コラム

3Xによる行動変容の未来2030テクノロジー経済・社会・技術

社会課題解決に向けた行動促進 第1回:行動促進策設計のヒント

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2022.11.22

先進技術センター川崎祐史

3Xによる行動変容の未来2030

POINT

  • 行動特性を知って行動のボトルネックを洞察。
  • 行動特性を利用して行動を促進。
  • 三菱総研では設計論を研究開発。

行動を促すナッジ

最近、行動経済学やナッジという言葉を耳にした方は多いのはないでしょうか。生活者の皆さんの行動を促すため、マイナポイントのように経済的インセンティブを与えたり、法律により規制したりするのではなく、人の行動特性を基にデザインしたアプローチをすることにより、生活者の皆さん自身にとってより良い行動を自発的に選択してもらおうという方法です。

たとえば、八王子市で大腸がん検診の受診勧奨ハガキに関する社会実験※1を行ったところ、伝える表現を変えただけで受診率が7%上昇しました。イギリスで行われた税金の督促状に関する20万人を対象とした社会実験※2では5つの表現の違いによって、納税率が1.3%~5.1%上昇しました。

また、熊本地域医療センターでは看護士の日勤と夜勤のユニフォームの色を変えるだけで残業時間が21時間減少しました※3。これらの事例は人の行動特性に基づいてデザインがなされているのです。大きなコストを掛けずに人の行動を促すことに成功しています。

当社では2022年5月より行動経済学の第一人者である大阪大学・大学院の大竹文雄特任教授※4ならびに仕掛学の創設者である同大学の松村真宏教授※5にご協力をいただき、行動経済学や仕掛学の事例ケーススタディや実践的な知見に関する議論を重ね、効果的な行動促進策を設計するための方法論の研究を進めております。ここに一端を紹介いたします。

行動特性を知れば行動できない原因を的確に分析できる

人は日常生活において必ずしも合理的・論理的に物事を判断しているわけではありません。人間の基礎代謝エネルギーの20%が消費される脳では、熟慮しないで直感的に判断する省エネのためのメカニズムが備わっており、これが行動特性をもたらしています。

人が行動できない原因はさまざまですが、図1に示すように12のカテゴリーに分類できます。それぞれのカテゴリーには特有の行動特性が働いている可能性があります。たとえば、「切迫していないので行動を先延ばししてしまう」カテゴリーには「社会的証明」「サンクコスト(埋没費用)の誤謬」などいくつかの行動特性の作用が考えられます。

台風接近時に避難行動しない人たちの原因を考えてみましょう。

「社会的証明」とは、多くの人がとっている行動は正しい行動だと見なしてしまう特性です。ここからは、周りに避難する人がいなかったので避難する必要はないと思ったという行動のボトルネック原因が浮かび上がります。近隣の住民がお互いに社会的証明の影響を受けているとしたら相互作用により避難する人はとても少なくなるでしょう。

「サンクコストの誤謬」とは、既に支払ってしまい回収できない費用は無視した方が満足度の高い判断ができるのに無視できずに非合理的な判断をする特性です。ここからは、台風に備えて自宅の窓を補強し非常食も買い込んだので避難所に行くと準備したものが無駄になってしまうというボトルネック原因が浮かび上がります。

行動特性は人にあまねく共通した特性ですので、何のヒントもない状態でボトルネック原因を考えるよりも、的確な原因分析ができるようになります。効果的な行動促進策を考案するためには、このプロセスがとても重要になります。
図1 行動ボトルネックの12カテゴリーと関連する行動特性群
行動ボトルネックの12カテゴリーと関連する行動特性群
出所:三菱総合研究所

行動特性を知ると効果的な行動促進策をデザインできる

行動促進策をデザインする際に検討すべきポイントについていくつか紹介したいと思います。

フレーミングを考える

行動促進策を検討する際に外せない検討項目がフレーミングです。フレーミングとは、人に同じ内容を伝えるとしても表現の仕方によって相手の判断に影響が出るということです。たとえば、あなたの行動が人の命を救うことになりますという表現と、あなたが行動しないと人の命が危険にさらされることになりますという表現があります。どちらも言っている内容は同じなのですが、前者はメリットを強調した表現、後者はデメリットを強調した表現と言えます。また、相手にとってのメリットやデメリットを強調する利己的表現もあれば、他者にとってのメリットやデメリットを強調する利他的表現もあるでしょう。

このようにして、どういった表現の組み合わせが効果的か、行動できないボトルネック原因に基づいて検討します。一般的には、デメリット強調型の表現の方が一時的な効果は大きいのですが、繰り返すと効果が減衰しやすいと言われています。

人はメリットやデメリットを評価するとき、参照点を基準に相対的に評価します。参照点が変わればメリットやデメリットの評価も違ってきますので、フレーミングでは参照点がどこかを意識させることも重要な設計要素となります。

ハリケーンでの避難を呼びかける際に、自宅にとどまる場合は腕にマジックで社会保障番号と氏名を書いてくださいというメッセージが米国では有効でした。これはマジックで腕に書くということから死亡した自分の姿を連想するよう参照点をシフトさせることでデメリットが大きく受け取られたからと考えられます。

最近人気のある健康増進型生命保険もうまくメリットやデメリットの評価バイアス特性を活かしたサービスと言えます。毎日たくさん歩くと健康ポイントがもらえるサービスもありますが、毎日たくさん歩くと一度支払った保険料が割り引かれるという仕組みです。どちらも歩くことによって得られるメリットは同じですが、後者は参照点として保険料を支払った状態を意識するため、歩かなければ損をすると直感的にとらえて歩くことを継続できる人が増えます。メリットよりデメリットを大きく評価する行動特性をうまく利用したサービスです。

イギリスで行われた禁煙プログラムに関する実験※6でも、禁煙に成功すると800ドルがもらえるプログラムよりも150ドルを預けて禁煙に成功すれば800ドルが戻ってくるプログラムの方が6カ月後の禁煙成功率が約30%高いという結果になりました。これも同様の行動特性が作用していると言えます。

異質性を考える

行動促進策を考案する際に重要なもう一つの設計要素は異質性です。異質性とは行動を促したい人たちの中には、行動促進策に対して異なる反応をする人たち(以降、セグメントと記載)がいるということです。

たとえば、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種促進を例にすると、利他的な表現である「あなたの接種があなたの大切な人たちの命を救います」は、高齢セグメント、若年セグメントそれぞれにどう受け取られるでしょうか。高齢の人にとっての大切な人は、高齢の伴侶や友達が多いでしょう。重症化リスクが高いことから、このメッセージは効きそうです。

一方で若年の人にとって大切な人は若い友達が多いと思われます。重症化リスクは高くないのでこのメッセージは効かなさそうです。若年セグメントには利他的な表現として「あなたの接種が職場や学校の同僚の活動を守ります」というメッセージの方が効くのではないかと思われます。

国立がん研究センターが行ったがん受診勧奨の取り組みでは、セグメントを3つに分けてメッセージ内容を検討しています。「自分は絶対がんにならないと思っているセグメント」「検査でがんが見つかるのが怖いと思っているセグメント」「受診したいがやり方がわからないセグメント」——です。このようにセグメントの異質性を意識することは効果的な行動促進策を考案するために大切になります。

また、行動促進策を考案する際に、どういった人たちを対象にするかという大前提を検討チームで認識共有することも重要となります。行動経済学やナッジは、経済的インセンティブや法規制のように強力な手段ではありません。したがって、なかなか行動してくれない強固な岩盤層を対象にしても効果は小さいです。

逆に情報と機会を提供すればすぐに行動してくれそうな層は、既に行動を起こしている人が多いと考えられるため効果は限定的といえます。行動経済学やナッジが対象とすべきは、その中間層です。言葉を変えると、もう少し背中を押せば動いてくれそうな人たちとも言えます。これは当たり前のように思いますが、チームメンバーによってイメージしている層が違っていると行動促進策の検討がスムーズに進まなくなりますので前提の認識共有は大切です。

デフォルトを検討する

デフォルトとは相手に行動選択肢を1つ提示し、何もしなければ自動的に選択され、選択したくない場合は能動的に意思表示をしてもらう行動選択の提示方法です。デフォルト設定を変えることはとても強力な行動促進策になります。有名な事例ですが臓器提供の同意率はオプトアウト型(同意しない場合に意思表示)を採用しているフランス・オーストリア・ベルギーなどでは約99%ですが、オプトイン型(同意する場合に意思表示)を採用している日本・イギリス・ドイツでは10%台と大きな違いがあります。とても強力な効果を発揮するだけにデフォルト設定を変更する場合には丁寧にコンセンサスを形成しないと反発を招く恐れがあります。

スモールアクションを検討する

行動特性として「一貫性の原理」というものがあります。人は自分の過去の行動と一貫した(矛盾のない)行動をとりたいという習性です。

目的とする行動につながる小さい行為(スモールアクション)を自分の意志で行ってもらうことで行動が促されます。クリニックから患者へのインフルエンザ予防接種勧奨に関するスマホへのメッセージによるアメリカでの大規模社会実験※7では、接種予定の日時を入力するというスモールアクションを追加すると参加率が33%から37%に上昇しました。取りあえず日時を入力したという行為と矛盾しない行動をとりたくなる行動特性が作用しています。このように行動促進策を考案する際にはスモールアクションを組み込めないかどうかを検討してみるのも良いでしょう。

視覚的デザインで行動を誘引する

コロナ禍により商業店舗のレジ前に足跡マークをよく見るようになりました。足跡マークによって何の抵抗感もなく間隔をあけて整列するように行動が誘引されています。このようにデザインが持つ力によって行動を促す方法は松村先生が創設された「仕掛学」において研究が行われています。

たとえば、大阪駅の環状線ホームのエスカレータ混雑緩和のため階段利用を促す取り組みが、大阪大学の「シカケラボ」とJR西日本グループの共同実験※8として行われました。階段にアフター5に行くなら「福島派」と「天満派」のどちらかという表示を施し、階段をのぼると人感センサーで人数がカウントアップされる仕掛けです。総選挙というネーミングをつけ投票したいという遊び心をくすぐることで階段を利用する人が増えました。また映画ローマの休日で日本人にもなじみのある「真実の口」の模型を使って、病院エントランスでの手指消毒を促す仕掛け※9もコロナ禍以前でも大きな効果がありました。
図2 階段利用促進の仕掛け(大阪環状線総選挙)
階段利用促進の仕掛け(大阪環状線総選挙)
出所:第9回仕掛学研究会(2020)資料「『大阪環状線総選挙』〜駅のエスカレーター混雑緩和のための仕掛け〜」
図3 手指消毒の仕掛(真実の口)
手指消毒の仕掛(真実の口)
出所:第6回仕掛学研究会(2019)資料「真実の口を模した仕掛けによる病院来訪者の手指衛生行動への介入」
視覚的デザインを使った行動促進策を考案する場合、促したい行動課題によって規範意識に訴えるか遊び心に訴えるか、基本方針を定めます。規範意識に訴える場合には、被視感、社会的証明、社会的選考(利他性)などの行動特性から仕掛要素のアイデアを考案します。

被視感とは誰かから見られているという感覚です。ごみが投棄されやすい場所に鳥居のミニチュア模型を置くと投棄が減るのは、神様に見られているという被視感からでしょう。鏡で自分の姿が映ることでも被視感が高まります。

遊び心に訴える場合には、「親近性」と「新規性」の2つの要素を組み合わせる発想でアイデアを考案します。大阪環状線の仕掛けでは「投票」という親近性のある行為を階段をのぼることで行うという新規性により、多くの人が興味を持ち行動が誘引されています。真実の口による手指消毒も、親近性と新規性の効果がうまく組み合わされています。

経済的インセンティブの使い方

とにかく行動を始めてもらうために、まずは期間限定で経済的インセンティブを提供する方法も有効です。その際には経済的インセンティブをやめても行動を継続してもらうための別の仕掛けを、同時に用意することが重要になります。人には前述した一貫性の原理という行動特性があります。最初は経済的インセンティブという別の目的のために行動してもらったとしても、行動することによって自己イメージが更新されれば経済的インセンティブが終わっても行動を継続できます。

そのための仕掛けのポイントは、行動するたびに小さな自己効用感を体感してもらうことです。行動している最中や行動直後に爽快感や楽しい気分を感じる、自分の大切な人・尊敬している人からさりげなく褒められる、同じような行動をしている友人や仲間との連帯を感じる——。そういった仕掛けを工夫することです。

また、経済的インセンティブを提供する際にも、社会的選考(贈与交換効果)という行動特性の要素を加味することも大切です。同じ貨幣価値であっても、相手からの感謝やお礼の気持ちが含まれた渡され方をすると、貨幣価値以上の共感が生まれます。経済的インセンティブの単位を円やポイントではなく、贈与交換効果を感じる別の名称の単位を考案することも良いかもしれません。

行動促進設計論

以上、行動促進策を設計する際のヒントをいくつか紹介してきました。当社では大竹文雄特任教授・松村真宏教授にご協力をいただき行動促進策の実践的な設計方法の研究を進めています。行動特性といった知見情報だけでなくナッジや仕掛けの事例情報を参照しやすくすることにより、アイデア創造のインスピレーションを働かせて効果的な行動促進策を設計しやすくする試みです。山積する社会課題の解決にはマクロな社会制度改革が待ったなしですが、同時に社会課題の現場レベルでのミクロな行動促進策も必要です。今回の研究が少しでも社会課題解決に貢献できれば幸いです。

第2回以降では、3つの課題テーマの行動促進支援策に関する考察を連載コラム形式で紹介いたします。ご期待ください。
図4 行動促進設計論の概要
行動促進設計論の概要
出所:三菱総合研究所

※1:キャンサースキャン「『ベストナッジ賞』を受賞した東京都八王子市の大腸がん検診受診率向上事業」
https://www.cancerscan.jp/approach/case02/(閲覧日:2022年11月15日)

※2:Hallsworth, M., J. A. List, R. D. Metcalfe and I. Vlaev. "The behavioralist as tax collector: Using natural field experiments to enhance tax Compliance" NATIONAL BUREAU OF ECONOMIC RESEARCH, March 2014

※3:大平久美、中村絵美、杉本理恵、廣田昌彦「残業削減の取り組み : ユニフォーム2色制の効果」看護実践の科学 vol.42、 no.3、pp.24-32(2017年3月)。

※4:大阪大学感染症総合教育研究拠点 特任教授、大阪大学栄誉教授。
専門は労働経済学・行動経済学。格差問題の実態と原因を実証した著書『日本の不平等—格差社会の幻想と未来』で日本学士院賞、サントリー学芸賞、日経・経済図書文化賞などを受賞。著書に『競争と公平感』『競争社会の歩き方』『経済学は役にたちますか?』『医療現場の行動経済学』『行動経済学の使い方』など多数。

※5:大阪大学大学院経済学研究科 教授。
「仕掛学」を創始し、仕掛学の研究・実装・普及に従事。著書は『仕掛学』『人を動かす「仕掛け」』『しかけは世界を変える!!』『Shikake: The Japanese Art of Shaping Behavior Through Design』『松村式 子育て仕掛学』など。

※6:Sunstein CR. 2015. "Nudging smokers". N. Engl. J. Med. 372:2150–51

※7:Katherine L Milkman, et al. "A megastudy of text-based nudges encouraging patients to get vaccinated at an upcoming doctor’s appointment" Proc Natl Acad Sci U.S.A(PNAS), 2021 May 18

※8:武内 雅俊、松村 真宏「『大阪環状線総選挙』〜駅のエスカレーター混雑緩和のための仕掛け〜」第9回仕掛学研究会(2020)

※9:森井大一、 松村真宏「真実の口を模した仕掛けによる病院来訪者の手指衛生行動への介入」第6回仕掛学研究会 (2019)

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