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大ミスマッチ時代を乗り超える人材戦略 第9回 リカレント教育の設計と評価、人材、資金

2030年の人材マッピング

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2018.10.29

政策・経済研究センター木根原良樹

人材
世界の潮流に適応した人材ポートフォリオを形成していくため、業種を越えて活躍する専門職の拡充とともに、全ての職種における創造的・分析的な能力の強化が必要となる。

こうした能力強化のためには社会人が学び続ける姿勢が不可欠であり、「リカレント教育※1」がその受け皿となる。第9回では、リカレント教育の先行事例を紹介しつつ、その質と量を充実させるための提言を行う※2

リカレント教育によるキャリアアップの実現

日本でも特徴的なリカレント教育を行い、受講生のキャリアアップについて実績をあげている事例がある(図表9-1)。

東京工業大学「キャリアアップMOT(CUMOT、Career Up MOTの略)」は、技術職、管理職、研究職、若手など多様な職種の社会人が受講し、MOT(技術経営)を学んでいる。受講生は2008年の開講から10年間で1,000人超にのぼる。働きながら学べるよう平日夜を中心に展開し、現在7種のコースを用意、産業界や社会人のニーズを先取りしてスタートアップなど新コースも適宜開講している。大学教員や最前線で活躍する実務家を学内外から講師陣として迎え、多様な受講生によるグループ学習に重点を置いたカリキュラムを用意している。受講生からの満足度や業務への役立ち度など評価は高く、コース修了後、CUMOTの学びをきっかけとして経営企画など新たな職務に就くほか、転職や起業をする者もいる。大学院への進学や同期仲間での勉強会開催を通じて学びを継続する者もいる。

日本工業大学では、金型技術の初級者などを対象に短期集中型の「高度金型人材育成講座」を開講している。講師陣は生産技術者OBなどで、理論と基本技能の両方を学ぶことができる。また、演習や発表・討議の機会が多く設けられている。受講生は年間25名程度、全員が企業からの派遣であり、履修後は金型設計の即戦力として活躍している。

明治大学「女性のためのスマートキャリアプログラム」は、女性の仕事復帰・キャリアアップの支援を目的としており、受講生は子育て中や子育てがひと段落した女性が中心である。企業の協力も得たカリキュラムにより、実践的なマネジメント、マーケティング、コミュニケーションなどを学ぶほか、キャリアデザイン講座が設けられており、キャリアに対する意識付けを行う。受講生の多くは、目的どおり復職・キャリアアップを実現しており、管理職や専門職として活躍したり、起業したりする者もいる。

これら3つの事例は、技術職、管理職、研究職、金型技術の初級者、女性と対象が異なり、学習する専門的スキルはさまざまであるが、共通点として、実践型の講師陣をそろえ、受講生によるグループワークを重視している。その結果、受講者は、実践的な刺激により学び続ける姿勢を身に着け、多様な受講生との協働により管理・コミュニケーション力を培うことで、より創造的・分析的な仕事へのキャリアアップを実現している。
図表9-1 特徴的かつ実績をあげているリカレント教育の事例
図表9-1 特徴的かつ実績をあげているリカレント教育の事例
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出所:古俣升雄(東京工業大学特任助教)「技術経営を学ぶキャリアアップMOT」大学時報P56-61(2018年1月)、明治大学「女性のためのスマートキャリアプログラム(https://academy.meiji.jp/smartcareer/、2018年7月閲覧)、日本工業大学「高度金型人材育成講座」(https://www.nit-kanagata.com/、2018年7月閲覧)を参考に三菱総合研究所作成

リカレント教育の設計と評価、人材と資金の確保

全ての職種において創造的・分析的な能力を強化できるよう、リカレント教育の機会を幅広く提供するとともに、その成果に対して産業界が適切な評価を行うことが重要である。さらにリカレント教育の質と量を担保するため、人材と資金の確保がポイントとなる。

(1)すべての職種を網羅する教育カリキュラム

米国ではMBAなどのほか、ホテル業や飲食業をはじめ幅広い専門分野に特化した大学がある。欧州では職業ごとに資格レベルと職業訓練が提供されている。またシンガポールでは政府が抽出した有望職業ごとにリカレント教育が用意されている。

日本の現状をみると、管理者向けMBAや技術者向けMOTなどは既にあるが(図表9-2の右上象限)、教育の内容や効果は欧米に比べると十分とは言い難い※3。これ以外の職種については、人材が不足する介護分野など(同左上象限)は政府による整備がようやく始まったところであり、事務職、販売・サービス職(同右下象限)、生産・運輸・建設職(同左下象限)向けのリカレント教育はほとんど提供されていない。

職種ごとに身に着けるべき専門的スキルはさまざまであるが、学び続ける姿勢と管理・コミュニケーション力の強化は共通して重要である。管理職や専門・技術職向けに教育内容を充実させ、事務職、販売・サービス職、生産・運輸・建設職など向けに教育の場を拡大・提供するなど、すべての職種に対して教育カリキュラムを充実していくことが望まれる。
図表9-2 リカレント教育の場は、専門職向けは既にあるが、全ての職種について充実が望まれる
図表9-2 リカレント教育の場は、専門職向けは既にあるが、全ての職種について充実が望まれる
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出所:文部科学省や各教育機関の資料などを参考に三菱総合研究所作成

(2)教育成果に対する産業界による適切な評価

リカレント教育を本格化させるには、教育の量と質を確保するとともに、教育の成果に対して産業界が適切に評価することが重要となる。

前出の事例で紹介したように従業員を派遣した企業による評価は高く、また受講生は即戦力として企業に採用され活躍している(前掲の図表9-1)。修了者が在籍する企業では、その過半数がMBA・MOTを前向きに評価・期待している(図表9-3)。日本でも事例は少ないものの、質の高いリカレント教育に対しては企業も高い評価をしている。今後、リカレント教育の量の拡大が期待される中で、その成果を産業界が適切に評価し、教育機関にフィードバックする仕組みの構築が重要となる。

就業者にとっては、リカレント教育を受けた後(場合によっては資格を取得した後)に企業から受ける待遇が受講するかどうかを決定する重要な要素である判断材料になる。例えば、MBA修了者は未修了者に比べて年収が平均約200万円増加しているとの調査結果があり※4、介護支援専門員の資格においても取得者は一般の介護職員に比べて年収が約60万円多い※5。こうした待遇向上に関する具体的なデータは、就業者にとってリカレント教育を受講するモチベーションになる。今後、多くの職種でリカレント教育の提供が期待される中で、教育費用に見合う待遇を得られるかどうかに関するデータを蓄積・共有していき、改善を続けることが重要となる。
図表9-3 修了者在籍企業はMBA・MOTに対する評価・期待が高い
図表9-3 修了者在籍企業はMBA・MOTに対する評価・期待が高い
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出所:文部科学省「平成28年度国内外の経営系大学院および修了生の実態ならびに産業界の経営系大学院に対するニーズ等に関する調査」

(3)キャリアデザイン人材、コーディネート人材の登用

リカレント教育の講師陣については、大学教員に加え、企業OBなど候補者は豊富におり、政府も実務家教員の育成を進めている。一方、日本のリカレント教育の場で重要かつ不足しているのが、キャリアデザイン人材とコーディネート人材である(図表9-4)。

キャリアデザイン人材は学生や社会人に対して、人生の節目で仕事の将来のキャリア設計に対する助言を行う専門家であり、学び続ける姿勢の喚起とともに教育カリキュラムの選択において重要な役割を担う。米国では、キャリアデザイン人材の重要性が認識されており、大学院での専門教育や実務経験、免許制度が課せられ、大学役職や企業向けサービスなどの活躍の場と給与が確保されている。

日本では、キャリアコンサルタントの資格者がいるが、職歴が乏しいコンサルタントでは的確な助言ができない、待遇が低く専門家として自立できないといった声がある中、キャリアコンサルタントが国家資格化されるなど改善に向けた取り組みが始まったところである。日本でも評価の高いリカレント教育において、職歴が豊富で熱意のある人材がキャリアデザイン講座を受け持っている。金融機関OBが専門家人材の再就職の支援に活躍している例もある。こうした人材を登用し、キャリアデザイン人材が大学や人材サービス会社などで活躍する環境を整えることが重要である。

コーディネート人材は、リカレント教育機関において、カリキュラムの設計、講師陣の登用のほか、受講生の募集、事業採算性の確保などの事業経営を担う。リカレント教育の質が確保できるかどうかは、コーディネート人材の能力に負うところが大きい。類似の例として、政府が進めてきた産学官連携においても、コーディネーターの重要性が認識され、研究開発をマネジメントするリサーチ・アドミニストレーターが育成されてきた。

現在、リカレント教育機関である大学等では、こうしたコーディネート人材は事務局職員や有期雇用の教員らが担うことが多い。重要な役割であるにもかかわらず、大学組織の中でその認識や待遇は高いとは言い難い。日本でも評価の高いリカレント教育においては、優秀なコーディネート人材が登用され、産業界と受講生のニーズを先取りし、学び続ける姿勢を喚起する講師陣とカリキュラムを提供している。コーディネート人材を大学などに限らず産業界からも含めて広く登用・育成し、重要な役割に見合うよう待遇することが重要である。
図表9-4 リカレント教育の質を確保するためのキャリアデザイン人材とコーディネート人材が重要な枠割を担う
図表9-4 リカレント教育の質を確保するためのキャリアデザイン人材とコーディネート人材が重要な枠割を担う
出所:三菱総合研究所

(4)リカレント教育の質と量を担保するための資金確保

多くの社会人がニーズに合った高品質のリカレント教育を受けるには、十分な資金注入の下で市場が形成され、優れた事業主体と講師陣が教育を担うことが重要となる。

国全体の教育機関への支出(政府・個人・企業による子ども、社会人を含む教育)について、日本はGDP比4.4%(年間約24兆円)であり、上位の英国(6.6%)、米国(6.2%)、フィンランド(5.7%)やOECD平均5.2%を下回る※6。日本では、子どもの教育には政府や個人から年間約27兆円が支出されているが、社会人教育への支出は企業を中心に年間約5兆円にとどまる※7。日本では、子どもの頃はお金をかけて勉強するが、社会人になると勉強しなくなる。

リカレント教育に対する支出を日本全体(個人、企業、政府合計)でGDP比1%分増やし、現状の5兆円から10兆円へ倍増させるよう提案したい。この年間約5兆円により、全ての社会人が40~50年の社会人生活のうちに1~2年間の大学等通学を1回、夜間・土日中心の短期講座を2回受講することが可能となる(1人あたり平均300万円)※8(図表9-5)。

リカレント教育への支出は、スキルや資質を涵養(かんよう)する自己投資であり、個人負担を原則とすることが適切と考えるが、そのインセンティブとして企業や政府による支援が検討されることが望まれる※9
図表9-5 社会人教育費を倍増させ、リカレント教育の市場形成を
図表9-5 社会人教育費を倍増させ、リカレント教育の市場形成を
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注:現状の教育費は、産労総合研究所による企業の教育研修費用(2017年度データ)、文部科学省による幼稚園・小中学校・高校・大学への公財政支出(平成25年度などのデータ)、三菱総合研究所mifアンケートによる教育への家計支出(2017年データ)を基に計算。

出所:三菱総合研究所

第9回まとめ

日本が2030年に向けて世界の潮流に適応した人材ポートフォリオを形成していくには、全ての職種において創造的・分析的な能力を強化するリカレント教育が重要である。リカレント教育の質と量を確保するには、キャリアデザイン人材とコーディネート人材を登用し、社会人教育支出を倍増させることがポイントである。

個人はキャリアアップのため、企業は業績向上のため、政府は経済力維持のため、それぞれがリカレント教育に対する責任を有する。リカレント教育の全体を設計・管理する仕組みも重要となる。政府が経営・労働・学識各界の意見に基づき全体設計を行った上、本レビュー第7回で述べたように日本版O-NETを活用して、その効果を測定し継続的に改善することで産業・社会のニーズにかなった人材を育成していくよう期待される。 

※1:生涯にわたって教育と就労を交互に行うことを勧める教育システム。いわゆる「学び直し」。

※2:明治大学小川智由商学部教授、望月利昭氏、琉球大学藤野公子客員教授、日本工業大学小田恭市教授、秋元康男氏、東京工業大学古俣升雄特任助教の各氏にインタビューのご協力を仰ぎ、本稿とりまとめの参考にさせていただいた。

※3:文部科学省「リカレント教育の抜本的拡充に向けて」(2018年3月)では、大学等におけるリカレント教育の現状認識として、①プログラムの総数が少ない、②内容として実践的なものが少ない、③学んだ成果が見えにくく企業等で評価されない、などを挙げている。

※4:マクロミルが国内MBA修了者(20~50歳)を対象に2015年6月に行ったアンケート調査結果に基づき三菱総合研究所が集計。
https://career.nikkei.co.jp/contents/ranking/mba-enquete/01/(2018年8月閲覧)

※5:厚生労働省「平成27年賃金構造基本調査」。
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000139536.pdf(2018年8月閲覧)

※6:OECD, “Education at a Glance 2017”による2014年のデータ。

※7:会人教育への公的支出は約3,300億円である(平成29年度)。(厚生労働省職業訓練局の予算、雇用保険制度による就職支援法事業、文部科学省による生涯教育等事業の合計額)

※8:日本でのリカレント教育の相場は現在、短期10万~20万円程度(計120時間の講義等)、1~2年間の大学院等通学200万~300万円程度。

※9:シンガポール政府は「Skill Future」プログラムとして、スキル開発や生涯学習のため25歳以上の全国民に500シンガポールドル(約4万円)のクレジットを支給(2016年1月)。政府が認定するコースは、受講料の9割以上が政府補助であり、このクレジットを使って充実した教育を受けることができる。年間の受講生は人口の約1割にのぼる。

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