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2021年1月号特集経済・社会・技術

新年の内外経済の展望

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2021.1.1
経済・社会・技術

POINT

  • 2020年は、コロナ危機による歴史的な景気後退の中で4つの潮流が加速。
  • 2021年は、「レジリエントで持続可能な社会」実現への第一歩を踏み出す年。
  • 日本再生に向けての重点施策は、デジタル化、カーボンニュートラル推進。

1.2020年を振り返って

2020年の世界経済の実質GDPは、コロナ危機により前年比マイナス3.0%と歴史的な落ち込みとなる見込みだ(当社予測)。長期で遡及可能な日米欧の主要国に対象を絞り、1900年以降の経済成長率をみると、5%を超えるマイナス成長を記録したのは4回である。1929年の世界大恐慌、二度の世界大戦、そして今回だ。世界人口の3.5%が死亡したとされるスペイン風邪※1の流行時と比較しても、経済の落ち込み幅は2倍以上に上る※2

世界経済は、欧米を中心に全面的なロックダウンが実施された2020年4~6月期をボトムに回復の動きがみられたが、中国と欧米など国・地域によるばらつきが大きい。加えて、企業利益も二極化している。世界主要企業※3の約3分の1(売上高ベース)が、コロナ危機下(同年4~9月)において売上高純利益率を前年から5%以上低下させた一方で、約6分の1の企業は同比率を5%以上上昇させている。後者には、デジタルプラットフォーマーのほか、ライフサイエンス、新エネルギーなどの業種が含まれる。

所得階層別にみた雇用回復ペースの差も大きく、米国では高所得層に比べ、低所得層の雇用回復の遅れが鮮明だ。低所得層ほど雇用が不安定であり、テレワークが困難な仕事への就業割合が高いことも背景にある。近年、米国で大きな社会問題となっている経済格差をさらに助長しかねない。

アフリカなど新興国・発展途上国では、外出制限による教育機会の喪失が、近年改善してきた貧困問題にも影を落としている。国連によると、平均余命・就学年数・生活水準などを指標化した人間開発指数は、1990年の統計開始以来、初めて減少に転じる見込みだ※4

コロナ危機で強まった4つの潮流

政治・社会の観点からは、以下の4つの潮流が加速したことが注目される。

潮流①:伯仲する米中のパワーバランス

第一は、米中の覇権争いである。コロナ危機の影響を比較すると、米国の経済損失は中国の約3倍、死者数では50倍以上に上る※5。感染をいち早く抑え込んだ中国のGDPは2020年4~6月期にコロナ前の水準を回復した一方、米国の回復時期は2022年後半にずれ込む見通しだ。コロナ危機は米国の覇権時代が終わりを迎える歴史的なタイミングで発生した。米中のパワーバランスが一段と伯仲する中で、先端技術や安全保障をめぐる輸出規制の強化など、「新冷戦」への警戒が強まっている。

潮流②:揺らぐ民主主義、深まる分断

第二に、民主主義の揺らぎも憂慮される。中国政府の立法によって香港国家安全維持法が2020年6月に施行され、香港の民主主義は実質的に失われた。危機時には、非民主的統治の方が個人や企業の活動を強権的にコントロールしやすいこともあり、中国以外の国でもコロナ対応を名目に国家統制を強める動きがみられる※6

一方、米国大統領選は120年ぶりの高投票率が政権交代につながり、民主主義が機能したともいえるが、選挙戦を通じて社会の分断の深さも明らかになった。コアな支持層への訴求から両党の政策スタンスが両極化しつつあり、政権交代による政策の振れが拡大している。

潮流③:金融市場が後押しする社会・環境の重視姿勢

第三に、社会・環境を重視する潮流は着実に浸透したように見受けられる。エッセンシャルワーカーへの配慮をはじめ、コロナ危機の中で「利他」の意識が高まった。世界でbuild backを目指す機運も高まり、コロナ危機からの経済回復のエンジンとして環境への投資を柱に据える動きが広がった。金融市場も社会・環境への貢献を後押ししている。2020年上期にソーシャルボンド※7の発行額が世界的に急増したほか、株式市場でもESG銘柄は高いパフォーマンスを示している。

潮流④:加速するデジタル化、新たな社会課題を技術で解決

第四に、デジタル化は加速に弾みがかかった。防疫と経済活動の両立を模索する中で、非接触化・オンライン化を実現するデジタルソリューションが一気に社会に浸透した。多くの人がオンライン会議やeコマースを利用するようになったことで利便性が高まり、仕事や生活に欠かせないインフラの一部となりつつある。これはコロナ危機下で生まれた新たな社会課題に解決をもたらすとともに、コロナ終息後の新常態における生活の質向上にもつながるだろう。

2.2021年の海外経済

2021年は、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種が各国で進みつつも、感染拡大は続く見込み。感染終息には人口の一定割合が免疫を獲得する必要があるが、ワクチンの現実的な接種ペースや副反応リスクを勘案すると、終息は2022年以降となる可能性が高い。こうした想定のもと、2021年の海外経済の注目点とリスクを展望する。

米国:新政権の内政・外交

米国新政権の政策運営には「三極」への目配りが求められる。「上院の多数派を形成する可能性が高い共和党」※8「バイデン新大統領の支持基盤である民主党主流派」「民主党予備選で全得票の30%を獲得した民主党急進左派」である。民主党の左傾化、共和党の右傾化が進む中で、新政権の内政運営は調整難航が予想される。

一方、新政権の外交は、国際的な信頼を取り戻すところからスタートする方針だ。同盟国との協調を重視し、パリ協定やイラン核合意など各種国際協調への復帰を進めるとみられる。ただし、対中国では、国民や議会の対中感情悪化に加え、民主党内からの人権問題をめぐる圧力の強まりも予想され、強硬姿勢の継続が見込まれる。

中国:共産党創立100周年

米国新政権と対峙(たいじ)する中国は、2021年に共産党創立100周年を迎える。中国共産党は、欧米列強による半植民地化が進む中で結成された。1949年の建国後も厳しい時代が続いたが、近年の急成長により世界のGDPに占める中国のシェアは、漢民族による覇権国家であった明王朝時代に近い水準に達しつつある。5中全会※9では、2035年までにGDPを倍増させる計画「ビジョン2035」を掲げた。これを中間目標とし、2049年の建国100周年に「中華民族の偉大な復興」を実現する狙いとみられる。

中国が強権的統治を進める背景には、米中対立という「外患」に加え、債務問題という「内憂」がある。年々拡大する地方・民間債務の不履行が連鎖すれば、急激な信用収縮が金融危機を招きかねない。中国の不良債権処理コストは日本のバブル崩壊後に比べGDP比で1.4倍(当社推計)に達するとみられ※10、中国経済のアキレス腱ともいえる。

欧州:グリーンを柱に経済復興を目指す

新型コロナウイルスの感染被害や経済影響が相対的に大きい欧州は、復興の柱としてグリーンリカバリー※11を掲げた。2020年5月に公表されたEU復興基金(Next Generation EU)は、予算の8割が気候変動関連の施策となっている。同年12月の欧州理事会における合意により財源も手当てされ、加盟国議会での批准手続きを待つ段階にある。

欧州では、経済格差に起因する南北対立に加え、東欧諸国の権威主義化による東西対立も深まっている。EU復興基金の審議においても、法の支配を守らない国に対する資金配分制限の規定をめぐり、権威主義化が進むポーランドやハンガリーからの強硬な反発があり難航した。ドイツのメルケル首相が2021年内には退任する可能性が高いほか、英国もEUから離脱する中で、欧州の「まとめ役」の不在が懸念される。

世界経済のリスク

2021年の最大のリスクが、新型コロナの感染拡大ペースや重症化率のさらなる上昇であることは明らかだ。ワクチンの開発は進むであろうが、その効果が浸透するまでには曲折も予想される。新型コロナの特性については不明点が多いが、感染が拡大する中でウイルスが変異し感染力や毒性が強まる可能性、再感染による重症化の可能性なども指摘されており、これらが現実化すれば、経済活動の下振れ要因となる。

そうした中で、パワーバランスの不安定化による地政学リスクも引き続き懸念される。米国新政権でも、強権化する中国への強硬姿勢は変わらないとみられ、対立が多方面でエスカレートするリスクがある。

金融不均衡の拡大への警戒も必要だ。コロナ危機下では、財政・金融政策の総動員により金融危機への発展は回避されたが、過剰な流動性供給により、コロナ危機前から経営に問題のあった企業までも延命させた側面は否定できない。こうして増幅された不良債権問題と同時に、多額の債務を抱える一部新興国にも注意が必要だ。

3.2021年の日本経済:レジリエントで持続可能な社会の実現に向けて

日本経済は回復局面にあるが、コロナ危機を経て構造的に失われる需要と新たに生まれる需要がある。後者を経済活性化に結びつけるためには、成長分野に資本と労働のシフトを加速させ、生産性を高めることが不可欠だ。その実現に向けて2021年に取り組むべき重点施策は、デジタル化とカーボンニュートラルの推進である。

重点施策①:行政改革とデジタル化を同時に推進

重点施策の第一は、行政のデジタル化である。今回のコロナ危機による特別定額給付金の支給は完了までに4カ月を要した。米国では、確定申告時の所得・口座情報をもとに対象者を限定して現金を給付、要したのはわずか数日だ。

デジタル化は手段であり目的ではない。まず目的を明確にした上で、その実現に向けて、既存業務を見直し、データを標準化、政府と自治体の業務・システムを統合する必要がある。国民向け行政サービスの向上のため、官民のデータ連携によるサービスの効率化や高度化を目標に、大きく設計し断行するべきだ。

重点施策②:イノベーション総動員で2050年にカーボンニュートラル

第二に、菅政権が表明した2050年のカーボンニュートラル達成である。当社のシミュレーションでは、現状延長では2050年時点で発電構成の約半分を火力に頼る状況であり、目標達成は難しい。再生可能エネルギーを大量導入するとともに、ネガティブエミッション※12などの新しい技術活用により、実質的にゼロにする取り組みを急ぐことが求められる。これらの実現にはイノベーションの総動員が必要だ※13。需給両面での技術革新とともに、エネルギーマネジメントによる需給調整、イノベーションを支えるファイナンス、カーボンプライシング※14など多面的な取り組みを期待したい。

コロナ危機は日本経済・社会に大きな試練をもたらしているが、ここからの回復を単なるリバウンドに終わらせない視点が重要だ(図)。新たな生活様式の定着など需要の構造的な変化を踏まえ、新常態へのシフトを同時に実現する必要がある。当社の考える新常態とは、感染症などのショックに対しても柔軟に対応できるとともに、地球環境を維持しつつ、経済の豊かさ、そして個人のウェルビーイングを持続的に並立できる「レジリエントで持続可能な社会」である※15

2021年は、こうした目指すべき社会の実現に向けた第一歩を踏み出す年でありたい。
[図] 目指すべきポストコロナ社会の実現に向けて

※1:ジャック・アタリ(林昌宏、坪子理美訳)『命の経済』プレジデント社、2020年、P.306参照。

※2:長期に遡及可能な主要国(米国、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、英国、日本)の平均実質GDP成長率。スペイン風邪が流行した1918~20年に3.0%のマイナスを記録したのに対し、2020年(IMF予測)は6.2%のマイナスが見込まれている。

※3:NYダウ、S&P500、ナスダック100、日経225、ユーロストックス50、DAX、 FT100、上海総合の構成銘柄のうち直近(2020年12月10日時点)の時価総額が100億ドル以上、かつ2017年以降連続して財務データが取得可能な690銘柄のデータを基に作成。

※4:国連開発計画(UNDP)リリース(2020年5月20日)

※5:経済損失は2020~21年の累計(当社推計)。新型コロナによる死者はEuropean Centre for Disease Prevention and Control発表の2020年12月2日時点の累計。

※6:EIU「Democracy Index2019」によると、世界167カ国のうち、非民主主義国数(92カ国)が民主主義国数(75カ国)をすでに上回っている。

※7:社会課題解決に資するプロジェクトに使途を限定して資金を調達する債券。

※8:2020年12月14日時点の上院の獲得議席は、民主党48議席・共和党50議席で、残るジョージア州の2議席の決選投票が2021年1月5日に行われる。共和党が1議席でも獲得できれば上院の多数派を形成する。

※9:党中央委員会第5回全体会議の略称。

※10:不良債権処理に伴うインパクトを、①不良債権のバランスシートからの切り離し(貸倒引当金繰入額+貸出金償却)、②株価下落の影響(株式等売却損+株式等償却)に分割。「(貸倒引当金繰入額+貸出金償却)/貸出金」の比率および「(株式等売却損+株式等償却)/保有有価証券額」の比率が、中国と日本で同程度と仮定し、現時点の中国の全銀行のバランスシートをもとに当社で試算。

※11:気候変動対策への投資促進などを通じて経済の立て直しを図ること。

※12:植林・炭素除去など二酸化炭素を吸収する活動により、排出した二酸化炭素を相殺すること。

※13:MRI マンスリーレビュー2020年11月号特集「温室効果ガス実質ゼロ化に寄せる期待」

※14:炭素の排出に金銭的なコスト(炭素税など)を課すことで、炭素の排出抑制に経済的インセンティブを付与する仕組み。排出量取引なども含まれる。

※15:当社プレスリリース「目指すべきポストコロナ社会への提言─自律分散・協調による「レジリエントで持続可能な社会」の実現に向けて」(2020年10月19日)