日常生活に必要不可欠な電力は、規模も種類も異なるさまざまな発電所で作られ、送配電網を通じて私たちのところへ送り届けられている。このとき、電力の需要と供給は常に一致させなければならない。需給のバランスが崩れると、電力品質の低下や停電などに結びつき、社会活動に大きな影響を与える。とはいえ需要は常に変化するし、太陽光や風力といった発電所の出力も常に変化する。こうした変化に対し、その時間的な幅に応じた複数の調整手段を講じ、電力会社は需給一致を図っている。
このような需給バランスや電力品質を調整するためにあらかじめ確保されている電源を「調整力」と呼ぶ。従来は電力会社の大型発電所がその役割を担っていたが、蓄電池など分散型エネルギーリソースの活用も、今後は進んでいくと考えられている。
現在、欧州では、脱炭素社会の実現に向けて、調整力のあり方やその調達方法について大きな転換を図る検討が進められている。その背景には、再生可能エネルギー電源の大幅な増加と、これまで調整力提供を担ってきた火力発電所の退役が挙げられる。火力発電などの従来電源は、同期発電機と呼ばれ、事故の発生などにより需給バランスが急激に変化しても、自身の回転エネルギーによって、その変化を少しでも打ち消そうとする。この特性を慣性※1と呼ぶ。電力システムの慣性が強いほど、事故発生時に調整力を適切に運用することで、システムを平常状態に復帰させることが容易になる。しかし欧州では前述のような電源構成変化の結果、再生可能エネルギー発電の出力が大幅に変動したり、系統内で大きな事故が発生したりする場合に、急激に需給バランスが崩れ大停電などが生じるリスクが高まりつつある。
こうしたリスクを回避するため、アイルランドやイギリスなど、欧州大陸電力系統との連系が制約を受ける国では、慣性の維持にも役立つ調整力の確保が、実施または計画されている。例えば、アイルランドでは高速で応答するほど、調整力に提供される報酬が引き上げられるメカニズムをすでに導入している(系統事故発生後0.15秒以内に応答可能なリソースは、その基準報酬が3倍に引き上げられる)。またイギリスでは、系統事故発生後0.5秒以内で系統に電力を供給する調整力調達メニューの新設が2021年以降に予定されている。これら調整力を提供する技術の種類については、特段の制約は設けられておらず、蓄電池やキャパシタ、フライホイールなど多種多様な技術の挑戦が予想される。
一方、日本の調整力は、一般送配電事業者(東京電力パワーグリッドなど)が毎年実施する「調整力公募」を通じて、特定電源を優遇せずに広く国内から調達することになっている。そのなかで最も速い応答を求められるのは、一般送配電事業者の指令から5分以内に応答するものである。2021年度からは需給調整市場※2での調達に段階的に移行していくが、その中で最も速い応答を求められるメニューは一次調整力という10秒以内応答のものである。アイルランドやイギリスのように、1秒を切るような高速応答を求められる調整力の調達が直ちに必要となる状況ではないが、日本でも台風や地震といった自然災害により需給バランスが急激に崩れるリスクは高まっている。例えば、2018年の北海道胆振東部地震による北海道全域のブラックアウト(全域停電)や2019年の度重なる台風による千葉県などでの停電は記憶に新しい。また、今後は洋上風力発電など急峻(きゅうしゅん)な出力変動を伴う電源の導入が進むと考えられている。このような環境変化を見据えて、日本の調整力に求められる要件も徐々に変化していく可能性があるだろう。
こうした変化を踏まえ、当社は、2019年にエクセルギー・パワー・システムズ株式会社(エクセルギー社)と業務資本提携※3を結んだ。エクセルギー社は、独自開発した高出力で応答性の高い蓄電池を活用して、再生可能エネルギー普及の進む欧州での高速調整力サービスの提供に挑戦している。当社は、エクセルギー社の取り組みを支援しつつ、その欧州事例を踏まえて、日本での再生可能エネルギー主力電源化に必要な調整力制度のあるべき姿を検討していきたいと考えている。また、蓄電池や自家発電設備などを活用したVPP※4事業など、分散型エネルギーリソースを活用した事業開発にも積極的に取り組んでいきたい。
写真 エクセルギー社の蓄電池システム(1MW機)外観
※1:慣性については、当社の環境・エネルギートピックス「再エネ主力電源化に向けた電力システム上の課題について」(2019年5月23日)も参照されたい。
※2:周波数制御や需給バランス調整を行うために必要な調整力を調達するための市場。現在の調整力公募調達に加えて、広域的なエリアで調整力の調達を行うことで、より効率的な需給運用の実現を目指すために開設される。2021年度に開設予定。
※3:当社ニュースリリース「三菱総合研究所、エクセルギー・パワー・システムズ社と業務資本提携」(2019年7月23日)
※4:バーチャル・パワープラント(Virtual Power Plant)の略。蓄電池や自家発電設備などの需要家側エネルギーリソースを、IoTなどで束ねて制御することで、以前からの大型発電所と同等の機能を提供できる。