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人的資本経営 第2回:「やった感」で終わらせないために

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2023.4.7

キャリア・イノベーション本部橋本佳奈

MRIトレンドレビュー

人的資本経営 実践の第一歩とは

人的資本経営の実践に向けて、世間の関心がますます高まっている。当社が事務局として関わっている「人的資本経営コンソーシアム」では、分科会で多くの会員企業が実践事例の紹介を視聴し、活発なディスカッションを行っている。ただ、個別の相談では「自社も必要性は認識しているが、何から手をつけたらよいのかわからない」という声を聞くこともある。

個社が人的資本経営の実践に踏み出せるようにするためは、「何を、どのような順序で取り組んでいけばよいのか」というステップを示す必要がある。

第1回では、人的資本経営が求められている背景と、経営層と取締役会の役割について説明した。今回は個社における実践のステップについて述べることで、「何から始めたらよいのかわからない」という疑問に答える。

4つの実践ステップ

第1のステップとして、「なぜ自社が人的資本経営に取り組むべきなのか」を経営層が認識したうえで、必要な体制を構築する。「人事施策にかかわることだから」と人事部門に丸投げすると、議論も取り組みも極めて限定的になってしまい、自社のあるべき姿の実現や企業価値向上には遠く及ばない可能性が高い。経営層のコミットメントのもと、人事部門・事業部門・経営企画部門を巻き込んで自社のあるべき姿を共有し、適切な役割分担でアクションをとれる体制を整えることが重要だ。また、人的資本経営の取り組みは資本市場・労働市場にも発信していくことが求められる。投資家との対話などを担う広報・IR部門との連携も必要になるだろう。

第2のステップが中長期的な自社のあるべき姿・経営戦略(価値創造ストーリー)の明確化である。ここでいう「中長期」は6~10年程度のスパンを想定している。

このステップでの検討が人材戦略の土台となるが、「あるべき姿」を描き、そこから逆算・ブレークダウンするかたちで考えるのが難しいと感じる企業もあるだろう。その場合は目前で課題意識を感じていることの改善策から検討するのも一案である。例えば、事業構造を変革したいのに新規事業が生まれない場合。今後注力すべき事業領域はどこであるのか。事業構造を変革した先にある自社の姿とはどのようなものなのか。新規事業創出のために自社に何が必要で、何が足りていないのか。あるいは、離職率増加を止めるためにリテンション(引き留め策)を強化したい場合。どのような人材に定着してほしいのか。どのようなかたちで活躍してほしいのか。彼らが活躍するためにどのような環境が必要か。このような検討を通して、自社のあるべき姿(目指すべき状態)、「なぜ」取り組まなければならないのかを明確にしていく。

第3のステップとして、自社のあるべき姿・経営戦略を実現するための人材ポートフォリオを策定し、目指すべき目標と成り行きで推移した結果とのギャップ(Asis-Tobeギャップ)を把握する。人材ポートフォリオとは、経営戦略を実現するために必要となる人材の質(人材要件)と量(人数)のことである。経営戦略に照らして「いつまでに」その布陣を実現するかという時期とともに設定すると、それが人材に関するKPIの1つとなる。ステップ2の検討を土台に人材に関するKPIを設定することで、KPI達成により長期ビジョン・経営戦略が実現され企業価値が向上するまでのストーリーが明瞭なものとなる。

KPIに対して現状を計測し、Asis-Tobeギャップを把握すると、現状不足している点や対応の優先度が明らかになる。なお、人材データの収集は必ずしもはじめから網羅的かつ緻密に行う必要はない。例えば人材ポートフォリオについては、自社の戦略上重要なポジションやスキルに限定して情報収集を始め、徐々に範囲を広げていくことが考えられる。

第4のステップでは、把握したAsis-Tobeギャップを踏まえて目標実現のためのアクションを策定・実行する。人材ポートフォリオを実現するためのアクションは、外部からの採用と内部での育成に大別される。確保した人材が定着し存分に能力を発揮するためには、職場環境の整備に取り組むことも必要だ。具体的には、ダイバーシティ&インクルージョン(多様な人材の能力や個性の活用)の推進、時間や場所にとらわれない働き方の提供、リスキリング(学び直し)の支援、健康経営の取り組みなどが求められる。
図表1 4つの実践ステップ
4つの実践ステップ
出所:三菱総合研究所

実践に踏み出す際の留意点

「人的資本経営」という言葉が普及するなかで注意しなければならないのが、ただ「やった感」を出すだけの、表層的な対応に陥ることだ。多種多様な人事施策が人的資本経営の取り組み事例として紹介されているが、そこから他社の個別具体な施策を単純にまねるだけでは、人的資本経営の実践とはいえない。「自社のあるべき姿」から策定されたアクションではないため、自社において「なぜ」その取り組みが自社の価値向上につながるのかが、投資家や外部の労働市場、ひいては社内の従業員から見ても、わからないからである。

前述のとおり、「自社が」持続的に企業価値を向上していくためにあるべき姿とは何かを考え、その実現のために重要な経営課題・人材課題を特定することで、「自社にとってのなぜ」を明らかにすることが、人的資本経営の実践に踏み出す大前提だ。他社の取り組み事例を参考にする場合は、なぜその企業がその施策を行うに至ったのか、背景となる目標や課題意識もあわせて確認するとよいだろう。

また、KPIに固執してもいけない。KPIを設定するのは、あくまで人的資本経営の実践が効果をあげているかを確認するためである。見かけ上の達成にこだわるあまりに本来の目的を忘れた施策を行うよりも、進捗が芳しくない理由を分析したうえでアクションを改善する方が賢明だ。KPI設定および人的資本経営実践の出発点は「自社のあるべき姿(ビジョンや戦略)を実現し、企業価値を向上させる」ことである。変化に富むこの時代、事業環境の変化により経営戦略や人材戦略の変更を余儀なくされることも十分起こりうる。あるべき姿から逆算・ブレークダウンするかたちで実践することを基本としつつ、状況に応じて時には前提となる戦略をも大胆に変更する柔軟性が企業に求められている。

重要なのは「ストーリーのある目標設定と施策策定」「進捗確認と継続的な改善」である。社内の各関係者が連携して自社のあるべき姿に向かって活動し、それをロジカルに社内外へ示していくことで、持続的な企業価値の向上を実現するのだ。

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