コラム

社会・経営課題×DXデジタルトランスフォーメーション

第7回:金融工学と新技術の融合による新たな可能性

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2020.10.8

金融DX本部笹山 悟

社会・経営課題×DX

POINT

  • 金融工学でも新技術が活用され、既に多くの人間の仕事を代替している。
  • 現状、AIが人間より金融市場を理解しているとは言えない。
  • 新技術を単に人間の代替ではなく、金融市場の理解のために活用すべきである。
金融工学という分野は金融実務とともに進歩してきた。その主目的は金融市場における、さまざまな金融商品の価格付けやリスク管理、または資産運用戦略などを数理的に扱うことである。したがって、歴史的には数学的、経済学的色彩の強い分野と言えるように思う。

一方で、昨今の風潮としては、AIをはじめとした新技術の活用が盛んに研究されており、従来と比較して工学的な印象を強めている。

例えば、2017年の日本銀行のコンファレンス「AIと金融サービス・金融市場」※1では金融実務家が自社のAI活用を説明している。

ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントでは、「利用可能なデータの爆発的増加と、飛躍的に向上したデータ処理能力を活用する観点から、分析技術として自然言語解析や機械学習などAIを使うようになった」という。
 
みずほ証券では、「人間の目では把握不可能な速度で変動する膨大な注文情報(板情報)を毎日夜間に学習させ、日中リアルタイムで先行き(短期間)の株価の上下動を予測するシステムを構築、その予測に基づいて売買の執行タイミングを調整している」とのことである。  

以上のような事例が金融市場における新技術の典型的な活用法である。一方で、この分野における新技術活用はまだ道半ばである。現時点でAIは人間の仕事を代替させるという意味では大変有用だが、金融市場のメカニズムを人間よりも深く理解できているとまでは言えない。人間の代替として有用であっても、例えばAIを用いたファンドを売り出すとすれば、金融機関では内外への説明責任を求められるため、判断の根拠がブラックボックスでは実用性が低くなりやすい。また、結果とともに、その根拠が分からないのでは、金融市場自体を理解しようとする学術的な発展性にも欠ける。事実、AIファンドのいくつかは素晴らしい運用成果を上げているが、その全てが良い成果を出しているわけではなく、AIが人間より金融市場を理解していることを示す根拠は現状ないのである。

AI以外にも金融機関では量子コンピューティングなど、技術分野ごとにフォーカスして実証研究などを行っているが、それによって計算の高速化を実現するなど一定の成果はあるものの、金融市場の理解に何か飛躍的な一歩があったという話はまだ聞かない。

根底には評価の難しさがある。例えばファンドの運用成績を評価するにあたって、一定期間の運用成績だけで手法の良しあしを評価することは不可能である。金融市場という不確実性を扱う分野であるため、仮に一定期間で良い結果が出ていても、過去データからは予測できない暴騰や暴落もありうる中、一定以上の精度で運用成績などの結果を継続的に保証するのは容易ではないからである。

100%の確実性がない分野である以上、納得感のある評価を行うためには結果のみならず、そこに至る過程の理解も重要と思われる。結果のみによる定量的評価で、将来の確かな成果の保証をするのはそもそも不可能である。それに加えて例えばファンドを購入する顧客の立場からすると、結果に至る過程の評価も含めて購入や継続の判断をすることもあり、顧客への説明責任という意味でも、納得感が強く求められる。

最近は判断の過程を解釈できる「説明可能なAI」の研究も進んでいる。従来のAIモデルでは多くの場合、判断の過程はブラックボックスになってしまうが、それを解消し、必要な内外への説明責任を果たす有効な手段として活用が検討されている。そうした技術も活用しながら、新技術を単に人の判断を代替する道具として用いるのではなく、その結果や過程の解釈を通じて多くの根拠を積み重ねることで、AIがモデル化した金融市場への理解を深め、金融実務家とAIの協働作業が可能になり、より高い精度を実現できるようになる。新技術を積極的に活用する実務上の努力と、その成果を検討し金融市場のメカニズムの理解につなげる学術的な努力が相補的に進展することが、今後の金融工学のあるべき方向性と思われる。

※1:日本銀行決済機構局・金融市場局合同コンファレンス「AIと金融サービス・金融市場」(4月13日)議事概要:
https://www.boj.or.jp/announcements/release_2017/data/rel170412c7.pdf(閲覧日:2020年8月24日)