コラム

MRIトレンドレビューサステナビリティ

「気候変動×金融」シリーズ 第3回:金融機関に求められる気候関連情報のベストプラクティスの共有

タグから探す

2022.5.31

サステナビリティ本部阿由葉真司

MRIトレンドレビュー

POINT

  • プライム市場移行後も企業は引き続きTCFD開示の拡充に対応する必要がある。
  • 気候関連情報開示は金融機関の行動変容を促し、企業の資金調達に影響を及ぼす可能性がある。
  • 金融機関の気候関連情報開示の水準にはばらつきがみられる。開示内容の充実にはベストプラクティスの共有など業界全体の取り組みが有効。

温室効果ガス排出ゼロ宣言で加速する情報開示の動き

2020年10月、日本政府による2050年の温室効果ガス(GHG)排出量のネットゼロ達成の宣言を契機に、金融面でも気候変動に係るさまざまな政策が導入されている。2021年6月には日本取引所グループが、コーポレートガバナンス・コードに気候関連の情報開示の世界標準とも言える気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)のフレームワークを織り込んだ。

これを契機として、プライム市場に上場する日本企業はTCFD開示の枠組みを基に気候関連の情報開示を行う必要性が生じるなど、産業全体として気候変動リスクと無縁でいられない状況となった。加えて、日本銀行が2021年9月に導入した金融機関の気候変動対応の投融資を後押しする「グリーンオペ」の条件としてTCFD開示を位置づけたことを契機に、多くの銀行が気候関連の情報開示に対応することとなった。

さらに、世界に目を向けると、2021年11月開催のCOP26でネットゼロに対応する世界的な金融機関の有志連合(GFANZ:Glasgow Financial Alliance for NetZero)が正式に発足し、銀行、保険、資産運用会社を中心とした約450機関が、2050年までのネットゼロにコミットするなど、金融機関によるGHG排出量低減に強い責任を持つ姿勢が表明された。加えて国際財務報告基準(IFRS)財団が国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設立を宣言し、財務会計が非財務情報を取り込む動きも本格化した。

本コラムでは、足下、世界的に目まぐるしく展開する気候関連の情報開示を巡る動向を俯瞰し、金融機関に求められる対応を考察する。

TCFD開示内容の2021年改訂と気候関連財務情報開示の現状

TCFDが2017年6月に発表したTCFD最終報告書とその別冊は、気候関連情報開示のバイブルとして活用されてきた。しかし発行から既に4年が経過し、情報開示を巡る環境が大きく変化したため、2021年10月に「気候関連指標と目標及び移行計画のガイダンス(MTT)」※1などが発表され、開示内容に係る改訂点が提示された。

主な改訂点は3点ある。

1点目は、投資家などにとって開示情報が投資判断に有益(decision-useful)であるためには開示情報間の比較可能性を高めることが重要との観点から、業界横断的な気候関連指標を開示すべきとしている点である。今回の改訂でTCFDは「7つの指標」※2と呼ばれる指標を提示し、開示を促している。

2点目は、開示企業は可能であればスコープ3までGHG排出量を開示すべきとしている点である。現在、GHG排出量の開示にはGHGプロトコルという世界標準によって定められたスコープ1、2、3という分類が用いられており、そのうち、スコープ3は、スコープ1、2以外の間接的な排出を対象とするもので、原料調達・物流・販売などバリューチェーン上で生じる、自社の事業活動および自社の事業活動に関連した他社からのGHG排出量と定義される※3。バリューチェーン上の他社などのGHG排出量を把握する必要があるため、自社の排出量であるスコープ1、2と比較すると、スコープ3まで開示している企業はいまだ少ない。
表1 GHG排出量の開示範囲の定義
表1 GHG排出量の開示範囲の定義
出所:GHGプロトコルを基に三菱総合研究所作成
図1 金融機関と事業会社のGHG排出量開示のイメージ
図1 金融機関と事業会社のGHG排出量開示のイメージ
出所:三菱総合研究所作成
3点目は、GHG排出量低減といった低炭素経済に向けたビジネス戦略を説明する「移行計画(Transition Plan)」の作成を推奨している点である。MTTでは移行計画で開示すべき重要な要素と開示の検討が必要と考えられる企業について説明している。今後、気候変動リスクが大きい企業は移行計画を作成、開示することが求められるだろう。

このように、開示内容の比較可能性やGHG排出量の開示範囲の拡大、トランジション関連情報の開示を重視する今回の改訂は、企業の裁量的開示を許容するTCFD開示の当初の性質を大きく変えるものとなった。

一方、2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂を通じて、プライム市場上場の条件としてTCFD提言に沿った開示の必要が生じた(補充原則3-1③)ため、2021年の1年間で330社増加するなど、TCFDに賛同する日本企業が急増している。2022年5月20日現在、870社の日本企業がTCFDに賛同し、世界最大の賛同社数を誇るだけでなく、2022年に入っても約5カ月で198社増と増加ベースはむしろ加速している。

しかし、2022年4月、プライム市場への移行を表明した企業が1,839社におよぶと発表された一方、TCFD賛同社数はこのうち上述の通り870社にとどまり、TCFD賛同社数との差は約1,000社に達する。このことは、企業のTCFD開示対応が後手に回っていることを示唆していると考えられる。例えば、2022年1月に日本取引所グループが発表した「コーポレートガバナンス・コードへの対応状況」※4をみると、コーポレートガバナンス・コードの補充原則3-1③を遵守(コンプライ)済みと回答した企業はプライム移行予定企業の66.7%にとどまり、同取引所グループが2021年11月に発表した「TCFD提言に沿った情報開示の実態調査」※5では開示済みの259社のうちTCFD開示の11項目全てに対応している企業は42社という結果も示されている。このように、現状、多くのプライム移行企業が、TCFD提言の推奨項目に十分に対応しきれておらず、今後もTCFD開示項目の拡充に取り組む必要に迫られている。
図2 TCFDに賛同する日本企業数の推移
図2 TCFDに賛同する日本企業数の推移
注:2022年の年間賛同社数は5月20日までの約5カ月の数値。

出所:TCFDホームページデータベース(https://www.fsb-tcfd.org/supporters/)より三菱総合研究所作成(閲覧日:2022年5月20日)
米国の状況を見ると、気候関連情報開示ルールは日本よりも少し踏み込んだ内容となっている。具体的には、2022年3月21日に米国証券取引所(SEC)が「投資家のための気候関連情報開示の強化と標準化」※6と題し、米国市場における気候関連情報開示フレームワーク案を提案した。SEC登録企業はTCFD提言の開示フレームワークに基づく情報を10-Kといった年次報告書などに開示することを実質義務化するだけでなく、GHG排出量に関してはスコープ1および2、必要あればスコープ3までの情報開示を求め、かつ、スコープ1および2については第三者認証の取得を義務付けるなど、世界最大のESG投資市場である米国でも気候関連情報開示が実質義務化される方針が示された。この米国の開示義務化の姿勢は、各国の気候関連情報開示の進展だけでなく情報開示の質の向上にも大きな影響を与えると予想される。

金融排出量算定への要請の高まりとその影響

金融炭素会計パートナーシップ(PCAF)※7は、金融機関の投融資から生じるGHG排出量(金融排出量※8)の把握を目的として、金融機関のスコープ3にあたる金融排出量の計算方法とその計算に必要とされる炭素原単位などのデータを提供している。この方法論が上述のTCFD改訂で金融排出量の算出のための標準的計算方法として推奨されたため、世界的に多くの金融機関が同方法を基に金融排出量の計測に取り組みつつある。

PCAFが推奨する金融排出量とは、企業から発生するGHG排出量について、金融機関の投融資による寄与分を把握するものである。具体的には、下記のように企業への投融資残高を分子、投融資先の純資産負債合計を分母として得られる寄与率を、その企業のGHG排出量に乗じることで求められる。
金融排出量の算定式
さらに、PCAFは「データクオリティスコア」という、GHG排出量の未測定企業に対して自ら測定するように促す仕組みも導入している。こうした仕組みで、金融機関は情報開示を通じデータクオリティスコアを改善する(1に近づける)圧力を受ける。その結果として、スコアの改善も期待される。
表2 PCAFスタンダードにおけるGHG排出量の計算方法
表2 PCAFスタンダードにおけるGHG排出量の計算方法
出所:PCAF「金融業界向けグローバルGHG会計・報告基準」(2020年)P54図表5-3を翻訳
事業会社の観点では、上表のスコア3~5で示される通り、PCAFによる金融排出量の把握が進むと、GHG排出量の未測定企業は、自社の生産量や売上高などに排出原単位を乗じて得られる排出量などで評価されることとなる。その原単位が自社の実際の原単位よりも大きい場合、取引先本来のGHG排出削減努力が反映されないことになる。さらに、金融機関や機関投資家が開示の質を確保するために、データクオリティの低い企業へのファイナンスに消極的になることで、将来的に自社の資金調達に影響が出る恐れがある。

金融機関の観点からは、金融排出量の開示とその削減に係るコミットメントから、金融排出量の減少の進捗やコミットメントとの差(アラインメント)も開示しなければならなくなる。その結果、自らの開示内容に関して今まで以上に注意を払う必要性が生じる。

金融機関が自行のポートフォリオの金融排出量がコミットメントした水準に達しない場合は、炭素多排出産業へのファイナンスが抑制され、とりわけ国の産業の根幹であるエネルギー産業への資金が十分に行き渡らない可能性が考えられる。よって、日本の産業全体の観点からも金融機関の金融排出量に関するコミットメントおよびその低減策を注視する必要がある。

このように、PCAFを通じた金融排出量の見える化は、産業の資金の流れを大きく変える可能性を持つことが理解されよう。

財務会計と気候関連情報開示の接近

財務会計でも気候関連情報を含めたサステナビリティ情報を本格的に財務情報開示に織り込む動きが急速に進んでいる。IFRS財団は2021年11月3日、COP26の会場でISSBの正式な設立を公表し、技術的準備ワーキング・グループ(TRWG)が作成した4つの文書を公表した。そのうち3つはサステナビリティ基準に関する文書であり、一般要件プロトタイプ、気候関連開示プロトタイプおよび同補足資料と呼ばれ、開示の範囲、概念および開示内容詳細を定義している。さらに、ISSBは2022年3月末、これらのプロトタイプを基にした3文書を発表し※9、2022年7月29日までの市中協議を開始した。ISSBはこの市中協議を踏まえ、2022年中に最終案を発表する予定である。

このサステナビリティ基準はガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標といった情報開示を要求する点でTCFD提言の開示フレームワークを踏まえているが、TCFD改訂で推奨される業種横断的な指標も含め、その他多くの項目を開示必須項目としている点で、異なっている。また、米国サステナビリティ会計基準審議会(SASB)の指標を参考に業種別指標の開示も提案している。このサステナビリティ基準が導入されると企業は、業種ごとにこの基準に従って指標を測定し情報開示することが求められる。IFRS財務会計体系にサステナビリティ基準が取り入れられることは、日本の会計基準にも影響を与えることが予想される。会計基準は企業活動に大きな影響を与えるため、この基準が日本企業の事業活動にどのような影響を与えるか精査する必要がある。

金融機関に求められる対応

気候変動リスクと機会がさまざまな政策に反映され産業全体に受け入れられるようになったことは喜ばしい。一方で、気候関連情報開示に係るさまざまなイニシアチブが矢継ぎ早に導入され、金融機関、事業会社共に情報開示に関する負担も高まっている点にも配慮する必要がある。2022年4月時点でTCFD開示を実施している国内の地方銀行は99行※10中26行※11であるなど気候関連情報開示の対応に幅がみられるが、その一因として情報開示に必要とされる分析が負担との声も聞く。気候関連情報開示が義務化されつつある方向性を踏まえると、各行で個別対応するよりも、金融機関全体として気候関連の情報開示に取り組むことが有意義であると考える。

例として、ベストプラクティスの共有があげられる。これにより金融機関全体の情報開示水準の向上(=開示項目の拡充)だけでなく担当者の負担軽減にもつながることが期待される。方法論や将来想定などの共通化を図ることもできるため、TCFDやISSBが提唱する比較可能な情報開示にも貢献できる可能性がある。加えて、行政や国際イニシアチブに対して利便性の改善を働きかける力にもなる。このように、気候関連情報開示は金融機関全体として取り組む価値があるテーマと言えるだろう。

※1:英文タイトルは "Guidance on Metrics, Targets, and Transition Plans"。詳細は下記参照。
https://assets.bbhub.io/company/sites/60/2021/07/2021-Metrics_Targets_Guidance-1.pdf(閲覧日:2022年3月23日)

※2:TCFDでは①温室効果ガス排出量(スコープ1、2、3)、②移行リスク、③物理的リスク、④気候関連の機会、⑤資本戦略、⑥ICP(内部炭素価格)、⑦報酬の7種類を業種横断的指標として開示を推奨している。

※3:スコープ1は、自社での燃料の使用や、工業プロセスによる直接的な排出量、スコープ2は、自社が購入した電気・熱等のエネルギーの使用に伴う間接的な排出量と定義される。

※4:日本取引所グループ「コーポレートガバナンス・コードへの対応状況」(2022年1月26日、一部修正2022年3月14日更新)参照。
https://www.jpx.co.jp/news/1020/nlsgeu0000064xw3-att/nlsgeu0000064xyo.pdf(閲覧日:2022年4月4日)

※5:日本取引所グループ「TCFD提言に沿った情報開示の実態調査」(2021年11月)参照。
https://www.jpx.co.jp/corporate/news/news-releases/0090/20211130-01.html(閲覧日:2022年4月4日)

※6:英文タイトルは "The Enhancement and Standardization of Climate-Related Disclosures for Investors"。詳細は下記参照。
https://www.sec.gov/news/press-release/2022-46(閲覧日:2022年3月23日)

※7:PCAFは2020年11月、銀行、資産運用会社および資産所有者向けに金融排出量の測定方法を提案するために「金融業界向けグローバルGHG会計・報告基準」と題したリポートを発表している。

※8:スコープ3カテゴリ15(投資)を指す。株式投資、債券投資、プロジェクトファイナンスなどの運用から生じるGHG排出量が定義。

※9:IFRS "ISSB delivers proposals that create comprehensive global baseline of sustainability disclosures"(31 March 2022)
https://www.ifrs.org/news-and-events/news/2022/03/issb-delivers-proposals-that-create-comprehensive-global-baseline-of-sustainability-disclosures/(閲覧日:2022年4月4日)

※10:預金保険機構ホ-ムページ「預金保険対象金融機関数の推移」の令和2年度の数値(100行)からその後統合された銀行数を引いたもの。
https://www.dic.go.jp/kikotoha/page_000814.html(閲覧日:2022年4月4日)

※11:三菱総合研究所調べ。

連載一覧

関連するナレッジ・コラム