マンスリーレビュー

2017年2月号特集デジタルトランスフォーメーションMaaS

社会課題はイノベーションの母

ビジネス型解決で持続可能な21世紀社会を実現

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2017.2.1
デジタルトランスフォーメーション

POINT

  • 複雑化する社会課題は「知識」「イノベーション」「ビジネス」で解決を図る。
  • 持続可能な21世紀社会を産官学連携とオープンイノベーションで共創。
  • 課題解決から新事業が生まれ育つ「エコシステム」を日本にも実現しよう。

1.持続可能な社会の実現には21世紀型の解決モデルが必要

20世紀の工業化と経済成長により豊かな社会と長寿を享受した先進諸国は、成長から成熟の局面に移行し、地球温暖化、少子高齢化などが切実な問題となりつつある。新興諸国は、人口爆発と経済成長に加えて環境保全とも調和を図りつつ貧困から脱することが課題であり、それは世界全体の課題でもある。21世紀、世界人口100億人の時代を展望し、リソースの利用効率を飛躍的に高め、すべての国で「量」の充足と多様な要素をもつ「質」(=QOL)の改善を目指す。かけがえのない地球環境を維持し持続可能な社会の実現に向け、複雑な社会課題の解決に知恵を絞り汗を流すことが、人類共通のテーマとなる。

知識、イノベーション、ビジネスの組み合わせ

従来、社会課題の解決は政府の責任と意識され、多くの資金と資源が投入されてきた。しかし、先進諸国が財政困難と高齢化の時代を迎え、新興国でも一部に減速の兆しがみえる一方、資源・地球環境への配慮の必要性はますます高まる。モノ、カネ、エネルギーなど有限の物量に依存するモデルが限界に達した今、21世紀の課題解決は、無限の持続性と発展性を備えた知恵・知識を出発点とすべきである。

幸い、解決の原動力となる技術面では、ICT分野を中心に画期的な革新が続いている。大量・高速・低コストのデータ処理能力とこれに裏づけられたAI、ロボティクスなどの高度化により、従来の想像を超える画期的(破壊的)なイノベーションが次々と生まれている。社会課題の解決にも、そうした新技術を起点に、ビジネスとして成立・持続できるモデルにより民間セクターの企業家精神とスピードを最大限引き出すのが合理的である。政府・公共部門はそのサポートに徹するのがよい。

もっとも、解決すべき社会課題もまた多様化・複雑化している。社会・制度など技術だけでは解決できない要素もあり、また私企業として取り得るリスクの限界もある。だからこそ、既成概念にとらわれないスタートアップの発想や技術と大企業の事業実現力を組み合わせ、さらには規制改革や社会の受容性の検証など、産官学連携による「オープンイノベーション」が社会課題解決への有効な手法となると考えられる。

2.山積する社会課題を列挙し総合的に取り組む

こうした問題認識は国際的な共通認識ともなっている。2015年、国連で開催された「持続可能な開発サミット」で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の中核となる「持続可能な開発目標(SDGs : Sustainable Development Goals)」は、「先進国を含む世界全体の、経済・社会のあり方」を対象としている。そこには、経済活動による環境負荷を持続可能な水準にまで抑えつつ、資源や機会、人権などをめぐる格差や不平などを是正するための行動として、宣言および貧困の解消、食糧安全保障・栄養改善、健康・福祉の促進など17のエリアの開発目標が掲げられている。

SDGsの大きな特徴は、「民間企業の活動・投資・イノベーションは、生産性および包摂的な経済成長と雇用創出を生み出していく上で重要な鍵である」としたことにある。持続可能なグローバル社会創出への指針として、SDGsを積極的に使いこなすことは、企業活動においてもメリットになると考えるビジネスリーダーが増えている。

三菱総合研究所も、昨年6月、「山積する国内外の社会課題を整理し、革新的技術とイノベーションを活用して解決策を共創・実現するためのプラットフォーム=未来共創イノベーションネットワーク(以下、“INCF”)」の構想を提唱した

“INCF”では、世界共通の社会課題の中で、わが国が率先して取り組むべき課題として、ウェルネス、教育、モビリティー、エネルギー・環境、防災、水・食糧を取り上げることとした。SDGsの17項目も参考にしつつ、日本の経験の活用可能性、課題解決によるインパクトの大きさ、ビジネスとしての成立可能性などを考慮して、当面、この6項目に絞り込んだ(図1)。

まず、ウェルネス。日本は世界のトップを切って高齢社会に突き進む一方、医療費負担も世界のトップクラスにある。高齢者に限らず、現役世代も含めた健康維持・QOL向上と医療費の削減を同時に達成することが喫緊の社会課題となっている。世界各国でもこれから日本を追って高齢化が進むことを考えれば、日本がこのウェルネス分野で課題解決の糸口を見つけることの意義は大きい。

日本の教育水準は、OECD諸国を中心に実施された調査によると、科学リテラシーが世界のトップクラスであるが、これは20世紀の工業社会に対応したもの。AIをはじめ新技術を利用して、個人の習熟度や能力に合った教育を効率的に提供する一方で、コミュニケーション力、協調性、協働力などこれからの社会で求められる能力を身につけるための教育を、生涯を通じて提供することが求められる。

先進国では、モビリティー=移動手段の約8割が自動車に依存している。豊かさの象徴である自動車は資源、環境、安全面の外部不経済が大きい上、交通事故の増加、新興国の渋滞・環境問題、移動手段をもたない移動難民など、深刻な問題を発生させているが、それらはイノベーションの糸口でもある。ウーバーがサンフランシスコから生まれたのは、タクシー不足と交通渋滞があったからだというのが定説だ。また、ECや宅配サービスの需要増に対応するため、大都市圏・地方都市・過疎地それぞれの状況に応じた高効率物流システム構築も重要な課題となっている。

エネルギー・環境問題は、国を超えた地球規模の課題である。従来の化石燃料依存からの脱却を目指し、再生可能エネルギーへの転換や、徹底的な省エネなどについて国際的協調に向けた取り組みが進められている。しかし、各国の利害が対立し、その歩みは極めて緩やかである。また、資源循環社会の構築は持続可能社会の必要条件である。この分野では国家レベルの取り組みのほか、エコビジネスも盛んに行われており、ビジネスによる解決にも期待がかかる。

防災には、予防、事前準備、応急対応、復旧・復興の四つの局面がある。このうち、予防や復旧・復興は一般にインフラ整備を伴うことが多く、コストや時間がかかることが問題であった。これからは、イノベーションの余地が大きい事前準備や応急対応を工夫して人的被害を最小化し、生活環境を早急に確保することが重要である。

最後に水・食糧の問題である。地球レベルで考えれば新興国・途上国を中心にこれからも人口は増加するため、食糧や水の確保は世界的な課題である。特に、動物性たんぱく質は飼料の穀物供給量の制約や海洋資源の保護などにより、急速に不足することが予想され、その確保・生産に向けた技術開発などが急務である。
[図1]INCFが目指す未来の社会イメージ:100億人が豊かに暮らせる持続可能社会

3.ビジネスアイデアコンテスト2016の成果

先ごろ、当社は、“INCF”発足に先駆け、「ビジネスアイデアコンテスト2016」を試行開催した。前記テーマの中でも最も緊急度が高く社会的インパクトも大きい「ウェルネス」をテーマとして提示し、スタートアップ企業などからビジネスアイデアを募集した結果、約100件の熱心な応募を得た。アイデアの斬新さ、社会へのインパクト、ビジネスとしての実現性、技術的先進性などの観点から評価し、最終的に国内外有識者5名による審査を経て受賞者を決定した

最優秀賞には「体内時計の可視化による睡眠改善」が選ばれ、「大気汚染・感染症対策」がこれに次いだ。睡眠改善は広く認知された社会課題であり、日本では睡眠で休養が十分に取れていない人の割合は20%、その比率は年々有意に増加しているとの調査(厚生労働省)もある。大気汚染対策や感染症予防も、地球規模の社会課題だ。全世界では年間700万人以上が大気汚染を主因として亡くなっているとの調査(WHO)もある(タバコ被害の10倍以上)。このように、テーマ=解決すべき社会課題を明確に提示して募れば、インパクトの大きいビジネスアイデアを発掘できることが確認できた。今後、大企業との連携・協働などを通じ、早期に事業化されるものも出てくるかもしれない。

4.社会課題解決から新事業が生まれ育つエコシステムの実現を目指す

“INCF”の活動は、ビジネスアイデアコンテストだけではない。社会課題を起点とするアイデア募集は、短期間で的を絞ったアイデアを発掘できる仕組みではあるが、そこから得られるのは文字どおりアイデアないし構想レベルのものが多い。これを実用化しビジネスとして成立させるには、プランの具体化・改良、実証実験、規制緩和の働きかけのプロセスが欠かせない。また、起業、スタートアップを支援し、経営戦略・資本調達・M&A支援などの面から企業として育成していくことも“INCF”の視野に入れている(図2)。

こうしたプロセスの中で新たな発見、アイデアが追加され充実するのがイノベーションの特徴である。小さなアイデアを大きな社会課題解決に結びつけていくため、産官学を交え複数の関係者が、現行制度・規制や業界の発想、個別企業の限界を超えるオープンイノベーション=協働・共創する場と仕組み(プラットフォーム)が求められる。また、産業界の新陳代謝・構造改革を促していくためには、少数精鋭の人材、スタートアップ・ベンチャー企業を育てる多様なプレーヤーの協働・共創の連鎖(エコシステム)が必要だ。近年、シリコンバレー発のグローバル企業の躍進を支えているのも、この地域で長年築かれてきたエコシステムに負うところが大きい。

過去、わが国は、国土や資源の制約を克服し多くの課題を解決してきた。プラス思考に立てば、今、直面するさまざまな社会課題も、イノベーションを生み、ビジネスによる解決策を創り出すチャンスととらえることができるだろう。こうした取り組みを出発点に、成熟した課題解決先進国の実力を世界に示すことが、わが国の目指すべき一つの方向ではないか。“INCF”の活動を通じ、微力ながら当社もその一翼を担いたいと考える。
[図2]社会問題を解決する仕組みの例(未来創生イノベーションネットワーク)