緊急事態宣言が解除され、自粛で受けたダメージを回復すべく、それぞれの企業で新たな取り組みが検討されているだろう。目下、新型コロナウイルス禍において、企業は目先の出血を止め、業績回復に向けた施策を打つことが必須となっている。施策を打つにあたり、多くの企業においては、経済活動が停滞した現状をベースに「何が」「いつまでに」「どの程度」回復するかの検討がなされている。
しかしコロナ禍は、従来企業が前提としていた、中長期的な戦略策定としての「未来の社会像」を変える可能性をはらんでいる。現在顕在化している事象のみをベースとして、5~10年間の中長期的な将来を見通すと、自社の事業に影響をもたらす「変化の兆し」を見逃したり、過小評価したりし、変化への対応が後手に回ってしまう恐れがある。
ここで有効なのが、シナリオプランニング手法を用いた未来シナリオの検討だ。「ポストコロナの世界は現状の延長線上ではない」という視点で、世の中の「変化の兆し」を捉え、自社の事業に影響を及ぼす可能性のある社会環境要因(ドライビングフォース)を抽出し、複数の未来を描く。
「未来は現在の延長線上ではない」という視点でシナリオをもてば、「変化の兆し」を過小評価せず、変化が顕在化した未来に対して自社がどのような戦略を打つべきか、そのためにどう変わらなければならないかを想定できる。
鉄道事業者における4つの未来シナリオ
現在、ポストコロナの社会の在り方を示す「ニューノーマル(新常態)」の概念が提唱され、各国、各分野でさまざまなガイドラインが示されている※1~4。「ニューノーマル」の変化をもたらす社会環境要因の中で鉄道事業者に与える影響が大きい「生活者の価値観」と「社会構造」の面から考えてみよう。
「生活者の価値観」としては、プライベートで人と対面で会うことに対する価値観が変わる可能性がある。テレワークが普及して、オンライン上でコミュニケーションが事足りると実感する人が増えれば、プライベートでもコミュニケーションの多くをオンライン上で済まし、特別な時、特別な相手とのみ対面で会うという価値観が高まる可能性がある。逆に、仕事で人と対面で会う機会が減るので、プライベートでは対面で会いたいという価値観が高まる可能性もある。
「社会構造」としては、テレワークやオンライン教育が普及すれば通勤に便利な都市部に居住する必要はなく、都市一極集中が緩和され人口が地方部に分散する可能性がある。一方、地方部が居住地としての魅力を十分に訴求できなければ、機能が集中する都市部に人口が集中し続ける可能性もある。
この「生活者の価値観」と「社会構造」の掛け合わせによって生まれるのが、鉄道事業者における4つの未来シナリオだ(図1)。このシナリオによって、鉄道事業者の未来の位置づけが変わる。
一方で、シナリオⅡは「日常と非日常のスイッチングポイント」という役割である。居住地の重心は都市部に残るものの、移動が特別な目的のみに絞られる。より非日常化する世界であり、鉄道事業者は移動においても非日常性を強化する必要がある。例えば、このシナリオにおいて、駅や車内において非日常を演出し、移動自体を体験化し付加価値を高めることなどが考えられる。
シナリオⅢは、地方分散が進み、さらにデジタル空間上で過ごす人が多くなる。地方の移動は自動車が中心である上に、移動の総量も縮小する。鉄道事業者にとっては最も厳しいシナリオである。このシナリオにおいては、鉄道事業者自らが移動需要を創出する「地域発移動のプロデューサー」の役割を担う必要がある。対応の方向性として、例えば人々が移動する目的自体を創出していくことなどが考えられる。
シナリオⅣは「地方をつなぐ、地方でつなぐ、次世代インフラ」。居住地が地方に分散した社会において、地方を起点とする生活支援機能としてのインフラ提供がいっそう必要となる。対応の方向性としては、地方間をつなぐことはもちろん、鉄道事業者が地方内の二次交通、三次交通までトータルで提供する役割を担う。
なお、これらの未来シナリオはあくまでも一例であり、各鉄道事業者が置かれる経営環境や事業が多角化している場合には、どの事業に焦点を当てるかによって、抽出すべきドライビングフォースが異なる。
シナリオからは、鉄道事業者がこれまで主な収益源としてきた「都市における大量輸送」からの転換を迫られかねない未来が考えられる。リモートワークやオンライン教育の促進による通勤・通学の変化は、短期的な「トリップ」の減少だけではなく徐々に居住地選択に影響をし、長期的には都市構造や人口分布を変え、運輸収入やターミナルでのオフィス賃貸などの基本トレンドを変えていくことになる。移動経路の多様化、移動機会の減少に対して、「顧客をマスとして捉えるのではなく一人ひとりの顧客ニーズに合った輸送を提供する」「輸送を担うだけでなく人々の移動目的を創出する」など、従来とは違った視点で戦略策定する必要がある。
重要な点は、未来における特に不確実性が高い要因を中心に、全社的な視点で複数の未来シナリオを想定し、対策を検討しておくことだ。なぜならコロナ禍は、従来企業が中長期的な戦略策定の前提としていた「未来の社会像」を大きく変える可能性があるからである。従来の前提が変わった場合に、鉄道路線やターミナル施設というインフラ資産を有効活用するための需要をどのように創造するか、そのために、柔軟に事業構造をどのように変革していくか、変革を実現するために組織風土・人材はどのように変わっていなければならないか——といった方向性を全社的な視点をもって検討することが重要である。
以降では、未来シナリオの策定ステップと当社の実績を踏まえた未来シナリオを描き、有効活用するためのポイントを紹介する。
未来シナリオの策定ステップ
②「変化の兆し」に基づき、「自社の事業に大きな影響を及ぼす社会環境要因(ドライビングフォース)」を構築する
③「ドライビングフォース」に基づき未来のシナリオを策定する