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ポストコロナの経営 鉄道 第5回:鉄道事業者は個人のWell-Beingを実現する存在へ

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2021.10.13

経営イノベーション本部岩崎亜希

山口 涼

経営戦略とイノベーション
コロナ禍により移動需要は減少、鉄道事業者の売り上げは落ち込んでいる。短期的に見れば、需要回復を待つ間、徹底的な効率化によるコストダウンなど、業績回復に向かうための施策が必須である。しかし同時に、コロナ禍によって想定外に急加速した鉄道需要の質的な変化を見過ごしてはならない。

本連載ではこれまで、消費者向けおよび企業向けのアンケートを通じてポストコロナにおける鉄道需要の変化を考察してきた。連載最終回となる本稿では、鉄道事業者がこの鉄道需要の質的な変化に適応するための方策を提言したい。

※本コラムは「JRガゼット2021 年8月号」(交通新聞社)に寄稿した「ビジネスモデル転換に向けた試論~個に向けたサービスの時代へ~」をベースに編集・加筆したものである。

1. 想定を超える需要減少が現実に

コロナ禍を経て、鉄道の利用状況はどのように変化したのだろうか。ここでは、ポストコロナにおける鉄道利用について、これまでの各種調査や有識者との意見交換に基づき通勤および通学定期を利用する場合(定期利用)と利用しない場合(非定期)に分けて解説する。

通勤定期は2019年度比で1~2割程度の減少が固定化する見込み、通学定期は動向を要注視

2020年度のJR各社や大手私鉄の利用状況は、前年同月比でおおむね70~80%で推移した。当社が2020年12月に企業向けに実施したアンケート結果※1によると、コロナ前は売り上げ1,000億円以上の企業のうち90%近くが通勤定期代を支給していたものの、感染終息後に通勤定期代を支給するとした企業は54%であった※2

ウィズコロナが長期化する中でリモートワークのメリットと適切な運用方法が浸透しつつあることから、終息後もリモートワークを継続する企業が存在するとみられる。結果として、通勤定期利用については、当社推計などにより2019年度比で1~2割程度の減少が固定化するものと見ている。

通学定期需要の変化を規定する要因としては授業のオンライン化が重要な要素である。文部科学省が全国の国公私立大学に対して行った調査では、2021年度前期は97.4%の大学が半分以上を対面授業とすると回答した。ただし、そのうち6割を超える大学は対面・遠隔授業を併用すると回答している。大学や高校の授業実施方針は引き続き注視する必要があろう※3
図1 関東大手私鉄における輸送人員数の推移(各社の対前年同月比の平均値)
図1 関東大手私鉄における輸送人員数の推移(各社の対前年同月比の平均値)
注:関東大手私鉄のうち、月別の輸送人員(前年同月比)を公開している各社(東武鉄道、西武鉄道、京王電鉄、東急電鉄、京浜急行電鉄、京成電鉄、小田急電鉄、相模鉄道)について、平均値を算出。なお、京浜急行電鉄と京成電鉄は通勤定期のみの公表はされていないため、通勤定期の平均値はほか6社の平均値。

出所:各社の公開情報より三菱総合研究所作成

業務移動は目的に応じた取捨選択が進む

非定期のうち通勤移動は、通勤定期からの転換による増加があるものの、長期的にはリモートワークの浸透により減少に転じる可能性がある。

非定期のうち会議などに伴う業務移動はリモートワークの浸透により減少が見込まれる。特に、社内会議のための出張や定例的な進捗報告会議などはオンラインでの実施に置き換わっていくと考えられる。一方、現地視察を伴う出張や重要局面における商談や信頼構築のための会議は、オンラインでは代替困難との判断のもと、一定程度残っていくだろう。

私事を目的とした移動はオンライン上で代替可能性が高まることで減少

非定期のうち私事を目的とした移動は、コロナ終息直後はウィズコロナにおける行動抑制の反動、いわゆるリベンジ消費によって一時的に回復するとみられる。

中長期的にはEコマースなどのさらなる浸透により、オンラインで代替可能な活動のための移動は減少していくだろう。人と会ったり、観光地を訪れたりといった、オンラインでは代替困難な活動のための移動はコロナ前と同程度残ると考えられるが、デジタル空間上でフィジカル空間を再現するサービスの検討も進んでおり、技術動向やサービスの浸透状況は注視が必要だ※4

コロナ前から人口減少や少子高齢化による生産年齢人口減少の影響で中長期的な鉄道需要減少は予想されていた。しかし今、コロナ禍を契機としたリモートワークの急激な浸透やデジタル化の進展により、想定を超える将来の需要減少が現実のものとなっている。

2.「個人のWell-Beingの実現」に向けたサービス提供が重要に

第2章では、前章で示した需要減少が起こる中で鉄道事業者が取り組むべき方向性を検討する。

輸送事業と人々の移動にひもづくサービスで「人々の豊かな暮らし」を支えてきた

これまで鉄道事業者は、輸送事業に加えて沿線人口の増加に資するサービスを充実させることで移動需要を生みだしてきた。また、ターミナル駅での商業施設開発や駅前のスーパーマーケット事業など人々の移動にひもづくサービスを展開し、輸送事業とのシナジーによって収益を獲得してきた。

鉄道事業者は長らく輸送事業と人々の移動にひもづくサービスを提供し、社会的インフラとして「人々の豊かな暮らし」を支えてきたのである。

多くの鉄道事業者の理念やビジョンに「豊かな暮らし」といった文言が入っていることからも、鉄道事業者にとって人々の豊かな暮らしを支えることが存在意義となっていたと考えられる。

コロナ禍でこれまでと同様に「人々の豊かな暮らし」を支えることが困難に

しかし、第1章でみたように、コロナを契機としてリモートワークが急速に浸透し、デジタル化も進展した。これにより、人々のライフスタイルが一挙に多様化したとともに、移動の目的となる活動の一部がオンラインで満たされるようになった。

結果的に、「多くの人」をマスで輸送することを事業の核としながら人々の移動にひもづく周辺のサービスを提供していた鉄道事業者は打撃を受けている。また、移動目的となる活動の一部がオンラインで満たされることによって、人々の移動の機会は減少している。その結果、従来のような輸送事業と周辺サービスだけでは、これまでと同様に人々の豊かな暮らしを支えることが難しくなっている。

ポストコロナでは「個人のWell-Beingの実現」に取り組む必要がある

このような状況下で、収益獲得のためには、本来個人がこのように生きたい(働きたい、楽しみたい、交流したい)、こうありたいと願う潜在化された欲求に目を向け、そのニーズを満たすサービスを鉄道事業者が自ら創り出していくことが必要だ。

また、これからも人々の豊かな暮らしを支え続けるためには、移動にひもづくサービスにとどまらず、多様化する人々のライフスタイルの中にあるニーズに対応したサービスを行っていくことが重要だ。

これまでは「安全で便利な鉄道輸送の実現」によって人々の豊かな暮らしを支えてきた鉄道事業者が、「個人のWell-Beingの実現」によって人々の豊かな暮らしを支えて行くのだ。

3.「個人のWell-Beingの実現」に取り組むために

鉄道事業者が個に向けた新たなサービスを生み出すためには、パーパス(存在意義)、事業戦略、組織的な仕組みづくりの観点でアップデートが必要である。第3章ではこれらについて解説する。

パーパスの再定義:「一人ひとりが思い描く」豊かな暮らしの実現へ

多くの鉄道事業者は「沿線地域に住む人々の豊かな暮らしの実現」を自社のパーパスと捉え、豊かな暮らしを支えるための重要なインフラである鉄道事業を営んできた。しかし、従来的な移動需要が減少すれば、大量輸送のみでは豊かな暮らしの実現は困難になる。「多くの人」という集合概念ではなく「一人ひとりが思い描く」豊かな暮らしを実現することをパーパスと定義し、鉄道輸送に限らず個に向けたサービスを提供する必要がある。

自社のみでは多様に描かれる豊かな暮らしの実現に対して十分なサービスを提供できないとすれば、他社を巻き込むことも一つの方法であろう。そのためにも、一歩踏み込んで一人ひとりの豊かな暮らしを具体的に描き出し発信することが重要だ。JR東日本とKDDIが連携して取り組む「空間自在コンソーシアム」では「場所・時間にとらわれない豊かな暮らしづくり」という明確なビジョンを掲げており、コンソーシアムにはさまざまな業種の企業29社が参加している※5

サービス展開の方向性:個の暮らしを支えるトータルサービスを提供する

第2章で述べた通り、鉄道事業者は個人の欲求に目を向け、そのニーズを満たすサービスを自ら創り出していくことが重要になるだろう。今後は、人々の多様な行動需要の創出から移動の実現までを一体的に提供することが前提になる。

コロナ前にも、例えば、MaaSアプリを通じて個に応じた最適な移動体験を提供する取り組みは行われてきたが、移動の効率化やシームレス化に焦点を当てられていた。今後は、潜在化されている個人の欲求の発現も含めた手段として捉えなおし、実践していくことが重要となる。各社で試行されているワーケーションなどに関連する動きはその一例で、ワーケーションを通じて新しい働き方・暮らし方を提案・実装し、一人ひとりのWell-Being向上へ繋げていくことができる。

また、従来的な移動需要が減少する状況下では、移動を超えたサービスの展開も必要となる。沿線地域において顧客基盤を持つ鉄道事業者であれば、既存顧客を新規サービスに誘導しやすい。移動に加えて日常的な買い物、余暇などさまざまなサービスを横断的に提供することで、人々の暮らしをトータルに支えることができる。

パーパスの実現に向けた仕組みの構築

パーパスを再定義し、その実現に向けて新たなサービスを生み出していくためには組織における仕組みづくりも必要だ。

事業創出のための投資は、鉄道事業者が通常行う設備投資や不動産投資と異なり、投資対効果の不確実性が高い。したがって、ステージゲート法(事業開発を複数のステージに分け、ステージごとに評価・開発継続可否を判断する方法)の導入や撤退基準の明確化が必要だ。また、スピード感を持って意思決定するためには、階層のフラット化・権限の委譲も重要である。

新規事業の創出にあたっては、既存リソースの活用が重要なポイントである場合も少なくない。また、個に向けた多様なサービスを展開するためには、部署間の連携が必要となろう。しかし、実際には新規事業部署が他部署の協力を十分に得られない、部署横断での連携体制が構築できないといったケースが多い。部署間の連携を促進し既存リソースを有効活用するために、創出すべきサービスを社内で共有し、ビジョンとの関係性を明確にすることが望ましい。

4. 個人のWell-Beingに資するサービス創出のためのポイント

最終章では、第3章で示した「サービス展開の方向性」について、さらに深掘りし、3つのポイントとして示す。
図2 3つのポイント概要
図2 3つのポイント概要
出所:三菱総合研究所

ポイント①:移動にひもづかないサービスも事業領域に含める

これまでの鉄道事業者の事業は輸送事業と人々の移動にひもづくサービス(駅直結の立地を活かした商業施設の事業やスーパーマーケット事業など)が中心であった。

今後は移動にひもづくサービスの高付加価値化や、移動にひもづく個人の潜在的な欲求を引き出し新たな移動需要を生むことも必要であるが、個人のWell-Beingを実現するためには、上記のような移動にひもづくサービスに加えて、移動にひもづかないサービス提供をこれまで以上に展開していく必要がある。

鉄道事業者が新規事業を検討する際、これまでは利用者が家を出てから帰宅するまでの間、つまり人々の移動中の課題を捉え、サービス検討を行っていた。しかし、今後は1日24時間の生活の中でどのようなサービスを提供できるかを考えていくことが重要だ。

もちろん、鉄道事業者が持つリソースだけではサービス提供が困難な場合もあるだろう。その場合には、外部の企業とも積極的に連携を進めていくことが肝要である。足元、JR東日本は千趣会と連携し、JRE MALL向けの商品開発などを進めている。JR東日本にとっては、千趣会のノウハウを活かして商品カテゴリを広げることで、サービスの充実化に繋げることができる。JR東日本は移動にひもづく領域でも西武HDと連携してワーケーションの取り組みを進めているほか、KDDIなどとも連携して郊外や地方におけるワークプレイスの構築に向けた取り組みを進めている。今後、このような外部企業との連携は広がっていくであろう。
図3 移動にひもづかないサービスの検討イメージ
図3 移動にひもづかないサービスの検討イメージ
(クリックして拡大する)

出所:三菱総合研究所

ポイント②:事業を横断してデータの蓄積・活用を行う

これまで鉄道事業者では、鉄道部門と不動産部門が別に会員IDを管理していたり、統合されていても相互に有効活用できていなかったりする場合があった。今後は会員IDを相互に活用した個々の行動や趣向に根差すサービス提供が重要だ。特に移動に関するデータと決済に関するデータを取得し、ひもづけて管理ができれば、個々の顧客の消費行動が見えてくるし、潜在的な欲求やニーズを捉えることにも繋がる。

活用・検討が進められているMaaSアプリにおいても、移動に関するデータの収集・連携にとどまらずさまざまなデータ連携を行い利用者の行動を統合的に分析することで、これまでは捉えられていなかった欲求を把握し、サービス提供に繋げていくことが重要になる。

これまで捉えられていなかった個人の欲求を把握しサービス提供をすることは、個人にとって最適な新しい行動を生むことに繋がる。当社ではこれを実現する仕組みを行動拡張プラットフォーム(Region Ring™)と呼んでおり※6、個人のWell-Beingの実現において重要な要素であると考えている※7

ポイント③:事業別の売り上げだけではなく、個々の顧客からの売り上げを管理

多くの鉄道事業者はこれまで事業別に売り上げを管理してきた。今後も事業別の管理は必要だろうが、併せて個々の顧客からどの程度の売り上げを獲得しているかもモニタリングしていくべきだ。

事業別の管理では、個人のWell-Beingに自社がどの程度貢献できているかを知ることは難しい。全事業を横串で見た場合に、その顧客が自社のどのサービスを利用していて、どのサービスを利用していないかを見える化し、それぞれの顧客にあったアプローチをしていくことが有効だろう。
今後も鉄道事業者が人々の豊かな暮らしを支え続けるためには、人々のライフスタイルの多様化や移動目的のオンライン化に対応し、個人のWell-Beingの実現に資するサービス提供を行うことが肝要だ。

鉄道事業者が個人のWell-Beingを実現し、これからも人々の豊かな暮らしを支えるためには、輸送事業や人々の移動にひもづくサービスに限らず、個々の暮らしをトータルに支えていくサービスを提供することが重要だ。途中でも述べたように、鉄道事業者が自社だけですべてをカバーするのは困難だろう。しかし、個々の暮らしをトータルに支える中心的な役割は、沿線というリアルな顧客基盤を持つ鉄道事業者だからこそ果たし得るものである。鉄道事業者は、新たな時代の「駅舎=プラットフォーム」であると言える。

※1:首都圏・関西圏にオフィスを持つ単体売上高1,000億円以上の企業の人事・総務担当者を対象とした調査結果(N=345社、調査期間:2020年12月4日~7日)

※2:三菱総合研究所「ポストコロナの経営 鉄道 第4回:ウィズコロナ/ポストコロナの企業動向を踏まえた今後の鉄道需要

※3:文部科学省「令和3年度前期の大学等における授業の実施方針等について」
https://www.mext.go.jp/content/20210702-mxt_kouhou01-000004520_2.pdf(閲覧日:2021年9月24日)

※4:ANAホールディングス株式会社によるバーチャルトラベルプラットフォームの開発などがあげられる:
ANAホールディングス「バーチャルトラベルプラットフォーム『SKY WHALE』の開発・運営を担う『ANA NEO株式会社』を設立 バーチャル空間での新しい旅体験提供へ」
https://www.anahd.co.jp/group/pr/202105/20210520.html(閲覧日:2021年9月24日)

※5:JR東日本とKDDIによるサイト「空間自在プロジェクト」
https://kukanjizai.com/(閲覧日:2021年10月12日)

※6:当社ニュースリリース「三菱総合研究所、地域課題解決型デジタル地域通貨サービスを提供開始」(2021年3月10日)

※7:MRIマンスリーレビュー 2021年9月号 特集1「ポストコロナの行動拡張改革

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