マンスリーレビュー

2019年7月号特集デジタル・イノベーション経済・社会・研究開発

革新技術と人間重視社会の共存に向けて

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2019.7.1
デジタル・イノベーション

POINT

  • AI・ロボットの発達がライフサイエンスなどさまざまな技術分野に波及。
  • 産業や日々の暮らしを超えて人間の「価値」にもインパクト。
  • 公平で豊かな未来社会を目指し「人間重視」の視点で革新技術を活用。 

1.「シンギュラリティ」に向かう技術革新

「第四次産業革命」の中核は、人工知能(AI)、ロボティクスによる自動化技術であり、これらの技術を活用して情報プラットフォーム上で展開される新たなサービス事業である。例えば米アマゾン社は、AIが決定した最適価格で注文を受け、ほぼ完全自動化された倉庫から、無人ドローンなども活用して荷物を配送する*1。こうした情報・サービスプラットフォームを運営するGAFAなどのプラットフォーマーと国家との対立や規制の在り方が、最近の大きな話題となっている。

この延長線上で、今世紀半ばに向けてさらに大きな技術革新が続くことが予想されている。人間のように複雑な実社会上での思考・判断ができる汎用AIの実現、すなわち「シンギュラリティ」の到来である。汎用AIの実現時期については、専門家の間でも意見が分かれている。今後10年で実現するとの見方は少ないが、シンギュラリティの提唱者であり未来学者のレイ・カーツワイル氏は今世紀半ばと予測、今世紀中には、あるいは数世紀かかるという意見もある*2。しかしながら、完全な汎用AIではないにしても、今世紀半ばには、ある程度分野を限れば人間以上の判断のできるAIが実現し、人間の多くの労働を代替するとともに、ロボット、自動運転などの機能高度化の原動力となり、大きな社会の駆動力となることが予想される。これにより、製品生産や商業サービス、行政サービス提供などにおける社会の効率性・生産性の大幅な向上がもたらされる。一方で、それがもたらす産業構造変革、労働代替などを通じて、今後の人々の暮らしや働き方、生活の質(QOL)などに大きな影響を与えることも間違いない。

もう一つ、大きな進展が期待される分野が、ライフサイエンス・医療技術である。がんなどの疾患の早期発見・治療技術の開発・実用化が進み、疾病による死亡が激減する時代が到来する可能性も高い。歩行補助ロボット、脳活動を読み取るブレイン・マシン・インターフェース(BMI)駆動の義手・義足など、人間の持つ諸機能を補完・強化する人間拡張技術も大きく進展し、今世紀半ばには、記憶や判断、運動など、人の日常生活がAIやロボットなどにより常に支援される未来が予見される。

2.大きく変貌する産業・社会、人間の暮らし

長期的に見て、今後の技術革新で最も社会への影響が大きいのは、AIやロボットなどによる労働代替であろう。労働代替は単純な事務労働や、工場労働のさらなる削減に始まり、窓口・接客、営業、運転などの業務から、いわゆるホワイトカラーの総合職へ広がり、今世紀半ばという長期レンジでは、経営や専門職にまで代替の対象を拡大する。現在、社会に浸透し始めているAIに対応するため、AIを使いこなす、あるいはAIなどに置換され難い職に転換するための教育・訓練などの必要性が認識されつつあるが、日本ではこうした対応への取り組みが諸外国に比べ立ち遅れていると指摘されている。その中で、汎用AIないしそれに近い高度なAIが開発されれば、構造的な大量失業、あるいはユヴァル・ノア・ハラリが「ホモ・デウス」で示した超人と無用人間の二極分化の可能性すらある。

社会の産業構造変化も進む。海外ではウーバーなどのカーシェアリング・サービスがポピュラーな移動手段としての評価を固め、わが国でも家具*3や空き家*4など多様なシェアリング・サービスが開始されている。トヨタが車を生産する企業から、交通サービスを提供する(Mobility as a Service : MaaS)企業への転換を打ち出したことも記憶に新しい*5。こうした動きは、大量消費から脱しモノを持たないライフスタイルを求める価値観変化とも呼応しており、今後も勢いを増して、あらゆる消費のサービス化(いわゆるXaaS*6)やシェアリング・サービスの主流化が進んでいくことが予見される。VR/AR技術*7の普及に伴い、仮想空間上で消費が完結するようないわゆる「バーチャル経済」も、社会に占める割合を増すであろう。こうした動きはポスト工業化社会の「仕上げ」と受け止めることもできるし、社会の環境持続可能性向上という観点からも望まれる変化であろう。

一方、VR/AR技術やアバター技術*8の進展などにより、職種に関係なく自宅や好みの場所で働き続けられる未来型テレワークの進展や、医療や教育など遠隔サービスの拡大により居住地選択の自由度は増していく。現在、勤務先の不足や子供の教育などさまざまな制約で進んでいない地方への分散居住の流れが加速し、米国で見られるような居住の流動化が進む可能性が高い。住む場所の質が重要視され、住みよいコミュニティーを構築することが、地域にとっての重要課題となる。

ライフサイエンス分野では、近年、免疫治療薬オプジーボががん治療に新たな時代を開いたが、現在も超早期発見を可能とするがん遺伝子検査やさらなる治療薬開発が進められており、数十年単位では大幅な治癒率向上が期待できる。こうした疾病に対する対策が進むことで、健康寿命の延伸も進む。

3.人間の「価値」にも大きなインパクト

こうした変化の中で問われるのが人間の「価値」である。今世紀半ばに大量失業時代が訪れるという悲観的な見方に対して、AIやロボットの導入がより高度なサービスや製品の提供につながり、新たな需要が創出されることで人間の労働価値も保たれ、心配されているような雇用減少を回避できるとの希望的な見方もある。また、AIと人間の協調の仕組みを整えることにより、これまで埋もれていた新たな人間の価値が発見され、人間が行うべき仕事を新たに発掘する可能性もある。

それでも、新たな需要の発掘と人間が行う仕事の創出が不十分であれば、一握りの企業への富の偏在が進むこともありえよう。結果として、十分な雇用が確保できない場合は、最近議論が活発化しているベーシックインカムやユニバーサル・ベーシック・サービス*9などの選択肢も考慮することが必要となる。これらの適切な対応が図られるならば、大量失業という人類の危機を回避することは可能だ。哲学者ハンナ・アーレントは人間の生活を「活動」「仕事」「労働」に分けて、「労働」を、生きるための義務的なものであるとした。見方を変えれば、人間は近世となって初めて自らを拘束してきた労働から解放される機会に恵まれるようになると考えることもできる。

日々の暮らしでは、現在すでにスマートフォンなどを介して情報ネットワークに常につながっている状態となりつつある。今後は多様な情報機器から、必要な情報や判断が自動的に提供されるリコメンデーションサービスが拡大するだろう。提供される情報はこうしたサービスを提供する企業や行政の管理下にあり、これらの情報に基づいて個人の判断がコントロールされることへの不安も拭いきれない。

ライフサイエンス技術による寿命や健康寿命の延伸は、これまで長寿を求めてきた人類への福音であるが、一方で医療コストの抑制が図られなければ、経済格差による治療格差や、日本が世界に誇る国民皆保険制度にも影響が及ぶことは避け難い。

さらに遺伝子操作技術を人間に適用することの是非などの倫理的問題や、そういった技術が認められた場合にも所得・生活水準によりサービスを受けられる機会の不平等、さらには究極の選択である死期の選択権など、新たな人間の価値に関わる問題が顕在化する可能性がある。

4.求められる「人間重視」の視点

技術革新が進めば進むほど、それが人間に対して与える影響はよくも悪くも拡大する。例えば、現在の技術ではAIそのものに倫理性を持たせることは難しいといわれている*10。AIの開発者や運用者が、AIの倫理性に外れた行動を防止するよう介入することは、もちろん一定程度可能であるが、AIの開発・利用企業に対する明確な倫理規定や国際的なルールはいまだ議論の緒についたばかりである。さらに、AIによる判断が自動的に行われて人が関与しない場合には、介入そのものが不可能となる。その最たるものが「ロボット兵器」である。

社会的には、すでに触れたとおり革新技術による労働代替が格差拡大に働き、これまでにないような大きな社会分断や社会の不安定を誘発する可能性も否定できない。公平で豊かなよりよい社会の実現に向けては、革新技術を人間の価値を高めるために活用する「人間重視」の視点がますます重要性を増す。人類にとって望ましい未来を実現するため、社会の総意として「人間重視社会」実現への方策に知恵を絞ることが人間の使命であり、これこそAIに委ねることのできない領域である。

こうした時代の分岐点を迎えるにあたって、海外では、人が「よりよい生き方」ができる社会の指針として「Wellbeing Economy」に向けた動きが活発化している。Wellbeingは、日本語でいえば、人の生活の質から自己実現、幸福感までを含めた、広義の「幸福・厚生」の意味である。例えばニュージーランドは、今年6月に、社会運営の第1目標を経済成長からWellbeingの実現に転換した国家予算、“Wellbeing Budget”を公表して注目を浴びた*11。ニュージーランドは近年着実な経済成長を遂げてきたが、同予算では、国家運営の重点を格差対策や弱者対策への取り組みに置き、予算の重点配分を行っている。

革新技術による弊害を直接的に防ぐ、例えばAI・ロボットの軍事利用禁止やAI開発者への倫理規定制定*12などを求める声も高まっている。社会としてどのように革新技術を人間や社会と調和的に活用していくのか、技術革新の負の影響が顕在化する前から取り組んでいく必要がある。課題解決先進国・日本としては、未来の課題を先取りし、適切な対応・前例を世界に示す決意で臨むべきである。

当社は、創業50周年を迎える1年後に向け、次の50年を意識した未来社会研究に着手した。革新技術と人間・社会が共存し、自然環境とも調和して永続的に持続可能な未来社会像を提示・共有するため、広くオープンな議論を重ねる計画である。
[表] 21世紀半ばまでの主な技術トレンドと課題

*12019年6月ラスベガスで開催の「re:MARS」で数か月以内の配送開始を発表

*2“Life 3.0” マックス・テグマーク著より

*3現時点で「CLAS」「airRoom」がサービスを開始

*4全国の空き家などを定額制で利用が可能なサービス「ADDress」が2019年4月に開始

*52018年5月発表の決算説明会で、豊田章男社長が「自動車をつくる会社からモビリティ・カンパニーにモデルチェンジ」を宣言

*6狭義にはICT分野でのクラウド・サービス化を指すがここではより広義に使用

*7仮想現実(Virtual Reality)/拡張現実(Augmented Reality)技術

*8遠隔地、仮想空間などで、本人の代役としてロボット、映像などが活動する技術

*9全国民に必要な社会サービスを無償で提供する考え方

*10“The Big Nine” 米未来学者エイミー・ウェブ著より

*11“The Wellbeing Budget 2019” ニュージーランド財務省

*12ヨーロッパ委員会がAI開発・利用者に対する倫理規定制定に向けた大規模なパイロット・プロジェクトを2019年夏に開始予定

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