マンスリーレビュー

2019年8月号特集人材経営コンサルティング経済・社会・技術

キャリア開発のイノベーション

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2019.8.1
人材

POINT

  • 人生100年時代には「専門性を変化させていく」キャリア開発が必要になる。
  • 個人の基層能力に着目して「発掘して育成し、転換を促す」手法が有効に。
  • 国や企業は、個人の新たなキャリアへのチャレンジに向けた機運醸成を。

1.人材需給の将来動向

今日、デジタル技術の普及やグローバル化の進展などを背景に、わが国のビジネス環境は急速に変化してきており、多くの企業は事業構造の変革を迫られている。人材の質的なミスマッチが拡大し、事業成長やビジネスモデル転換に必要な人材の確保はさらに難しくなっている。少子高齢化と人口減少の進行は、この状況に一層拍車をかけている。

また、人生100年時代の到来を背景に職業人生が長期化し、知識やスキルのシフトやキャリアチェンジを望む就業者が増えている。一方、会社に自分のキャリア形成を任せる従来型の働き方は転職を難しくさせるため、終身雇用の慣行が薄れつつある中で「自分のキャリアは自分で築く」との意識も高まりつつある。

当社の人材需給予測によると、2030年までに「生産職」および「事務職」が210万人過剰となる一方、技術革新をリードしビジネスに適用する役割が期待されている「専門職」は170万人の不足が見込まれている※1。国全体で人材のミスマッチを解消し、持続的な経済成長を図るには、職種を超えた人材流動を促すことが重要だ。

ただし、一つの専門性に固執していては、これからの社会では生き残ってはいけない。社会や企業が必要とするスキルやノウハウは、社会環境や事業環境の変化に応じて常に変わり続けることに、個人は留意すべきだろう。

以下では、このような個人のキャリア変革を企業の活力につなげる手立てについて考えてみたい。キーワードは「適材発掘と育成転換」である。

2.キャリア開発のあり方を変革する

これまでのいわゆる日本的な企業は、一部の職種を除けば、スペシャリストよりもゼネラリストの育成に力点を置いてきた。個々人の専門性を高めることよりも、社内の複数の部署でさまざまな業務を経験させ、マネジメント層、経営層へと向かわせるキャリアパスを基本としてきたといえる。結果として、幹部となる一握りの社員を除くと、当人の強みは活かされず、一貫性のないキャリアが出来上がる。

誰にでもできる仕事は人工知能(AI)に取って代わられやすい。これからの働き方に 求められるのは、その人ならではの特性や強みに着目して専門性を発揮させることである。

ただし、前章に述べたように、今後は、事業環境の変化に合わせて、自身がもつ専門性の中身や強みの発揮の仕方を変えていくことが求められるため、個別領域に限定した専門性では十分でない。環境変化に柔軟に対応できるような業務能力のシフトやジョブチェンジを視野に入れた、「しなやかに専門性を変化できる」キャリアの開発が求められるようになる。異分野に精通した「連続スペシャリスト」※2人材の重要性が高まってくるだろう。

ところで、本人の能力※3(特性)を活かしたキャリア開発を進める上では、職業人材の能力(特性)の構造を理解しておくのがよい。スペンサー&スペンサーのコンピテンシーモデルを参考にすると、人間の能力、すなわち人的資本の特性は知識やノウハウなどの、開発・変更が容易な「表層」の能力と、資質や価値観などの開発・変更が困難な「基層」の能力に分けられる(図1)。前者は一定期間、集中的に鍛えれば、ある程度は身につけることができるが、後者を変えることは非常に難しい。

今後必要とされる人材は不足していくという前提なので、表層の能力に着目しても人材は確保できない。そこで、まず企業として育成したい人材像をいくつか定め、これらの人材像がもっていると思われる基層の能力、すなわち「資質・価値観」や「基層スキル」を明確化する。その上で、該当する基層の能力を有する人材を発掘した上で育成によって表層の能力を身につけてもらい、転換を図るのがよいだろう※4
[図1] 職業人材が保有する能力の構成(イメージ)

3.「発掘して育成し、転換を促す」人材戦略

(1)発掘

第一は「発掘」である。前章で述べたとおり、企業として必要な人材がもつべき基層の能力を明らかにすることが重要である。そして、その能力をもつ人材を社内から、あるいは社内に見つからなければ社外から「発掘」しなければならない。実際は、6つの職業興味領域※5や、本来その人がもっていると思われる行動特性・思考特性(外向性、柔軟性、ストレス耐性など)の組み合わせから基層の能力を定め、これに合う就業者をアンケートやヒアリングにより探索する。「基層」の把握には経験とテクニックが必要であるため、専門家に任せるか、専門家のアドバイスの下で実施するのがよいだろう。職業興味領域の測定には、独立行政法人労働政策研究・研修機構が開発した「VPI職業興味検査」ツールの活用も可能だ。

例えば、デジタル人材を発掘する場合は、「基層スキル」として「本業ではAI関連業務、趣味ではブログで情報を発信」しているなど、本業と関連性のある趣味をもっている、論理的に物事を突き詰めて考えるといった行動や思考の傾向を把握するのが良い。また、「資質・価値観」としては、新しい「もの」や「こと」に強い好奇心をもつといった性格や、定型作業を苦痛に感じ、できるだけ手間を省きたいと考える傾向の強さ、などに着目することが考えられる。

(2)すり合わせ

第二は「すり合わせ」である。キャリアチェンジやジョブシフトはその後の職業人生を大きく変えるため、本人に相当程度の覚悟や熱意が求められる。従って企業が主導するのではなく、あくまで当事者たる就業者自身が転換の意欲を持っていることが前提であり、その主体性を最大限尊重するべきである。

その上で、社員の持つ能力を企業の成長につなげるには、本人のチャレンジ意欲のベクトルと企業の人材戦略の方向性とをすり合わせることが必要である。例えば、まず、対象となる社員に対して、会社の人事担当者やキャリアカウンセラーが今後重視している人材像を明示する。次に、本人の興味関心を十分に踏まえた上で、シフト後の活躍の姿を分かりやすく伝えるのが効果的だろう。あるいは、専門性のシフトや業務・役割の変更が、その社員の今後の職業人生にもつ意義や本人の成長に対する会社の期待を、丁寧に説明することも大切と考えられる。

(3)育成転換

第三は「育成転換」である。転換に際して最も重要なことは、就業者一人ひとりの特性に合った、キャリアチェンジに必要な知識・スキル・ノウハウなどを育成パッケージとして提供することである。ノウハウ本、講演会や講習会、参加型ワークショップを通じて学ぶという従来型の方法に加え、近年、スマホを活用したマイクロラーニングやネットワーク上のコミュニティーによるグループワークなども注目されている。特定の知識・スキルを得るために多様な学習方法が提供されているが、同じコンテンツでも人によって向き不向きがある。各個人が知識やスキルなどを最も吸収しやすい学習の手段・方法を個別にアレンジするのが効果的である。

特に重要なのは「経験」の獲得である。知識やスキルを座学で学ぶだけでは実践力はなかなか身につかない。ロート製薬の「社内ダブルジョブ制度」に代表されるような社内業務の兼務や、塩野義製薬などが行う武者修行タイプの出向(一定期間、特定の経験値を積ませることを目的とした出向)は効果的な事例と考えられる。昨今の流れを踏まえると、副業・兼業を後押しして、そこでの経験を活かして次のキャリア構築を促すのも有効かもしれない。
[図2] “ 発掘して育成し、転換を促す”人材戦略のイメージ

4.意欲を持つ個人が伸びる環境づくりを

時代に合ったキャリアを築くのに何よりも重要なのは、「個人」の意識変革とアクションである。自分のキャリアは企業任せで結果として積み上がるものではなく、個人主導で主体的・自律的につくり上げるものであるとの意識をもつことが重要だ。加えて、自身の志向性やライフステージの変化に応じて継続的に能力を開発し、異なる専門領域の知識やノウハウを獲得する積極的な態度が求められる。

企業は事業戦略に沿った専門職人材の育成をめざし、社員一人ひとりの基層能力に着目したキャリア開発に力を入れることが求められる。一方、社外人材の発掘を個社単位で取り組むのは効率的でない。そこで、例えば、転換意欲を持つ就業者が自由に基層能力の診断を行えるサービスを、国などがインターネットなどで提供してはどうか。本人のみならず社外人材の獲得を望む企業も診断結果の情報を閲覧できるようにすれば、外部人材の発掘と確保にも活用できる。

これからは「業界」の役割も重要になるかもしれない。終身雇用の慣行が薄れる中、企業が単独で人材育成を行うメリットは低下してきている。「転換」に必要な育成パッケージの提供の一部を、業界単位で実施するのが効率的と考える。

「国」は職種を超えた流動化促進のための情報インフラ整備や、社内では得にくい経験・ノウハウの獲得機会の提供(副業の推進を含む)などダイナミックなキャリアチェンジを促す環境整備を加速させるとともに、個人の意識改革につながる機運の醸成に力点を置くことが望ましい。

意欲をもつ個人の能力を高め、豊かな職業人生と企業の成長、国の成長が成り立つ社会を実現するための環境整備が、今こそ求められているのではないか。

※1:MRIトレンドレビュー「大ミスマッチ時代を乗り超える人材戦略」より

※2:専門技能の連続習得者のこと。リンダ・グラットンが著書「ワーク・シフト」で提示。

※3:本稿では、資質や価値観も能力を構成する要素と捉えている。

※4:なお、「基層スキル」さえ適合していれば、仮に「資質・価値観」の不一致度合いが高くても、転換自体は可能である。しかし、本人の興味関心や志向性がまったく異なる方向を向いている場合、キャリアチェンジ後に業務遂行のモチベーションを持続させるのが難しいため、「資質・価値観」に関する適合の有無も無視できない。

※5:職業興味領域:アメリカのジョンズ・ホプキンス大学で長く教授を務めたジョン L. ホランドによって開発されたVPI(Vocational Preference Inventory)のこと。