マンスリーレビュー

2023年7月号特集1情報通信

ICTインフラの三重苦を回避する

同じ月のマンスリーレビュー

タグから探す

2023.7.1

政策・経済センター西角 直樹

POINT

  • 生成AIなど新技術でデータ通信量は348倍と爆発的に増大。
  • 「周波数」「エネルギー」「投資」の三重苦が通信インフラを直撃。
  • 地上系に加えて上空・海域も含めた総合的なインフラ確保が重要。

生成AIで加速するデータ流通

次世代の無線技術「Beyond 5G」が普及する2030年代、産業や生活は現在とは様変わりする。街には自動運転車やロボット、空にはドローンや空飛ぶクルマが行き交う。大量の無人機が衝突しないよう制御するのは、上空まで張り巡らされた低遅延で同期精度の高い無線ネットワークだ。

現存する街並みは仮想空間(メタバース)とも連携している。ホログラム型のアバターやロボットを分身として、時空を超越して観光や仕事をし、友人と語り合う。都市の3Dデータや五感情報などを伝達するのは、テラbps(1秒あたりのビット数)級の超大容量ネットワークの役割だ。わくわくする未来社会の実現に、ICT(情報通信技術)インフラの発展は欠かせない。

生成AIの普及がこの状況に拍車をかける。当社は情報爆発により2040年のデータ流通量が、2020年の348倍に増えると予測した(図)。
[図] Beyond 5G時代のデータトラフィックの増加
[図] Beyond 5G時代のデータトラフィックの増加
出所:三菱総合研究所
ChatGPTのような既存の集中型AIの利用ならば影響は限定的である。しかし2030年代には技術進展と少子化対応への要請で、AIで駆動されたアバターやロボットが広く実用化されるだろう。彼ら彼女らは秘書となって個人の能力を拡張するだけでなく、サービス業などで産業労働力として活躍する。スマートグラスの映像で秘書アバターが学習を積み、サービスロボットは接客記録を重ねて高度化する。AIは現場で学習し多様な個性を獲得していく。その「食糧」として膨大なログデータが流通することになる。

生成AIで日本が取るべき戦略について「AI戦略会議」の座長を務める東京大学大学院の松尾豊教授は、①モデル開発、②サービス開発、③ユーザーとしての利活用を提言している※1。中でも日本の強みを活かせそうなのは利活用の領域だ。

IoT(モノのインターネット)の普及過程で通信費などの費用が障害となったように、AI利活用のコストが高ければ本格的な普及は進まない。ルール作りや人材育成に加えて、膨大なデータの流通を支える安心安全・安価で潤沢なICTインフラの整備がなければ、AI利活用大国の実現は絵に描いた餅に終わる。

ICTインフラに迫る三重苦

日本のICTインフラは世界最高水準を誇ってきた。経済協力開発機構(OECD)の統計※2によれば、日本の「固定ブロードバンドに占める光ファイバーの割合」「モバイルブロードバンド普及率」はともに世界第2位。しかしこれらは専ら過去の資産である。最新世代5Gの人口カバー率は9割程度だが、利用実態は依然4G主体である※3

新規参入の楽天モバイルを除く携帯3社の近年の設備投資額は年間1.4兆円程度で5Gへの投資は潤沢とはいえない。5G利活用サービスの差別化が不十分なまま需要も投資も停滞することで縮小均衡に陥り、諸外国に劣後する恐れがある。

将来に目を向けるとどうか。当社の情報爆発モデルによれば、2040年の日本の潜在的な総データトラフィックは2020年の348倍、1年あたり83ゼタバイト※4に達する。しかしICTインフラを構築するリソースは十分ではない。とりわけ不足するのは「周波数」「エネルギー」「投資」の3つだ。この「三重苦」によって日本のICTインフラは致命的な供給不足に陥る可能性がある。

周波数については、総務省の電波政策懇談会では年率1.2倍のトラフィック増を前提条件として、2030年代末の携帯電話網システムの必要帯域を約41〜55ギガヘルツ(GHz)と見積もっている※5。当社の情報爆発シナリオでは単純計算でその約5倍の帯域確保が求められる。

そのためには周波数資源を有効に活用する技術開発が必要である。エリアカバーに有利な6GHz未満の周波数帯での共用に加え、高周波数帯の資源を有効に活用する技術開発も求められる。幸い日本は、アンテナ技術に加え、光と無線の融合技術に強みをもっている。運用を含めた海外展開にも期待がかかる。

エネルギーについては、通信業の2020年の消費電力量は約8テラワット時(TWh)、日本の総電力量の1%未満である。今後エネルギー効率が過去10年間と同じ水準(年率1.2倍)で向上すると見込んでも、情報爆発シナリオでは消費電力量が2040年に73TWhに達する。これは総電力消費の7%程度に相当し、サステナブルとは言い難い。

そのため総電力使用量の削減と再生可能エネルギーの活用が求められる。例えば次世代ネットワーク構想「IOWN※6」で実用化されつつある光電融合技術はエネルギー効率を抜本的に向上させる。省エネルギー化への貢献に加えて、データセンターの広域分散化による再エネ活用を促す可能性がある。地域の再エネを活用するグリーンなICTインフラを認定して、プレミアム価格の上乗せをユーザー企業が許容する仕組みを作るなど、利用側の行動変容を促進する取り組みも必要とされよう。

ICTインフラの周波数やエネルギー不足は世界共通の課題である。解決するための技術や仕組みを世界に先駆けて見いだせば、日本が海外ビジネスを展開するチャンスにつながる。

「公正なインフラ投資負担」の議論

三重苦の最後の要素が投資の不足である。情報爆発を支えるには電波の到達範囲が狭いスモールセル(小出力な基地局)を稠密(ちゅうみつ)に配置する必要が生じ、設置コストが大きな負担となる。当社試算では、2030年代にスモールセルを全国に一定程度普及させると想定した場合の必要投資額は年間5兆円にも達する可能性がある。主要携帯事業者の投資水準が現状並みの年間2兆円未満にとどまれば、大幅な投資不足に直面することになる。

海外では足元で5Gや光アクセス回線への投資不足が顕在化する中で、「公正なインフラ投資負担」の議論が盛り上がりを見せ始めた(表)。
[表] 諸外国における「公正なインフラ投資負担」の議論
[表] 諸外国における「公正なインフラ投資負担」の議論
出所:三菱総合研究所
具体的には、大量のトラフィックを通信網に流し込む事業者(LTGs※7)に応分の負担を求める動きである。例えば欧州電気通信事業者協会(ETNO)は、欧州連合(EU)域内でLTGsに年間200億ユーロのインフラ投資負担を義務付けることで、最大でその3倍を超えるGDP押し上げ効果があるとの試算を公表した※8。米国では連邦通信委員会での問題提起を受け、ルーラル(都市部から離れた)地域などのICTインフラ投資に係るLTGsの負担についての議論が進行中である※9

議論の背景にあるのは、データ流通量が爆発的に増え巨大プラットフォーマーやコンテンツ事業者が利益を得る一方、インフラ増強を迫られる通信事業者に利益が還流しない産業構造だ。ICTインフラを増強すれば外部にある応用産業が便益を得る構造は、経済学の「正の外部性」に相当する。この状況を放置すれば投資過小に伴い供給も停滞し、経済全体が最適な水準に到達しない「市場の失敗」につながりかねない。

日本でもICTインフラ供給がひっ迫し関連産業における設備投資や生産性向上が阻害された場合には、日本経済に与える機会損失は2035年に44兆円、2040年には60兆円に積み上がる※10

それでは投資不足を解消すべく巨大プラットフォーマーなどに負担を転嫁すべきかというと話はそう単純ではない。欧州でもLTGsのトラフィックに追加料金を課す制度案が検討されているが、市場経済をゆがめ、負担の付け回しを招くなど副作用のリスクも高いことから慎重論も根強い。

負担転嫁の議論に踏み込む前に、まずは通信業界がコスト低減に取り組む必要がある。高周波数帯の技術開発に加え、複数事業者間の基地局共用や非地上系ネットワーク(NTN)の大胆な活用も検討する必要があろう。並行して、応用産業からICTインフラに利益が還流しやすいビジネスモデルを模索する必要もある。重要なのはICTインフラの価値向上である。通信網の機能を共通化・API化して応用産業に提供したり※11、エッジ・クラウド連携を通じてデータの効率的流通をサポートしたりするなど、さまざまな試みが始まりつつある。

ただし、これらの取り組みを総動員してもなお、市場の失敗は避けられない可能性がある。各産業でのDXやAI利活用の進展で増大するICTインフラ投資を誰がどう負担すべきか——。欧米で先行する議論も参考にしながら、日本でも議論を開始することが望ましい。

ICTインフラの安定確保に向けたロードマップ

本稿では2030年代を見据えたICTインフラの中長期的な課題に焦点を当て、周波数・エネルギー・投資における三重苦の状況を定量的に示し、その対策の方向性を検討した。柱となるのは、「①大容量・省エネ通信の鍵となる高周波アンテナや光電融合などの技術開発とグローバル展開」「②再エネなどグリーンICT利用への行動変容を奨励する仕組み」「③ICTインフラの価値向上による上位レイヤー利益取り込み」「④市場の失敗に備えた負担制度設立も含めた対策の検討」である。

一方、より足元に近い課題に目を向けると、不安定化する国際情勢や多発する自然災害のもとで通信網の安全性・信頼性を確保すること、あるいは人だけでなく無人機やセンサーなどが「どこでもつながる」ためのカバーエリアの拡大が重要だ。

山林や海洋を含む国土全域でのIoT活用のためには非可住地、またドローン制御のためには上空のカバレッジを拡充することが求められる。大規模災害などの有事に地上インフラが損壊した場合の代替通信手段の確保も重要である。この点については、特集2「『非地上系』ネットワークによるインフラ強靱化」で詳述する。

またグローバルなデータ流通環境において、国際紛争に巻き込まれても社会・経済活動を安定的に維持できる通信安全保障の確立が急務となっている。特に島国日本では海底ケーブルやデータセンターの安定確保が重要であり、双方の立地条件や誘致の必要性について特集3「海外とのデータ流通を支えるインフラ強化戦略」で解説した。


国内通信業界が三重苦の克服に向けて動き出す中で、個社では解決が困難なケースもあろう。政策面で制度設計の議論も前広に進めるべきかもしれない。国際協調も重要なテーマである。

ユーザー企業としては、将来ICTインフラが十分に確保できないリスクも想定し、リスクをチャンスに変える戦略を検討したい。通信事業者と連携してデータの地産地消を進めるなど、情報爆発時代の分散化社会※12にふさわしいwin-winの姿があるのではないか。

※1:東京大学大学院松尾豊教授の研究室(2023年2月17日)「AIの進化と日本の戦略」。

※2:OECD"Broadband Portal"

※3:Ericsson"5G: The next wave "によれば、日本の5G接続体感ユーザー比率は2022年で1割程度と先進国の中でも極めて低い。

※4:1ゼタバイトは1兆ギガバイトに相当。

※5:総務省(2021年8月)「デジタル変革時代の電波政策懇談会報告書」。衛星通信や無線LANなどを含まない数字。 

※6:Innovative Optical and Wireless Networkの略。NTTによる次世代ネットワーク構想。 

※7:Large Traffic Generatorsの略。

※8:Axon Partners Group(2022年5月)"Europe’s internet ecosystem: socio-economic benefits of a fairer balance between tech giants and telecom operators "

※9:連邦通信委員会(2022年8月15日)"FCC Reports to Congress on Future of the Universal Service Fund "

※10:「デジタル変革時代の電波政策懇談会 5Gビジネスデザインワーキンググループ 報告書(案)」での当社推計結果をベースに、2040年までのトラフィックの伸び率を考慮した外挿により推計。 

※11:例えばGSMA Open Gatewayなど。

※12:MRIマンスリーレビュー2022年9月号「『健全な情報爆発』を育む分散型ICT基盤」

著者紹介