コラム

3Xによる行動変容の未来2030テクノロジー

社会課題解決に向けた行動促進 第3回:ナッジ・行動経済学は何を実現するのか

実践的な設計が社会課題を解決に導く

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2023.4.21

先進技術センター川崎祐史

但野紅美子

3Xによる行動変容の未来2030

POINT

  • ナッジは自発的な「より良い行動」に導く取り組み。
  • 三菱総合研究所ではナッジの実践的な設計方法を構築。
  • DXの進展により高まるナッジの有効性。

世界では200組織がナッジに注力

多くの社会課題解決において、社会制度改革や企業の事業変革とともに人々の行動変容が重要な要素となっている。理不尽な行動統制の恐れがない民主的な日本では、生活者の目線で適切な行動を促す方策が必要な機会が多い。

最近マスメディアでも行動経済学やナッジが取り上げられる機会が増えている。人の行動特性を基にデザインしたアプローチをすることにより、個人や社会にとってより良い行動を自発的に選択してもらう人を増やそうという取り組みがナッジである。世界では、この取り組みを進めるナッジユニットという組織が200以上存在する。日本では2017年4月、環境省に日本版ナッジユニット(BEST)が設置され、地方自治体でも神奈川県横浜市、兵庫県尼崎市、茨城県つくば市、宮城県など各地でナッジの取り組みが広がっている。

もちろんこういった行動経済学やナッジの取り組みでは、行動する人の割合を30%から60%へと大幅に向上させるような大々的な効果は期待できない。しかし、うまくデザインをすることにより数ポイント程度の向上は期待できる可能性がある。

三菱総合研究所では、行動経済学の第一人者である大阪大学・大学院の大竹文雄教授ならびに視覚的デザインを使って行動を誘引する仕掛学を創設した同大学の松村真宏教授に協力をいただき、国内外のナッジ・仕掛け事例情報約300件を収集し行動変容を促す介入策の設計方法の研究を実施した。

行動しない原因(ボトルネック)の分析

図1に示すように、私たちは人が行動しない原因(ボトルネック)を「1)行動の必要性を感じない」「2)行動の必要性は感じているが行動できない」「3)行動を継続できない」の——3つに大きく分類した。さらに細かく12の行動障害カテゴリーに整理し、各カテゴリーにどのような行動特性が作用している可能性があるかを検討した。行動特性に基づいて対象者の生活環境や心理を深く洞察することは、行動促進策をデザインする上で重要なプロセスとなる。
図1 行動しない原因(ボトルネック)の分析
行動しない原因(ボトルネック)の分析
出所:三菱総合研究所

行動促進策を設計する

行動促進策のアイデア出しは図2に示すように2つの着想に沿ってアプローチする。1つは、ボトルネックとして作用している行動特性をいかに弱めるかという着想、もう1つは、逆に行動特性を利用していかに行動を促すかといった着想である。

施策当事者は該当する行動課題について背景も含めて情報を熟知しているため、ともすると、「この情報は誰でも理解してもらえる」「この行動の社会的意義は誰でも共感してもらえる」と思い込みがちである。自分たちは行動対象者のことをわかっていないという謙虚な気持ちで設計に向き合うことが大切となる。
図2 行動促進介入策のアイデア創発
行動促進介入策のアイデア創発
出所:三菱総合研究所

DX時代のナッジ設計

DX時代の行動促進策の進化

これから訪れる超高度情報化時代には、人の行動を把握しやすくなることを考えると、すべての人に一律にメッセージを伝えるよりも、セグメントに応じてメッセージを変えることで従来よりも高い行動改善率を期待できるようになる。またナッジの社会実験では、介入策によってどれほどの人が行動したかを計測する効果評価に手間と費用がかかるが、デジタル技術はこれを抑制することができる。どのメッセージが効いたのかについて、「ランダム化比較試験」などの手法により定量的に評価して科学的に行動促進策を改善するPDCAを回すことでさらに効果を高められる。

新たな取り組みにチャレンジする組織に期待

もちろん対象とする行動課題によって難易度は異なり、一概にナッジが有効であると言うのは乱暴である。しかし、しっかりとした設計を行えばチャレンジする価値がある行動課題は多いのではないだろうか。組織において新しい試みにチャレンジしようとすると抵抗が付きまとう。ナッジ批判をチャレンジしたくない理由として挙げる人もいるだろう。倫理面はしっかりとチェックする体制をとりながら、まずはチャレンジしてみる、そういった組織風土を作ろうとするメンバーや組織トップのリーダーシップが重要である。

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