コラム

3Xによる行動変容の未来2030ヘルスケア

3Xがドライブする健康シーン 第1回:生活習慣改善の継続を支えるサービス

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2021.8.16

先進技術センター川崎祐史

3Xによる行動変容の未来2030

POINT

  • 生活習慣の改善を継続できている人は38%にとどまっている。
  • 継続的な行動変容を実現するカギはコミュニケーションテクノロジー(CX技術)。
  • 日本における予防サービス普及のトリガーは企業にあり。

医療・介護のユニバーサルサービスに赤信号

政府の予測によると、2040年には医療介護給付費額が現在の約1.9倍、93兆円に達します※1。医療介護費膨張の主因は、高齢者人口の増加と医療技術の高度化です。最近高額のバイオ医薬品が増えています。例えば2019年に保険収載が承認されたキムリア(再発難治性リンパ性白血病のCART免疫療法)の治療1回あたりの薬価は現在3,264万円※2、2020年に承認されたゾルゲンスマ(脊髄性筋萎縮症の遺伝子治療薬)の薬価は1億6,707万円です。

ゲノム関連技術による医療の革新によって、治せない病が無くなる日はそう遠からず到来するでしょう。しかし、国民全員がその恩恵を受けることができる社会にするためには、他の部分で医療介護費を抑制する社会的取り組みが必要です。

疾病予防への期待

医療や介護サービスの効率化を進めることは言うまでもありませんが、生活習慣病や認知症などの慢性疾病をうまく予防できれば、医療・介護費をある程度抑制することが期待できます。高血圧や糖尿病を予防すれば脳卒中になる人を10%~20%程度※3、運動不足を解消すれば心筋梗塞になる人を17%程度※4、認知症になる人を2%程度※5減らせる可能性があることが、疫学的研究によって明らかになってきました。

疾病予防が医療・介護費の抑制に効果を発揮できるかは議論が分かれるところです。論点は2つあります。1つは病気にかかりにくくなって寿命が延びることで生涯の総医療費が下がらない可能性。もう1つは予防にかかる社会的費用まで含めた医療費が下がらない可能性です。こういった議論があることは確かですが、疾病予防は個人のQOL、ひいてはウェルビーイングを高めることは間違いありません。実効性の高い予防が実現できれば医療介護費も抑制することが期待できるのではないでしょうか。

予防効果を発揮するためには人の行動変容を促す仕掛けが重要

疾病の早期発見や前兆状態をモニタリングする技術も進歩しています。例えば、1滴の血液を採取すれば、血中に含まれるmiRNAなどの遺伝子断片から、がんなどを超早期段階で発見できるリキッドバイオプシーの実用化はすぐそこまで来ています。血糖値を非侵襲で、家庭で手軽に測定できるレーザー技術を使った装置の開発も進んでいます。

しかし、こういった技術だけでは社会全体として疾病予防効果を発揮することは難しいです。例えば、健康診断でメタボリック症候群を要改善と診断された人の中で特定保健指導を受ける人は2割にとどまっています。また指導期間後にリバウンドする人も多いです。「わかっちゃいるけどやめられない」、生活習慣改善行動を継続することは容易ではありません。行動経済学の言を借りれば、人は将来のリスクよりも現在享受しているメリットを過大評価する「現状維持バイアス」という脳の特性が働き、先延ばし行動が起きます。当社が実施したアンケート調査※6から、健康管理や運動を継続的に行えているのは38%にとどまっている現状が明らかになりました。
図1 健康管理や運動習慣の継続状況
健康管理や運動習慣の継続状況
出所:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」アンケート調査(2021年7月実施)
疾病の予防効果を発揮するためには、リキッドバイオプシーなどのバイオテクノロジー(BX技術)、センサーなどのデジタルテクノロジー(DX技術)だけでなく、コミュニケーションテクノロジー(CX技術)も組み合わせて、人の行動変容を促す工夫が重要となります。コロナ禍に普及したオンラインコミュニケーションツールだけでなく、CX技術分野では、人の感情を推測するアフェクティブ・コンピューティング、人の会話内容を理解するための音声認識・自然言語処理技術、仮想世界と現実世界を融合し新たな体験をつくり出すバーチャルテクノロジーなどの技術が普及域に入ろうとしています。
図2 行動変容を促す3X
行動変容を促す3X
出所:三菱総合研究所

行動変容を継続するための9つの要素

「健康や病気の予防に効果があるから」と運動を始める人は多いのですが、継続群と非継続群の差を調べた研究※7では、「運動そのものが楽しいから」「運動で新しい発見や体験といったワクワク感があるから」のように健康以外の要素が、運動を継続するために必要であることがわかりました。健康になりたいという動機だけでは、生活習慣を改善する行動を続けることは難しいようです。生活習慣の改善を継続するには、インセンティブ、ヘルスコミュニケーション、ヘルスナレッジ、パーソナライズ、モニタリング、コミュニティ、ゲーミフィケーション、IoTリンケージ、離脱回避といった9つの要素が重要となります※8
図3 生活習慣改善行動を継続するための9要素
生活習慣改善行動を継続するための9要素
出所:三菱総合研究所
健康管理や運動支援などのアプリ系サービスを中心にリアル系サービスも含めてさまざまなサービスを9要素で分析した結果、9要素の中で、コミュニティ(一緒に頑張る仲間の存在・連帯感)、ゲーミフィケーション(活動のゲーム性・競争性)、ヘルスコミュニケーション(ティーチング、メンタリング)の3つの要素の質をいかに高めることができるかが普及のポイントとなることがわかりました。まさにコミュニケーションに関する要素です。

最近米国を中心に急速に拡大しているpeloton、Tonal、Mirrorなどのホームフィットネスサービスは、オンラインで他の参加者たちとつながりながら、ライブ感覚でフィットネスができるサービスです。世界の市場規模は2020年時点で100億ドルに達しており、今後も年平均成長率4.6%で拡大すると言われています※9。これらの新サービスは、コミュニティ、ゲーミフィケーション、ヘルスコミュニケーションの3要素を巧みに向上させています。

また、健康管理アプリ系のサービスでは、AIチャットボットによるテキスト対話で情報提供やアドバイスをするというものが多いですが、マンネリ化しやすく行動変容の継続は難しいようです。AIではなく専門的な知識と経験のある人からのアドバイスや指導を要所要所で織り交ぜることがポイントになるでしょう。例えば、メンタルヘルスケア分野において米国で急伸しているオンラインカウンセリングサービスのLyra Healthは、利用者の特性からその人に最適なカウンセラーをマッチングするところにAIを活用することで、カウンセリング効果を高める工夫をしています。

2030年、行動変容を支える予防サービス

これからの予防サービスのカギを握るのは、コミュニケーションテクノロジー(CX技術)です。そしてCX技術は2つのハイブリッド化によって実装されます。1つは人対人、人対AIのハイブリッド化、もう1つは対面リアルとリモートのハイブリッド化です。もちろん、対面でのマンツーマンのコミュニケーションが一番なのですがコストがかかります。質の高いサービスをスケールアップして安価に提供するためには、2つのハイブリッド化がポイントとなります。2030年の行動変容を促すサービスについては後続のコラムにて紹介したいと思います。

予防サービス普及のカギは企業から

米国は医療費が非常に高く、個人が民間医療保険を選択する社会です。そのため個人の健康危機意識が高く、自ら健康増進に励む人が多いです。対して日本は皆保険制度により誰もが一定の自己負担で良質な医療や介護サービスを享受することができる社会であるため、健康危機意識が低い人が多いのではないでしょうか。例えば、フィットネスクラブの加入率は米国24.3%に対して日本4.4%です。前向きに考えれば、日本ではまだまだ日々の健康管理や運動習慣の改善により罹患(りかん)や将来要介護になる事態を予防できる余地があると言えるでしょう。

先に述べたようなサービスが開発されても、個人の健康危機意識が低い日本では、個人に訴求する方法だけでは普及スピードは上がらないでしょう。社会同調性が高い日本社会では、企業が従業員に予防サービスを提供するアプローチが普及のトリガーとなると思います。コミュニティ(一緒に頑張る仲間の存在・連帯感)、ゲーミフィケーション(活動のゲーム性・競争性)は、まったく人間関係のない状態よりも一定の素地(そじ)がある集団の方が効果を発揮しやすいです。会社の仲間と一緒に参加する、部署単位で楽しく競う、そういった仕掛けを組み込んだ予防サービスがあれば、個人はやらされ感ではなく、楽しいから活動に参加することができます。こういったサービスはコロナ禍でのリモートワークの普及によって社員間のつながりが希薄になる中、社員のエンゲージメントを高めることにもつながります。

政策的には、健康活動を行った個人に経済的インセンティブを付与する健康ポイントのような個人にリーチする施策よりも、従業員に対して予防サービスを提供することが求職者の企業選択基準のひとつとなるような社会潮流を作り出す施策を強化してはどうでしょうか。

昭和の時代、多くの企業では運動会やボウリング大会が行われていました。平成の時代、これらの行事はほとんど見られなくなり、最近では会社帰りの飲み会も敬遠されがちです。さて、個人の時間は大切にしながら、リモートとリアルのハイブリッド・スタイルで絶妙な距離感で会社の仲間ともつながりたい、これがこれからの令和スタイルになるのではないでしょうか。

企業を起点とした個人の健康行動が定着すれば、在職中あるいは退職後に地域のスポーツサークルなどのコミュニティに参加する人も増えるでしょう。そうなれば高齢期まで行動変容が継続しやすい社会になります。健康を維持できるだけでなく、多様なコミュニティへの参加は、会社と家庭以外の第3の場所(サードプレイス)での人とのつながりを広げ、地域イベントへの参画やボランティア活動など人生の豊かさも増やしてくれるでしょう。

引き続き、連載コラムでは行動変容を促す2030年の予防サービスなどについて紹介したいと思います。ご期待ください。

※1:「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省(2018年5月21日)
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000207399.pdf(閲覧日:2021年7月30日)

※2:2019年5月に3,349万円で保険収載が承認されたキムリアの薬価は、費用対効果評価スキームの適用により2021年5月に3,264万円に引き下げられた。

※3:「脳卒中治療ガイドライン」などの相対危険度を参考に人口寄与危険割合を推定。

※4:「心筋梗塞二次予防に関するガイドライン」の相対危険度を参考に人口寄与危険割合を推定。

※5:“Dementia prevention, intervention, and care: 2020 report of the Lancet Commission” THE LANCET COMMISSIONS| VOLUME 396, ISSUE 10248, P413-446, AUGUST 08, 2020
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)30367-6/fulltext(閲覧日:2021年7月30日)

※6:健康管理や運動習慣化、メンタルヘルスケア、認知症・フレイル予防に関する生活者意識調査を2021年7月に実施。

※7:「運動継続者に見られる継続理由の特色 —労働者における運動継続への行動変容アプローチに関する研究—」(日健教誌 第27巻 第3号 2019年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kenkokyoiku/27/3/27_256/_pdf(閲覧日:2021年7月30日)

※8:株式会社スポルツが提唱する生活習慣改善を継続する要素に三菱総合研究所が離脱回避を追加し9要素として構成。

※9:“Home fitness Equipment Market Size, Share & Covid-19 Impact Analysis, By Type (Cardiovascular Training Equipment and Strength Training Equipment), and Sales Channel(Online and Offline), and Regional Forecast, 2021-2028” FORTUNE BUSINESS INSIGHTS 
https://www.globenewswire.com/news-release/2021/04/15/2210905/0/en/Home-Fitness-Equipment-Market-to-Reach-USD-14-74-Billion-in-2028-Introduction-of-Smart-Treadmills-to-Boost-Growth-reports-Fortune-Business-Insights.html(閲覧日:2021年7月30日)