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サステナブル・サプライチェーンの潮流 第1回:海外における人権デューデリジェンス義務化の流れ

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2023.1.19

海外事業本部越智麻美子

POINT

  • 欧米主導で人権デューデリジェンスの義務化が進んでいる。
  • 多くの日本企業が進出する東南アジアでも人権課題に目を向ける兆しが出ている。
  • 中でもタイが「ビジネスと人権」の分野でリーダーシップを発揮しており、他の主要国も計画策定に着手し始めている。
本シリーズでは3回にわたりサステナブル・サプライチェーンの潮流と日本企業のとるべき方策を考察する。第1回となる本コラムでは、主に欧米主導で進むデューデリジェンス義務化の流れと、日本企業が多数進出する東南アジアにおける動向を整理する。第2回は日本政府の動向とグローバル企業事例を考察し、第3回はマルチステークホルダーの取り組みや、サプライヤーマネジメントの方法について提案を予定している。

サステナブル・サプライチェーンのグローバルトレンド

原料調達・製造・物流・販売・廃棄といった、サプライチェーン上の一連の流れにおいて環境・社会・ガバナンスへの配慮を求める動きが世界的に広まっている。いわゆる「サステナブル・サプライチェーン」の構築の潮流である。特に近年、急速に進む環境・人権デューデリジェンス(事業活動における人権や環境への悪影響を予防・是正する継続的な取り組み)の義務化には戸惑う企業も多いとみられるが、大きな時代の変化と捉え、適切な優先度をもって対処することが肝要だ。サステナブル・サプライチェーンの構築と情報開示を強化することは、企業の価値向上の機会にもなろう。

サステナブル・サプライチェーン推進の背景

サステナブル・サプライチェーン構築を促す規範構築の動きは、企業の生産活動のグローバル化が進んだ1990年代後半頃から本格化した。企業の本拠地や消費地から離れた原産国で環境破壊や人権侵害が顕在化し、NGOや市民団体が大規模な抗議キャンペーンを展開したことが企業の社会的責任(CSR)を問う動きを加速させた。

このようなグローバルに広がるサプライチェーンの中でまず国際機関による枠組みや基準づくりが進んだのは環境破壊防止と気候変動対策の分野であったが、近年は人権に関する規範の構築が進展している。1990年代後半から2000年にかけては人権・労働分野の代表的な国際行動規範である国際労働機関(ILO)の「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」※1(1998年)や、人権・労働・環境・腐敗防止に関する10原則の実践を求める「国連グローバル・コンパクト」※2(2000年)など、今日も重要な役割を果たす規範や指針が相次いで発表された。

さらに人権分野の取り組みを大きく前進させたのは、国連人権理事会で合意された「ビジネスと人権に関する指導原則」※3(2011年)(以下「UNGP」)である。UNGPが実施を求める人権デューデリジェンスの考えは、国際標準化機構(ISO)のCSR国際基準である「ISO26000」※4や経済協力開発機構(OECD)の「多国籍企業行動指針」※5の2011年改訂にも反映された。OECDは後に、より広い課題である「RBC(責任ある企業行動)課題」※6のデューデリジェンスをカバーする「責任ある企業行動のためのOECDデューデリジェンス・ガイダンス」※7(2018年)を発表している。近年、各国で義務化が進む「デューデリジェンス」の内容は、UNGPやOECDのガイダンスが参考になっている。

人権デューデリジェンス義務化の潮流

しかし、国際機関により自主的な取り組みを促すさまざまなソフトローが策定される中でも企業による人権侵害や環境破壊はやまず、欧米諸国の間では義務化へ踏み切る動きが強まった。

先駆けとなったのは、2015年のイギリスの現代奴隷法※8である。同法はイギリスで事業活動を行う一定規模以上の企業にサプライチェーン上の人権リスクの確認と、情報開示を義務付けた。2017年にはフランスで企業注意義務法※9が制定された。この法律はフランスに所在する一定規模以上の企業に対し、人権侵害と環境破壊に関する「注意義務計画」の策定と実施、報告を義務付けている。ドイツでも2021年にサプライチェーン法※10が採択され、一定規模以上の企業に人権および環境デューデリジェンスの実施と情報開示を義務付けた。他にオランダ※11とノルウェー※12でも関連する法律が可決されている。

欧州のみならずアメリカも取り締まりの厳格化に動いている。アメリカには外国で強制労働により採掘・製造された産品の輸入を禁止する1930年関税法が存在したが、2016年に同法の適用を広げる法改正がなされ、米税関・国境保護局(CBP)による執行も強化された。ユニクロを展開するファーストリテイリングが2021年1月に、強制労働に関与していない十分な証拠がないとの理由から、輸入差し止めを受けたこと※13は記憶に新しい。本件により、サプライチェーン上のサステナビリティの取り組みをエビデンスとして提示しうる体制構築の重要性が示された。2021年末にはアメリカはさらに取り組みを強化し、新疆ウイグル自治区が関与する製品の輸入を原則禁止する「ウイグル強制労働防止法」※14を可決した。

直近では、2022年2月に公表されたEUの「企業持続可能性デューデリジェンス指令案」(CSDD案)※15に関する動きに注意が必要である。本指令案は欧州域内の事業者だけではなく、一定の条件を満たすEU域外の事業者にも適用されるため、成立すれば日本企業も影響を受ける。適用対象に該当しない企業も、取引先からその内容を踏まえた契約の締結などを求められる可能性があるため注意を要する。本指令案については2022年11月30日に欧州理事会の暫定合意が発表された。この暫定合意では上流・下流の「事業関係者(Business Partner)」※16の活動を含む「事業活動の連鎖(Chain of Activities)」における人権と環境のデューデリジェンス実施を企業に義務付けることが示された。また、企業に広い範囲の対応を求める一方で、より深刻なリスクに焦点を置くリスクベース・アプローチを採用すべきことも強調された※17。今後欧州議会での本格的な議論が進められ、最終合意は2023年5月ごろになることが予想されている※18
図 サステナブル・サプライチェーン構築を促す基準や法律の整備
サステナブル・サプライチェーン構築を促す基準や法律の整備
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出所:各種資料を基に三菱総合研究所作成

東南アジアにおける状況

このように人権デューデリジェンスに関する法整備は欧米主導で加速しているが、他地域ではどのような動きがあるのか。ここでは特に日本企業が多く進出する東南アジアに注目する。

2022年9月にILOが発表した「現代奴隷制の世界推計」※19によれば、アジア太平洋は強制労働に従事させられている人数が世界で最も多い地域である。アジアは広く多様なため状況は国により大きく異なるが、欧米に比して法整備は後れている。東南アジアも同様で、サプライチェーンに人権侵害が潜むリスクは大きい。

一方、東南アジアにもサステナブル・サプライチェーン構築の潮流は徐々に及んでいる。特にビジネスと人権の取り組み推進では、タイが地域をリードしている。タイは2019年に東南アジアで初めて「ビジネスと人権に関する国別行動計画」(NAP)※20を発表した。NAPはビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)へのコミットメントを表明するために採択が推奨される政策文書であり、国レベルでの取り組みの第一歩とされる。さらに2021年にはタイ証券取引所が国際NGOなどと共同で、人権デューデリジェンスに関するガイドラインを発表した※21。パフォーマンス・チェック用ツールも併せて公表し※22、企業がサステナブル・サプライチェーンの構築に取り組みやすい環境を整えている。

欧州の貿易規制には反発の姿勢を示しているマレーシアやインドネシアでもNAP策定に向けた動きが進んでいる。両国には環境・人権リスクが高いパーム油や木材を輸出する大手企業が多く、市場での地位を維持するためにこれら企業が先行的にサステナブル・サプライチェーンの構築に取り組んでいる。また近年、急速な成長を遂げるベトナムも国連開発計画(UNDP)の技術支援の下でNAP策定に取り組んでいる※23
表 東南アジア6カ国の「ビジネスと人権に関する国別行動計画」(NAP)策定状況※20
東南アジア6カ国の「ビジネスと人権に関する国別行動計画」(NAP)策定状況※20
出所:各種資料を基に三菱総合研究所作成
今後、各国においてビジネスにおける人権の重要性の認識が広がれば、東南アジアの企業が国際市場での価値向上と差別化のため、取り組みを強化する可能性は十分ある。東南アジア企業の間で取り組みが進むことは、現地での取引が多い日本企業にとっては安心材料となる。一方で、ダイナミックに変化するグローバル市場で競争力を維持していくためには、日本企業も先んじてサステナブル・サプライチェーン構築の取り組みを強化していく必要がある。

第2回コラムでは、サステナブル・サプライチェーンを後押しする日本政府の動向と、サステナブル・サプライチェーンへの取り組みを競争力強化につなげる企業事例を考察する。

※1:国際労働機関(ILO)「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」 
https://www.ilo.org/tokyo/about-ilo/WCMS_246572/lang--ja/index.htm(閲覧日:2022年11月7日)

※2:グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン「国連グローバル・コンパクトの10原則」 
https://www.ungcjn.org/gcnj/principles.html(閲覧日:2022年11月7日)

※3:国際連合広報センター「ビジネスと人権に関する指導原則」
https://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/(閲覧日:2022年11月7日)

※4:日本規格協会「ISO26000(社会的責任)」
https://webdesk.jsa.or.jp/common/W10K0500/index/dev/iso_sr(閲覧日:2022年11月7日)

※5:外務省「OECD多国籍企業行動指針」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/csr/pdfs/takoku_ho.pdf(閲覧日:2022年11月7日)

※6:OECDデューデリジェンス・ガイダンスは、幅広いRBC課題(人権、環境、贈賄および汚職、情報開示ならびに消費者利益)についてのデューデリジェンスプロセス構築について解説する。
https://mneguidelines.oecd.org/OECD-Due-Diligence-Guidance-for-RBC-Japanese.pdf(閲覧日:2022年11月7日)

※7:OECD「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」 
https://mneguidelines.oecd.org/OECD-Due-Diligence-Guidance-for-RBC-Japanese.pdf(閲覧日:2022年11月7日)

※8:日本貿易振興機構「英国 2015年現代奴隷法(参考和訳、改訂版)」 
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/aa1e8728dcd42836/20210026.pdf(閲覧日:2022年11月7日)

※9:日本貿易振興機構「フランス共和国 親会社及び経営を統括する企業の監視義務に関する 2017年3月27日付け法律 2017-399 号(1)」
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/9cb61dd611a50c96/20210028.pdf(閲覧日:2022年11月7日)

※10:Federal Ministry of Labour and Social Affairs, "Act on Corporate Due Diligence in Supply Chains", 18 August 2021
https://www.bmas.de/EN/Services/Press/recent-publications/2021/act-on-corporate-due-diligence-in-supply-chains.html(閲覧日:2022年11月7日)

※11:オランダでは2019年に児童労働注意義務法が制定された(未施行)。
https://zoek.officielebekendmakingen.nl/stb-2019-401.html(閲覧日:2022年11月15日)

※12:LOVDATA, “Act relating to enterprises' transparency and work on fundamental human rights and decent working conditions (Transparency Act)
https://lovdata.no/dokument/NLE/lov/2021-06-18-99(閲覧日:2022年12月8日)

※13:Bloomberg「ファーストリテイリングの綿シャツ輸入差し止め解除要請、米税関が拒否」(2021年5月19日)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-05-19/QTC4PET1UM1201(閲覧日:2022年11月7日)

※14:US Customs and Border Protection, ”Uyghur Forced Labor Prevention Act
https://www.cbp.gov/trade/forced-labor/UFLPA(閲覧日:2022年11月7日)

※15:EUR-Lex “Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on Corporate Sustainability Due Diligence and amending Directive (EU) 2019/1937
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A52022PC0071(閲覧日:2022年11月7日)

※16:2022年2月の草案で使用されていた「確立された事業関係」(Established business partner)の用語は暫定合意では削除され、「ビジネス・パートナー」(Business Partner)に修正された(Article 3(e))。「ビジネス・パートナー」には、当事者となる企業と直接の契約関係にある事業者(direct business partners)および直接の契約関係はないがその事業・製品・サービスに関連する事業を営む間接的な事業者(indirect business partners)の両方を含む。
https://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-15024-2022-REV-1/en/pdf(閲覧日:2022年12月8日)

※17:効率的なリソース配分を行うためのリスクベース・アプローチによる優先順位付けの重要性を強調するため、Article 6aが新設された。
https://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-15024-2022-REV-1/en/pdf(閲覧日:2022年12月8日)

※18:Latham & Watkins LLP, “European Council Adopts Negotiating Position on Corporate Sustainability Due Diligence Directive”, 2 December 2022
https://www.globalelr.com/2022/12/european-council-adopts-negotiating-position-on-corporate-sustainability-due-diligence-directive/(閲覧日:2022年12月8日)

※19:International Labour Organization (ILO), “Global Estimates of Modern Slavery: Forced Labour and Forced Marriage” September 2022
https://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/---ed_norm/---ipec/documents/publication/wcms_854733.pdf(閲覧日:2022年11月7日)

※20:National Action Plans on Business and Human Rights
https://globalnaps.org/(閲覧日:2022年11月7日)

※21:Walk Free, “GUIDANCE ON MODERN SLAVERY RISKS FOR THAI BUSINESSES
https://www.walkfree.org/resources/guidance-on-modern-slavery-risks-for-thai-businesses/(閲覧日:2022年11月7日)

※22:Walk Free, Modern Slavery Benchmarking Tool
https://www.walkfree.org/resources/modern-slavery-benchmarking-tool/(閲覧日:2022年11月7日)

※23:UNDP, “Viet Nam takes next steps in developing NAP on Responsible Business” 22 April 2022
https://www.undp.org/news/viet-nam-takes-next-steps-developing-nap-responsible-business(閲覧日:2022年11月7日)

※24:UNDP, “Regional governments in Indonesia lend support for human rights in businesses” 11 October 2021
https://www.undp.org/indonesia/news/regional-governments-indonesia-lend-support-human-rights-businesses(閲覧日:2022年11月7日)

※25:UNDP, “Five lessons emerging from Malaysia's first National Conference on Business and Human Rights 2021” 30 September 2021
https://www.undp.org/malaysia/blog/five-lessons-emerging-malaysias-first-national-conference-business-and-human-rights-2021(閲覧日:2022年11月7日)

※26:UNDP, “Viet Nam takes next steps in developing NAP on Responsible Business” 22 April 2022
https://www.undp.org/news/viet-nam-takes-next-steps-developing-nap-responsible-business(閲覧日:2022年11月7日)

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