コラム

環境・エネルギートピックスエネルギー

シリーズ「洋上風力の未来」第2回:海洋空間計画と日本への示唆(前編)

洋上風力の案件形成加速化に向けて

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2023.7.24

サステナビリティ本部岩橋まり

寺澤千尋

環境・エネルギートピックス
四方を海に囲まれている日本が、アジアを先導する海洋産業立国となる意義は大きい。一方、第1回:洋上風力産業の創出で紹介したように、その実現に向けては日本市場の投資価値向上が急務であり、そのための重要施策の一つが、「洋上風力の有望海域を特定することによる中長期市場の見える化」である。この点で、大いに参考になるのが、海外で実践されている「海洋空間計画」を通じた合意形成プロセスだ。シリーズ第2回・3回では、海外事例と日本の実情を踏まえた示唆を紹介する。

海洋空間計画の本質は合意形成プロセス

洋上風力の開発では、同じ海域を利用する多様なステークホルダーを理解・尊重し、丁寧なコミュニケーションを経て、合意形成していく必要がある。海外においては、海洋空間計画の策定を通じて関連ステークホルダーとの合意形成を実現している事例が存在し、その取り組みから日本が学ぶべき点は多い。

海洋空間計画とは、海洋空間におけるさまざまなステークホルダーの活動領域を政策的意思決定により定めていくプロセスで、国や社会が目指す目標や価値に沿って海洋利用の在り方を明確化していく取り組みである。

海外では海洋空間計画を通じて洋上風力の開発海域を特定している事例が多く存在する。例えばデンマークでも、海洋空間計画の中で再エネ利用区域や海底ケーブル敷設区域を設定し、洋上風力の開発が可能な海域を定めている(図1)。
図1 デンマークの海洋空間計画アクティブマップ
デンマークの海洋空間計画アクティブマップ
出所:デンマーク海事庁(DMA)のWebサイト・資料※1より三菱総合研究所作成
欧米では、海洋空間計画をMarine Spatial Planning(MSP)※2と表現する。海洋空間計画を理解する上で重要なのは、“Planning”という進行形が、できあがった計画=“Plan”ではなく、計画策定のプロセスそのものを意味するということだ。海洋空間計画では、プロセスの初期段階でステークホルダーを特定するとともに、全体を通して、ステークホルダーとの丁寧な調整が繰り返し行われる(図2)。海洋空間計画の策定プロセスは合意形成プロセスそのものともいえ、これが海洋空間計画の本質的な意義である。

日本ではまだ海洋空間計画が策定されておらず、この点の理解が進んでいないが、漁業者との共生が洋上風力拡大の大きなポイントとなる日本においてこそ、参考にすべき取り組みと言える。
図2 海洋空間計画の一般的なプロセスと代表的なステークホルダー・調整方法
海洋空間計画の一般的なプロセスと代表的なステークホルダー・調整方法
出所:三菱総合研究所
日本で海洋空間計画を考える上で重要なのは、目的や求められるスピード感に応じて現実的かつ合理的なステップを踏むことである。例えば海外では、対象とする海域や産業・活動を限定しながら、図2と類似のプロセスで洋上風力の有望海域の特定が行われており、これも一種の海洋空間計画である(図3)。全ての海域や産業・活動を対象とする包括的な海洋空間計画は、プロセス全体を通じて5~10年程度の期間がかかる。一方、目的を洋上風力の有望海域特定に限定し、対象とする海域や産業・活動を合理的に絞り込むことで期間を短縮できる。洋上風力の導入拡大が急務である日本では、比較的小規模な取り組みを積み重ねながら、包括的な海洋空間計画へと発展させていく段階的な取り組みから始めることが有効である。

その際、後に包括的な海洋空間計画を策定する段階になって、当該海域全体の目指すべき中長期ビジョンと、特定した洋上風力の有望海域との不整合が起きないよう注意する必要がある。これを防ぐためには、図2でのSTEP1「計画の目的と対象海域の定義」の段階で、できる限り幅広い視野で計画の目的設定を行うことが重要である。
図3 洋上風力有望海域の特定例
洋上風力有望海域の特定例(左:英国ケルト海、右:米国ニューヨーク湾)
出所:英国Crown Estateウェブサイト※3、米国BOEMウェブサイト※4

洋上風力の有望海域特定に向けたポイント

それでは、日本で洋上風力の有望海域特定を進めていく上で、重要となる論点は何か。当社が考えるポイントは、次の4点である(図4)。
  • ポイント①:海洋データの収集・整備
  • ポイント②:初期段階の適切なステークホルダーの特定
  • ポイント③:国・自治体・産業界の連携促進
  • ポイント④:漁業者への深い理解と尊重に基づく効果的な合意形成
図4 日本における洋上風力の有望海域特定に向けたポイント
日本における洋上風力の有望海域特定に向けたポイント
出所:三菱総合研究所

①海洋データの収集・整備

プロセス全体にわたり、円滑な合意形成を進めていくためには、客観的根拠に基づくコミュニケーションが重要であり、そのための基盤として、海洋データが必要不可欠である。海洋データの整備はこれまでも進められてきたが、さらなる集約・公開、新たな必要データの取得・解析などの取り組みを強化していく必要がある。

②初期段階の適切なステークホルダーの特定

漁業が盛んな日本では、漁業者が特に重要なステークホルダーであり、初期段階で適切に特定していくことが重要となる。一方、日本はさまざまな種類の漁業が海域ごとに複雑に入り組んでおり(図5)、この複雑な漁業実態について一元的に管理されたデータが存在しないことが、漁業者のステークホルダー特定を難しくする要因となっている。この点について、国、自治体、漁業者・漁業団体が連携し、個別に保有するデータや情報を最大限活用したソリューションを考えていく必要がある。
図5 日本における漁業種類と海域の状況
日本における漁業種類と海域の状況
出所:水産庁、都道府県資料等より三菱総合研究所作成

③国・自治体・産業界の連携促進

自治体は地域のステークホルダーに精通し、漁業実態の個別データを保有している一方、国は大臣許可漁業や船舶交通量、水産業などに関する全国規模のデータを保有している。対象海域の状況に応じて、国と自治体それぞれの人的コネクションやデータ・情報を持ち寄り、連携してステークホルダーの特定や調整に取り組むことが適切である。

また、国や自治体の人的リソースが限られる中、産業界の人的リソースやステークホルダー調整のノウハウを活用し、国・自治体・産業界が連携した取り組みとしていくことで、取り組みのスピードアップを図ることが重要である。

その際、国と自治体、産業界の役割分担やステークホルダー特定・調整の基本方針などを国が示していくことが有効である。

④漁業者への深い理解と尊重に基づく効果的な合意形成

漁業者にとって海とは、代々引き継がれた生業や文化が根付く生活の場である。洋上風力という新たな存在への理解を得るためには、十分な情報共有と丁寧なコミュニケーションに基づく漁業・地域共生策の実現が極めて重要である。この点について、海外で実践されている、「漁業リエゾン」の取り組みが、日本でも有効な解決策の一つになり得る。

漁業リエゾンとは、漁業者との調整を専門的に担う組織である。海洋空間計画に関する情報プラットフォーム(MSP Platform※6)では、漁業者との合意形成を円滑にする解決策の一つとして示されており、事例として漁業リエゾンに関する英国のFLOWW※7の取り組みが紹介されている。FLOWWは、所管省庁、洋上風力や漁業・養殖の代表団体、開発事業者、学術組織などから構成され、漁業と海洋再生可能エネルギーの共生を目指す活動を展開しており、漁業リエゾンに関するガイダンスを提供している。

米国でも、漁業者とのコミュニケーションに漁業リエゾンが活用されている(図6)※8。漁業リエゾンには、地域の漁業活動に関する深い知見が求められるため、本事例では漁業者からの人材登用も検討されている※9

日本でも同様に、漁業に精通した人材や組織が情報のハブとなり調整を行うことで、円滑で効果的な合意形成の実現が期待される。
図6 米国における漁業リエゾンを活用した漁業者と開発者間の調整事例
米国における漁業リエゾンを活用した漁業者と開発者間の調整事例
出所:Vineyard Wind社資料(Fisheries Communication Plan)※10より三菱総合研究所作成

日本に適した合意形成プロセスの実現に向けて

前出の通り洋上風力は、漁業との共生なくして成り立たない。海外の海洋空間計画の手法に学び、日本特有の事情や地域固有の状況に応じて柔軟にカスタマイズしながら、洋上風力の有望海域特定に関する好事例を増やし、その知見を広く普及させていくことが肝要である。第3回コラムでは、好事例を実現するための基盤となる、海洋データの重要性と課題、適切なステークホルダーの特定方法を含む今後の必要施策についてより詳細に解説する。

※1:DMA, Maritime Spatial plan
https://havplan.dk/en/page/info(閲覧日:2023年7月21日) 
DMA, MARITIME SPATIAL PLAN, EXPLANATORY NOTES, p.33-51, 2021年3月

※2:UNCLOS(国連海洋法条約)で定められた、各国の海洋空間における権利の行使や環境保全の義務を遵守することを支援するツールとしてIOC-UNESCOが提唱したもの。IOC-UNESCOは欧州委員会とともにMSPの普及活動に努めている。Maritime Spatial Planningとも表現される。

※3:Crown Estate, Floating offshore wind
https://www.thecrownestate.co.uk/en-gb/what-we-do/on-the-seabed/floating-offshore-wind/(閲覧日:2023年7月21日)

※4:BOEM, New York Bright, Project overview
https://www.boem.gov/renewable-energy/state-activities/new-york-bight(閲覧日:2023年7月21日)

※5:洋上風力開発における漁業リエゾンとは、漁業者と開発事業者間において、情報共有や調整を専門的に担う組織のことである。

※6:MSP Platform(The European Maritime Spatial Planning Platform)は、欧州各国の海洋空間計画の策定を支援するために構築された情報プラットフォーム。海洋空間計画に関する欧州各国のさまざまな知見や経験の蓄積と情報共有を行っている。

※7:漁業と海洋再生可能エネルギーセクター間の良好な関係を促進し、英国全土の産業の共存を促進するために2002年に設立された組織。双方の活動から生じる問題への解決策例などをまとめた2つのガイダンスを提供している。
①Recommendations for Fisheries Disruption Settlements and Community Funds
洋上風力開発による影響に対する漁業者へのサポートや、漁業者との協議といった、漁業者と洋上風力開発者の共生を促進するための効果的な解決策例等を提供している。
②Recommendations for Fisheries Liaison
漁業者と洋上風力開発業者の間の衝突を最小限に抑え、建設的な関与を促進することを目的としたガイダンスで、漁業リエゾンの設置について推奨されている。米国における漁業リエゾンの取り組みでも、このガイダンスが参考にされている。

※8:このプロジェクトにおける漁業リエゾン(FL:Fisheries Liaison)は、洋上風力発電所の建設前、建設中、建設後に漁業に影響を与える可能性のあるプロジェクト計画や活動を漁業者に伝え、漁業者からの意見や懸念を開発企業に報告、改善勧告などを行うことで、両者のコミュニケーションにおける全般的な役割を担っている。

※9:沖合で漁業リエゾン(FL)の役割を担い、開発者の船舶が操業する間リアルタイムで状況を伝える「船上漁業リエゾン(OFL:Onboard Fisheries Liaison)」という役割が存在する。その役割として、地域の海洋操業や漁業慣行に精通した人物であることが求められ、漁業者の雇用が検討されている。

※10:Vineyard Wind LLC, Fisheries Communication Plan Rev. 9, 2020年3月30日, p.6,
https://www.mvcommission.org/sites/default/files/docs/Vineyard%20Wind%20-%20Fisheries%20Communications%20Plan%202020.pdf(閲覧日:2023年7月21日)

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