コラム

環境・エネルギートピックスエネルギー

海外事例から学ぶ電力システムの分散化

レジリエンス向上等を目的とする配電事業への新規参入に向けた論点

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2023.3.16

経営イノベーション本部中村俊哉

安藤希美

藤田恵

環境・エネルギートピックス

電気事業法の改正により配電事業への新規参入などが可能に

政府は、2022年4月にレジリエンス向上の観点から、電気事業法の改正により電力システムの分散化を図る配電事業制度を導入した。この制度のもと、経済産業大臣から許可を得て新規参入した配電事業者は、一般送配電事業者の既存の配電網を活用することが可能となる。災害などの非常時には、一般送配電事業者の系統から切り離されたエリア内の分散型エネルギーリソース(DER)として、独立運用できる。

これに伴い、既存の大規模発電所にほとんど依存しない小規模電力網であるマイクログリッドが、DERを主体としてさらに普及すると予想される。配電事業において期待される効果としては、非常時の独立運用によって企業のBCP(事業継続計画)※1を支援できることや、潮流(系統を流れる電流の方向や量)の改善が挙げられる。潮流改善に資する取り組みを配電事業者が実施することで、系統全体でのコスト低減効果が見込まれる。

海外でも同様の取り組みが見られる中で、日本でもビジネス面、制度面、技術面のそれぞれで以下のような論点に対して適切な対応が求められる。

ビジネス面では設備投資計画の工夫による費用対効果が論点に

配電事業の収益は、主に託送料金(電力を送るための配電網の利用料金)収入と設備投資・運用費用の削減によって決定される。特に設備投資・運用費用の削減は、配電事業者が工夫する余地が大きい。

例えば、豪州では配電事業者がマイクログリッドに蓄電池を設置することで、太陽光発電設備から系統への潮流が改善され、配電線・変圧器など配電設備を増強する必要性を低減することで、設備投資費用を削減している。

また、英国では日本と同様、規制緩和により新規参入が可能となった独立配電事業者(IDNO)が、配電設備設計の合理化などにより従来の配電事業者(DNO)よりも設備投資費用を抑制し、新規のデータセンターや企業団地の配電網運用に参入している。加えて、電力のみならずガス・熱・水道・通信のマルチユーティリティサービスを担うことにより効率化を図り、運用費用の削減を実現している。

日本において配電事業を行う際にも、このような取り組みにより費用対効果の向上を図ることが重要である。

制度面では非常時の供給条件が論点に

配電事業に期待される効果の1つとして、非常時に独立運用することでエリア内の需要家に電力供給を継続することによる「レジリエンス向上」が挙げられる。ただし、これに当たっては非常時の供給条件が論点になると考えられる。国内外で構築されてきた従来型のマイクログリッドは、エリア全体で小売電気事業者と1つの供給契約を結ぶ形式が一般的であり、当該エリアの需要家は小売電気事業者の選択ができなかった。

しかし近年、米国ではエリア内で需要家が複数の小売電気事業者と結んでいる契約の維持を前提に構築する「コミュニティマイクログリッド」が注目を集めている。エリア内の需要家は平常時には別々の小売電気事業者から電力供給を受けているが、非常時はエリア内でDERを持った特定の小売電気事業者のみからの供給となるため、あらかじめ下図のように供給条件を明確化しておく必要がある。
図1 米国のコミュニティマイクログリッドにおける非常時の供給条件
米国のコミュニティマイクログリッドにおける非常時の供給条件
出所:Redwood Coast Energy Authority資料を基に三菱総合研究所作成
日本における配電事業も一般送配電事業や米国の事例と同様、電力小売の自由化を前提にしたものであることから、非常時の供給においては従来型のマイクログリッドよりも供給条件の設定や電気料金での精算が複雑になる。そのため、配電事業の設計段階から、当該エリアに供給する複数の小売電気事業者をはじめとした関係者との非常時の運用方法に関する協議が重要となる。

技術面ではDER主体での自立運転による系統安定性維持が論点に

豪州や米国ではDER主体のマイクログリッドにおいて、電力を安定供給するための疑似慣性機能※2を有するグリッドフォーミングインバーター※3を導入している。一般的なマイクログリッドでは同期発電機※4が生み出す慣性力※5を用いて系統安定化を図るものの、非同期電源であるDER主体のマイクログリッドは自ら慣性力を生み出すことができない。このような低慣性の電力系統においては、電圧と周波数を調整し系統安定性を維持するために、疑似慣性機能を生み出すグリッドフォーミングインバーターが必要となる(図2)。
図2 同期発電機主体の系統とDER主体の系統における慣性力の違い
同期発電機主体の系統とDER主体の系統における慣性力の違い
出所:概念に基づき三菱総合研究所作成
米国ではDER主体のマイクログリッドの実用化に向けて、グリッドフォーミングインバーターが備えるべき技術要件の標準化や、系統連系する事業者が従うべきルールのグリッドコードへの反映が検討されている。

現在、日本においても、再生可能エネルギーの普及拡大に伴う低慣性対策としてのグリッドフォーミングインバーター実用化や、グリッドコード、認証試験などのルール整備が検討されている。低慣性の課題が顕在化して供給が不安定になりやすいDER主体のマイクログリッドでは、グリッドフォーミングインバーターの実用化が先んじて進む可能性がある。日本でも、グリッドフォーミングインバーターに係る標準規格やグリッドコードへの適用を念頭に、関連する動向を注視しつつ、配電事業の設計を行う必要がある。

さまざまな論点を整理し電力システムの分散化を

日本において今後、配電事業・マイクログリッドを実現するうえでは、先に述べた論点を踏まえて、以下のような検討が必要である(図3)。特に、3つ目に示す非常時・平常時運用での蓄電池活用方策の検討は、配電事業が一定の条件のもと発電・小売の兼業が可能な仕組みであることから重要である。
  • 配電事業の対象エリアおよびビジネスモデル検討(マイクログリッドの提供価値の明確化、技術課題の整理、必要な経営資源の整理)
  • 配電事業の収支モデル想定(事業候補地の需要・原価の想定に基づく収支モデルの作成)
  • 潮流改善効果や蓄電池を活用した非常時・平常時運用での付加価値の検討(潮流データを基にした蓄電池の仕様検討および設備増強回避・ダウンサイジング効果の分析)
図3 配電事業検討ステップの例
配電事業検討ステップの例
出所:三菱総合研究所
当社は、制度設計の知見や海外調査の実績を踏まえ、事業参画を検討する企業に対し、戦略策定や収支モデル作成、付加価値の検討などに関する支援を行っている。配電事業はレジリエンス向上、電力システムの効率化、DERの導入促進および地域サービスの向上に資する重要な取り組みである。しかし、その実現においては電力の安定供給や配電事業者の収益性確保が大前提である。ここまで挙げた論点に関し、詳細な検討を通じて実現性を検証することが不可欠である。

※1:BCP:Business Continuity Plan、企業が緊急事態時の被害を最小限に抑え、事業が継続できるように対策や方法をまとめた計画のこと。

※2:疑似慣性:同期発電機の挙動を模擬し、疑似的な慣性を提供する機能。

※3:グリッドフォーミングインバーター:再生可能エネルギーなどの非同期電源に、同期発電機が持つ慣性力などと同等の能力を組み込んで、系統側によらず自立的に電圧を形成し、周波数維持および系統安定性(同期安定性)に寄与することを可能とする技術。

※4:同期発電機:交流電力を発電する発電機で、慣性を有する。

※5:慣性力:電気的な瞬時の変化に耐える力のこと。同期発電機は電気を発生させるために回転子を回転させて発電している。自らの回転子を一定回転に維持しようとする「慣性」を持ち、電気的な瞬時の変化に耐えることができる。一方、再生可能エネルギーなどの非同期電源は回転子がなく、慣性を持たない。