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「気候変動×金融」シリーズ 第1回:金融機関に求められる気候変動リスク管理

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2022.3.18

金融DX本部猪瀬淳也

MRIトレンドレビュー

POINT

  • ポートフォリオがさらされる気候変動リスク管理などの観点から、金融機関による気候変動問題への貢献に期待が集まる。
  • 一方、気候変動分野では情報があふれており、全体像が極めて捉えにくい。
  • 本コラムでは気候変動リスク管理の観点から、代表的な機関やフレームワークを概説し、日本の金融機関が置かれる状況を整理する。
気候変動対策やカーボンニュートラルの達成に向けては多様な産業が取り組みを行うことが求められているが、金融機関は自身の事業活動から発生する温室効果ガス削減に加えて、取引先自身や取引先が含まれるサプライチェーンにおいて排出される温室効果ガスが取引先の収益を悪化しかねないなど、ポートフォリオのリスク管理の側面からも気候変動問題を捉える必要がある。本シリーズではその中でも金融機関が担うべき気候変動関連の取り組みにフォーカスを当てて考えていきたい。

シリーズ第1回の本コラムでは導入として気候変動に対し、金融機関が置かれる状況や求められる対応の全体像を紹介する。また、第2回は気候変動関連開示の中でも注目を集めるシナリオ分析の考え方を、第3回は気候変動関連開示の最新動向、第4回は金融機関のシナリオ分析を支援するための簡易ツールを、第5回は機会としての気候変動をそれぞれ紹介することを予定している。

気候変動には「リスク管理」と「成長機会」の両面がある

「気候変動対策」といわれると、規制対応のようなイメージをもつことも多いが、気候変動は金融機関の行動を縛る側面のみではない。金融機関は気候変動に伴ってポートフォリオのリスク管理を高度化することに加え、投融資活動を通じて取引先の気候変動リスクの低減に影響を与えることも期待されている。

前者のリスク管理高度化は、マクロ的に見れば金融システムの安定性にも波及しうる。金融機関の自己資本比率に関する規制に深く関わっているバーゼル委員会も、2021年11月に市中協議文書として「気候関連金融リスクの実効的な管理と監督のための諸原則」※1を公開した。その中でも例えば原則12では、ストレステスト(健全性審査)を含むシナリオ分析を活用することが記載された。気候変動は金融機関の投融資ポートフォリオに影響を与えるようになっており、引き続き金融機関に対するリスク管理の重要なキーワードの1つとなることが予想される。

次に後者の投融資活動を通じた気候変動リスクの低減では、投融資先が受ける気候変動によるネガティブなインパクトを最小化するとともに、新たな産業構造変化に伴って生まれる成長機会をどう享受できるかが、今後金融機関にとって極めて重要になる。欧州では気候変動対策が公共投資の文脈で語られることもあるほど、特定の業種にとっては気候変動対策が多大な成長機会となる。グリーンボンド(環境債)の累計発行額が1兆米ドルを超えたことはその1つの証左となるだろう。

「リスク管理」としての気候変動

気候変動対策と金融の関係を見る上で、リスク管理の視点は欠かせない。2020年1月に国際決済銀行(BIS)が公表した報告書(グリーンスワン)ではまさにその視点で気候変動のリスクが解説されている。今後、災害の激甚化や海面上昇などに伴って企業の座礁資産(資産毀損)が増加すれば、金融機関の不良債権が増加することは明白だ。その不良債権額が政策余地の範囲内に収まるのであればよいが、その保証はどこにもない。

例えば2021年5月にバイデン米大統領が気候関連金融リスクに係る大統領執行命令を発表し、連邦政府レベルで気候変動リスクの把握に取り組み始めた。金融における気候変動リスクは、これから顕在化されるリスクではなく今目の前に見えているリスクとして認識されている。

日本では災害というと地震などが想起されがちだが、気候変動関連の災害は地震とは異なり人の努力で発生確率を低下させることができる。人の手で軽減できるリスクに国として、また金融機関として対処をしないことは適切ではなく、金融というツールを用いてその課題解決を試みることが金融機関に課された新たな使命となっている。

気候変動への対応は国際的には以前から大きな課題の1つであったが、日本でも実業界において身近でかつ喫緊の課題となりつつある。1例を挙げると、プライム市場※2に移行する企業は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が推奨する気候関連の財務情報開示に対応する必要に迫られている。さまざまなステークホルダーの思惑の中で現在グローバルに非常に速いスピード感で議論が進んでいる領域の1つであり、その影響は早晩基準や制度などの形となって日本に波及することは明らかといえる。その意味でも、気候変動に関わるさまざまな動きを逐一チェックすることは非常に重要だ。

気候変動×金融を取り巻く機関・フレームワーク

気候変動に関わる動きのチェックが重要である一方で、気候変動分野には多様な機関やフレームワークが存在しているため全体像が分かりづらい。表1は特に気候変動と金融の双方をキーワードとして考えたときに、①特に近年話題に上りやすいリスク管理や開示に関連した代表的な機関やフレームワークに加え、②開示以外でも特に知っておくべき関連機関についても概説している。なお、下記以外にも多数の機関やフレームワークが存在しているため、あくまで一部であることを申し添えておく。
表1 気候変動に関連する機関やフレームワークの例
表1 気候変動に関連する機関やフレームワークの例
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出所:三菱総合研究所

①リスク管理・開示関連

気候変動に関しては、さまざまな自主的なフレームワークが設定されているが、その中でも複数のフレームワークが設定されているのがリスク管理や開示に関する領域だ。まず政府間の取り組みであるNGFSは、気候変動リスク管理について金融監督上の対応を議論するために、各国の金融監督当局と中央銀行が参加する自主的なプラットフォームだ。主な活動内容の1つに気候変動シナリオ公表があり、金融機関が自身のポートフォリオのリスク管理を行う際の推計材料の提供も行っている。シナリオ分析に関するデータは NGFS Scenarios Portal※3に掲載されている(掲載データの詳細については、本シリーズ第3~4回で触れる予定)。

次に民間の取り組みとして、近年知名度を向上させてきたフレームワークにTCFDがある。2015年12月に採択されたパリ協定により、金融業界を中心に、気候変動が投融資先の事業活動に与える影響を評価する動きが世界的に広まっている。このような中で、G20財務大臣および中央銀行総裁の意向を受け、金融安定理事会(FSB)の下にTCFDが設立された。日本では2018年12月、経済産業省の「気候関連財務情報開示に関するガイダンス」公表を契機に、TCFD提言への対応に向けた機運が高まり、2019年5月にTCFD コンソーシアムが設立されるに至った。他の類似のフレームワークと比較すると、TCFDは「シナリオ分析」をベースにして将来の気候関連リスク・機会を財務インパクトの形で定性・定量的に把握し、リスク管理や戦略に反映させるという点が特徴的である。TCFDで強調されているシナリオ分析については、本シリーズの第3回以降で詳細に触れる予定である。

TCFD以外にもさまざまな気候関連リスクや機会を評価するフレームワークが併存していたが、これまで複数あったフレームワークが国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の下で連携・統合する動きが見られる。2021年11月に公開された ISSBの情報開示基準原案※4では、TCFDの開示4項目を基に詳細な開示項目が規定されただけでなく、業界内の比較を容易にするために、サステナビリティ会計基準審議会(SASB)の形式で業種ごとに具体的な指標が設定される形となった。

②その他関連団体

①に記載した以外にも、重要な関連団体は多数ある。その中でも特に金融機関に関連が深いものとして、以下ではまずPartnership for Carbon Accounting Financials(PCAF)を挙げたい。PCAFは、金融機関の温室効果ガス(GHG)計測の手法開発を目的とするフレームワークで、具体的には金融機関の投融資先のGHG排出量把握(いわゆるScope3※5のカテゴリ15※6)のための基準※7を提供している。PCAF自体はもともとオランダ発のイニシアチブであったが、2021年のTCFD改訂にて金融機関のスコープ3開示の重要性を訴えた際、その測定手法としてPCAFの利用を推奨したことから、世界的に注目されるフレームワークへと発展していった。なお、PCAFの具体的な基準等の詳細は本コラムの第2回で概説する。

また金融機関の自主的団体では国際資本市場協会(ICMA)を挙げることができる。債券発行基準として最も広く用いられている原則の1つであるグリーンボンド原則(GBP)の事務局を担うなど、特に金融界の実務面で重要な役割を担うようになってきている。GBPは市場参加者に利用されやすいような設計となっていることが最大の特徴だ。4つの核となる要素(調達資金の使途、プロジェクトの評価と選定のプロセス、調達資金の管理、レポーティング)に必要要件がまとめられるなど、グリーンボンドの発行要件の整理と要件の認証という「質」を確保した。こうした取り組みを通じて、グリーンボンドという金融商品の認知度向上とグリーンボンド市場の発展に大きく貢献した。

世界的に設定されている「1.5度目標」※8などの目標と整合する形で企業の排出削減目標設定を科学的知見と整合的に精査することを支援する科学的根拠に基づいた目標(SBT)も近年注目を集めている。「TCFDなどのフレームワークに沿って気候関連リスクや機会を開示している」、または「カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP)環境格付で最上位であるAを取得している」、ということに加えてSBTの認証も受けているということが機関投資家などにより評価される形になりつつある。

日本の金融機関が行う気候変動対策の羅針盤に

前節で示した機関やフレームワークは、気候変動に関わるもののうちほんの一部である。さらにここに金融監督当局や中央銀行、IPCCなどの気候変動関連の国際機関、シンクタンク、監査法人などさまざまな既存の役者が関わることで気候変動×金融の世界は動いている。

その結果、各機関がさらに多くの情報を発信する状況に至っており、誰が言うことを見ていればよいのかも分からない状況に陥るだろう。そうした状況を踏まえ、本シリーズでは日本の金融機関に対し、気候変動問題への対策の羅針盤づくりにいくばくかの寄与ができれば本望である。

※1:BIS “Basel Committee consults on principles for the effective management and supervision of climate-related financial risks” 16 November 2021
https://www.bis.org/press/p211116.htm(閲覧日:2022年3月15日)
金融庁・日本銀行による日本語での解説:
https://www.fsa.go.jp/inter/bis/20211118/20211220.pdf(閲覧日:2022年3月15日)

※2:東証1部の中でも多くの機関投資家の投資対象になりうるような流動性の高い大企業向けの市場。

※3:NGFS Scenarios Portal
https://www.ngfs.net/ngfs-scenarios-portal/(閲覧日:2022年3月15日)

※4:IFRS “Technical Readiness Working Group”
https://www.ifrs.org/groups/technical-readiness-working-group/#resources(閲覧日:2022年3月15日)

※5:二酸化炭素などの温室効果ガス排出を計測するための考え方の一つ。Scope1は自社で燃料を燃焼させることなどにより直接排出された排出量、Scope2は電力会社などから供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出、Scope3はそれ以外の間接排出となる。

※6:Scope3は15のカテゴリに分類されている。原材料の調達(カテゴリ1)や物流(カテゴリ4)、販売した製品の使用(カテゴリ11)などさまざまあるが、金融機関はその中でもカテゴリ15(投融資先の温室効果ガス排出)の把握が求められている。

※7:PCAF “The Global GHG Accounting and Reporting Standard for the Financial Industry”
https://carbonaccountingfinancials.com/standard(閲覧日:2022年3月15日)

※8:パリ協定でも採択された、気温上昇を2度よりかなり低くし、できれば1.5度に抑えるという目標。

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