第1のステップとして、「なぜ自社が人的資本経営に取り組むべきなのか」を経営層が認識したうえで、必要な体制を構築する。「人事施策にかかわることだから」と人事部門に丸投げすると、議論も取り組みも極めて限定的になってしまい、自社のあるべき姿の実現や企業価値向上には遠く及ばない可能性が高い。経営層のコミットメントのもと、人事部門・事業部門・経営企画部門を巻き込んで自社のあるべき姿を共有し、適切な役割分担でアクションをとれる体制を整えることが重要だ。また、人的資本経営の取り組みは資本市場・労働市場にも発信していくことが求められる。投資家との対話などを担う広報・IR部門との連携も必要になるだろう。
第2のステップが中長期的な自社のあるべき姿・経営戦略(価値創造ストーリー)の明確化である。ここでいう「中長期」は6~10年程度のスパンを想定している。
このステップでの検討が人材戦略の土台となるが、「あるべき姿」を描き、そこから逆算・ブレークダウンするかたちで考えるのが難しいと感じる企業もあるだろう。その場合は目前で課題意識を感じていることの改善策から検討するのも一案である。例えば、事業構造を変革したいのに新規事業が生まれない場合。今後注力すべき事業領域はどこであるのか。事業構造を変革した先にある自社の姿とはどのようなものなのか。新規事業創出のために自社に何が必要で、何が足りていないのか。あるいは、離職率増加を止めるためにリテンション(引き留め策)を強化したい場合。どのような人材に定着してほしいのか。どのようなかたちで活躍してほしいのか。彼らが活躍するためにどのような環境が必要か。このような検討を通して、自社のあるべき姿(目指すべき状態)、「なぜ」取り組まなければならないのかを明確にしていく。
第3のステップとして、自社のあるべき姿・経営戦略を実現するための人材ポートフォリオを策定し、目指すべき目標と成り行きで推移した結果とのギャップ(Asis-Tobeギャップ)を把握する。人材ポートフォリオとは、経営戦略を実現するために必要となる人材の質(人材要件)と量(人数)のことである。経営戦略に照らして「いつまでに」その布陣を実現するかという時期とともに設定すると、それが人材に関するKPIの1つとなる。ステップ2の検討を土台に人材に関するKPIを設定することで、KPI達成により長期ビジョン・経営戦略が実現され企業価値が向上するまでのストーリーが明瞭なものとなる。
KPIに対して現状を計測し、Asis-Tobeギャップを把握すると、現状不足している点や対応の優先度が明らかになる。なお、人材データの収集は必ずしもはじめから網羅的かつ緻密に行う必要はない。例えば人材ポートフォリオについては、自社の戦略上重要なポジションやスキルに限定して情報収集を始め、徐々に範囲を広げていくことが考えられる。
第4のステップでは、把握したAsis-Tobeギャップを踏まえて目標実現のためのアクションを策定・実行する。人材ポートフォリオを実現するためのアクションは、外部からの採用と内部での育成に大別される。確保した人材が定着し存分に能力を発揮するためには、職場環境の整備に取り組むことも必要だ。具体的には、ダイバーシティ&インクルージョン(多様な人材の能力や個性の活用)の推進、時間や場所にとらわれない働き方の提供、リスキリング(学び直し)の支援、健康経営の取り組みなどが求められる。