マンスリーレビュー

2023年7月号特集2情報通信

「非地上系」ネットワークによるインフラ強靱化

2023.7.1

フロンティア・テクノロジー本部下村 雅彦

情報通信

POINT

  • 地域分散社会での新たな価値創出に向けてNTNに期待。
  • 情報爆発を地上系と一体的に支える統合的ネットワーク。
  • グローバル競争と経済安全保障を見定めたポジション確立を。

これからの地域分散社会の要「NTN」

ICT(情報通信技術)社会の血流であるデータが大量に通信インフラにあふれる情報爆発時代、一極集中型の欠点を補う地域分散型システムが志向される。しかし国内通信産業では、周波数・エネルギー・投資の観点からインフラが供給不足に陥る懸念がある※1。しかも重要なインフラゆえに、量的な議論とは別にレジリエンス(強靱性)向上、デジタルデバイド(情報格差)是正への配慮も欠かせない。既存の地上通信を補完するインフラ網の拡張的な構築が必要として、「非地上系ネットワーク(NTN)」への注目が高まっている。

NTNの特徴は、宇宙空間や成層圏などを飛行する人工衛星や無人航空機との通信により、地上にある既存の通信基地局のエリア外をカバーできる点にある(図)。例えば地上から電波の届かない洋上で船舶が通信する場合、これまでは主に低速度の静止軌道衛星※2通信などに手段が限定されていた。しかしNTNが普及すれば、海の上空を飛行する基地局や低軌道衛星※3を通じて地上と遜色のない品質の通信が可能になる。

陸の上空でも事情は同じだ。基地局設置が困難な山間部などのルーラル(都市部から離れた)地域でも上空からの発信により快適な通信が可能となり、デジタルデバイドが解消に向かう。

実際に国内では、国土で見たカバー率は約60%と約4割の地域では携帯電話が利用できない環境にある。NTNにより、携帯電話から直接に衛星を介するなど、災害時のレジリエンスや過疎地通信ニーズの広域なカバーが実現される。

とりわけ「モノとモノが通信する」IoT社会では、通信途絶が致命的なトラブルを招く。例えばドローン配送・空飛ぶクルマなどが普及した場合、地上基地局のエリア外から運行管理するシステムにつながる手段はどう確保されるべきか。
[図] 情報爆発を支える非地上系ネットワーク(NTN)
[図] 情報爆発を支える非地上系ネットワーク(NTN)
出所:三菱総合研究所

統合的ネットワークが情報爆発を支える

ウクライナ侵攻では、米SpaceXの「Starlink」の活用により、通信インフラ設備が破壊された後もウクライナ全土でインターネットアクセスが担保されたことは記憶に新しい。このように現在、Starlinkに代表される「低軌道衛星コンステレーション」がNTN市場を先導している。地表との距離が近いことから、地球全体をカバーすべく衛星を大量に用いる一方で、高速大容量であり通信遅延も抑えられる。

日本でも携帯電話事業者による法人・自治体向けサービスをはじめ、山間部などの携帯電話エリア圏外での衛星通信を利用したドローン配送サービス、建設現場での無人測量や無人監視などの事例も増え始めた※4

一次産業では、例えば海洋上の漁具の位置情報を収集・解析したり、海流情報を把握したりする衛星IoTへの期待も大きい。画像情報の伝送路としての期待もかかる。防災・安全保障分野では、高解像度かつ高頻度な地上監視や地形把握による衛星画像の取得なども可能になる。

データセンター機能を備えた衛星により、宇宙空間をデータ保存・AI分析処理の場とする構想もある※5。当社は情報爆発シナリオにより2040年の通信データ量が2020年の348倍になると予測したが※6、NTNの活用により、新たな空間通信ニーズの創出に加えて、地上系通信需要のうち例えばルーラル地域を中心に1日あたり約6,500ペタバイト(地上系通信需要の約8%相当)といった通信容量創出への寄与も期待される。

グローバル競争と経済安全保障の両立を

今や世界ではSpaceXをはじめ多数のスタートアップや異業種が宇宙開発に参入する時代である。日本も例外ではない※7。しかし近年急ピッチで進んでいるグローバル競争のもと、研究開発と市場導入の両面で、スピード感・投資規模の劣後も指摘されてきた。宇宙産業振興のための法令やファンドなどの環境整備、それに伴う新規事業者参入や市場拡大の流れをさらに加速させねばならない。国内各事業者はユーザーから見たサービスの選択肢、多様性を提供していく必要がある。

一方で経済安全保障の観点から、有事を想定して海外動向に影響されないネットワークを構築する上で、交渉力が重視される。このことはグローバル競争にも通じる。例えば技術蓄積のある光通信やネットワーク制御といった技術と産業エコシステム育成など日本の要衝領域を定め、ポジションの確立と市場シェアの獲得が望まれる。

このようなグローバル競争と経済安全保障との両立を、同盟国や友好国とのネットワーク相互運用性を確保したり、サプライチェーンを構築したりする「フレンド・ショアリング」の発想のもと推進していくことも忘れてはならない。

※1:特集1「ICTインフラの三重苦を回避する」。

※2:赤道上空の高度約3万6,000kmを地球の自転と同周期で周回する衛星。

※3:地球表面から高度2,000km以下を周回する衛星。

※4:KDDIのスマートドローンのサイト「活用事例」。

※5:NTTとスカパーJSATのニュースリリース(2022年4月26日)「NTTとスカパーJSAT、株式会社 Space Compassの設立で合意」。

※6:特集1「ICTインフラの三重苦を回避する」。

※7:MRIマンスリーレビュー2023年6月号「宇宙スタートアップの役割拡大に向けて」

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