コラム

技術で拓く経営コンサルティング

デザインドリブン・イノベーション

タグから探す

2015.1.21

経営コンサルティング本部 事業戦略グループ竹川彬史

1. 要約

デザインドリブン・イノベーションとは、製品に新しい意味(製品の体験から得られる価値など)を与えることによって生じるイノベーションを指す。純粋な技術革新によるイノベーションとは異なる概念である。製品のデザインを工夫すること、他分野の技術の導入、消費者の潜在ニーズ抽出などによりデザインドリブン・イノベーションが実現される。事例としては任天堂のWiiやAppleのiPadが挙げられる。劇的な技術革新は期待できない状況の中で、デザインドリブン・イノベーションの概念を取り入れることは、日本企業の成長の契機となり得る。

2. 序論

イノベーションという言葉を初めて定義したのはオーストリアの経済学者Schumpeterであった。彼は著書「経済発展の理論」(1977年)において、イノベーションを「新しいものを生産する、あるいは既存のものを新しい方法で生産することであり、生産とはものや力を結合すること」と述べている1)。そして企業経営においてもこのようなイノベーションが成長の源泉であることは今までにもたびたび議論されてきた。では、「最近イノベーションを起こした企業」というと、どの企業を想起するだろうか。例えばAppleのiPhoneやiPadはわれわれのライフスタイルを変え、任天堂のWiiはゲームの楽しさを再定義し、ルンバは部屋の掃除の仕方を変えた。実は、これらはすべて製品が持つデザインによって生み出されたイノベーションである。今、デザインドリブン・イノベーションと呼ばれる新たなイノベーションの形が注目を集めている。

本レポートでは、デザインドリブン・イノベーションについて説明し、それがいかにして製造業においてイノベーションを起こしうるかを論じる。

3. 1. デザインドリブン・イノベーションとは

3.1 従来とは異なるイノベーション

デザインドリブン・イノベーションはミラノ工科大学のVerganti教授によって提唱された概念で、製品に新しい「意味」を与える(Vergantiは「『意味』の急進的な変化」と呼んでいる)ことによって生じるイノベーションと定義されている2)。ここでいう「意味」とは、ユーザーが製品を購入する理由、製品の体験から得られる価値などを指す。また、「デザイン」は単なるプロダクトデザインにとどまらず、製品開発全体やビジネスモデルにまで至る幅広い概念を含んでいる。デザインドリブン・イノベーションの典型例として、Vergantiは任天堂のWiiを挙げている。2006年に発売されたこのゲーム機は、リモコン型コントローラーを使い、ユーザーが体全体を動かしながらゲームを楽しむことができるものであった。テニスゲームなら実際にサーブを打つようなジェスチャーを、ゴルフゲームではクラブをスイングするようにコントローラーでジェスチャーをする。それまでのゲーム機のコントローラーは指で操作することでプレイされ、主に子供かゲーム好きの大人のための娯楽だと見なされていた。しかしWiiは直感的に使い方が分かるコントローラーのおかげで、今までユーザーではなかった家族やお年寄りを含む誰もが体を動かして楽しめるものにゲーム機の「意味」を変えたとVergantiは指摘している。

デザインドリブン・イノベーションは今までのイノベーションとは根本的に異なっている。Vergantiは、従来のイノベーションは主に「テクノロジープッシュ・イノベーション」か「マーケットプル・イノベーション」だったと指摘している。前者は急激な技術進歩によって引き起こされるもの、後者はユーザーのニーズを的確に分析し、製品開発に取り込むことでもたらされるものである。一方、デザインドリブン・イノベーションは技術の躍進やユーザー志向の製品開発ではなく、人々に対して今までにない体験を提供するという新たな「意味」の付与によるイノベーションである点が従来型イノベーションとの大きな違いである。

図1は「技術」と「意味」の二つの軸でみたときの、それぞれのイノベーションの位置付けを示すフレームワークである。これはテクノロジープッシュ・イノベーション、マーケットプル・イノベーション、デザインドリブン・イノベーションの三つの位置関係を示している。縦軸の「技術」は漸進的改善(例:携帯電話のバッテリーの寿命延長)と急進的改善(例:従来の折り畳み携帯電話からスマートフォンへの進化)に、横軸の「意味」は従来の製品の意味にとどまるか、製品に新たな「意味」を持たせるかにそれぞれ分かれているとVergantiは述べている。
図1 デザインドリブン・イノベーション
図1 デザインドリブン・イノベーション
出所:Verganti(2003);佐藤(2012)をもとに三菱総合研究所作成※1
図2では先述のWiiとゲーム業界のイノベーションを示している。従来のゲームの「意味」が「バーチャル世界でゲームをやり慣れた若者が受動的に夢中になるようなゲーム機」だったのに対し、Wiiは「誰もが身体を使って楽しめるようなゲーム機」という新たな「意味」を生み出した。またこれには、コントローラーに加速度センサーを採用するという技術の急進的な改善があった。一方でソニーのPlayStation 3やマイクロソフトのXbox 360は、従来のゲームの「意味」にとどまり、旧世代機のスペックを向上させることに注力した。その後、両社はPlayStation Move(2010年10月発売)やKinect(2010年11月発売)で追随を試みたが、任天堂に先行することはできなかった。
図2 ゲーム業界のデザインドリブン・イノベーション
図2 ゲーム業界のデザインドリブン・イノベーション

出所:Verganti(2003);佐藤(2012)をもとに三菱総合研究所作成※1

こうして生み出されるデザインドリブン・イノベーションは企業を競争優位に立たせ、莫大な利益をもたらす。Wiiは発売後最初の二カ月で100万台を売り上げ、半年後に販売台数はXbox360の2倍、PlayStation 3の4倍となっていた。任天堂の株価はWiiを発売した2006年の間で165%も上昇した。

3.2 従来とは異なるプロセス

それでは、デザインドリブン・イノベーションはどのようにして生み出されるのか。VergantiはWhat(人々が今何を使いたいのか)ではなく、Why(なぜこれが生活の中で欲しいのか)を提案することと述べている。人々が必要とするものではなく、新たな「意味」を企業側から提示するのだ。人々に何が欲しいかニーズ調査をしても、既存の「意味」にとどまった製品開発、すなわちマーケットプル・イノベーションしか生み出せない。例えば、自動車が一般に普及する前の時代について、ヘンリー・フォードは「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう。」と述べている。当時の交通手段は馬車であったため、自動車を作ってほしいというニーズは顧客からは生まれてこなかったことを示唆している。現代で置き換えるなら、スマートフォンが登場する前の日本で「iPhoneが欲しい」という顧客ニーズは存在しえなかったといえる。では新しい「意味」を生成するにはどうすべきか。Vergantiはデザイン・ディスコースという手法を提唱している。これは、社内外の多様な価値観を持つ人材に製品の設計開発の段階に参画してもらい、製品に新たな意味を与えるよう集合的な議論を形成することである。多様な利害関係者は製品に新しい意味をもたらしうる「意味の解釈者」として捉えられている。解釈者は、例えば新しい価値を打ち出そうと活動している芸術家や建築家、社会を洞察する研究者や教育家、社外のデザイナーや技術者など多岐にわたる。これらの解釈者たちとネットワークを形成し、新たな「意味」を生み出す議論を行う。そしてそれぞれの知識を共有し、組み合わせることで新たな製品開発のヒントとする。既にある技術を他の領域に適用できないか、逆に他産業の技術を自社の領域で応用できないか、などといった議論が製品に新たな「意味」を与える契機となる。

4. デザインドリブン・イノベーションの類型と事例

4.1 デザインドリブン・イノベーションの類型

ここではデザインドリブン・イノベーションのさらなる類型化を試み、それぞれの事例について説明したい。図1のフレームワークにおいて、横軸の「新しい意味」を「既存市場拡大型」と「新規市場創出型」に二分割しデザインドリブン・イノベーションを四つの象限に分ける。「既存市場拡大型」は新製品が他社の既存商品と競合になる場合を指す。例えばWiiはデザインドリブン・イノベーションの例だが、競合はPlaystation 3やXbox 360など既存商品であった。一方「新規市場創出型」は、まったく新しい市場がデザインドリブン・イノベーションによって生み出され、後に他社が類似商品を投入するケースである。例えば後述のルンバはロボット掃除機市場を創出した。ルンバを購入した場合でも掃除を補完するために掃除機を使う人もいるため、従来型掃除機は競合品とならなかった。しかし、他社がルンバの類似商品を続々投入し、デザインドリブン・イノベーションで生み出された市場での競争が始まった。
図3 デザインドリブン・イノベーションの類型
図3 デザインドリブン・イノベーションの類型
出所:三菱総合研究所

4.2 事例(1)「技術の急進的改善」「既存市場拡大型」 任天堂 Wii

先述のとおり、任天堂のWiiはデザインドリブン・イノベーションの典型例である。ここでは、任天堂が異分野技術を活用してデザインドリブン・イノベーションを達成したことについて説明する。Wiiの技術面の特徴は、エアバッグに用いられていた加速度センサーの適用だとVergantiは指摘している。Wiiに搭載された加速度センサーは、3次元(x軸、y軸、z軸)での動きと傾き加減を感知する。もともと、エアバッグを作動させる装置として、自動車が大きな事故にあったかどうかを察知するために用いられていた。任天堂はリモコン型コントローラーにこの加速度センサーを内蔵した。そしてコントローラーの位置を検知する赤外線センサー・バーとの組み合わせにより、Wiiがプレーヤーの体の動きを把握することを可能にした。これがゲームに新たな「意味」を与える契機となった。

4.3 事例(2)「技術の急進的改善」「新規市場創出型」 iRobot ルンバ

ルンバは2002年にロボットメーカーのiRobot社が発売した家庭用ロボット掃除機である。同社が独自に開発した人工知能AWARE(R)を搭載しており、スイッチを押すだけで部屋の中を自律的に掃除する。そのため、人の掃除の手間を省くことが可能になった。

つまり、ルンバは掃除という作業をこれまでの「退屈で面倒」なものから、部屋にいない間に終わらせる快適なものへと「意味」を変化させたといえる。iRobot社は米国防総省向けの軍事用ロボットを開発している企業でもあり、ルンバには同社で培われた軍事技術が転用されている。ルンバに搭載されている人工知能AWARE(R)は、もともと陸地の地雷を探査・除去するためのFetchというロボットにプロトタイプとして採用されたものであった。これは、センサーの検知結果から行動パターンを算出し、最適な動作を選択する。Fetchは一定のエリア内において無人で地雷を探査・除去するために活用された。この技術を「床のゴミを探し、部屋を包括的に掃除する」機能として活用し、ルンバに搭載した。

ルンバが2002年に発売されて以降、日本の家電メーカーも続々とロボット掃除機を投入した。ルンバが契機となりロボット掃除機市場を創出したといえる。しかも2013年、ルンバは日本国内累計出荷台数がロボット掃除機市場において他社に先んじて100万台を突破3)した。

4.4 事例(3)「技術の漸進的改善」「既存市場拡大型」 ダイハツ工業 タント

子どもがいる家族にとって自動車は家族全員で移動するために重要な移動手段である。しかし、子育て世代の女性にとっては子どもを抱きかかえたまま車に乗せることは難しく、ベビーカーの積み下ろしも一苦労であった。ダイハツ工業が開発した軽自動車のタントは、「しあわせ家族空間」をコンセプトとし、家族にとっての車の「意味」を変化させた例である。初代タントは軽自動車規格の制約の中でできるだけ車高を高くすることにより、広い車内空間を実現した。2007年に販売された2代目タントでは、軽自動車で初めてセンターピラーレスのスライドドア「ミラクルオープンドア」を採用した。これにより両側スライド式の大開口ドアを実現し、ベビーカーの積み下ろしや、女性が子供を抱きかかえたまま乗降することを可能にした。今まで家族では面倒だった車の移動を快適にし、かつ家族内のコミュニケーションを円滑にした点において、新しい「意味」が生み出されたといえる。ミラクルオープンドアを継承し、さらに利便性を向上させた3代目タントは2013年度のグッドデザイン金賞を受賞した。授賞理由には「助手席側の大開口を確保するミラクルオープンドアによる抜群の乗降性と室内空間の拡大による使い勝手のよさを追求し、より高い次元で生活の中心にある「軽」のスタンダードモデルを提案している」と挙げられている4)

2003年の初代モデル発売以降、タントの累計販売台数は2014年7月時点で145万台を超え、2014年上半期では登録車を含めた新車販売台数で第1位となるヒットを記録した5)

4.5 事例(4)「技術の漸進的改善」「新規市場創出型」 Apple iPad

技術的にはそれほどイノベーションが無くとも、新規市場を創出した例としてiPadを取り上げる。Appleは2010年に初代のiPadを発表した。9.7インチのタブレット型端末はタッチスクリーンディスプレーとなっており、ウェブサイト閲覧、音楽視聴、電子書籍の購読などが可能である。スティーブ・ジョブズはiPad発表記者会見において、iPhoneとMacBook(ノートパソコン)の中間的な存在として開発したと述べている。すなわち、スマートフォンよりもディスプレーが大きいためウェブ閲覧がしやすく、かつノートパソコンよりも携帯性に優れている。製品自体は既存のiPod touchやiPhoneの機能が踏襲されている。AppleがiPadを販売後、サムスンやシャープをはじめとする家電メーカーが続々とタブレット端末を投入した。iPadはiPhoneやMacBookのデザインを変えることでタブレット端末という新たな市場を創出した。Appleによると、2010年に発売以降iPadの累計販売台数は2013年10月の時点で1億7,000万台に達した6)。また、他社も続々と類似製品を投入しているが、2014年第1四半期においてiPadのシェアは32.5%7)とタブレット市場1位を維持している。

5. まとめ

以上、デザインドリブン・イノベーションの概要を説明した。日本企業がデザインドリブン・イノベーションを起こすには、二つのアプローチがあると考えられる。一つ目は異分野技術の融合によるアプローチである。つまり、他分野の技術を応用するか、自社の新技術を他産業に適用するということである。Wiiはエアバッグで用いられていた加速度センサーをゲーム機のコントローラーに活用した。ルンバは軍事技術で培った人工知能を掃除器に適用し、デザインドリブン・イノベーションを起こした。「他産業の技術を何かしらの形で製品に適用できないか」、「自社の技術を他産業に応用できないか」など、枠にとらわれない思考が重要となる。例えば、最近では自在に曲げることができるフレキシブル基板がスマートフォンや液晶テレビの小型軽量化・薄型化に欠かせない存在となっている。こういった技術を現状の用途以外に応用することで、新たな「意味」が与えられるのではないだろうか。

二つ目が、潜在的なニーズ探索によるアプローチである。iPadはスマートフォンとノートパソコンの中間にあった潜在的なニーズを掘り起こした。ダイハツ工業のタントは、家族が車で移動する時の障壁を取り払うことで、成功を収めた。これらの例では、消費者が気づいていない潜在的なニーズをデザインによって掘り起こしている。このアプローチが可能と思われる例として、高度経済成長期において「三種の神器」といわれたテレビ、洗濯機、冷蔵庫がある。これらは、登場した当時のまま主たる「意味」が変化していないため、デザインドリブン・イノベーションの余地があると考えられる。

近年、デザインやイノベーションに関する議論は以前より活発になっている。例えば、スタンフォード大学のd.schoolはイノベーションを生み出す力を養成するために設立されたプログラムだ。機械工学、コンピューターサイエンス、ビジネス、法律、文学など、さまざまな専攻の学生や教職員が集まり、分野を超えた議論が行われている。また東京大学はi.schoolを設立し、新しい製品やビジネスモデルを生み出す学際的なイノベーション教育を開始した。これらはVergantiが提唱するデザイン・ディスコースを実践する教育に近いといえる。これまであまり注目されてこなかったデザインの概念が、企業経営や教育現場においてより身近になり、イノベーションを生み出す素地の形成が期待される。そして、日本企業がデザインドリブン・イノベーションの概念を取り入れることで、成長の契機となることを願ってやまない。

6. 参考文献

1)J.A. Schumpeter, “経済発展の理論—企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究”, 1977年

2)Verganti, R, “Design Driven Innovation”, Harvard Business Press, 2009;佐藤典司監訳,岩谷昌樹・八重樫文監訳・訳,立命館大学経営学部DML訳, “デザイン・ドリブン・イノベーション”, 2012年

3)iRobot社,“ロボット掃除機 アイロボット ルンバ国内出荷累計台数100 万台突破” ,(2014年11月アクセス)

4)ダイハツ工業, “タント/タントカスタムが 2013 年度グッドデザイン金賞を受賞”,(2014年11月アクセス)

5)ダイハツ工業,“ダイハツ 軽乗用車「タント」 2014年上半期 新車販売台数No.1を獲得”,(2014年11月アクセス)

6)Apple 2013年10月22日 記者会見

7)IDC, “Worldwide Tablet Shipments Miss Targets as First Quarter Experiences Single-Digit Growth, According to IDC”,(2014年11月アクセス)

※1:Verganti(2003);佐藤(2012)では横軸の「意味」は「社会的文化モデルの進化への適応」、「新しい意味の生成」とされているが、本レポートでは分かりやすくするためにそれぞれ「従来の意味」と「新しい意味」に言い換えている。

関連するナレッジ・コラム

もっと見る
閉じる

関連するセミナー