物を取り出す際の基盤技術開発

出所:各公募要領・公表資料より三菱総合研究所作成

4.海外の専門家の協力

これまで述べてきた、海外の機器・設備や技術開発の協力に加え、海外の専門家から福島第一原子力発電所の廃炉に有用な知見の提供を受けるようなソフト面の協力も重要です。主に以下のようなものが挙げられ、世界各国のさまざまな知見を有する専門家から協力を受けています。
  • 国際原子力機関(IAEA)による廃炉に向けた取り組みのレビュー
  • 原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF)に設置されている廃炉等技術委員会
  • 国際廃炉研究開発機構(IRID)に設置されている国際エキスパートグループ会議(東京電力の国際アドバイザリーチームを引き継いだもの)
  • 廃炉・汚染水対策事業における審査委員会等
また、学会やワークショップなどでも、貴重な意見をいただき、廃炉技術に活かしています。さらに、海外の専門家の直接的な協力ではありませんが、既に整理されている過去の原子力事故のレポートなどは、国内の関係者が参考にすることで福島第一原子力発電所の廃炉に寄与しています。

5.海外の叡智を「結集」し廃炉を進めるために

今後、福島第一原子力発電所の廃炉は、燃料デブリ取り出しという極めて難易度の高い作業にフェーズを移していきます。日本の企業・研究機関の技術にとどまらず、海外の叡智も結集して、着実かつ効率的に進めていくことが重要です。

一方、海外の知識や技術を今後の廃炉に活かしていくことは、言語の違いに加え、距離の隔たり、法規制・規格の違い、知的財産の取り扱いの問題などがあり、決して容易ではありません。前述した「廃炉・汚染水対策事業」は当社が事務局となり海外の事業者が応募・参画しやすい環境を整備していますが、国内の事業者では発生しないようなさまざまな困難に直面することがしばしばあります。

また、今後、開発された技術や提供された知見は、廃炉作業にそのまま単独で適用できることは少なく、他の国内の知見・技術との融合により適用されると見込まれます。その際は、日本の技術・知見と組み合わせられるよう橋渡しする「翻訳」のプロセスが必要となります。例えば、前述した海外特有の問題に対処しつつ、結合した技術の達成すべき目標や制約条件下の解決策等を見越して、それぞれの技術の一部を調整・改良することなどが挙げられます。
図表5 海外技術の「翻訳」と「適用」
(海外の燃料デブリ取り出し装置を「翻訳」して廃炉作業に「適用」する例)
図表5 海外技術の「翻訳」と「適用」 (海外の燃料デブリ取り出し装置を「翻訳」して廃炉作業に「適用」する例)
出所:三菱総合研究所
この「翻訳」は海外と国内の技術者の密な連携・情報共有によって初めて達成可能であり、そのために国内外の状況をよく知る第三者が加わり、両者のインターフェースを担うことも有用です。さらに、このインターフェースを高度化し、「基礎・基盤研究」、「応用研究」、「実用」の全てのステップで効果的に「翻訳」が機能する場(プラットフォーム)を整備することで、海外技術の融合により新たなアイデアや知見が生まれて技術化されるような「オープンイノベーション」も期待されます。

今回のコラムで一部を紹介したように、円滑かつ着実な廃炉の実施に向けて、国内外の叡智の結集が活発に進められてきています。一方、結集した成果(研究成果や技術)の適用はこれからです。福島第一原子力発電所の廃炉を完遂させるためには、叡智の「結集」だけでなく、「翻訳」と「適用」を促進させる取り組みを実施していくことが重要です。