MaaS市場におけるマネタイズへの挑戦

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2019.7.24

MaaS事業戦略チーム宮下ゆかり

森下貴博

神田朱莉

経営戦略とイノベーション
モビリティ産業から他産業へ波及するMaaS革命」では、MaaS革命によりモビリティを起点にあらゆる産業が連携するエコシステムが誕生する姿を描いた。
このエコシステムを収益が上がるビジネスモデルにしていくためのポイントは2つあった。一点目は、コンテンツとの融合によりモビリティサービスの付加価値を高めていくこと、二点目は、コンテンツ事業者から広告料や手数料をもらうなど、新たな収益をもたらすBtoBビジネスモデルを作っていくことである。
本稿では、この2つのポイントを踏まえ、MaaSの収益性を高めるためのヒントをMaaSプラットフォーマーの視点から紹介したい。

マッチングの仕掛けこそがプラットフォームビジネスの収益源

プラットフォーマーと呼ばれる企業の主な収益源は、プラットフォーム上でのマッチング(取引)に対して支払われる手数料だ。その手数料収入を増やすためには、①利用者数の獲得と②利用者の支払い単価向上の2つを通して、プラットフォーム上の取引金額を高めていくことが欠かせない。具体的な手段として大規模なプロモーションやユーザーインターフェース向上などさまざまなものが考えられるが、本稿では特にMaaSの分野で有効と思われる取り組みを提案する。

プラットフォームに蓄積される圧倒的に豊富なデータを活用する

MaaSプラットフォーマーは、消費のパーソナライズが重要視される今日において非常に有利な立場にある。なぜなら、顧客との接点となるMaaSアプリを通して利用者に関する圧倒的に豊富なデータを得ることができるからだ。 仮に利用者がMaaSアプリを使って一連のトリップを手配したとすると、MaaSアプリからは利用者の属性はもちろんのこと、検索履歴、購買履歴、移動履歴、移動の目的などを一連の情報として把握することができる。つまり、より精度の高いマーケティングのためのデータが揃うのである。これらのデータをうまく活用すれば、一人ひとりの将来の潜在的なニーズまで予測することができる。利用者ニーズを把握できれば、その情報は新商品開発や広告戦略など幅広いCRMマーケティングに活用可能だ。事業者への価値提供も含めマネタイズの可能性は広い。
図1 プラットフォームに蓄積されるパーソナルデータ
図1 プラットフォームに蓄積されるパーソナルデータ
出所:三菱総合研究所
利用者データの活用により実現できることの例として、一人ひとりに対するそのとき・その場所の状況に即した高度なリコメンド機能が挙げられる。例えば、旅行先で帰りの新幹線まで待ち時間が1時間あるとしよう。このとき、汎用的なリコメンドをするとすれば「1時間で回れる王道観光ルート」「駅近くの人気のお土産屋」といったものだろう。しかしMaaSデータを活用すれば、データからその利用者の好みを推測できる。例えばその利用者が日本酒好きと分かれば、「さくっと飲める地酒のおいしい居酒屋」といった一歩踏み込んだリコメンドを提供できるだろう。リコメンドに居酒屋のクーポンを添えれば、そのお店を選んでもらえる可能性はさらに高まる。
図2 データ活用によるリコメンドサービスのイメージ
図2 データ活用によるリコメンドサービスのイメージ
出所:三菱総合研究所
移動手段そのものをリコメンドする機能にもニーズがあるかもしれない。例えば、利用者の体調・スケジュール・家計簿などのデータと連携して移動モードが「快適モード」「最速モード」「節約モード」などに切り替わる。利用者があるトリップを手配しようとしたとき、気温と体温から「熱射病の危険あり」と判断されれば移動モードが「快適モード」に切り替わる。すると、近隣のバスやタクシーの車内環境(温湿度や混雑状況など)と利用者のスマートフォンが個別に通信し、利用者を最も快適な移動に誘導する。
このように、移動ルートそのものを最適化するだけではなく、移動の目的や利用者の趣味・趣向にあわせてサービス全体を最適化して提供することを、本稿では「目的型MaaS」と呼ぶ。目的型MaaSは利用者一人ひとりにとって「刺さる」サービスとなるため、より高い付加価値を感じてもらえる可能性が高い。このようなサービスを実現するためにも、あらためて他産業との連携が必須であるといえよう。

ダイナミックプライシングでさらなる収益の拡大を

収益最大化の手法として近年注目されているダイナミックプライシングもMaaSのマネタイズの方法として見逃せない。モビリティ分野では、新幹線・飛行機など予約型の長距離移動では古くから、需要に応じて価格が変動するダイナミックプライシングが導入されてきた。一方、生活のインフラである鉄道や路線バスなどの地域交通ではいまだ導入が進んでいない。商習慣や利用者心理の観点から受け入れがたいうえ、法制度による規制もあるためだ※1
だが、もし目的型MaaSのように、モビリティとその先のサービスを一体的に提供できればどうだろうか。サービス全体に対してダイナミックプライシングを適用するということであれば、比較的容易に導入できるかもしれない。価格を直接変えずとも、ポイントやクーポンを活用して実質的な負担額を変動させることもできる。例えば、混雑率の低い交通手段で移動した人には買い物で使えるポイントを付与するなどが考えられる。
このようにしてモビリティにダイナミックプライシングを導入することができれば、収益の拡大のみならず、新たな顧客の掘り起こしによる利用者の拡大や、交通機関の混雑緩和や需要平準化といった都市問題の解決も将来的には期待できる。
図3 プライシングによる都市・交通課題の解決
図3 プライシングによる都市・交通課題の解決
出所:三菱総合研究所
他産業を巻き込みながら展開するMaaSの世界において、MaaSプラットフォーマーがどのようにマネタイズしていくべきか、そのビジネスモデルの可能性を探った。ポイントとなるのは、利用者のデータを最大限活用し、マーケティングやプライシングで収益性を上げていくことだった。そのためには、利用者データを有しており、さらには利用者・購買・移動データを統合し、分析する技術が求められる。
次に目を向けるべきは、人々はこれからのモビリティに何を求めているのかという利用者の生の声だ。三菱総合研究所は、MaaSに関する調査・コンサルティング・プラットフォーム事業等を行うMaaS Tech Japanと共同でMaaSの利用意向に関するアンケートを実施した。その結果は次回のコラムで紹介したい。

※1例えば、高速バスは、運賃の上限額・下限額を事前に「届出」さえすれば、その範囲内で自由に実施運賃を設定できる。一方、路線バスは、運賃の上限額の「認可」が必要なうえ、実施運賃を変更する場合はその都度「届出」の必要がある。