コラム

3Xによる行動変容の未来2030ヘルスケアデジタルトランスフォーメーション

3Xがドライブする健康シーン 第3回:メンタルヘルスケアの実践に向けた今後のサービス像

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2021.9.10

先進技術センター丹羽靖英

3Xによる行動変容の未来2030

POINT

  • メンタルヘルスケアの実践には企業を中心としたサポートの充実が必要。
  • 3Xの技術を融合させることでメンタルヘルスの悪化予防・改善につながる。
  • サービスの浸透に当たっては企業と従業員の間の信頼関係の醸成が重要。
前回のコラム「新サービスがもたらす行動変容と疾病リスクの低下」では、生活習慣病の予防・改善のための行動変容とその継続に複数の壁があることを示しました。さらに、その壁を乗り越えるために3Xに関わる技術が果たす役割と、今後のサービスの在り方や効果について紹介しました。

本コラムでは、働き方の変化に伴い社会課題としての重要性が増し続けているメンタルヘルスケアに焦点をあて、現状の課題とその解決に有効と考える今後のサービスの在り方を紹介します。

メンタルヘルスケアの実践は個人の意識・行動だけでは難しい

精神疾患に厳密な定義はありませんが、一般には、障害などによる脳の働きの変化によって、感情や行動に著しい偏りが生じることを指します。また、世界精神保健日本調査※1では、働く人に多い精神疾患は、うつ病などの「気分障害」とパニック障害などの「不安障害」、アルコール依存症などの「物質関連障害」に大別されています。厚生労働省の「患者調査」※2によると、躁(そう)うつ病を含む気分障害の患者数(入院患者と外来患者の総計)は、2017年時点で約120万人にのぼり、1996年の約2倍に増加しています。また、うつ病による国内の社会的損失が約2兆円に及んでいるという推計※3もあり、メンタルヘルスケアの実践に向けた取り組みは個人の課題にとどまらず、企業・国にとっても重要な課題であると言えます。

うつ病は個体側要因と職場環境の相互要因で起こることが多いとされています。しかし、うつ病をはじめとするメンタルの不調は、自分自身で不調な状態であると自覚しづらいという問題に加え、自覚したとしても職場内で相談しにくいという問題を抱えています。過去の調査※4では、メンタルの不調に陥った人が困ったこととして、37%の人が「自分自身の不調に気づかなかった」ことを、45%の人が「職場内に相談相手がいない」ことを挙げています。2015年からは、50人以上の事業所でストレスチェックの実施が義務化されましたが、職場環境の変化などによるメンタル変調を即時に把握するには、年に1回の実施では十分とは言えないでしょう。同調査の中には、メンタル不調の発症から受診までの平均期間が7.7カ月という結果もあり、個人が自分自身でメンタルの異変に気づき、受診に至るまでには大きなハードルがあることが分かります。

さらに、メンタル不調に対しては、本人だけでなく、企業側もこれまでの方法・考え方から一歩進んだ取り組みが必要となっていくと言えます。身体に関わる疾患では、健診などによる客観的な測定結果を元に本人・企業が状態を把握し、疾患の状況に応じた業務負荷の配慮などにつなげることができます。しかし、アンケートや問診といった主観的な測定が現状の主たる方法であるメンタル領域においては、自己申告によるバイアスがかかるという点だけでなく、受け取る側の企業としても、「性格の問題ではないか」「一時的な多忙状況が終われば改善されるのではないか」という判断にもなりやすく、対応が後手に回る可能性があるという点も大きな課題となります。

これらの現状課題からも、メンタルヘルスの悪化予防・改善を実現していく上では、日々の状態の変化を自覚しやすく、かつ、自覚した際に誰かに相談しやすい環境を整備し、企業を中心とした周りのサポートを充実させていくことが重要となってくると言えます。

メンタルヘルスケアの実践に資する3X革命の技術・サービスの研究・開発が進展

これまで、メンタルの不調を発見・診断する代表的な方法は病院での問診でしたが、前述したように医療機関を受診するまでのハードルは概して高く、また、1回当たりの問診が長時間になったり、通院が長期にわたったりした場合の負荷も高いという課題がありました。しかし近年では、日常生活の中で低い負荷でメンタルの不調度合いをモニタリング・発見できる技術の研究・開発も進展しています。

例えば、スタンフォード大学※5では、皮膚に直接貼り付け、汗から体内のコルチゾール産出量を測定し、ストレス度を非侵襲かつ連続的にモニタリングできる伸縮パッチセンサーを研究開発しています。また、PST株式会社のライフログアプリ「MIMOSYS」※6 は、声の周波数の変動パターンなどから心の状態を計測・分析できます。抑うつ状態やストレスなどを気軽にチェックできる技術として、神奈川県のメンタルヘルス・ストレス領域の未病指標に採用され、公式アプリの「マイME-BYOカルテ」に導入※7されています。

こういったBXを実現するバイオテクノロジーやDXを実現するデジタルテクノロジーの研究・実用化は、メンタルヘルスの領域でも日進月歩で進んでいます。一方、メンタルヘルスという、人の心理面・プライベート面に関わる課題に対しては、従来の問診から発展したCXを実現するコミュニケーションテクノロジーの掛け合わせや工夫も重要となってくるでしょう。従業員向けオンラインカウンセリングサービスで、利用者が急増しているLyra Health※8は、利用者の特性からその人に最適なカウンセラーをAIがマッチングしつつ、1対1のビデオセッションや認知行動療法(CBT)をベースとしたチャットエクササイズなどを遠隔で受けることができます。専門家と気軽かつ効率的にコミュニケーションできる仕掛けとしたことで、抑うつ状態の改善にも効果を発揮しています。

さらに、メンタルの不調を発見・診断するだけでなく、治療・改善に寄与する技術の研究開発も進展しています。ジョリーグッドは、国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センターと共同で、うつ病患者に対する認知行動療法をベースにしたVRの研究開発※9を進めています。VRによるうつ病評価とその疾患レベルに対する「VRコンテンツの調合」を自動化することで、改善・治療にも大きく寄与することが期待される技術です。

3Xの融合が生み出す2030年のメンタルヘルスケアサービス

メンタルヘルスケアの実践に当たっては、個々の技術の提供だけで十分とは言えません。3Xを実現する技術群を効果的に組み合わせたサービス・体制を企業中心に整備していくことが重要になっていきます。

BX技術では、汗や血液などの客観的なデータに基づき、メンタルの変調の発見や診断が実現されていくでしょう。こうした技術による測定・診断については、経済的な負担も大きく、費用負担の面でも企業を中心としたサービス・体制の整備が求められるはずです。

DX技術では、音声、表情、勤怠履歴などの日頃の業務活動中のデータから、AIなどでメンタル不調の可視化・予測が実現するでしょう。そしてCX技術では、AIチャットボットや医師やカウンセラーと患者のマッチングによるオンラインも含めた気軽なカウンセリングや、VRなどを活用した改善・治療が実現するでしょう。

2030年の未来では、これら3Xを融合した以下のような一体的なサービスを、企業と従業員の間に信頼感を醸成した上で提供することで、自分で気づかないメンタル上の危険信号を発見・予測し、気軽なカウンセリングやVRなどを活用した予防・改善と組み合わせたメンタルヘルスケアサービスが普及すると考えます。
図1 2030年における新しいメンタルヘルスケアサービス像
2030年における新しいメンタルヘルスケアサービス像
出所:三菱総合研究所

新サービスによるメンタルヘルスケアの実践でうつ病改善への介入効果も期待

図1で示した新サービスが世の中に出た際にどの程度の利用意向があるかを、三菱総合研究所がアンケート調査したところ、約半数の人が、自身の所属する会社・組織に導入されると良いと回答し、導入されることにネガティブな回答をした人を大きく上回りました。多くの人からの導入希望が確認されたことからも、技術の組み合わせによるサービスが実現した際には、広く普及していくことが期待されます。
図2 新サービスの導入希望意向
新サービスの導入希望意向
出所:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」アンケート調査(2021年7月実施)
米国の先進サービスを活用した診療療法においては、約73%の参加者の抑うつ尺度が信頼できる改善を示したという結果も得られており※10、このようなサービスが浸透していくことでうつ病改善への高い介入効果が発揮されることが期待されます。

課題は客観的データに基づく対応と企業・従業員間の信頼感の醸成

以上の調査結果からすると、メンタルヘルスケアにおける新サービスが2030年までに提供されれば、うつ病に対する高い介入効果が見込まれそうです。こうしたサービスは日常生活の中でのメンタル状況を把握・予測し、気軽なカウンセリングによる予防・改善につなげることができるからです。

一方で、企業主導でメンタルヘルスケアに関わるサービスを提供していくに当たっては、企業と従業員の間に信頼感を醸成することが重要であることも分かってきました。前述したように、メンタルヘルスケアの領域においては、主観的な測定だけでは本人も企業も正しく状態を把握し、適切な対処ができないという問題があります。そのような課題に対し、進展する技術を活用し、客観的なデータの取得・活用を着実に進めて企業側の従業員理解を深め、適切な対処につなげていくことが重要となるでしょう。

前述のアンケート調査では、新サービスの所属企業への導入にネガティブな回答をした人の40%程度が、「企業がデータや分析結果をメンタルケア以外の目的に使う可能性」や「データ漏えいの可能性」があることを理由に挙げています。メンタルヘルスの治療においては、カウンセリングを受けるだけでなく、一定期間業務負荷を下げたり、上司が介入して仕事の問題点を一緒に解決に向かわせたりという組織的対応も重要になります。そのような企業と従業員の強い信頼関係を構築できる土壌を整えなければ、サービス導入はかえって組織のエンゲージメントを低下させる可能性があると言えるでしょう。

メンタルヘルスケアに関する正しい組織文化の浸透、ならびに、業務データの活用目的と個人情報管理について企業と従業員間で十分に話し合いを行い、相互の信頼関係を確立することが求められます。その条件をクリアし、新しいサービスを浸透されることができれば、最初に紹介したうつ病による社会的損失の約2兆円を減らすことができ、個人・企業・国の3者にとっての明るい未来につながるのではないでしょうか。

※1:「精神疾患の有病率等に関する大規模疫学調査研究:世界精神保健日本調査セカンド 統合研究報告書」厚生労働省厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業)国立研究開発法人日本医療研究開発機構障害者対策総合研究開発事業(精神障害分野)(2016年5月)

※2:「平成29年度 患者調査」厚生労働省(2019年3月)

※3:佐渡充洋 慶應義塾大学医学部精神神経科学教室「うつ病による社会的損失はどの程度になるのか? —うつ病の疾病費用研究—」精神神経学雑誌 第116巻 第 2 号(2014年)

※4:「労働者のメンタルヘルス不調の予防と早期支援・介入のあり方に関する研究 平成20年度~22年度総合研究報告書」厚生労働科学研究費補助金 労働安全衛生総合研究事業(2011年3月)

※5:スタンフォード大学「Wearable device from Stanford measures cortisol in sweat」
https://news.stanford.edu/press-releases/2018/07/20/wearable-device-s-cortisol-sweat/ (閲覧日:2021年8月30日)

※6:PST株式会社「MIMOSYS」ホームページ
https://medical-pst.com/products/mimosys/(閲覧日:2021年8月30日)

※7:PST株式会社「神奈川県の未病指標®(メンタル領域)におけるMIMOSYSの導入」
https://medical-pst.com/casestudy/mimosys/kanagawa_me-byo/(閲覧日:2021年8月30日)

※8:Lyra Health ホームページ
https://www.lyrahealth.com/(閲覧日:2021年8月30日)

※9:株式会社ジョリーグッド「うつ病VRの共同研究を開始!国内最大の認知行動療法研究機関と」
https://jollygood.co.jp/news/2249(閲覧日:2021年8月30日)

※10:“Blended Care-Cognitive Behavioral Therapy for Depression and Anxiety in Real-World Settings: Pragmatic Retrospective Study”, Anita Lungu, Journal of Medical Internet Research
https://s3.ca-central-1.amazonaws.com/assets.jmir.org/assets/preprints/preprint-18723-accepted.pdf (閲覧日:2021年8月30日)