第5回 AI普及に欠かせない利用者個人のリテラシー

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2019.7.31

未来構想センター中村智志

AIで変わる社会
私たちの日常生活の中で、AIの普及を実感する機会が増えてきた。2017年には家庭にスピーカー型のアシスタントデバイスが普及し始め、2018年にはAIを搭載した家電製品やWebサービスが多く登場した。今後も、スマート住宅や自動運転車などの大型ハードウエアから、医療診断支援や人材評価(HR-Tech)などの機微な個人情報を扱う情報サービスまで、さまざまな分野で普及が加速する。AIはますます生活必需品となり、生活の多くの場面で頼りになるパートナーとなっていくだろう。本稿では、AI普及によって個人の生活や価値観がどのように変化するかを考察する。

官民挙げて普及を目指す国内AI

日本はAIの研究開発で欧米の先進諸国に後れをとっている印象があるものの、国内企業によるAI利活用は活発に行われている。総務省の調査によると、国内企業のAI導入率は19.7%(2018年)から38.3%(2020年)まで増加すると予想されている(図1)。
AIの研究開発に関しても、日本政府によって取り組みが進められている。政府が定めた科学技術イノベーション戦略の中でも、特に取り組みを強化すべき主要分野にAIを位置づけ、研究開発の推進や技術活用だけでなく、人材の育成と確保も含めた推進政策を立案することを決めている。まさに官民を挙げてAI社会実装に取り組んでいるといえる。
図1 諸外国のAI導入状況と予定
図1 諸外国のAI導入状況と予定
出所:総務省「ICTによるイノベーションと新たなエコノミー形成に関する調査研究」(2018年)に基づき三菱総合研究所作成
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/h30_02_houkoku.pdf(閲覧日:2019年7月19日)

AIにより個人向けにカスタマイズされる製品やサービス

AIが普及した社会では、暮らしの中のさまざまな製品やサービスが、個人の嗜好に応じてカスタマイズされるだろう。
例えば、高級な洋服や靴などの衣類品・装飾品は、これまでは作り手が依頼者の体形や嗜好などに合わせ、細かなオーダーを聞きながら匠の技によって一つひとつ作り上げてきた。一方、工場などで大量生産する汎用品を依頼者のオーダーに合わせて個別にカスタマイズすることは困難だった。しかし、AIを活用することで、匠の技を必要とする製造工程をロボットアームで再現し、オーダーメード品を安価に量産できるようになる。
製造業だけでなく、外食産業をはじめとするサービス業などでもAI活用が進めば、生活の多くの場面で個人向けにカスタマイズされた製品やサービスが提供され、私たちの生活の質は飛躍的に向上するだろう。

10年後はAIに個人情報や判断を委ねる時代に

AIが広く普及した社会では、私たちの価値観も大きく変化する。10年後、人間は生活の多くの場面でAIの判断を信頼するようになるだろう。
例えば、私たちは日常的な判断においても、その判断に必要な情報を収集したうえに逡巡するため、多くの時間を浪費している。AIの判断を活用することで、毎日の献立や服のコーディネートのような小さな判断に頭を悩まされることがなくなり、より時間を有効に使えるようになる。
AIに判断を委ねてもよいという認識が広まれば、AIを組み込む製品やサービスの範囲はさらに広がり、多くの人がAIによって高品質化した製品やサービスを利用できるようになる。また、そうした信頼感の蓄積から、AIに対して個人情報を提供する抵抗感が低下する。より多くの個人情報が集まればAIがもたらす恩恵はさらに拡大し、AIへの信頼感がさらに増すポジティブループが形成されるだろう。

AIを使いこなすにはリテラシー向上が必要

今はまだ、個人情報の提供に抵抗を感じる人が多い。しかし今後、より有益なサービスを受けたい人は、AIに対して適切に自らの個人情報を提供する習慣を身に着ける必要がある。どのサービスにどのような個人情報を提供しているかを把握し、不必要な個人情報の提供や不正利用を防がなければならない。
また、AIに判断を委ねる場面を適切に限定する力を養う必要がある。AIの判断や提案には「誤り」を含む可能性があるため、ある程度間違ってもよい場合にだけ任せることが肝要だ。重要な経営判断や判断結果が人間の生命に関わるなど、責任の所在を明確にする必要がある場合には、引き続き人間が最終的な判断を担わなければならない。
インターネットやスマートフォンが社会に普及した際と同じように、よりAIの恩恵を得られる社会を目指すためには、利用者のリテラシーが求められる。AIによって高品質化した製品やサービスの普及に合わせて、利用者個人もAIと適切に付き合うリテラシーを高めていかなければならない。
図2 10年後のAIが広く普及した社会
図2 10年後のAIが広く普及した社会
出所:三菱総合研究所