コラム

3Xによる行動変容の未来2030最先端技術

V-tecが変える未来 第1回:土木・建設、製造現場

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2022.9.13

先進技術センター飯田正仁

3Xによる行動変容の未来2030

POINT

  • V-tecは「土木・建設、製造現場」などの働き方改革に寄与。
  • 3K労働、人員不足、作業員の負担といった課題を解決するシナリオを検討。
  • 労働環境の改善、生産性の向上、手戻りの抑制が実現。
三菱総合研究所では、リアルとデジタルの融合する将来社会の基盤技術としてVR(仮想現実)やAR(拡張現実)、MR(複合現実)などのバーチャル・テクノロジー(V-tec)の研究を進めています。研究成果の一部を、計2回のコラム「社会課題解決へ向けた V-tec の活用」として紹介します。

特に、人々の働き方に焦点を当て、働く上での課題を解決・緩和するためにV-tecがどのように有効となるか、課題解決のシナリオと課題解決が期待される市場という観点から分析しました。

1回目はV-tecが有効な産業分野をどのように抽出したのかを説明したあと、具体的な産業分野として土木・建設、製造現場の分析結果を解説、2回目はリテール、ロジスティックス、オフィスの分析結果を解説します。

V-tecが有効な産業分野抽出の考え方

社会課題の中には人の生活行動を変えることで解決・緩和されるタイプの課題があり、このタイプには行動変容アプローチが有効です。例えば、行動変容を促すための手法として、ナッジ(行動経済学)や経済的インセンティブ、法的・制度的枠組みの整備などがあります。本研究ではV-tecの行動変容加速要素が有効に働く人々の生活行動に、どのようなものがあるかを最初に検討しました。

V-tecの行動変容加速要素として、「情報のオンタイム提供」「時間の創出」「空間価値の向上」「経験の深化」「他者とのつながり」の5つを設定しました。このうち「情報のオンタイム提供」「時間の創出」「空間価値の向上」の3つは通常のオンラインツールの適用範囲を拡張する要素であり、外的な環境の変化を生み出します。一方、「経験の深化」「他者とのつながり」の2つはV-tec特有の要素であり、感情・情動・体感の伝達による内的な環境の変化を生み出します。

人の生活行動様式は、NHKの国民生活時間調査※1を参考に、必需行動、拘束行動、自由行動の3タイプの大分類と、それぞれのタイプに属する中分類の項目を設定しました(図表1)。
図表1 生活行動の分類とV-tecの行動変容加速5要素との対応
図表1 生活行動の分類とV-tecの行動変容加速5要素との対応
出所:三菱総合研究所
その後、5つの行動変容加速要素と人の生活行動様式の3タイプの関係性から、対応する要素が多く、加速要素が強い生活行動に関連した産業分野(医療・健康など)を抽出しています。

その結果、「働き方」「教育」「医療・健康」「アミューズメント」「観光」の5つの影響度が高い産業分野が抽出されました。「働き方」については、就業人口や付加価値額、V-tec活用事例(萌芽事例)などから領域を5つ(製造現場、土木・建設、リテール、ロジスティックス、オフィス)に分けて分析しました(図表2)。
図表2 V-tecが有効な生活行動に対応する産業分野
図表2 V-tecが有効な生活行動に対応する産業分野
出所:三菱総合研究所
それぞれの産業分野では、課題を起点とした分析を行っています(図表3)。

まず当該産業にとって重要な背景や課題を設定し、労働者や企業など複数のステークホルダーの視点から、V-tecによって解決できることとその効果を分析しました。併せて、普及に向けたポイントと、想定される市場規模を推計しています。ARやVRなどの、いわゆるXR(クロスリアリティ)関連のハードウエアの普及想定とフェルミ推定(仮説から概数を推定)結果を基に、2025年と2030年の国内市場規模を推計しました。
図表3 本研究の分析フロー
図表3 本研究の分析フロー
出所:三菱総合研究所

土木・建設業界の3K労働や人手不足を解消するV-tec

背景と課題

土木・建設業界の現場では人手不足と作業員の高齢化が同時進行しています。国土交通省※2によると、建設業就業者数はピーク時の3割減となっています。就業者数の約3割が55歳以上(29歳以下は約1割)で、きつい・汚い・危険のいわゆる「3K」労働が敬遠されていることも要因の一つです。

橋、トンネルといった高度成長期に建設された多くのインフラの経年劣化に伴い、点検作業が大幅に増えることも、作業人員の不足に拍車をかけます。今後20年で、建設後50年以上経過する施設の割合が加速度的に高くなると想定されています※3。高度成長期に建設された多くのインフラの経年劣化に伴い、インフラ点検作業が大幅に増え、作業人員も不足しています。

建築物のデザインの確認に際しても、設計者・デザイナーとクライアント間のイメージの行き違いで生じる計画変更や施工不良の修正の繰り返しが、大きな負担になっているという指摘もあります※4

V-tecによる解決

V-tecにより3K労働の代替・緩和が可能になるほか、インフラ保守点検の時間とコストを削減することができます。また、建築物のデザインの確認時に完成イメージを共有することで、作業時間のロスが削減され、作業担当者の負担が軽減し、職場環境も改善されると期待されます(図表4)。

①3K労働の代替・緩和

VR技術を活用して、高所での作業や重機を扱う作業などの3K労働を代替できるようになれば、土木・建設業界を志望する人材も増えると考えられます。熟練者の操作やノウハウをデジタル化し、非言語情報としてVR訓練などに利用できれば、効率的な人材教育やスキル共有も可能となります。

②保守点検時間・コストの削減

現在のインフラ点検作業は目視や打音などによって行われていますが、今後、建設物自体にセンサーが組み込まれるようになれば、過去の診断データと組み合わせることによって保守すべき場所をセンサーが自動で知らせてくれるでしょう。また、ヘッドマウントディスプレイといったARやMRなどで使うウエアラブルデバイスも併用することで、どの箇所を補修すべきかをリアリティーをもって観察することができるようになります。ドローンやAIと組み合わせて利用することで、目視点検の難しい場所での作業も可能になります。

③完成イメージの共有

建築設計における計画変更、施工不良の修正などが作業の時間とコストの損失につながっているという指摘があります。

きわめて高い精度のデジタルデータで3D都市モデルを構築する「都市のデジタルツイン化」が進みつつある現在、BIM(建築物の3次元モデル) のデジタルデータとVR・AR・MR技術を併用することで、設計者とクライアントが施工前に建設物の完成イメージを共有できるようになるでしょう。作業時間や作業コストの削減は、担当者の作業負担の軽減にもつながります※5。また、デジタルデータをもとに、代替案となる建築物の施工事例を再現できれば、クライアントの望む完成イメージを迅速かつ多様に提示することも可能となります。
図表4 働き方(土木・建設)における課題をV-tecで解決
図表4 働き方(土木・建設)における課題をV-tecで解決
出所:三菱総合研究所

期待される効果

3つの課題がV-tecの活用で解決されることにより、以下のような効果が実現すると期待されます。

労働者側の効果として、建築物の具体的完成イメージを関係者間で共有することで、さまざまな手戻りを抑制することができるでしょう(図表5:A)。建築物の健全性を遠隔・安全な場所から確認したり(図表5:B)、重機の操作をその場にいるような感覚で遠隔で行ったりすることで(図表5:C)、3K労働環境の改善が見込まれます。

企業側の効果としては、研修の場でV-tec技術を使うことで、即戦力となる従業員を効率的に教育し、現場の人材不足を解消することにつながるでしょう。自律的な建設機器動作を遠隔地から操作できれば、定型作業の自動化とともに非定型イベントへの対応が進み、両者の相乗的な効果が生まれます。その結果、作業の効率化が進み、生産性の向上が図れるでしょう。

2030年頃の土木・建設領域におけるV-tecの利用シーンを以下に示します。
図表5 2030年頃の土木・建設領域におけるV-tecの利用シーン
図表5 2030年頃の土木・建設領域におけるV-tecの利用シーン
出所:三菱総合研究所
萌芽的な企業の事例として、ハニカムラボと會澤高圧コンクリートが共同開発したシステムは、MRを活用した遠隔地からの操作を可能としており、札幌市の公共事業に導入されています※6

また、米国スタートアップのIrisVRでは、BIMを基にしたVR映像を活用して、建築物の設計イメージの共有や修正を迅速に実行できるシステムを開発しています※7

市場規模

前出の社会課題解決シナリオに沿ってV-tecの活用による解決が進むと、労働環境の改善、生産性の向上、手戻りの抑制などが実現します。市場規模の合計は、2025年では約800億円、2030年では約2兆円となります。

この市場規模は実現されうる最大の規模であり、実際の実現規模は、費用対効果の優位性の明確化、技能・ノウハウや設計イメージの帰属ルールおよびセキュアな管理など、普及のための諸条件をクリアする必要があります。

製造現場の技能伝承や業務自動化を実現するV-tec

背景と課題

人口減少・高齢化が継続している日本は、労働力層の高齢化も進んでいます※8。働き方の多様化も進み、終身雇用制を前提とした企業教育や技能伝承が難しくなっています。スキルやノウハウの大半は個人の暗黙知となっており、その知見を整理してマニュアル化することは困難です。後継者不足の問題から、トレーニングによる技能伝承も難しく、伝統技能が途絶えてしまうケースも多く発生しています。

その一方で、労働力不足を補うための自動化も進みつつあります。しかし、自動化できないほど複雑な作業は引き続き属人的な対応が求められると想定されます。例えば、製造現場では安全対策の徹底が必須ですが、往々にして複合的な対応が求められます。

製造現場のビジネス環境は、就労形態の多様化や作業の複雑化、さらにはグローバル競争の激化により急変しています。複雑な仕事に対応しながら、企業は継続的な生産性の向上も求められています。

このように、製造現場の領域では、「スキル・技能の共有」「人の担当分の複雑化」「生産性の向上」の3つを解決することが主要な課題となっています。

V-tecによる解決

V-tecによって、技能の継承や、時間当たりの生産性向上が実現し、労働価値が強化されます。また、就労時の各種ストレスの軽減や拘束時間の削減も可能なため、労働者がより快適に働くことができるようになると期待されます(図表6)。
 

①短時間での技能伝承・リスキリング

V-tecを活用することで、製造業や伝統工芸における熟練技能者の技能を効率的に伝承することができます。例えば、熟練技能者の匠の技術をセンサーなどで収集し、ロボットの動作として再現すれば、匠の技術を効率的に繰り返して非熟練技術者に伝承することが可能になります。実際に、V-tecを活用して熟練者の技能を再現し、非熟練者に伝承するようなシステムも導入されています※9

記録した熟練技能者のデータは、形式知化することでより汎用的な技能として活用することができますので、他の技術と組み合わせて実装することなども可能になるでしょう。

②就労時ストレス改善

製造現場では、高所での作業などさまざまな危険と隣り合わせです。しかし、各種の安全対策が充実するにつれ、現場作業員が危険に対して鈍感になってしまうことが問題になっています。V-tecを活用したバーチャルな事故体験は、現場の危険を体感する上で極めて有効であり、現場の事故削減に大きく寄与します。危険に関する「ヒヤリハット」情報を記録・学習して事前に作業者にアラートを出したり、V-tec技術を活用して遠隔で設備・製品点検を行うようにしたりすることで、労働者の就労時のストレス改善も期待できます。実際に、高所での作業やクレーン事故、感電、火災などをVR体験できる安全教育システムが商品化されています。

③付加価値を生まない時間の最小化

業務プロセスの効率化による生産性向上にもV-tecは有用です。例えば、工場などの生産設備でトラブルが発生した場合、これまではメーカーの技術者が出張して対応するケースが一般的でした。V-tecによる遠隔支援が可能になれば、工場の職員と視線や情報を共有してスピーディーに設備を復旧させることができます。移動など付加価値を生まない時間を最小化し、生産性向上に寄与します。遠隔地からV-tecを通じた無人作業も普及が進むと想定されます※10
図表6 働き方(製造現場)における課題のV-tecによる解決
図表6 働き方(製造現場)における課題のV-tecによる解決
出所:三菱総合研究所

期待される効果

V-tecの活用により、①~③の解決がなされることで、以下のような効果が実現すると期待されます。

労働者側の効果としては、匠の技術をロボットの動作として再現したり(図表7:A)、匠の技術を効率的に伝承したりすることで(図表7:B)、短時間での技能習得やリスキリングが可能になります。また、ヒヤリハットを記録・学習して事前に作業者にアラートを出すことで、リスク管理する労力を軽減し、就労時のストレス改善につながるでしょう(図表7:C)。

企業側の効果としては、遠隔での設備・製品点検を行ったり(図表7:D)、工場ラインでの作業をARやMRによりアシストしたりすることで(図表7:E)、移動など付加価値を生まない時間を最小化することも可能となります。

2030年頃の製造領域におけるV-tecの利用シーンを以下に示します。
図表7 2030年頃の製造現場領域におけるV-tecの利用シーン
図表7 2030年頃の製造現場領域におけるV-tecの利用シーン
出所:三菱総合研究所
萌芽的な事例として、日本HPは、印刷機向けのリモート保守サービスを展開しています※11。MRデバイスの一つであるHoloLens 2を装着し、現地作業員は遠隔地からのエンジニアのサポートを受けながら保守作業をすることができます。

また、Cellidと三菱重工業は、工場やプラント保守点検へAR技術を応用することで、作業の効率化が可能であることを実証実験によって検証しました※12

市場規模

それぞれの社会課題解決シナリオに沿ってV-tecの活用による解決が進むと、労働価値の強化、拘束時間の最小化、企業の収益力の維持・強化、人材の確保などが実現します。市場規模の合計は、2025年では約2,680億円、2030年では約2兆6,290億円となります。

この市場規模は実現されうる最大の規模であり、実際の実現規模は、費用対効果が優位であることを明確にすること、および、技能・ノウハウの帰属ルールの確立や、セキュアな管理など、普及のためのポイントをクリアする必要があります。
今回のコラムでは、V-tecが有効な産業分野の抽出方法と、具体的な産業分野として土木・建設と製造現場の課題解決シナリオおよび課題解決が期待される市場の分析結果に言及しました。

2回目の次回コラムでは、リテール、ロジスティックス、オフィスの分析結果を紹介します。

※1:NHK「国民生活時間調査」
https://www.nhk.or.jp/bunken/yoron-jikan/(閲覧日:2022年7月19日)

※2:国土交通省「不動産・建設経済局 最近の建設業を巡る状況について【報告】 令和3年10月15日」
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001428484.pdf(閲覧日:2022年6月28日)

※3:国土交通省「社会資本の老朽化対策情報ポータルサイトインフラメンテナンス情報」
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/maintenance/02research/02_01.html(閲覧日:2022年6月28日)

※4:SYMMETRY「伝わるイメージで工数削減を」
http://too.com/product/software/vr/symmetry/(閲覧日:2022年6月28日)

※5:建設テックメディア CONTECH MAG「設計図がARに!ミスを減らし効率化を実現したゴーグルって?」(2020年4月29日)
https://contech.jp/xyzreality/(閲覧日:2022年7月19日)

※6:PRTIMES「ハニカムラボと會澤高圧コンクリート、MR活用の遠隔臨場支援システムを共同開発 札幌市発注工事で国内初実績、HoloLens 2搭載のヘルメット一体型デバイスを採用」(2021年6月29日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000034.000027713.html(閲覧日:2022年7月29日)

※7:建設テックメディア CONTECH MAG「“見るだけ”の時代は終わった!VRをデザインツールに変えるIrisVRの技術とは?」(2021年1月14日)
https://contech.jp/irisvr/(閲覧日:2022年7月29日) 

※8:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)報告書」(2017年)

※9:PR TIMES「エステティシャンの“ゴッドハンド”をXRでレクチャー&技術の資産化。6/29~7/1第2回XR総合展に出展。株式会社オプティカルボルテックス東京、感覚技術を伝えるVRシステム「Craftman」「MixFITシステム」」(2022年6月22日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000102599.html(閲覧日:2022年7月14日)

※10:Response「コマツ、650km離れた超大型油圧ショベルを遠隔操作…米国の鉱山機械見本市でデモ実施へ」(2021年9月10日)
https://response.jp/article/2021/09/10/349359.html(閲覧日:2022年7月14日)

※11:HP xRServices
https://reinvent.hp.com/HPxRServices?jumpid=af_28006e536b(閲覧日:2022年7月29日)

※12:PRTIMES「AR技術による工場オペレーション高度化についての実証実験を実施」(2021年5月24日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000007.000030718.html(閲覧日:2022年7月29日)