ポストコロナの経営 鉄道 第3回:ポストコロナにおける移動・暮らしの展望と今後の鉄道業界の在り方

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2020.7.22

経営イノベーション本部岩崎亜希

秦 知人

山口 涼

経営戦略とイノベーション
新型コロナウイルスの感染拡大で大きな影響を受けた鉄道事業者に対する提言として、第1回では、現在の延長線上ではない未来を捉えるためには未来シナリオの活用が有効であること、第2回ではポストコロナの市場に対して効果的な営業を行うための、「マス」から「個」へ、そして「静」から「動」へのシフトを提案した。
第3回では、当社が実施したアンケート調査をもとに、実際に起きている生活者・企業の意識変化から、移動や暮らしに関して今後どのような変化が起きうるかを検討したい。そして、そのような変化に対して鉄道事業者が取るべき方策について示したい。

1. 生活者の三つの変化

まずは、当社が2020年4月および6月に生活者5,000人を対象として実施したアンケート調査の結果をもとに、コロナ禍によって生活者の「移動」に対する意識にどのような変化が生じたのかを見てみたい。

混雑に対する忌避意識の高まり

コロナ終息後もフィジカルディスタンス※1の確保を実施する
コロナ禍によって、3密の回避による感染症対策を行うことは社会の共通認識となったが、コロナ終息後もフィジカルディスタンスを確保したいと考える層が一定数存在する。図表1に示す通り、コロナ感染拡大中の4月時点においてフィジカルディスタンスの確保を実践している人は8割程度いるが、コロナ終息後も3割強の人が実施した方がよいと回答している。
図表1 2020年4月時点とコロナ終息後におけるフィジカルディスタンス確保の意向
図表1 2020年4月時点とコロナ終息後におけるフィジカルディスタンス確保の意向
出所:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」アンケート調査(2020年4月22~24日実施、N=5,000)
混雑した公共交通機関に対する忌避意識の高まり
フィジカルディスタンスの確保の意識に加え、コロナ禍で多くの人がテレワーク勤務や時差出勤を経験することで混雑した公共交通機関の利用を抑制しているが、コロナ終息後でもこの傾向は続く。図表2に示すように、コロナ終息後においても三大都市圏で65.5%、それ以外で53.7%の人が混雑した公共交通機関を利用したくないと回答している。この傾向は特に三大都市圏で顕著であり、通勤や買い物など移動目的に関わらず、混雑回避の傾向は根強く続く可能性がある。
図表2 コロナ終息後に混雑した公共交通機関を利用したくない人の割合(年代別)
図表2 コロナ終息後に混雑した公共交通機関を利用したくない人の割合(年代別)
注:感染拡大前に公共交通機関を利用していない3,682人を除外し、1,318人を対象に集計。
出所:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」アンケート調査(2020年6月5~7日実施、N=5,000)
混雑した公共交通機関を避けたいとの意向により、取りやめることのできる私的な移動は取りやめる、勤務においてもテレワークや時差出勤が可能であれば積極的に活用するといった行動が今後増加すると考えられる。

移動目的の多様化

次に、業務・余暇などのシーンごとに、移動の目的の変化を検討したい。

特に若年層の通勤意向減少
業務目的での移動に関しては、図表3の通り、会社へ通勤したくないと考える生活者が三大都市圏で22.3%、三大都市圏以外で15.9%存在している。特に、若年層ほどその傾向が強く、三大都市圏の20代の3割近い29.6%が、コロナ終息後も通勤したくないと回答している。企業側でのテレワークなどの環境整備が進展すれば、通勤に伴う移動需要は一定程度減少することとなる。
図表3 コロナ終息後に通勤したくない人の割合(年代別)
図表3 コロナ終息後に通勤したくない人の割合(年代別)
注:現在の仕事が「なし」「その他」である、または感染拡大前に通勤していない2,812人を除外し、2,188人を対象に集計。
出所:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」アンケート調査(2020年6月5~7日実施、N=5,000)
オンライン化する通院
業務以外の目的での移動に関しては、コロナ前と大きく変わらないものと、変化しているものの両方が見られた。
まず、通院については、診療のオンライン化が進めば外出の減少につながると考えられる。図表4に示す通り、年代によってばらつきはあるものの、現在オンライン診療を利用していない人のうち55.0%が、今後はオンライン診療を利用したいと回答している。
図表4 コロナ終息後にオンライン診療の利用を希望する人の割合(年代別)
図表4 コロナ終息後にオンライン診療の利用を希望する人の割合(年代別)
注:感染拡大前に軽症で通院しており、オンライン診療を利用していなかった447人を対象に集計。
出所:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」アンケート調査(2020年6月5~7日実施、N=5,000)
買い物・外食目的の移動の多様化
次に、買い物および外食での外出意向を見ると、買い物は50代以上、外食は多くの年齢層で「増やしたい」という回答が多い(図表5)。
図表5 コロナ終息後における買い物・外食での外出意向
図表5 コロナ終息後における買い物・外食での外出意向
注:回答者5,000人全員を対象に集計。
出所:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」アンケート調査(2020年6月5~7日実施、N=5,000)
以上をまとめると、コロナ終息後は通勤の移動、また通院目的での外出が減少する可能性がある一方で、消費関連の外出が一定程度増加することで、移動目的が多様化することが見込まれる。具体的には、リモートワークにより自宅や周辺のシェアオフィス等で過ごす時間が増える結果、自宅周辺での買い物や食事の需要が高まるだろう。つまり、生活圏内の昼間人口が増加することで、生活圏内における多様な目的・時間帯での近距離移動が増加することも考え得る。

居住地選択の変化

移動の変化を考える上では、居住地の変化も重要なポイントである。都市部への人口集中が緩和され人口が地方部に分散する可能性について第1回で触れたが、実際に生活者の意識にも変化が見られている。居住地の人気はこれまで首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)や近畿圏(大阪、京都、兵庫)の、特に都心部に集中していたが、今後地方の県庁所在地や中核都市といった中規模都市に人気が移る可能性があるかもしれない。

勤務先への距離の重要性低下、近隣生活環境の重要性上昇
居住地選択について、現在の居住地を選んだときの理由と、今後の居住地を選ぶ際に重視する点を調査した(図表6)。現在の居住地選択時は勤務先への距離の近さを重視するとの回答割合が50%程度あるが、将来の意向としては40%程度まで低下している。代わりに将来の意向として選ばれているのが生活コストの低さや買い物の利便性、病院や公共施設などの利便性、そして安全安心に暮らせる環境である。コロナを経験したことで人々がデジタル技術による場所を選ばない働き方や身の回りで安心して暮らせる暮らし方の大切さや可能性を実感し、勤務先への近さの重要性が薄れたのではないか。生活者が今後は勤務地を前提とした居住地選択から、身近な生活圏での利便性を重視した居住地選択へとシフトしていき、人口動態に影響を与える可能性がある。
図表6 現在の居住地の選択時に重視した点・今後の居住地選択において重視したい点
図表6 現在の居住地の選択時に重視した点・今後の居住地選択において重視したい点
注:居住地の選択時に重視したポイント・重視したいポイントの上位三つまでを回答。
出所:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」アンケート調査(2020年6月5~7日実施、N=5,000)
都市部への集中緩和と地方中核市の人気上昇
では、このような意識が実際に居住地にどう影響していくのだろうか。当社は2019年7月と2020年6月の2回にわたって、デジタル技術の活用が進む2050年を想定したときに、東京23区や大阪市等の大規模都市や地方の県庁所在地や中核市など、どのような規模の都市に住みたいかを聞いた。それぞれの調査において、現在住んでいる都市規模別に、2050年に住みたい都市規模を集計したものが図表7である。両調査の差を確認することで、コロナが居住地に対する意識に与えた変化を確認できる。
まず、「①東京23区、大阪市、その他の政令指定都市」に居住する人で、2050年も同じ規模の都市に住みたいと回答した人は2019年で85.0%であったが、2020年には4.2ポイント減少し、80.8%となっている。一方、「③地方の県庁所在地や中核市」に居住する人で、2050年には「①東京23区、大阪市、その他の政令指定都市」や「②関東圏、近畿圏の①以外の市」への居住を希望する人の割合は、2020年調査においてそれぞれ3.7ポイント、3.3ポイント減少している。その分増えているのが同じ「③地方の県庁所在地や中核市」に住み続けたいと回答した人の割合だ(73.9%から5.7ポイント増加し、79.6%に)。コロナによって都市部に対する人気の集中が若干緩和し、地方中核市の人気が上昇する可能性が考えられる。
図表7 現在の居住地別の2050年に居住を希望する都市規模の回答割合
図表7 現在の居住地別の2050年に居住を希望する都市規模の回答割合
注:「わからない」と回答した981人(2019年7月調査)、574人(2020年6月調査)はそれぞれ集計から除外。
出所:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」アンケート調査(2019年7月26~29日および2020年6月23~25日実施、N=5,000)
これを図表6の結果と合わせて考えると、例えば地方中核市に住む人で、これまでであれば就職や進学のタイミングで大規模都市の都心部への移住を検討した人が、大規模都市圏の混雑が回避でき、同時に生活環境のある程度整った地方中核市に住み続け、そこから都心部の企業に通勤するような生活も考えられるのではないか。
このように、コロナをきっかけとしたデジタル化の加速は、人々の新しい暮らしのスタイルを生み出す可能性を持っている。

2. 企業の二つの変化

次に企業側の意識の変化を見てみたい。いくら個人がテレワークで場所を問わず働きたいと思っていたとしても、企業側が従業員にテレワークを可能とする制度や就業環境を用意しなければ進展しない。逆に、企業が従業員の福利厚生やBCPなどの観点から積極的にテレワークを推進すれば、多くの人々の行動に影響を与えるだろう。個人の意識と企業の意識の双方が合致するものから、大きな行動変容が起こる可能性が高い。
当社が企業の経営者・役員1,032人を対象として実施したアンケートの結果から、企業の意識を分析した。本アンケートは、企業の売上規模別にサンプルが均等となるように設計されており※2、大企業から中小企業の意見がバランスよく反映されているのが特徴である。中小企業であれば経営者(社長)その人を、大企業については経営者に加え役員や部長クラスを対象としている。

テレワークや時差出勤等の実施意向

テレワークの進展による移動の減少
図表8に、企業がコロナ感染拡大中にどのような対策を実施したか、またその対策の今後の継続意向を示す。
コロナ感染拡大中においては、「在宅勤務、テレワーク」「時差出勤」「オンライン会議」「不要不急の出張の自粛」のうち、「在宅勤務、テレワーク」を実施した企業が最も多く、全体で71.0%、大企業では92.9%であった。「不要不急の出張の自粛」については全体で66.6%、大企業で80.0%、「時差出勤」「オンライン会議」についても全体で半数程度、大企業で7割程度の企業において対策が講じられている。
コロナ終息後にも、全体で半数程度、大企業については8割程度の企業が「在宅勤務、テレワーク」の対応を継続したいと回答しており、「不要不急の出張の自粛」「時差出勤」「オンライン会議」についても2割~3割程度強が継続するとしている。全社員の何割程度が対象か、どの程度の頻度で実施するかといったテレワークの詳細についての調査結果はここでは割愛するが、生活者の意識ともあいまって、一定程度の移動需要の減少が示唆される。
図表8 コロナ感染拡大中に講じた対策と、今後も継続したい対策
図表8 コロナ感染拡大中に講じた対策と、今後も継続したい対策
注:「大企業」については、年商1,000億円以上の企業経営者で、東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県に居住する240人を対象に集計。
出所:三菱総合研究所「企業経営者アンケート」(2020年6月17~19日実施、N=1,032)

オフィス立地に対する考え方の変化

オフィス規模は縮小、立地は多様化
テレワークの進展によって、「場所」の感覚が変わるのは生活者だけでなく企業も同様である。テレワークの進展により、オフィスにいる従業員の人数が減るためオフィス規模は縮小、また従業員の通勤や商談のための利便性の重要性が減少することで立地が多様化する可能性がある。
図表9によれば、東京都にオフィスのある年商1,000億円以上の企業のうち、具体的な規模は未定という企業も含めて48.0%がオフィスの縮小を検討している。
また図表10によれば、35.5%がオフィスの移転を検討しており、このうち16.0%が郊外または東京以外へのオフィス移転を検討している。移転先として準ターミナル駅周辺や郊外を挙げる意見が多いことは、特筆に値する。
図表9 東京のオフィス縮小・拡大意向
図表9 東京のオフィス縮小・拡大意向
注:東京都にオフィスのある年商1,000億円以上の企業経営者で、東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県に居住する200人を対象に集計。
出所:三菱総合研究所「企業経営者アンケート」(2020年6月17~19日実施、N=1,032)
図表10 東京のオフィス移転の可能性と移転先
図表10 東京のオフィス移転の可能性と移転先
注:東京都にオフィスのある年商1,000億円以上の企業経営者で、東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県に居住する200人を対象に集計。
出所:三菱総合研究所「企業経営者アンケート」(2020年6月17~19日実施、N=1,032)
このように大企業を中心としたテレワークの進展により、オフィスの需要変化が起こると考えられる。基本的に、前述の生活者側の意識変化として取り上げた移動需要や居住地選択の変化を後押しする方向性であり、鉄道事業者が未来において想定すべき変化といえよう。このような変化を踏まえると、例えば、都心の準ターミナル駅や郊外エリアの、現状より床面積を抑えたオフィスがこれまでより選択される可能性も考え得るのではないか。

3. 鉄道事業者が取るべき方策

コロナ禍は、以前からのトレンドであった働き方の多様化、リモートワークの浸透、あるいはECの浸透などを加速した。加えて、人々の衛生意識の高まりや、居住に関する意識の変化など、新たなトレンドも生み出した。ここまでの議論をまとめると、鉄道事業者が注視すべきトレンドとして、①混雑回避のニーズ継続、②移動目的の多様化、③居住地・オフィス立地の変化の3点が挙げられる。以下、このような変化に鉄道事業者が対応し、ポストコロナにおいて新たな需要を創造するための施策の一例を示す。

(1) 混雑回避のニーズという点では、フィジカルディスタンスを確保できる座席のほか、混雑状況のリアルタイムでの見える化、混雑予測の提供により、乗客が自ら混雑を避けて移動できる仕組みを提供する方法が考えられる。また、駅員や乗務員は当然ながら、体調不良な乗客に鉄道利用を避けてもらう措置ができれば、多少混雑していたとしても安心して利用できるだろう。並行して、前述の今後の時差出勤の導入意向を見ても、オフピークの推進に向けた乗客へのコミュニケーションは継続すべきだろう。混雑への忌避意識が高まっている今こそ、適切なコミュニケーションで乗客の行動を変えられる可能性がある。恒常的にピークを下げて需要を平準化できれば、中長期的にはピークに合わせている現状の車両数や人員数を保有する必要がなくなり、固定費の削減につながる可能性がある。
(2) 移動目的の多様化に対しては、今後新たに移動の需要を生み出していくことが求められる。オンラインで顧客接点を構築することにより顧客一人ひとりに対して最適な余暇活動の提案を行うことや、目的地側と連携して、魅力的な商品の開発に注力することも有効だろう。また、テレワークが浸透すれば定期券の需要が減少し、日常において今まで以上に発地・着地・頻度が固定的ではない移動パターンが生まれる可能性がある。そのようなフレキシブルな勤務にも対応するような、新たな料金体系も検討に値する。それでも一定の需要減少が不可避であれば、旅客需要以外へのアセットの転用などによって資産効率の向上を図る必要がある。
(3) 居住地・オフィス立地の変化に対しては、これまで都市部に注力していたまちづくりや駅開発も見直す必要がある。具体的には、東京や大阪などの都心への集中が緩和し地方中核市などへの居住の意向が増え、都市部の中でも準ターミナル駅や郊外に企業の立地が移る可能性がある。それを見据えたエリア・駅の再開発を検討することが考えられる。また、勤務地への近さの重要性が低下し、地方中核市などから長距離列車で都心に通勤する働き方も増える可能性がある。これらの都市を結ぶ鉄道事業者は、長距離列車の通勤向けサービスを拡充することで新たな需要を創造できるのではないか。
図表11 鉄道事業者を取り巻くトレンドと検討すべき施策(例)
図表11 鉄道事業者を取り巻くトレンドと検討すべき施策(例)
出所:三菱総合研究所
これまで鉄道各社は本業である鉄道ネットワークの整備・拡充に取り組みつつ、ターミナル駅を中心とした商業施設のような不動産開発事業なども含めて、自社路線の利用者を増やすための取り組みに注力してきた。この鉄道ネットワークや駅周辺の利便性の高い生活関連施設は、現代のわれわれの社会や生活を形作る基礎となり、大量の輸送需要を生み出し、鉄道ネットワークの整備・拡充がさらに進展するという、正の循環の中で発展してきた。

これまでもリモートワークの浸透やEC化による移動需要の減少といった脅威は指摘されていたが、その影響は限定的だった。しかし、これらの脅威がコロナ禍を通じて加速し、鉄道事業者の正の循環に対してブレーキをかけるものとして現実味を増した。コロナ禍は日本における鉄道敷設以降、100年以上続いてきた大量輸送を前提としたビジネスモデルを変える可能性を秘めている。これまでの思考の枠を取り払い、新たな鉄道事業者の在り方を追求していくことが必要だろう。

※1:感染症予防のために2m以上の対人的距離を取る等の対策は一般的に「社会的距離の確保」または「ソーシャルディスタンス(ディスタンシング)」と呼ばれることが多いが、本稿では社会学用語との混同の回避や用語の正確性の観点から、「フィジカルディスタンスの確保」という用語で統一する。

※2:売上10億円未満、10億~100億円、100億~1,000億円、1,000億~5,000億円、5,000億円以上の経営者・役員・部長らが、それぞれ約200サンプルずつ確保されるよう割り当てを行った。

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