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大ミスマッチ時代を乗り超える人材戦略 第6回 自身の適職、職の将来性を簡単に把握できればこんなに便利 ~米国の職業情報の総合ウェブサイト「O*NET」からの示唆~

2030年の人材マッピング

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2018.10.5

政策・経済研究センター吉村哲哉

人材
本コラム第5回で紹介した人材流動化の「FLAPサイクル」を機能させるには、個人が自身や職の特性を知り、適職へと移動していく仕組みが不可欠である。

転職市場が早くから発達してきた米国では、官民から職業情報が豊富に提供されており、日本にとって大いに参考になる。官による職業情報提供の仕組みとしては、米国の職業情報の総合ウェブサイト「O*NET」(オーネット)が画期的だ。そこで本稿では、米国O*NETの特徴を整理するとともに、日本政府が現在検討している「日本版O-NET構想」の課題について述べる。

米国には、非常に詳細な職業の総合情報サイトO*NET(オーネット)がある

「O*NET」は、Occupational Information Networkの略で、米国労働省雇用訓練局が1998年に開設した職業情報の総合サイトである。誰でもアクセスが可能で、約1,000種の職種について詳細なガイド情報を提供している。あわせて、求職者個人の特性診断や適職を提案するメニューをそろえている。

職を探している個人は、匿名で以下のサービスを利用できる(図表6-1参照)。
  1. 約1,000職種について、その職を知らない人でも具体的な仕事の内容をイメージできるような詳しい情報を得られる(紹介動画もある)。その職種の雇用が10年後にどれだけ増減するかという予測情報も得られる(図表6-1のA)。
  2. 職種ごとに、居住地近くの学習機会の情報や賃金水準を把握できる。また、現在求人中の案件情報(企業のサイト)にリンクできる(図表6-1のB)。
  3. 適職を知りたい場合、自身の能力や関心を診断できるツールがあり、経験や教育訓練の必要度別に5段階で数十の職種を提案してもらえる(図表6-1のC)。
図表6-1 米国O*NETにおける個人向け職業情報のインターフェース構造
図表6-1 米国O*NETにおける個人向け職業情報のインターフェース構造
出所:米国O*NETのサイトを基に三菱総合研究所作成
日本にも、ハローワークが提供している「キャリア・インサイト」※1というガイダンスシステムがあり、求職者個人の適性評価、適性に合致した職業リストの参照、職業情報の検索が可能である。これと比べ、米国O*NETには次の特徴がある。①日本のハローワークのシステムが失業者向けであるのに対し、O*NETは職を探す全ての人に向けたサービスである。②米国O*NETの提供する情報は、職種数が多い上に内容が非常に詳細である。また、地域ごとの教育機会や求人情報へのリンクがあるなど、利用者にとって必要な情報が多く得られる仕組みとなっている。

米国O*NETのサイトへの年間来訪件数は延べ3,000万件となっており※2、これは米国の非農業部門の雇用者数約1億5,000万人の2割に相当する(同一人物が複数回アクセスしている場合があるため、実数はもっと少ない)。

以下では、日本にとっても参考となる米国O*NETの特徴について、三つに整理して述べる。

特徴1:職のイメージアップに役立つ詳細情報を提示、職の属性を定量的に明確化

米国O*NETが情報提供している職種は約1,000に区分されており、かなり詳細である。それぞれの職種について、具体的な作業内容(例:メールをどの程度使うか)、必要な経験・教育・訓練などの項目について定性的、定量的な情報が提供されている。定量情報としては、必要とされる能力項目についての重要度(例:0~100の段階表示)などが掲載されている(図表6-2の左側)。職種別の10年後の雇用予測データ(米国労働省労働統計局が推計)も提供されており、利用者は、雇用が伸びるか否かという見通しを今後の選択に役立てることができる。

職種別の属性情報は、業種横断的なデータベース(図表6-2の右側)としてもサイト上で提供されており、人材関連データを分析する機関(研究者、コンサルティング会社など、米国内にとどまらない)も利用している。
図表6-2 米国O*NETが提供している職種情報の構図
図表6-2 米国O*NETが提供している職種情報の構図
出所:米国O*NETのサイトを基に三菱総合研究所作成
職種の属性情報は、その職種で働く人材への取材をもとに米国労働省雇用訓練局(外部委託を活用)が毎年更新しており、その数は、約1,000職種のうち毎年100職種程度である※3。また、定期的に職種区分の見直し、追加、削除を行っている。2010年に追加された職業の一部を挙げると次のとおりである。
  • ファンドレイザー
  • コンピューター・ネットワーク・アーキテクト
  • アートセラピスト
  • 運動生理学者
  • 医療用のMRI(磁気共鳴画像装置)技師
  • 瀉血(しゃけつ)専門医
  • 無線設備設置修理 

特徴2:適職を診断する仕組みを提供

O*NETには、利用者が自身のスキルや性格を入力すると、適性のある職種を提案する機能がある。診断ツールとしては次の三つがある。
  1. 数十の職種についての好き嫌いを入力することで個人の関心を見える化するツール(現実志向、探索志向、芸術志向など6項目別で評点)(オンラインで診断可能)
  2. 個人の労働の価値観を見える化するツール(ダウンロードした上で利用)
  3. 個人の知的能力を診断するツール(テスト)(ダウンロードした上で利用)
これらの診断結果をもとに、利用者にお勧めの職種が数十件リストアップされる※4。リストは、経験・教育・訓練の必要な度合い別に5段階で提示される(「ジョブ・ゾーン」と呼ばれている)。経験などの必要がないのは単純労働系の職種であり、経験がより必要になるのは専門的な職種である。

特徴3:詳細なデータベースを公開し、派生的な人材サービスや研究などに活用

O*NETでは、約1,000の職種について、特徴1で示したような詳細な属性情報をデータベース化している。サイト上で提供しており、他国に類を見ない貴重なデータとなっている※5

米国では、このデータベース情報を活用して非営利機関などが特定の層に向けた職探しのツールを提供している。例えば、North Carolina Military Foundation※6は、O*NETのデータを活用して退役予定の軍人に向けた特性診断・適職検索の仕組みを提供している。

さらに、人材関連の研究者などの間でも重宝されている。例えば、世界経済フォーラム(WEF)が2018年1月に発表した人材の技能再教育(リ・スキリング)に関する分析レポート※7では、O*NETのデータベースを活用しながら、2026年までに必要な職種転換のボリュームと最適な移動経路をシミュレーションしている(下の囲みに概要を示す)。この作業は、労働市場分析をビジネスとするバーニング・グラス・テクノロジーズ(BGT)※8社が担当した。

このように、多くのステークホルダーに活用される仕組みになっている点が、米国O*NETの特徴である(図表6-3)。
図表6-3 米国O*NETにおける職業情報の活用者の広がり
図表6-3 米国O*NETにおける職業情報の活用者の広がり
出所:米国O*NETのサイト掲載情報、独立行政法人労働政策研究・研修機構「仕事の世界の見える化に向けて─職業情報提供サイト(日本版O-NET)の基本構想に関する研究─」(2018年3月)を基に三菱総合研究所作成

世界経済フォーラム(WEF)のレポートにおける人材需給マッチングの推計方法

WEFが2018年1月に発表したレポート「Towards a Reskilling Revolution -A Future of Jobs for All-」では、第4次産業革命が到来する中で、人材のリ・スキリング(技能再教育)、衰退職種から成長職種への人材移動の必要性を述べている。

さらに、具体的にどの職種からどの職種への移動が望ましいのかについて、米国の労働市場を対象としたシミュレーションを行っている。この作業を担当したのがBGT社である。同社は、ウェブ上で公開されている求人企業の求人情報データを大量に収集、分析することを強みとしており、地方政府や企業への情報提供やコンサルティングを行っている。

シミュレーション方法

データソース

①米国O*NETが提供している約1,000職種の属性情報(必要スキル、能力など)
②米国労働統計局の職種別雇用予測(2016年の現状データと2026年の予測)
③BGT社が保有する職種別の属性データ(2016-2017年に、同社が、ウェブ上で公開されている求人企業の求人情報データから収集した5,000万件の求人データに基づく)

シミュレーション方法

実行可能性【条件1、2】、望ましさ【条件3、4】という観点から4条件を設定し、BGT社が開発したアルゴリズムを用いて、2016年から2026年までの最適な職種間移動の組み合わせとボリュームを算出する(移動後の職種別雇用者数が2010年度の予測数値を乖離しないように調整してある)。

【条件1】職種間の類似性スコアが高いこと
  • 実行可能な職種間の移動の組み合わせを求めるため、次の職種属性情報をもとに「類似性スコア」(0.00~1.00)を算出し、類似性スコアが高い(0.85以上)職種間移動が実現可能なものを想定。
  • 利用データ:①知識・スキル・能力の必要性、②ワークアクティビティ(タスクの必要性)、③教育・訓練経験の必要性(①から③はO*NETの職種別属性情報から)、④スキル尺度(基本スキル、特定スキル、ソフトウエアスキル)、⑤教育・経験(④と⑤はBGT社保有データから)

【条件2】職種間移動に当たって必要な教育や経験に大きな乖離がないこと
  • O*NETが提供している職種ごとの経験・教育・訓練の必要度のデータ(O*NETでは「ジョブ・ゾーン」という表現で、5段階表示)を利用。過去の教育や経験が必要とされない職種に転職した場合は、乖離が大きい移動と見なし、分析対象から排除。

【条件3】移動後の職種が衰退職種ではないこと(当該職種の10年後の予測雇用者数が現在よりも少なくないこと
  • 米国労働省統計局が推計している2016年から2026年までの職種別雇用者予測(O*NET上でも提供されている)を活用。

【条件4】職種移動後の賃金が移動前より低下しないこと
  • BGT社が収集した求人情報データに基づく職種別の賃金データを活用。

シミュレーション結果

1)職種全体の最適解の提示(BGT社は“Leadership Lens”と呼ぶ)

実行可能かつ望ましい職種間移動の姿として、職種分類間の最適な移動の組み合わせとボリュームを示している。

例えば、事務系職種からの最適移動パターンとして以下のものを提示(一部を抜粋)。
  • 秘書・管理業務アシスタント ⇒ 請求事務職 69,000人
  • 役員秘書 ⇒ 人事専門職 39,000人
  • データ入力 ⇒ 医療事務 27,000
  • コンピューター・オペレーター ⇒
    ネットワークとコンピューターシステムの管理者 12,000人

2)移動可能性の高い職種の提示(BGT社は“Individual Lens”と呼ぶ)

特定の職種から移動可能性が高い職種を提示している。

「日本版O-NET」構想を確実に進展させ、職業情報を見える化することが重要

日本政府は現在、米国のO*NETにならって、職業情報の見える化に急ピッチで取り組んでいる。2018年6月に閣議決定された「未来投資戦略2018」では、「主体的なキャリア形成を支える労働市場のインフラ整備」を掲げ、2020年から日本版O-NETを稼働させるとしている。その中で、「AI・データ分野の専門家から知見を得つつ、民間人材ビジネス、企業などとのデータ連携やAI・ビッグデータの活用も視野に入れ、データの収集・分析や更新、ユーザーインターフェース、関係サイトとの連携など、具体的な設計・開発の検討を進める」と述べている。

日本版O-NETの具体的な内容は現時点で確定していないが、労働政策研究・研修機構の検討の中では、500程度の職種情報を段階的に整備するというイメージを示している(図表6-4)。
図表6-4 日本版O-NET構想における整備イメージ
図表6-4 日本版O-NET構想における整備イメージ
出所:独立行政法人労働政策研究・研修機構「仕事の世界の見える化に向けて─職業情報提供サイト(日本版O-NET)の基本構想に関する研究─」(2018年3月)を基に三菱総合研究所が作成
ただ、実際に日本版O-NETが稼働開始したとしても、データが蓄積され、有用なものとして本格的に機能するためには、5年単位の時間がかかるだろう。米国O*NETの場合には、以前にあった職業情報をベースに1993年に検討を始め、サイトを開設まで5年を要した(1998年開設)※9。また、日本の主な労働統計では、職種分類が米国ほど詳細でなく、職業別の属性データ情報の収集も米国ほど進んでいない。そのため、2020年に日本版O-NETを立ち上げた後も、職の情報収集を強力に進めるとともに、利用者のニーズに応じた魅力的なインターフェースを持ったシステムとすべく、絶えず改善を図ることが重要である。

「FLAPサイクル」を機能させるには、日本版O-NETを核として各種の人材関連サービスが提供され、個人が自身の特性や職の特性を知り、適職へと移動していく仕組みが不可欠である。

第6回おわりに

今回は、人材マッチング機能の強化に向け、職業情報の総合的な基盤として「日本版O-NET」の整備を確実に進める必要があることを示した。

ところで、近年、AI技術の活用などにより各種のHRテクノロジー(HRテック)が急速に発展し、職のマッチングへの貢献も期待されている。そこで、次回は、HRテック企業の取り組みと「日本版O-NET」との連携の可能性、それによる人材データの蓄積・活用、人材マッチング機能が向上する可能性について述べる。

※1:独立行政法人労働政策研究・研修機構が開発したもの。
http://www.jil.go.jp/institute/seika/careerinsites/index.html(閲覧日:2018年9月11日)

※2:独立行政法人労働政策研究・研修機構「仕事の世界の見える化に向けて─職業情報提供サイト(日本版O-NET)の基本構想に関する研究─」2018年3月、41頁による。同報告書では、セッションベースの「訪問数」を表すと解釈している(同一人物がセッション切れの後に再度アクセスすればその都度カウントされる)。

※3:独立行政法人労働政策研究・研修機構「仕事の世界の見える化に向けて─職業情報提供サイト(日本版O-NET)の基本構想に関する研究─」2018年3月、37頁。

※4:O*NET Online内のサービス「MY NEXT MOVE」において。

※5:本コラム第3回、第4回では、タスク起点での人材マッピングを行うにあたり、日本の労働統計では把握できない職種ごとの属性情報について米国O*NETの情報を当てはめて分析しており、日本の実態を正確に表していない可能性がある。日本でも、米国O*NET並みの職種別の詳細な属性情報が得られれば、より多様な分析が可能であり、人材関連の研究、人材関連施策の立案に大いに役立つと考えられる。

※6:ノースカロライナ州における軍関連の経済振興のための非営利機関で、退役軍人の再就職支援などを実施。

※7:World Economic Forum "Towards a Reskilling Revolution —A Future of Jobs for All—", January 2018
http://www3.weforum.org/docs/WEF_FOW_Reskilling_Revolution.pdf(閲覧日:2018年7月26日)

※8:Burning Glass Technologies 本社ボストン
https://www.burning-glass.com/(閲覧日:2018年9月11日)

※9:前掲の独立行政法人労働政策研究・研修機構の報告書による。

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