コラム

経営戦略とイノベーション経営コンサルティング

DIOコミュニティがもたらす消費の変化 第1回:新コミュニティの登場

自分たちのニーズは、自分たちで満たす

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2023.8.25

経営イノベーション本部山口 涼

経営戦略とイノベーション
全ての人の課題を解決することは難しい。社会が豊かになっても、企業がビジネスの対象としづらく、一方で個人レベルでは解決することが難しい「一部の人々が抱える課題」は、取り残されてしまう傾向にある。そんな課題を、コミュニティの力で解決する取り組みが広まりつつある。

従来のコミュニティの形にとらわれず、「一部の人々が抱える課題」を解決する取り組みは、人々の消費行動や企業の競争環境に変化をもたらす可能性を秘めている。

4回にわたるコラムでは、この新たなコミュニティがもたらす変化について、具体例を取り上げながら考えたい。

第1回の今回は、「台頭する新たなコミュニティ」を紹介する。

1,000人のコミュニティが空き家問題に取り組む

2人のビジョンに共感した人々が集い、1,000人を超えるコミュニティを形成——

日本では、空き家問題が深刻化している。国の調査では、全国の空き家は349万戸となり、20年間で1.9倍に増加している※1。そうした日本の空き家問題に着目したのが米国の起業家Michelle Huang氏とWilliam Skinner氏の2人だ。彼らは、「AkiyaDAO」というコミュニティを立ち上げ、日本全国の空き家を購入・改修し、コミュニティに参加する建築家やクリエイターたちが集まる活動拠点を構築することをビジョンに掲げ活動している。

AkiyaDAOの特徴は、世界各国から1,000人(2023年5月時点)を超える人々が参加していることだ。AkiyaDAOのビジョンに共感した人々は、空き家の探索や内装の検討、コミュニティの運営など、自分のできる範囲で少しずつコミュニティに貢献し、貢献状況に応じて空き家を利用する権利などのリターンを得る。こうして持続可能なコミュニティを形成し、空き家問題の解決の一助となろうとしている。

自分たちのために作るからこそ、企業では難しい課題を解決できる——

多拠点居住サービスや空き部屋・家屋を提供するプラットフォームサービスなど、企業がビジネスを通じて空き家問題の解決に取り組む事例も存在する。しかし、企業が取り組む場合には利益確保が必要となることから、一定の需要が見込める空き家を対象としなければならない。

これに対しAkiyaDAOは、あくまで自分たちが利用することが第1の目的であり、利益を得ることの優先順位は高くない点が特徴だ。したがって、利益確保に必要な稼働率の達成が難しい場所であっても、空き家再活用の取り組みが可能になる。

もちろん、個人で空き家を買い取り、リノベーションして移住する人も存在する。しかし、そのためには多大な労力を要し、実行に移せる人は多くない。

AkiyaDAOはこういった企業や個人がこれまで解決できなかった課題、ニーズを解決するポテンシャルをもったコミュニティの一例と言える(図)。
図 「一部の人々が抱える課題・ニーズ」をコミュニティが解決するイメージ
「一部の人々が抱える課題・ニーズ」をコミュニティが解決するイメージ
出所:三菱総合研究所

患者自身が自分たちのための商品開発を行う

コミュニティが商品開発に深く関与——

IBD(炎症性腸疾患)という病気をご存じだろうか。大腸や小腸などの消化器官に慢性の炎症や潰瘍を引き起こす疾患の総称で、潰瘍性大腸炎もその一種だ。潰瘍性大腸炎だけでも全国に22万人程度の患者がいるとされている※2

このIBD患者が集まるオンラインコミュニティに、株式会社グッテが運営する「Gコミュニティ」がある。IBD患者同士の情報交換などがこのコミュニティの活動の中心だが、同社が販売しているお腹に優しいプロテインの企画・開発にもGコミュニティが大きな役割を果たした。

このプロテインは、GコミュニティのメンバーであるIBD患者たちの声から生まれたものだ。開発過程ではお腹や食事に悩みを持つコミュニティ参加者たちが実際に試飲を行い、彼ら自身が求める商品を作り上げた。この商品はクラウドファンディングサイトで2022年に先行販売され、目標を大幅に上回る応募があり、プロジェクトは無事成立に至った。

自分が本当に必要としているものを手に入れる——

この事例の特徴は、特定の人々に強いニーズがある領域で、当事者たちが参加するコミュニティが商品開発に深く関わり、ニーズに合致した商品を開発した点である。

これまで既製品で間に合わせていた消費者が、自ら商品やサービスの開発に関わることで、自分が本当に欲しいと思うものを手に入れることが可能になったのだ。

近年、企業が商品やサービスの開発にコミュニティの声を生かす事例も出てきているが、Gコミュニティの事例は、単にコミュニティから意見を聴くのではなく、参加者が抱える特定の課題・ニーズを中心に据えて商品開発が行われたことに意義があり、開発プロセスにおいてコミュニティの果たす役割が拡大していることの好例とも言える。

現代社会では、さまざまなモノやサービスが常に提供され、人々のニーズや課題がすでに満たされているかに感じられる。しかし、ビジネスという枠組みでは解決しきれない課題、充足しきれないニーズが、いまだ存在しているのも事実だ。

今回取り上げた2つの事例は、ビジネスでは解決しきれない課題の解決、ニーズの充足を実現するものである。共通するのは、同じ課題意識やビジョンをもつ人が集まり、コミュニティでの活動を通じて、課題の解決、そしてビジョンの実現に取り組んでいる点だ。

事例として取り上げたコミュニティは、「自分たちの欲しいものを自分たちで作る」特徴を備える。すでに広く知られているDIY(=Do It Yourself:自分で作る)という言葉になぞらえ、当社はこれらのコミュニティをDIO(Do It Ourselves)コミュニティと呼びたい。

第2回では、このDIOコミュニティについてより深く見ていきたい。

※1総務省「 平成30年住宅・土地統計調査」
https://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2018/pdf/kihon_gaiyou.pdf(閲覧日:2023年8月3日)
本文では空き家のうち「賃貸用の住宅」「売却用の住宅」「二次的住宅」を除いた「その他の住宅(居住世帯が長期にわたって不在の住宅等)」の戸数を記載

※2難治性炎症性腸管障害に関する調査研究(鈴木班)「潰瘍性大腸炎の皆さんへ 知っておきたい治療に必要な基礎知識」
http://www.ibdjapan.org/patient/pdf/01.pdf(閲覧日:2023年8月3日)

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