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ポストコロナの経営 鉄道 第4回:ウィズコロナ/ポストコロナの企業動向を踏まえた今後の鉄道需要

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2021.3.3

経営イノベーション本部岩崎亜希

平井 翔

山口 涼

経営戦略とイノベーション
当社は、2020年6月から7月にかけて3回の連載を通じて新型コロナウイルス感染症の感染拡大により大きな影響を受けた鉄道事業者に対する提言を行ってきた。第3回「ポストコロナにおける移動・暮らしの展望と今後の鉄道業界の在り方」では2020年6月に当社が実施した企業向けアンケートの結果から、リモートワークや時差出勤の在り方について考察を行った。それ以降、ウィズコロナの状態が長期化する中でリモートワークを前提とした制度設計を検討する企業も増えている。

本稿では、2020年12月上旬に実施した企業向けアンケートの結果を紹介しつつ、企業の取り組みや検討状況から推測される今後の鉄道需要を報告するとともに、ニューノーマルの環境下での企業ニーズに対応した新たな企業向け鉄道サービスについて検討する。

1. 企業の人事・総務部門への調査と鉄道業界への影響

当社は2020年12月4日から7日まで、売上高1,000億円以上の企業に勤める人事・総務部門の係長・主任クラス以上を対象に、アンケート調査を行った。リモートワーク、時差出勤、業務出張、通勤定期代の支給といった項目について回答者が所属する企業における実績と将来見通しを調査した。

感染終息後も3割程度の社員が終日リモートワークを継続

新型コロナをきっかけに、リモートワーク制度の対象者・実施者とも大幅に増加した。首都圏・関西圏のオフィスに勤務する社員のうちリモートワーク制度の対象者は、コロナ前の時点で1割程度であったが、最初の緊急事態宣言下で5割弱にまで増加、感染終息後も3割程度が対象となる見込みだ(図1)。緊急事態宣言下と比較すると各社ともリモートワークの対象者を絞る傾向がみられるが、リモートワーク可能な職種については引き続きリモートワークの対象とすることが読み取れる。

実施状況もほぼ同様の傾向で、感染終息後も3割程度の社員がリモートワークを行うことがアンケートの結果からわかる(図2)。
図1 首都圏・関西圏のオフィス勤務者のうちリモートワークの制度対象者割合
図 1 首都圏・関西圏のオフィス勤務者のうちリモートワークの制度対象者割合
回答対象:首都圏・関西圏にオフィスを持つ単体売上高1,000億円以上の企業(N=345社)

注1:割合算出の対象者は首都圏・関西圏のオフィス勤務者で、工場勤務者などは含まない。また、リモートワークを実施していない企業も含めた加重平均により割合を算出している(以下の設問も同様)。
注2:首都圏は東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、関西圏は大阪府、京都府、兵庫県、奈良県を指す(以下の設問も同様)。
注3:「感染終息」について、「ワクチンの開発や治療法の確立が実現し、広く一般にその恩恵を享受できる状態」と回答者に示した上で調査を実施した(以下の設問も同様)。
注4:リモートワークとは、自宅、シェアオフィスなど、通常の従業地とは異なる場所で終日働くことを指す(以下の設問も同様)。
図2 首都圏・関西圏のオフィス勤務者のうちリモートワークの実施者割合
図2 首都圏・関西圏のオフィス勤務者のうちリモートワークの実施者割合
回答対象:首都圏・関西圏にオフィスを持つ単体売上高1,000億円以上の企業(N=345社)

週1回以上のリモートワークが浸透

続いて、終日リモートワークを実施する社員のリモートワーク実施頻度を確認した。コロナ前は月に数回の実施がほとんどであったが、緊急事態宣言下では約7割の社員が週の半分以上行うようになった。また感染終息後は、7割超が週1回以上、4割弱が週の半分以上、リモートワークを終日行うと回答している(図3)。人数だけでなく、頻度の面からもリモートワークが広く浸透することが読み取れる。
図3 リモートワークワークの実施頻度
図3 リモートワークワークの実施頻度
回答対象:首都圏・関西圏にオフィスを持つ単体売上高1,000億円以上の企業のうち、リモートワークを実施している企業
コロナ前:N=143社、緊急事態宣言下の4~5月:N=302社、感染が落ち着いていた9月末ごろ:N=283社、第3波に入った12月初旬:N=288社、感染終息以降:N=262社
(※時期によりリモートワーク実施企業数が異なるため、回答対象企業数も異なる)

感染終息後、時差出勤を推奨する企業はコロナ前の2倍強に増加

コロナ禍でリモートワークとともに広まったのが、時差出勤だ。時差出勤は通勤ラッシュの緩和に寄与する可能性がある。企業における時差出勤の推奨状況および意向を確認したところ、コロナ前から時差出勤を推奨していた4割弱の企業に加え、コロナ禍を経てさらに4割の企業が「時差出勤の推奨・推進を開始し、今後も継続する」と回答した(図4)。感染終息後は、全体の8割弱の企業(図4に青・黄で示した箇所)が時差出勤を推奨・推進する見込みである。

通勤ラッシュの緩和においては、企業が何時ごろまでに出社を求めるかが重要だ。今回のアンケートでは、10時までに出社を求めるとした企業が多数であり、従来は9時ごろまでに集中していた通勤ラッシュの時間帯が10時ごろまでの間に分散するとみられる(図5)。
図4 時差出勤の推奨・推進方針
図4 時差出勤の推奨・推進方針
回答対象:単体売上高1,000億円以上の企業(N=354社)
図5 出勤時間を制約する場合の具体的な出社時間
図5 出勤時間を制約する場合の具体的な出社時間
回答対象:図4の設問において出社時間の制約有とした企業(N=195社)

出張は感染終息後もコロナ前の4割弱にとどまる

特にJR各社など長距離路線を持つ企業の収益に大きな影響を及ぼしているのが出張需要だ。2020年4~5月の緊急事態宣言下における企業の出張回数は、コロナ前と比較して日帰り、宿泊ともに1割以下であったというアンケート回答が得られた。昨年4~5月の緊急事態宣言解除後もコロナ前の2割程度と抑制は続いており、感染終息後も4割弱までの回復にとどまる見込みだ(図6)。

コロナ禍を経て各社で遠隔会議のシステムが整備され、対面開催の必要性が低い社内会議などに伴う出張が減少することが背景にあると思われる。
図6 コロナ発生前と比較した出張回数の変化(コロナ前の水準=1.0)
図6 コロナ発生前と比較した出張回数の変化(コロナ前の水準=1.0)
回答対象:単体売上高1,000億円以上の企業(N=354社)

注:各社におけるコロナ前に対する各時期の出張回数の割合を加重平均し算出。
※2021年10月14日追記
図6で示した出張回数の変化について、今回の調査では人事・総務部門に対してアンケートを行っており、リスクやコストを減らすとの観点から感染終息後も出張を控えめにするとの傾向が強く表れている可能性があることに留意いただきたい。実際に、JR東海が発表している新幹線の輸送量の推移(出張以外の旅行や帰省も含む)では、今年度に入りコロナ前(2018年度同月対比)の40%以上にまで回復している月も存在する※1。出張に関連する需要動向は、今後も注視が必要である。

※1:東海旅客鉄道株式会社「輸送量の推移(対前年比):2021年度」
https://company.jr-central.co.jp/ir/passenger-volume/_pdf/000041489.pdf(閲覧日:2021年10月13日)

通勤定期代の支給も減少する見込み

通勤定期代の支給状況、意向についても確認した。今回調査対象とした売上高1,000億円以上の企業において、コロナ前はほぼ9割の企業が通勤定期代を支給していたと回答している。一方、調査を行った2020年12月上旬の時点で通勤定期代を支給していると回答した企業は7割弱にまで減っており、感染終息後は5割程度にまで減少すると見込まれる(図7)。
図7 通勤定期代の支給状況・支給意向
図7 通勤定期代の支給状況・支給意向
回答対象:単体売上高1,000億円以上の企業(N=354社)

注:コロナ前と調査(2020年12月上旬)時点は単一回答、今後の方針は複数方針を並行して検討している可能性を鑑み、複数回答とした。
通勤定期代の支給を行わない代わりに、通勤費を実費支給するという企業が多い。鉄道事業者にとっては、定期収入の減少分の一部は実費支給による非定期収入の増収となるとみられる。しかし、実費支給を行う企業側の目線では「固定費であった通勤コストが変動費化する」ため、リモートワークをいっそう推奨し、コスト減を図るインセンティブが働く。そうすれば、運輸収入全体に減少圧力がかかる可能性がある。

2. コロナ禍における輸送人員数の推移

前章ではアンケートの結果から企業側の状況や意向を明らかにした。ここで、2020年3月以降の鉄道輸送人員数の推移も確認しておきたい。

図8に関東大手私鉄各社が公表している月次輸送人員数の前年同月対比を平均したものを示す。定期利用客は実際の輸送人員数ではなく、定期券の発売枚数から算出されたものであるため、実際に鉄道を利用した人数とは整合しない。各月における定期保有者数の前年同月対比と見ていただくのが良い。通勤定期は9月・10月ごろに前年同月の消費増税の影響による変化が出ているが、おおむね8割程度で推移している。先ほど示したアンケート結果ではコロナ前は約90%の企業が通勤定期代を支給していたが、調査を行った12月上旬時点は66%で3割弱の減少、感染終息後は54%でコロナ前と比較して4割減となる見込みであった。アンケートは売上高1,000億円以上の企業を対象としているため一概には言えないが、図8に示した通勤定期の輸送人員数は今後さらに減少する可能性もあろう。

定期外の利用には私事移動、業務移動が含まれる。業務移動には顧客先への訪問など、通勤以外での業務関連の移動が含まれる。企業のリモートワークが浸透すれば、業務移動も減少すると推測され、こちらもコロナ前の水準まで回復するとは考えづらい。
図8 関東大手私鉄における輸送人員数の推移(各社の対前年同月対比の平均値)
図8 関東大手私鉄における輸送人員数の推移(各社の対前年同月対比の平均値)
注:関東大手私鉄のうち、月別の輸送人員(前年同月対比)を公開している各社(関東大手私鉄:東武鉄道、西武鉄道、京王電鉄、東急電鉄、京浜急行電鉄、京成電鉄、小田急電鉄、相模鉄道)について、平均値を算出。なお、京浜急行電鉄と京成電鉄は通勤定期のみの公表はされていないため、通勤定期の平均値は他6社の平均値。
出所:各社の公開情報より三菱総合研究所作成

3. リモートワーク浸透のもとでの今後の鉄道サービスとは

ここまで、企業向けのアンケート結果や、鉄道輸送人員数の推移を見てきた。時差出勤が広がり通勤ラッシュが緩和されれば、鉄道事業者はピーク需要に合わせて保有している固定資産を削減することができ、収益増の効果は大きい。

感染終息に伴い、一定程度需要が回復することはアンケート結果からも読み取れる。しかしながら、コロナ前の水準までの回復は困難なことも想定され、結果としてリモートワークの浸透や出張回数の減少が鉄道事業者の収益に甚大なインパクトをもたらす可能性がある。いま一度、鉄道のユーザーやこれまで通勤定期代を支給してきた企業が抱える課題やニーズを捉え、新たなサービスを検討する必要があろう。

企業向けに考えられるサービス例を図9に示す。ニューノーマル下の企業のニーズに対応するために、「鉄道アセットを活用したサービス」、「鉄道での輸送に付加価値を付けたサービス」、「鉄道を補完する移動サービス」が考えられる。
図9 企業向けに考えられる新たな鉄道事業者サービス例
図9 企業向けに考えられる新たな鉄道事業者サービス例
出所:三菱総合研究所
今回のアンケートでは、図9に示したサービスについて企業側の意向を調査した。「在宅のテレワークにかかる費用と通勤定期券がセットで利用できるサービス」を望む傾向がみられた(図10)。企業として通勤定期代の支給をやめて実費支給としつつ、通勤費の削減分を原資に在宅勤務手当を支給する動きが広がっていることが背景にあるとみられる。

ただし、ポストコロナの働き方に対応した制度設計は容易ではない。これまでは大多数の社員が出社する画一的な働き方であったが、今後は職種や本人の意向によって出社を続ける人、在宅勤務が中心になる人など、働き方が多様化する。また、一人の社員においても、リアルとデジタルが入り交じる中で時期によって働き方が変化する可能性がある。

この場合、全社員一律に通勤費の実費支給と在宅勤務手当の支給を行うのが、必ずしも最善の選択とは言えない。個々人の働き方に応じて最適な手当の支給をするのが理想ではあるものの、企業側の管理にかかる手間やコストを考えると現実的ではない。そこで、鉄道事業者が通勤費や在宅勤務にかかる通信費、光熱費などをパッケージングし、個々人の働き方に合った手当の支給を行うサービスを提供できれば、企業側の管理の手間を増やすことなく、社員一人ひとりの働き方に合った手当の支給を実現できる可能性がある。

もちろん企業の立場で考えると、社員がそれぞれ違う鉄道事業者の路線を利用している実態もある。鉄道のユーザーや企業にとって真にメリットがあるサービスを提供するためには、鉄道事業者同士が協調した取り組みも必要である。乗り入れなども発生し、実現が容易でないことは事実だが、鉄道事業者が苦境を乗り越えるためには必要な取り組みであろう。
図10 リモートワークが浸透する中で利用してみたいサービス(複数回答)
図10 リモートワークが浸透する中で利用してみたいサービス(複数回答)
回答対象:単体売上高1,000億円以上の企業(N=354社)
ここまで述べた方向性は、企業が従来通勤費として支給していた費用の使途が変更されることに対応し、戻らない需要の一部を取り戻す取り組みであった。もう一つの方向性として、ニューノーマルの環境下で新たに生まれる需要やニーズを取り込む方策も検討すべきだ(図11)。例えば、リモートワークが浸透して勤務先から比較的離れた場所に住み、週1回程度は特急などで通勤する働き方が広まるといった例がある。この場合、通勤時間中の快適性に対するニーズが高まるであろう。そこで、リラックスを促す機能が充実した高単価の座席を提供することで、こうした需要を取り込み、収益増を図るといった方策が考えられる。

また、感染終息後には自宅以外にシェアオフィスでのリモートワークが浸透し、1~2駅先のシェアオフィスでリモートワークを行う働き方をする人が増える可能性もある。この場合は、比較的短距離の移動需要が増えることも想定され、周辺の目的地とセットで新たな需要を誘発する方策を検討することも有効だ。

今回は当社が実施したアンケート結果を紹介しつつ、需要回復や新たな需要の取り込みに向けたサービス例を示した。次回は、鉄道事業者がさらなる発展を遂げていくためのビジネスモデルのアップデートとして、利用者ニーズや鉄道事業者のケイパビリティ(組織的能力)の観点からどのような方向性が考えられるかをご紹介したい。
図11 需要回復・需要取り込みのイメージ
図11 需要回復・需要取り込みのイメージ
出所:三菱総合研究所

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