コラム

環境・エネルギートピックスエネルギー

進展するASEANの炭素市場(後編)

インドネシアから考えるビジネス環境

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2023.11.27

エネルギー・サステナビリティ事業本部野本哲也

環境・エネルギートピックス
東南アジア諸国連合(ASEAN)の盟主であるインドネシアでは、脱炭素機運が高まっており、炭素市場に関する制度設計が急ピッチで進んでいる。本コラムでは、インドネシアの炭素市場に対する「戦略的な意図」を深堀し、ASEANの炭素市場を読み解くポイントを解説する。

脱炭素イノベーションの中心地へ

インドネシアでは、エネルギートランジションと脱炭素化の分野において、他国政府や国際協力機関からの技術的および資金的支援が増加している。背景には、インドネシアが持つ大きな脱炭素ポテンシャルに期待して、同国の炭素市場におけるルールメイキングなどに積極的な関与をしたいとの思惑がある。

インドネシアのエネルギー分野は、主に国営電力会社PLNおよび国営石油ガス会社プルタミナの寡占市場であるため、それぞれをカウンターパートとした研究開発や技術実証などの協力合意が増加している。また、「公正なエネルギー移行パートナーシップ(インドネシアJETP※1)」に代表されるような、脱炭素移行を促進させるための資金支援も増えており、インドネシアへのエンゲージメントが加速している。

インドネシアはNBS※2のための森林・マングローブなどの自然資源やCCS(二酸化炭素回収・貯留)のための地下貯留資源のポテンシャルが高いため、これらのカーボンシンク資源※3の活用を目的とした事業構想が先行している。これらの事業の収益の源泉は、再生可能エネルギーや脱炭素燃料のような製品販売益ではなく、炭素削減価値となるため、炭素市場の整備による事業者への動機付けが必要不可欠である。一方で、カーボンシンクでの炭素クレジット化は、信頼性・透明性・完全性などの品質の担保が求められている分野でもある。

炭素クレジットの海外移転を制限

インドネシアは資源が豊富な大国であり、近年は鉱物輸出規制のような資源ナショナリズムやダウンストリーム投資を促す政策を主導している。これは、脱炭素分野でも同じであり、自国が置かれた状況を十分に踏まえて、実利をとるための着実な政策を展開してきている。炭素市場におけるインドネシアの特徴的な主張は、国内で発行される炭素クレジットの海外移転の制限を打ち出していることが挙げられる。

削減価値を炭素クレジット化して海外へ移転する場合、移転先の国の温室効果ガス排出量は減るかたちとなる一方、クレジットの移転元の国の排出量はその分増えるかたちになる「相当調整」を行うことが、パリ協定で求められている。そのため、インドネシアとしては、やみくもな炭素クレジット化は避ける必要がある。この点については国家決定貢献(NDC)に関連して、次のような各種規定を設けているが、現在までのところ不確定要素が多い状況である。

インドネシア産炭素クレジットの海外移転に関する規定(概略)

環境森林省令No.21/2022(カーボンプライシングの実施手順に関する規則)より

  • NDCのサブセクター目標を達成するために、国際的な炭素協力を実施可能。排出削減実績の一部は、協力協定に基づき、国際協力パートナー国へ移転することが可能。
    • 但し、①NDC目標達成及び野心度向上への支援、②限界削減コスト、③排出削減実績がNDC目標の超過達成に配慮すること。
  • NDC目標の達成を妨げないことを条件として、投資協力の形態を含めて、特別な取り決めを行うこと。
    • 条件として、①国家登録システム(SRN PPI)への登録、②他国のNDCへ移転しないこと、③気候変動緩和行動による排出削減効果を主張しないこと、④国際協力パートナーの排出削減目標に関連しないこと。

環境森林省令No.7/2023(森林部門における炭素取引の手順に関する規則)より

  • NDC超過達成分において、海外取引可能とする最大許容割当量を設定。
  • 割り当ては、NDCのサブセクター目標値と比較した企業の達成値との差で決定。ただし、割り当ては(達成事業者間で)比例的に配分。

ASEAN炭素市場で確認すべきポイント

インドネシアのケーススタディーを踏まえ、ASEAN炭素市場における制度設計において確認しておくポイントとしては、以下の3点が挙げられる。

①国内外の炭素市場との関係性

対象国での炭素税や排出量取引において、炭素クレジット活用や国内外の炭素クレジット認証スキームとの連携がなされているかどうかがポイントである。

例えば、シンガポールは、海外のボランタリークレジット制度との連携や、炭素クレジット活用を前提とした二国間合意を進めている。これらは、制度の適用対象企業に炭素クレジット購入による柔軟性を与えることに加えて、炭素クレジットの生産国でのビジネス機会を創出することを念頭に置いた方針といえる。

また、タイやインドネシアのように、国内の炭素クレジット認証スキームが存在する場合、コンプライアンス市場での活用の有無や国際的な基準との整合の有無が、当該スキームによる炭素クレジット普及に影響を与えることが見込まれる。

②短期・中長期的なコンプライアンス市場の運用指針

炭素税や排出量取引の制度設計は、規制対象(対象の部門や施設の排出量規模)や、規制レベル(炭素税や排出枠)の中長期的な運用方針がポイントである。各国の運用方針は、主にパリ協定でのグローバルストックテイク※4および炭素国境調整メカニズムの動向に影響を受ける可能性が高い。目標レベルや規制レベルの引き上げに対応するために、各国がコンプライアンス市場の運用を見直すことも見込まれる。

③政府収入の使途(財源効果)

現在運用が開始されているシンガポールとインドネシアのコンプライアンス市場については、政府収入の使途が明確には規定されていない。例えば、インドネシアの炭素税の使途は、気候変動分野までしか規定されていない。炭素税や排出量取引による税収入は追加的なものであるため、各国は産業育成戦略を踏まえて脱炭素分野への割当の方針を決定していくことが見込まれる。

日本企業は協働アプローチを

日本企業は今後、ASEANの脱炭素機運の高まりをビジネスの機会と捉えていくことが期待される。炭素市場は有効なツールの一つであるが、その環境価値の帰属には利害関係がつきまとう。日本企業は現地の運営方針を適切に理解した上で、互いの補完的関係が成立する協働の場として、炭素市場を活用していくべきである。

※1:公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETP:Just Energy Transition Partnership)
パートナー国での高排出インフラの早期退役の加速化と、再生可能エネルギーおよび関連インフラへの投資のための支援をドナー国が連携し実施するパートナーシップ

※2:NBS:Nature-Based Solutionの略。自然を基盤とした解決策。

※3:カーボンシンク:大気中のCO2を地下や海底に吸収する仕組みや活動のことであり、森林・土壌等の自然を活用した取り組みや人工的な技術を活用した取り組みが挙げられる。

※4:グローバルストックテイク(Global Stocktake):パリ協定の長期目標達成に向け、世界の国々の実施状況を国際的に評価する仕組み。