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ポストコロナの経営 鉄道 第2回:ポストコロナにおける鉄道営業の在り方

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2020.6.19

経営イノベーション本部池田諭司

経営戦略とイノベーション
前回のコラム(「第1回:未来シナリオ活用のポイント」)では、新型コロナウイルスの感染拡大がもたらした移動需要の変化に対する戦略的な打ち手として、シナリオプランニング手法を用いた未来シナリオ検討の有用性を示した。今回のコラムでは、足元の需要回復期を対象にした、より実行的な打ち手について鉄道営業に焦点を当てて提言したい。

新型コロナウイルス感染症の拡大がいったん収束に向かい、移動需要は回復傾向にあるが、今後もしばらくは様子見の状態が続くだろう。また、今回を機に強いられたオンラインコミュニケーションが、これまでの常識を覆し、働き方・学び方・暮らし方に新しい選択肢を与えた。今後の人々の移動は新型コロナウイルスが感染拡大する以前に比べて大きく変化する。その変わり方は、個々人の事情や価値観などによって、さまざまであると予想される。こういった「未知の」「多様化した」需要に対して従来の「過去実績に基づく」「マス(大衆)向けの」営業を続けても、期待する効果は得られなくなるだろう。

読みづらい市場に対応するために

新型コロナウイルス感染拡大後(コロナ後)の読みづらい市場に対して効果的な営業を行っていくために、次の「2つのシフト」を提案したい。
 
「マス」から「個」へ
鉄道利用者を一様にではなく、嗜好(しこう)や行動などによって細分化して捉え、それぞれに有効な施策を打つ。個人単位が理想だが、少なくとも「類似した集団(セグメント)」を定義して、おのおのに適したものを実行できるようにする。
 
「静」から「動」へ
施策実行プロセスを「施策を実行して結果を待つ」という静的なやり方から、「施策実行中も機動的に内容を変える」動的なやり方に変える。過去と挙動が異なる未知の需要が施策にどのように反応するか先読みするのは難しい。そこで、施策の結果が表れた実績を適時モニタリングし、必要に応じて迅速かつ柔軟に手を打てるようにする。
 
これらはいずれも目新しいものではない。しかし、その重要性を認識していても、実務において十分に行えていない場面も多いのではないか。これは個人や特定の組織の問題ではなく、鉄道事業の成り立ちに起因する。鉄道事業者には安全を前提として、「固定的かつ大量な通勤・通学需要」「それ以外のあらゆる移動需要(長距離需要など)」と種類の異なるニーズに対応したサービス提供が求められてきた。これに応えるために、「画一的な大量輸送×ゼロリスクの安全対策」「長期的な時間軸でのインフラ投資」による効率化を図ってきたため、業界・個社経営・事業戦略・施策・社員のマインドといったいずれのレベルでも、「マス」や「静(計画論的施策)」が習慣化してきたのである。
市場が読みづらいほど、「個」や「動」へのシフトは真価を発揮する。従来よりもはるかに読みづらくなった今こそ、これまでの習慣にとらわれず、真剣に実現を目指すのにふさわしい機会と言える。
 
なお、この「2つのシフト」の関係は深く、相乗効果を期待できるため、同時に進めたい。また、ひとつの施策実行組織だけでは使えるデータや打てる手だてが制限されてしまうため、全社さらにはグループを挙げて横断的に取り組むことが期待される。
図 コロナ後に期待される2つのシフト
図 コロナ後に期待される2つのシフト
出所:三菱総合研究所

ポストコロナに向けて今やるべきこと

では、これらのシフトを進めつつ、ポストコロナの需要変化に対応しながら収益拡大を図るには、まず何から取り掛かるべきか。ここでは、具体的な取り組みを3つ紹介する。
 
過去データを分析する
この狙いは「市場理解の深耕」と「ポストコロナの市場を測る基準づくり」である。
前者では、コロナ前の顧客行動や各施策の検証を通じて、今後の施策の高度化・改善に向けた示唆を導出する。後者は、コロナ前の顧客構造や収益構造を整理し、コロナによる変化や影響をモニタリングするための準備である。
ここで重要になるのが過去データの保持だ。前者、後者とも、環境変化によるノイズが少ないコロナ前のデータが不可欠となる。ところが、個人や明細単位の移動データは量が膨大であるが故に、大抵の場合、一定期間が経過したものから自動的に削除されているのではないだろうか。データ活用を試みたものの施策にうまくつながらなかった経験から、過去データを保持する効果に懐疑的な意見もあるかもしれない。しかし、ポストコロナへの準備という新たな観点でみれば、新たな気づきが得られる可能性がある。分析に着手する前に、利用可能性のあるデータの自動削除を停止することをお薦めする。
 
動的な施策を構想する
過去に実施した施策について、施策実行中に行える機動的な対応を想定して列挙し、実現性を評価する。近年、鉄道事業者はデジタル技術を活用した新サービス開発や業務改革を進めてきたが、そのなかで得られた知見、技術、ツールなどは2つのシフトが目指す「個」や「動」に活かせるものが多い。この取り組みによって、ひと昔前には諦めていたアイデアが今なら簡単に実現できることに気づきえる可能性がある。
また、実現性を評価する際のポイントは「即時性」と「訴求力」だ。例えば、高需要を検知した直後に列車を増発するのは難しい。だが、近くの低需要な列車を通知し混雑を分散することは可能だ。さらには、MaaS(Mobility as a Service)のプラットフォームを活用し、個人の嗜好(しこう)性や目的地などに応じたバスやタクシーなどの他交通モードの利用を促すレコメンド配信も行えるかもしれない。動的な施策を打ってから成果が出るまでの流れを具体的にイメージすることが重要になる。
 
データの持ち方を見直す
2つのシフトを実現できるようにデータの保有方法を再設計する。適切な顧客に適切なタイミングで適切な施策を打てるよう、期間やセグメントが集約されたサマリデータではなく、単位が細かく、鮮度の高いデータを保持できるようにする。
また、乗車実績以外のデータの活用を視野に入れたデータ連携の在り方も併せて検討したい。多様化した顧客ニーズを把握して対応するためには、乗車実績データを活用したり、輸送サービスを見直したりするだけでは限界がある。鉄道以外の事業で得られる個人データを活用することについての是非は慎重な検討が必要だが、鉄道事業と非鉄道事業のデータを組み合わせることができれば、利便性・安全性を高める施策を行えるようになり、利用者の満足度の向上につながるかもしれない。コロナによってデジタル活用が急速に進み、人々の暮らしに深く浸透していくなかで、個人データ活用に対する受容性が変わる可能性もある。まずは、活用しうるデータの整理から始めてはいかがだろうか。
 
これらの取り組みは、すぐに始められるものから取り掛かる方がよい。時間をかけて入念に準備するという考え方もあるだろう。だが、準備期間において収益を取り逃がすことになってしまう。加えて、状況が時々刻々変化していることを踏まえれば、展開すべき施策が現状の想定から変わることも予想される。読みづらい市場と相対するには、試行錯誤を繰り返しながら随時対処や修正を見いだしていくという進め方が効率的だ。だから、始めるなら早い方がいい。新型コロナ到来を変革の機会と捉え、これからの鉄道営業をつくる準備を始めてみてはいかがだろうか。

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