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「感性×ロジック」で引き出すイノベーション 第2回:対話型アート鑑賞

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2019.10.2

経営イノベーション本部橋本由紀

「感性×ロジック」で引き出すイノベーション:第2回 対話型アート鑑賞
感性やアート、右脳を用いた「発想法」がビジネスの場面で注目を集めています。ロジック重視のビジネスの現場に感性的手法を取り入れることで、どのような効果が生まれるのか。本コラム「感性×ロジック」で引き出すイノベーションでは、外部パートナーとの対談を通じてその答えを探ります。
写真左:東里雅海/はたらける美術館 館長、右:橋本由紀/株式会社三菱総合研究所 経営イノベーション本部 研究員
対談会場:はたらける美術館

アートは「違和感への気づき」を鍛える

橋本:連載第2回のテーマは、アートによるイノベーション創出です。ゲストは、はたらける美術館  館長の東里雅海さんです。

東里:よろしくお願いします。

橋本:今日の対談は「はたらける美術館(以下、はた美)」からお届けします。
東里雅海 氏/はたらける美術館 館長 大学在学中から複数の新規事業立ち上げに従事。現在は、はたらく人の創造性を解放するため、はたらける美術館館長としてビジネスマンへ向けたアートの翻訳に奮闘中。
東里雅海 氏/はたらける美術館 館長
大学在学中から複数の新規事業立ち上げに従事。現在は、はたらく人の創造性を解放するため、はたらける美術館館長としてビジネスマンへ向けたアートの翻訳に奮闘中。
東里:はた美は、美術品に囲まれた環境で仕事ができる、事前予約制の専有ワークスペースです。希望に応じて、対話型鑑賞の体験もしていただけます。

橋本:対話型鑑賞はここ最近非常に注目を集めていますね。

東里:いろいろなところで開催されていますね。

対話型鑑賞では、1枚の絵をじっくり見ていただいた上で、ファシリテーターから「絵のどんな部分に注目しているか」「絵でどんなことが起きているか」「それはなぜか」といった問いかけをし、ご自分の考えを話していただきます。

ファシリテーターはその方がどのように絵を捉えようとしているかを問いかけますが、作品に関する情報は提示しません。

橋本:以前、はた美さんのワークを体験した際、特に印象的だったのが、「自由に作品にタイトルをつけよう」という場面でした。穏やかで暖かな絵だと思っていたものが、他の人のタイトルを聞いた途端に、不気味な絵に見えてきて……。

東里:よくありますね。アートの特徴として、見る人によって注目するポイントや、色が与える印象、背景の解釈などが違っていて、それらが影響して作品の意味が変わることが挙げられます。

それから、同じ言葉で表現された場合でも、詳しく聞くと個人によってニュアンスが違ったりもします。例えば、ある作品を見て、2人が「古い感じ」と言うとします。でも詳しく聞くと、Aさんは「懐かしい、郷愁を感じるような田舎の感じ」と言い、Bさんは「しばらく手を入れていない、寂しいような古めかしさ」と言ったりします。

橋本:同じ感想でも、意味合いは違いますね。
橋本由紀/株式会社三菱総合研究所 経営イノベーション本部 研究員 組織風土改革や新事業開発支援などに従事。コンサル業務の他、INCFビジネスコンテストの立ち上げ・運営など、0→1段階や立ち上げフェーズでの実績多数。
橋本由紀/株式会社三菱総合研究所 経営イノベーション本部 研究員
組織風土改革や新事業開発支援などに従事。コンサル業務の他、INCFビジネスコンテストの立ち上げ・運営など、0→1段階や立ち上げフェーズの実績多数。
東里:はい。2人が同じ言葉を発すると、普段の会話では同意や共感として流されがちです。対話型鑑賞では、あえて「なぜ」を問い、考えて答えてもらうことで、それぞれの感性が見えてくると私は思っています。

橋本:なるほど。さて、アートがビジネスにどのような影響を及ぼすかが注目されていますが、東里さんはどうお考えですか?

東里:アートの効能というと本当に多岐にわたるので、ワークショップで特に意識している点をお話しすると、「違和感に気づく訓練」になると思っています。

ビジネスにおけるアイデア発想法については、「子どものように“なぜ”と考えよう」や「日常に不満を感じる点を多く見つけましょう」と言われることがよくあります。こうした思考は、良いアイデアを作る上では重要なのですが、脳にはとてつもなく負荷がかかるんです。

橋本:普段行わないような思考法だからですか?

東里:そうですね。そもそも脳はこれまでに体験したことのないものや、今まで見たことのないものを受け取った時にストレスを感じます。

例えば、捉えどころのない抽象画を見た時、脳の「運動野」の部分が活性化するというデータがありますが、これはすなわち、体が勝手に逃げ出したくなっているんです。
はたらける美術館の対話型鑑賞は、『エグゼクティブは美術館に集う』の著者である奥村隆明教授に監修を受けています。
はたらける美術館の対話型鑑賞は、『エグゼクティブは美術館に集う』の著者である奥村隆明教授に監修を受けています。
橋本:逃げようとする……。見るのをやめて、次の作品に移ってしまうとか。

東里:それもありますが、他にも逃げる動きをしてるんです。それは「作品のキャプションを読むこと」。

分からない抽象画を見た時に、絵を見て解釈しようとするのではなく、その解説文を見る。すると非常に安心します。そして、自分が理解できるものになった途端に、脳の負荷が軽くなるんです。ある測定結果によると、絵を見る時間は、作品10秒、キャプション30秒だそうです。そして対話型鑑賞では「キャプションは読まない」をルールにしています。

橋本:ここまでのお話を一度まとめると、イノベーション創出においては、違和感や「なぜ」を見つけることが重要である一方で、人はそれを避けたがります。とはいえ必要とされる能力なので、天性として持ち合わせていないのであれば、訓練して慣れていくしかない。その慣れにアート鑑賞が役に立つということですね。

東里:そうですね。補足になりますが、アートを用いて違和感に気づく訓練は、無意識へのアプローチにも結びついています。

氷山モデルなどにもたとえられますが、ビジネスの場では言語化された事象に対して議論が行われます。これはすなわち意識下の検討です。でも、われわれ人間はもっとたくさんの情報を認識していて、それらは潜在意識下に潜んでいる。言語化されていない情報を引き出すために、アートを鑑賞し、自分の中で何か「響く」ようなものを探し、それを言葉で説明することで、今までにないアイデアを議論に取り込めるようになります。

アートとロジックを場面に応じて使い分ける

橋本:はたらける美術館さんは、対話型鑑賞を活用したビジネス向けの企画をお持ちですね。

東里:はい、ビジネス向けの事業として「ART for BIZ」を展開しています。新規事業開発で発想・アイデア・ひらめきを生むために、アートがなぜビジネスに効果的かのレクチャーを行い、対話型鑑賞を体験していただき、最後にアイデア創発ワークショップを実施しています。
万能な思考法は存在しない フェーズに合わせて並列し使い分ける/出所:はたらける美術館
最初のアイデアの種はアート作品と言ってもいいくらい独創的なことが多い。そこから資金を集められるか、人々が欲しがるかなどさまざまな論理的な検討を経て商品化される。最終的に残る本質的な価値は5%程度で良いとも言われている。

出所:はたらける美術館
橋本:MRIのコンサルティングでは、調査フェーズや提言フェーズの合間で、社内の声を集める目的などで感性的手法を取り入れています。まずは左脳を使うワークショップをMRIが行い、そのあと右脳を使うワークショップを外部パートナーに担当いただいています。

東里:順番にはどんな意味があるんですか?

橋本:例えばリーダー層が対象の場合、参加者の多くがテーマに対して普段から考えをお持ちです。それを吐き出さずに感性的手法に入ると、基の考えに固執してワークに集中して取り組めず、期待する効能が引き出せないことがあります。

東里:確かにそうですね。われわれのART for BIZも似たような理由で、最初にレクチャーを入れています。その方がより能動的に取り組めます。

あと、感性的な手法の場合、ゴールが見えづらいので、論理重視の方は「これは遊んでいるだけじゃないのか」と見えてしまうのも危惧しています。

橋本:目線や捉え方を変えるためにやっている、と理解いただいた上で始めるのが肝心ですね。参加者の思考のモードや心理面に配慮することで、なじみのない方法もスムーズに取り掛かれますし、感性的手法が得意とするひらめきや新たな発見、視点の切り替えが活きるようになります。
図「ロジック×感性的ワークショップ」のプロセスと効能
出所:三菱総合研究所
東里:論理的な検討と感性的な検討とで、出てくる結果に差はありますか?

橋本:あります。論理的検討で土台をつくり、感性的検討で「その会社ならでは」の部分を際立たせる感じと言えばいいでしょうか。

論理的検討では、会社の経営資源や過去実績、今後の動向など、事実や根拠を前提とした発言が出やすいです。ただ、すでに検討されつくしているがために、再確認にしかならないこともあります。

感性的検討では、まず感性に働きかけて、そこで生まれる感覚に寄り添って発言するように進めます。もちろん心理的安全を確保した上で。すると、根拠がないように見える「思いつき」が発言として出やすくなります。その「思いつき」を深掘りしていくと、意外な事実との結びつきが見えてきます。こうした発見が、「その会社ならでは」の根拠の部分となり、その後の判断基準や重要度、方向性に変化をもたらしますね。

東里:あぁ、ものすごくよくわかります。私自身もこうしてビジネスを立ち上げてきましたが、ビジネスに昇華していく際、最終的に残る本質的な価値は5%程度で良いとも言われてきました。5%というと少なく聞こえますが、95%をそぐ過程でもアイデアの本質を嫌というほど考えさせられます。そしてこのわずか5%が残ることで、当事者意識を保ち続けられるのです。

アートは万人に有効

東里:アートやデザインを柔軟に取り入れる企業さまが非常に増えてきています。先日もMRIさんのコンサル部門向けにWSを実施しました。実際にそうした取り組みが増えているのでしょうか?

橋本:この二年ほどで急激に関心が高まっているのを感じます。MRIでも社内での試験導入を繰り返しながら、お客さまへの提供を始めています。一方で、上司の理解を得られないという話もよく聞きます。今回のコラムがその一助になればと願ってます。

東里:橋本さんはアートとの接点は?

橋本:私は正直あまりなくて、美術館に行ったのも数えるほどです。ただ「観察」については、学生時代の実験や実習でそれなりの量を経験してきたので、対話型鑑賞はすぐになじめました。よく見てストーリーを作る流れは、実験結果からあれこれ仮説を作るのと似ている気がします。

東里:確かに似ていそうですね。以前、アーティストとプログラマーの方が一緒に鑑賞したことがあるのですが、その時には思考の違いが鮮やかに出ていた気がします。

橋本:だいぶ違うタイプの組み合わせですね。どんな反応だったんですか?

東里:アーティストは全体の意味を感じ、細部に意味づけをしていく。プログラマーは最小の要素である点の意味から考えて、それを基準に要素を束ねてストーリーを作っていく。どちらも非常に独創的でしたが、それぞれの視点を共有した時が一番発見があったと両者が言っていました。

橋本:個人による違いはもちろん、職業や業種によって物の見方が異なることが見てわかるのも、この手法ならではですね。あと、東里さんのファシリテーションがうまいのも存分にあると思います。

東里:そう言っていただけるのは非常にうれしいですね。せっかくなのでここでちょっと一緒に考えたいのですが、いわゆる創造的な人物とはどういう人であると思いますか?

橋本:うーん……。アイデアとか独自性のあるストーリーを作れる人物は創造的に見えますよね。

東里:いま見えるって言いましたね? いまの「創造的に見える」という表現の通り、創造性とは他者からの評価でしかないのだと私は思っていまして。

橋本:明らかにテンションが上がっていますよね。いまから結構大事なこと言います?
はたらける美術館では展示する美術作品を入れ替えています。
はたらける美術館では展示する美術作品を入れ替えています。
東里:はい(笑)。というか、世に問いたいことというか。最近創造性という言葉が文字だけで暴走してしまっている気がするので、整理させてもらえたらと思います。

創造的だと太鼓判を押される人は、ある二つの要素が目立っているのではないでしょうか。その二つは「独創的な感性」と「高い表現力」です。同じものを見て他の人と違うコメントが出てくることを独創的だとすると、先ほど話した「古い感じ」というAさんとBさんは独創的な感性を持っていないから、創造的な人でないということになってしまいます。果たして彼らは独創的な感性はなく、創造的でないのでしょうか?

橋本:さっきのAさんとBさんはよく聞くと、それぞれ別個の感想を持っていたので、独創性が「ない」とは言い切れないですよね。

東里:そうなんです。なので、その人物に創造性があるかどうかというよりも、「彼らは自らの感性を自分で表現できる人か、それとも表現にサポートが必要か」と考える方が適しているのです。

私自身はこれまで900人以上に行った対話型鑑賞の経験から「人は当たり前に独創的である」と考えています。しゃべるのが苦手な方もいますし、文字ならスラスラ書ける人もいます。単純に緊張して話せないだけなのかも、そんな気持ちで自分はファシリテーターとして寄り添っています。

橋本:ビジネスの場面でアイデアが求められる中、「自分には創造性がない」とあきらめる方や心折れる方はよくいます。でもそれは創造性の問題ではなく、「見つけ方」「伝え方」をまだ習得していないだけなんですね。言い換えると、「見つけ方」「伝え方」を身に着けていくことで、その人らしさ・独創性が引き出すことは可能で、対話型鑑賞はその助けになると。

東里:そうですね。最後にアートに関するファシリテーターについて話すと、自分の考えるファシリテーションの完成形はほとんどしゃべらないことなんです。自分が提供するのは思考のきっかけと、その思考を場に出すための安心感だけ。困っている人には表現のサポートもする。そんな役割がART for BIZのファシリテーターだと思っています。

橋本:今日はありがとうございました。引き続き、プロジェクト等でよろしくお願いします。
 
はたらける美術館
はたらける美術館(http://art-housee.com/yoyogi/
〒151-0071 東京都渋谷区本町4丁目41−13

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