コラム

環境・エネルギートピックスエネルギー

シリーズ「洋上風力の未来」第1回:洋上風力産業の創出

世界市場の中で日本がとるべき戦略

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2023.5.29

サステナビリティ本部寺澤千尋

橋浦 雅

環境・エネルギートピックス
産業・社会構造をクリーンエネルギーへ転換するグリーントランスフォーメーション(GX)。成長産業として期待される洋上風力への注目は高まっている。ロシアのウクライナ侵攻に端を発するエネルギー危機が、脱炭素化とエネルギー・経済安全保障の流れを一気に加速化する中、日本が厳しい国際競争に勝ち抜き、GXに貢献する洋上風力産業を創出するための道筋とは——。このコラムは洋上風力の最新動向と、日本がとるべき方向性をシリーズで紹介する。

激動する世界市場と日本の存在感の低下

温室効果ガスの2050年ネットゼロ実現に向けた重要な電力供給源として、世界的に洋上風力の導入が進んでいる。普及当初、市場の中心は欧州であったが、近年は米国や中国、台湾、韓国、ベトナムなどアジアにも市場が拡大している。そのような中、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機が発生し、エネルギー・経済安全保障の観点から、世界の洋上風力政策は大きな転換期を迎えている。

こうしたエネルギー危機に直面した欧米では、化石燃料からの脱却に向けた再生可能エネルギーの導入加速が喫緊の課題となっている。欧州委員会の「REPowerEU」(ロシア産化石燃料依存からの脱却計画)※1や英国エネルギー安全保障戦略※2が発表されるなど、エネルギー政策の抜本的な見直しが行われるとともに、欧州各国で矢継ぎ早に導入目標が上方修正されている。米国も浮体式洋上風力※3市場のグローバルリーダーを目指し、2050年目標および洋上風力拡大戦略を公表した(図1参照)。
図1 野心的な上方修正が相次ぐ各国の導入目標
野心的な上方修正が相次ぐ各国の導入目標 地図
野心的な上方修正が相次ぐ各国の導入目標 表
出所:各国政府サイト・資料等より三菱総合研究所作成
加えて、入札などを通じたコスト低減を重視する政策から、産業育成を重視する政策への方向修正も見られる(図2)。英国は、CfD(差額決済契約)入札※4の評価時に売電価格以外の要素を考慮する可能性に言及しており、コストのみを評価する入札制度が変更される可能性がある。米国でも、国内生産された製品の採用や、人材・産業育成支援に投資する事業者に対して税額を控除するインセンティブ制度を導入している。台湾や韓国では、風車組立工場の誘致・拡張計画が公表されている。

主要各国で、野心的な導入目標による市場拡大と産業育成の競争が激化する中で、国内外の産業界から、日本の世界市場における存在感の低下と、事業者参入や民間投資の停滞を危惧する声が寄せられている。
図2 洋上風力産業育成政策の動向
洋上風力産業育成政策の動向
出所:各国地域の政府サイト・資料、各社公表情報などから三菱総合研究所作成

洋上風力産業創出に向けた重要施策

世界各国が洋上風力産業育成に向けてしのぎを削る中で、GXに貢献する洋上風力産業を日本国内に創出するためには、海外よりも魅力的な市場環境を戦略的に創り出すことが極めて重要である。制度整備や規制緩和による自立的な企業活動の活性化を中心とした従来型の産業政策だけでは、民間投資は海外に流れ、結果として国内産業育成の実現は困難となる。特に日本は、石油・天然ガス産業など洋上風力の基盤となる産業をもたないため、豊富な実績とノウハウを保有する欧米などの海外資本を呼び込み、国際競争力を備える国内産業を育成していく視点が欠かせない。

ライバルとなる海外政府は、自国市場に投資を呼び込み、産業を育成する戦略として、シンプルで分かりやすい手法を用いている。それは、「野心的な導入目標」の提示と「洋上風力の有望海域やプロジェクトパイプライン」の公表、さらには「大規模な国際入札」と、それに合わせた「先行投資支援策」の実施である。政府の市場形成意欲に加え、入札海域やプロジェクト規模が見える化されていることから、民間企業にとって魅力的で投資判断がしやすく、政府による先行投資支援策も活用しやすい。

日本でも導入目標の設定や毎年の入札、補助金による先行投資支援などの施策は実施されているものの、次に示す4点が課題として指摘されている。このままでは日本市場の魅力と投資優先度が下がり、関連サプライチェーンは海外に形成されるだけで、日本国内の産業育成を実現できない可能性がある。

課題1:世界各国の野心的な導入目標発表が相次ぐ中で日本の導入目標の存在感が低下
課題2:海外と比べて中長期の候補海域やプロジェクトパイプライン(案件形成の海域・規模・時期)が見えづらい
課題3:同様にプロジェクト規模が小さく日本の案件の投資優先度が低下
課題4:同様に事業リスク(出力抑制、インバランス、FIP移行、物価上昇対策の不在など)が高い

こうした状況を変えるためには、図3に示す施策を総合的に推進し、世界における日本市場の魅力を向上させる必要がある。とりわけ急務なのは、日本市場の投資価値向上である。
図3 GXに貢献する洋上風力産業創出に向けた重要施策
GXに貢献する洋上風力産業創出に向けた重要施策
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※EEZ:排他的経済水域。領海の基線からその外側200海里(約370km)の線までの海域(領海を除く)並びにその海底およびその下を指す。

出所:三菱総合研究所
日本市場の投資価値を向上させるためには、世界に見劣りしない導入目標の設定が大前提となる。加えて、「洋上風力の有望海域を特定することによる中長期市場の見える化」「プロジェクト規模の拡大による投資案件としての優位性確保」「事業リスクの低減」「事業性の向上につながる制度改善」を実現していく必要がある。

中でも、洋上風力の有望海域の特定は、日本市場の投資価値の向上はもとより、2050年までの長期導入目標の制定、効率的な港湾やインフラ整備計画など、全ての施策検討のベースとなる重要な施策である。排他的経済水域(EEZ)を含む広範な海域を対象とすることで、自治体が管轄海域内で有望海域を特定する現行のプロセスの課題を解決し、プロジェクト規模を拡大することにもつながる。漁業が盛んな日本では、漁業者などの関連ステークホルダーとの丁寧な合意形成が求められることを多くの関係者が理解している。しかしながら、日本に適した有望海域の特定プロセスは存在するはずであり、全ての関連省庁が連携して、その手法を構築しなくてはならない。

この点に関して、諸外国では海洋空間計画(MSP)※5を通じて有望海域の特定を行っている。これは決してトップダウン的なプロセスではなく、多様なステークホルダーとの丁寧なコミュニケーションを通じた合意形成プロセスそのものであり、日本が学ぶべき点は多い。この合意形成プロセスとしての海洋空間計画については、次回以降のコラムにて詳細に解説する。

官民対話による真に効果的な施策実行を

日本は、厳しい国際競争の中で、洋上風力産業の創出を実現できるかどうかの重要局面を迎えている。これを乗り越えるためには、真に効果的な産業政策について官民が密に対話を重ねていくことが極めて重要である。当社は、関連プロジェクトを通じて、官民対話の支援を行っている。今後も官公庁および事業者の皆さまと議論を重ねながら、官民をつなぐ存在として、洋上風力市場・産業の発展に貢献していきたい。

※1:ロシアのウクライナ侵攻を受け、ロシアの化石燃料への依存を段階的に解消するために、2022年3月に欧州委員会が概要を公表した計画のこと。再生可能エネルギーの導入加速化やエネルギー供給を多角化する方針が示され、2030年の最終エネルギー消費に占める再生可能エネルギー比率を40%から45%へと引き上げることが提案された。
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_22_3131(閲覧日:2023年5月19日)

※2:2022年4月に公表された英国の政策文書。ロシアのウクライナ侵攻などを受け、天然ガスへの依存を低減して国産エネルギーの導入を加速化することなどにより、英国のエネルギー安全保障を強化する方針が示された。
https://www.gov.uk/government/news/500295.ja(閲覧日:2023年5月19日)

※3:洋上風力は着床式と浮体式に分類される。着床式は海底に基礎を固定し、基礎の上に風車を設置する技術で、現在欧州で商用運転されている洋上風力のほぼ全てが着床式である。浮体式は、浮体構造物を係留索・アンカーで海底に固定し、浮体構造物の上に風車を設置する技術で、今後の導入拡大が見込まれている。

※4:Contract for Difference。再生可能エネルギーの売電価格の価格リスクを補完する支援スキーム(差額決済契約)。CfDの基準価格は入札を通じて決定され、基準価格と市場価格との差分を政府が支援することで事業者の価格リスクが補完される。

※5:Marine Spatial Planning。海洋空間において実施される多様な人間活動の空間的分布を分析し配分する政策的プロセスのこと。欧州においては、洋上風力に主眼を置いた海洋空間計画や、洋上風力を含む全関連産業の包括的な海洋空間計画が多数存在する。

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