マンスリーレビュー

2019年9月号特集サステナビリティエネルギー

脱炭素社会を展望するエネルギービジョン

長期視点で3E+Sと脱炭素社会を両立

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2019.9.1
サステナビリティ

POINT

  • 温室効果ガス80%削減を通過点として脱炭素社会の実現が最終ゴールに。
  • 地球温暖化対策とエネルギー政策を両立させる難問にチャレンジ。
  • 明確な方針、産官学連携・合意に基づく長期的な工程表の立案を急ぐべき。

1.最終ゴールは脱炭素社会

2019年6月、軽井沢にてG20持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会合が開催され、G20軽井沢イノベーションアクションプランが採択された。このG20に歩調を合わせるかたちで、わが国も「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」を閣議決定した。この戦略では最終到達点としての「脱炭素社会」を、今世紀後半のできるだけ早期に実現することを目指すとしている。

かねてより、わが国でも脱炭素社会構築に向けて2050年までに温室効果ガス排出量を80%削減という目標を掲げてはいたが、欧州が2050年までに「climate-neutral」を目指すとするビジョン※1を提唱する中、一歩踏み込んで「脱炭素社会」を明確に国の最終ゴールと位置付けたことの意味は大きい。

国内の温室効果ガス排出量は、2017年度で中期目標の基準となる2013年度比8%減と、2050年80%削減のハードルは高いが、その先の目標=脱炭素社会実現も視野に入れ、取り組むべき課題と必要なソリューション、打つべき施策を以下に整理した。

2.脱炭素社会実現のために必要な技術オプション

当社では、エネルギーモデル「MARKAL-JAPAN-MRI※2」を用いて、80%削減が実現した場合のエネルギー需給の姿を定量分析してきた※3。80%削減に向けても、再生可能エネルギーの大量導入、大胆な省エネと電化の進展など、技術的なブレークスルーとエネルギー業界のドラスチックな構造変革が必要だが、それでもなお、化石燃料利用は一定程度残ることが想定される(図1)。

脱炭素社会実現に向けては、再生可能エネルギーの大量導入や徹底的な省エネや電化にとどまらず、火力発電、製鉄などの産業部門での高温熱処理、船舶や航空機などさまざまな分野での化石燃料由来の排出を削減する必要がある。それは、技術的には代替が難しい分野でもある。

具体的には、以下のような、現状では実用化に至っていない技術を開発し併用することで、残り20%の排出を実質的にゼロとしなければならない。

●製鉄プロセスでコークスを使用しない直接還元製鉄などの革新的製造技術
●バイオマスや再生可能エネルギー電力を利用するカーボンフリー燃料製造
●発電所や製鉄所で排出されるCO2を回収・貯留するCCS※4や回収したCO2を化学品などの原料として利用するCCU※5
●空気中のCO2を人工的に直接分離回収するDirect Air Capture(DAC)などのネガ ティブエミッション技術
[図1]2050年に80%削減が実現した場合のエネルギー需給

3.脱炭素社会における3E+S

もっとも、難度の高い技術を組み合わせて脱炭素社会の実現を目指す場合にも、同時にそれがエネルギー政策の基本的視点である3E+S(供給安定性、経済性、環境性、 +安全性)の要請をも充足するか、検証する必要がある。

(1)供給安定性

供給安定性は、長期・短期の両面から確保される必要がある。太陽光および風力といった再生可能エネルギーが主力電源化した場合、時間帯や気象条件など短期的な変動への対処が課題になる。供給の安定化のためには蓄電池の大量導入が不可欠だが、半面、エネルギーの長期備蓄には蓄電池は不向きな面もある※6。蓄電に加えて、水素などのカーボンフリーの燃料に変換して備蓄することも重要である。

なお、再生可能エネルギーは基本的に国産エネルギーであり、自給率の向上に資するものである。ただし、海外のバイオマス資源の輸入や、海外の再生可能エネルギーを利用したカーボンフリー燃料を輸入する場合は、調達先の多角化を図る必要がある。

(2)経済性

太陽光発電や風力発電は世界的に急速なコスト低減が進んでおり、国内でもコスト低減が図られているものの、世界レベルには追いついていない。今後も、日照条件、風況、国土面積の制約を考えると、世界のトップレベルの価格水準までコストを引き下げられるかは不透明である。2050年80%削減に向けて、まずは太陽光発電と蓄電池を組み合わせ、昼夜を問わず電力を供給できるシステムを構築することで、従来型の火力発電と同等以下のコストを達成することが求められる。

また、国内では北海道エリアに豊富な風力発電ポテンシャルがあるが、北海道と本州の間の送電容量は極めて少ないというジレンマがある。送電線の増強とは別に、発想を変えて、豊富な風力発電の電力をカーボンフリー燃料に変換して需要地に供給するというアプローチも提案したい。ただし、このカーボンフリー燃料も化石燃料と同程度のコストとならなければ本格的な代替は進まないだろう。海外にも目を向けて、低コストで再生可能エネルギー電力を得られる国や地域からのカーボンフリー燃料調達も見据える必要がありそうだ。

(3)環境性

脱炭素社会が実現した暁には、温室効果ガスの排出に起因する環境性の問題は解消するが、それに向けてはCCS/CCUやネガティブエミッション技術の活用も必要になる。CCSの場合は、地中貯留や海洋隔離といったオプションが考えられるが、貯留先への長期に及ぶ影響評価が不可欠である。

海外からバイオマス資源、水素、メタンといったカーボンフリー燃料を調達する場合、これらの燃料の製造や輸送過程で消費される化石燃料など、ライフサイクルでの環境性も検証されなければならない。液体バイオ燃料ではすでに持続可能性基準が定められているが、今後さまざまな種類の燃料にも同様の基準策定を進めるべきである。

また、再生可能エネルギーの大量導入にあたっては、温暖化以外の環境性にも配慮すべきである。太陽光発電設備の設置による生態系などへの影響に関しては、一定規模以上の設置には環境影響評価が必要となった。今後洋上での風力発電設備の導入・拡大が期待される中、海洋資源などへの影響の配慮も求められる。バイオマス資源を利用する上では、食糧と競合しない範囲内での活用とすべきである。

(4)安全性

どのようなエネルギーを利用する場合でも、安全性の確保は大前提となる。

再生可能エネルギーを利用する上でも、適切な維持管理は欠かせない。現在、10kW 以上50kW未満の、事業用の低圧太陽光発電設備は50万件を超え、身近な存在となったが、不用意に接触すると大事故につながる高電圧がかかっている。これらの発電装置が固定価格買取制度の支援期間を終えた後、最悪の場合に放置されてしまう可能性も否めない。発電事業の売却希望者と購入希望者のマッチング機能を有する市場の整備など、適切な事業者に管理を一元化する方向に政策の舵(かじ)を切ることが望ましい。

また、サービスの多様化を進めつつ供給と需要の協調制御を進める上で、電力分野におけるサイバーセキュリティの向上も忘れてはならない課題である。

さらに、少なくとも当面は原子力発電に一定割合を依存し続けるかぎり、その安全確保は最優先の課題である。ただし、原子力の利用は、その安全性が確保されることを前提に、3Eを確保する上で社会全体のコストを下げつつ、安定的に非化石電源を獲得しうる手段である。加えて、カーボンフリー燃料の製造にも資する可能性があることから、そのオプションは確保しておくべきと考えられる。近年注目されている小型原子炉も、供給安定性に限界のある太陽光および風力の大量導入を支える調整力の供給などの観点から、その必要性を論じてはどうか。脱炭素社会構築に向けて、大きな国民負担を強いつつ再生可能エネルギーのインフラを整備していく中で、万全の安全対策を条件に原子力の必要性を議論していくことも重要だろう。
[図2]脱炭素社会における3E+Sの評価例

4.脱炭素社会構築に向けて

2050年80%削減の実現も決して容易ではないが、最終ゴールの「脱炭素社会」実現に向けてはより技術的・経済的に困難を伴う排出源の削減が必要となる。技術面で、現時点では実証されていない技術の開発・実用化を目指す一方、3E+Sの確保も引き続き必須のテーマである。温暖化対策とエネルギー問題という二つの難題にチャレンジする以上、明確な方針と長期的な工程表の裏づけなくしては望むべくもない。

欧州ではすでに脱炭素社会実現を見据えたビジョンを策定しており、複数のシナリオ分析や経済社会影響評価を経て、策定後のコンサルテーションなどを実施している。わが国にも、脱炭素社会構築を念頭に、合理的なシナリオ分析、必要な技術開発や研究開発投資、経済社会への影響評価、原子力も含めた社会の受容性向上などを議論する産官学のプラットフォームを構築し、明確な方針と長期的な工程表を策定して幅広いステークホルダーのコンセンサス形成を目指すべきである。

※1:2050 long-term strategy, European Commission
https://ec.europa.eu/clima/policies/strategies/2050_en

※2:エネルギー・サービス需要、エネルギー利用技術、CO2制約条件などを与え、エネルギーシステムコスト最小化のもとで最適化されたエネルギーシステムの姿を計算するエネルギーモデル。IEAが開発したMARKALを活用し、MRIが改変、高度化を行ったもの。

※3:MRIマンスリーレビュー2016年4月号特集「脱炭素社会の実現に向けた2050年ビジョン」

※4:Carbon Capture and Storage

※5:Carbon Capture and Utilization

※6:蓄電池は充電と放電を繰り返し行うことを想定した設備であり、蓄電池に長期間充電し続けてしまうと本来の価値が発揮できなくなる。