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「気候変動×金融」シリーズ 第4回:気候変動の産業別インパクト分析

金融機関(主に銀行)向け簡易分析ツール

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2022.7.4

金融DX本部猪瀬淳也

菅谷元英

石井一成

DX技術本部磯 光

MRIトレンドレビュー

POINT

  • 複数の機関が公表するさまざまな気候シナリオにおいて、産業ごとの影響を把握することは困難。
  • これを可能にするために、当社は簡易に産業影響を試算するためのツールを公開。
  • 本ツールなども活用し、気候変動のポートフォリオ等への影響をディスカッションする機会の醸成を。

金融機関向け簡易分析ツールの概要と留意点

第2回で紹介した通り、専門機関が公表する気候シナリオは複数ある。例えば「2度以下シナリオ」といっても機関によって、さらには用いるモデルごとに、前提とする想定や計算結果が大きく異なる。一方、おのおのの気候シナリオが、幅広い産業にまたがる金融機関の顧客企業の将来(2050年など)の財務状況にどのようなインパクトを与えるかを予測することは容易ではない。本コラムはそうした問題意識のもと、前提さえ決めれば一定の手法のもと産業ごとの収益に与えるインパクトを評価できる簡易分析ツール(エクセルファイル)を公表する。

本簡易分析ツールの基本的な考え方は、2050年までの産業構造の変化を電源構成の変化と電気自動車の普及の2点と捉えて産業連関分析を行い、そこに炭素税や省エネ改修などといった温室効果ガス削減にかかる施策が講じられた場合に産業ごとの収益がどう変化するかを、各種前提を用いて評価するものだ。本ツールの詳細は添付されている説明資料をご覧いただきたい。

本ツールは、精度や分析的な厳密さよりも、簡易性を優先したツールとなっている。モデルや計算プロセスなどについて、多数の簡略化を行っている。その内容や留意点の一例を以下に示す。本ツールはあくまで金融機関が大量の顧客群を大まかに評価し、特にリスクの高い顧客群を同定するという目的で用いることを想定している。

モデル上の簡略化・留意点

  • 産業構造変化として試算対象に含めたのは、電源構成の変化と電気自動車の普及の2種類のみで、サービス産業比率の増加などは試算の対象外とした。各産業の構成比率を変化させたい場合は産業構造分析のシートを修正する必要がある。
  • 産業構造変化の予測に用いている産業連関表は早稲田大学 次世代科学技術経済分析研究所の研究成果を用いている。本成果は2030年の産業連関表の予測となるが、本分析では簡便のためこの2030年の投入係数表を用いて2050年の予測を作成した。よりドラスティックな産業構造の変化を仮定する場合には、投入係数表の修正が必要となる。
  • (名目)GDPの増減も試算範囲には含めていない。計算の多くは比率に応じて決まるものの、企業規模変化に伴う利率変化など一部の指標は規模による影響を受けるため、GDPの変化を明示的に入れ込む場合は同様にモデルの修正が必要である。
  • CCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留技術)は、電力業や鉄鋼業などのコスト計算を行う上でその費用を計上しているものの、CCUSそのものを作成するために必要な産業連関(例えば、必要となるCCUSを作るために電気電子産業でどの程度の投入増が必要か)は分析に加味できていない。

具体的な計算プロセス内での簡略化・留意点

  • 一般均衡を用いた分析手法ではないため、需給や価格を整合的に調整するプロセスがない。そのため、パラメータシートに入れる数値は、できる限り出所が同じ数値を用いる※1ことが望ましい。
  • 本来であれば産業構造が変化した場合、産業連関表の縦横が整合するよう再調整が必要だが、簡便のためその工程を省いている。そのため、分析精度をより向上させたい場合はScilab※2などのソフトを用いて取引表を作り直す必要がある。

その他の留意点

  • 本ツールは便宜上、シナリオ前提の数値(「Parameter」シートに記載されている一連の数値)をあらかじめ入力して公開しているが、これらの数値は本ツールを用いて分析を行う分析者が最新の気候シナリオや自社内での分析を踏まえて入れ直すことを想定している。そのため、シナリオ前提の数値はあくまで参考値にすぎない。
  • 前提シートに記載のある数値について、すべてを2050年の数値でそろえられず、一部2040年など異なる年限の数値を用いている。

簡易ツールにおける分析結果概観

本ツールでは、さまざまな前提条件について産業ごとの利益率変化が概観できるようになっている。以下では本ツールでアウトプットされる内容を分かりやすく説明するため、事例を使って示す。なお、事例としては、国際エネルギー機関(IEA)の「World Energy Outlook」における持続可能な開発シナリオ(SDS)に近い前提条件※3を設定した場合の、各産業の利益率変化の試算結果を用いる。なお、以下の分析結果はあくまで一例として示すものであり、前提条件を変えれば分析結果は容易に変更される。

①産業別のウォーターフォールチャート

まず、本ツールでは、各シナリオに基づく経常利益率の変化を、43業種ごとにウォーターフォールチャートで確認することができる。下図は、鉄鋼業の経常利益率の変化(SDSシナリオに近い前提条件を設定した場合)である。法人企業統計によれば、鉄鋼業の平均経常利益率(コロナ禍を除いた2015~2019年の5年平均)は3.19%であるが、一例として設定したSDSに近い前提条件の下では経常利益率が▲5.83%ポイント低下し、▲2.64%まで落ち込むと試算される。本試算条件の下では、さまざまなコストの中でも炭素税導入による影響(▲4.94%)が最も大きくなる。
図1 鉄鋼業の経常利益率の変化(SDS)
図1 鉄鋼業の経常利益率の変化(SDS)
出所:三菱総合研究所

②産業別消失利益額

また、全業種の経常利益率の変化をみると、43業種のうち20業種で経常利益が減少し、23業種では逆に増加した。ここで経常利益が増加する背景は原則省エネ改修に伴うものがほとんどである。特に、補助金の拡大などを背景に省エネ改修の投資対効果が改善する場合には、広い床面積を有する施設を抱えている産業を中心に収益改善の効果が強くなった。

気候変動による影響で経常利益が減少する業種は、数の上では全体の半数程度にとどまる。しかし収益の総額に関しては、増加額が2,700億円強であるのに対して減少額は5兆円以上となる。具体的には、図2に示すように鉄鋼業の経常利益減少額が1兆7,771億円と突出して高く、全産業の経常利益消失額の約30%を占めた。次いで、電気業(約14%)、食品製造業(約12%)が続いており、石油製品・石炭製品製造業、水運業、農業・林業の3業種を加えた合計6業種で75%を超える(図2の赤い棒グラフ)。これらに窯業・土石製品製造業からパルプ・紙・紙加工品製造業までの6業種を加えた12業種まで範囲を広げると、全産業の消失利益の95%をカバーする。
図2 業種別の経常利益額の減少(SDS)
図2 業種別の経常利益額の減少(SDS)
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出所:三菱総合研究所

③産業別の経常利益率変化

産業別の経常利益率の変化(現在→SDSシナリオに近い前提条件下)をみると、水運業の経常利益率が▲5.0%と最も低く、考慮前の経常利益率+3.3%から8.2%ポイント低下しており、低下幅も最も大きい。なお、経常利益率がマイナスとなるのは水運業(▲5.0)、鉄鋼業(▲2.6%)、漁業(▲0.9%)、石油製品・石炭製品製造業(▲0.6%)の4業種である。
図3 業種別の経常利益率の低下(SDS)
図3 業種別の経常利益率の低下(SDS)
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出所:三菱総合研究所

④総資産と経常利益率変化

また、図4のバブルチャートは各業種の総資産(横軸)と経常利益率の変化(縦軸)、粗付加価値(バブルの大きさ)を表したものである(気候変動による直接的な影響が限定的である金融・保険業を除く)。総資産は金融機関が投融資活動を通じて取引先に与える影響の大きさを表し、一方の粗付加価値の大きさは当該業種が経済全体へ与える影響の大きさを表すと考えられる。

結果をみると、まず大半の業種が軸上にプロットされている(経常利益率の変化が小さい)ことがわかる。次に経常利益率が大きく低下する業種に着目してみると、前述の通り水運業は経常利益率の下げ幅が最も大きいものの、総資産や粗付加価値は相対的に小さい。そのため、銀行のポートフォリオや日本経済全体に与えるインパクトは限定的と想定される。

水運業と比較すると、電気業や食料品製造業、その他運輸業、鉄鋼業、窯業・土石製品製造業は資産額や粗付加価値が大きく、当該業種に対して金融機関が投融資を通して低炭素化への移行を促す余地があることがわかる。一方、農業・林業や石油製品・石炭製品製造業は粗付加価値は相応に大きいものの、総資産が小さいため、金融機関の貢献による効果は限定的であるとみられる。
図4 業種別の総資産・経常利益率変化・粗付加価値(SDS)
図4 業種別の総資産・経常利益率変化・粗付加価値(SDS)
出所:三菱総合研究所

簡易ツールなどを用いた社内でのディスカッションに向けて

本ツールは冒頭にも記載した通り、精度や分析的な高度さよりも簡易性に特化したツールとなっている。本ツールはこうした限界を踏まえつつも、あえて広く公開することで、金融機関における気候変動リスク管理に関するさまざまな議論を惹起することを目的としている。2022年6月時点で公開したものを最終版とはせず、今後さまざまな専門家や実務者からの意見を踏まえさらに高度化していくことを想定している。実際に本ツールを利用して修正すべきと思われる事項を見つけた場合には、ぜひ執筆者へ連絡をいただきたい。

一方、限界があるにせよ、本ツールの分析結果はさまざまな金融機関において、気候変動が及ぼすリスクに関するディスカッションを自社内で行う上でのよいきっかけになろう。これまでは、顧客への気候変動関連影響について定量的な分析を行うにも、膨大な専門的知見が必要なため着手できなかった金融機関も多い。ぜひ限界を踏まえながらも自社のポートフォリオを記入し、また前提となる数値をいろいろと調整して、ポートフォリオに対する影響分析に役立てていただきたい。本ツールの活用や理解を通じて、貴社のリスク管理の高度化に少しでも貢献できれば本望である。

※1:気候変動リスクなどに係る金融当局ネットワーク(NGFS)やIEAなどで公開されている統合評価モデル(IAM)などの均衡モデルを用いた分析結果を前提として用いれば、前提の数値の整合性は担保されている。複数の分析の前提条件や分析結果をかいつまんで用いると、前提条件間や分析結果と前提条件との間での整合性がなくなるため、あまり望ましくない。

※2:例えば以下などを参照。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/papaios/20/2/20_188/_pdf/-char/ja(閲覧日:2022年6月24日)

※3:IEAではSDSシナリオに関するすべてのデータを公開しているわけではないため、入手できない数値については一部NGFSなどの数値を用いた。

気候変動の産業別インパクト分析ツール

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