コラム

MRIトレンドレビュー海外戦略・事業サステナビリティ

サステナブル・サプライチェーンの潮流 第2回:人権対応を企業価値向上へ:タイ・ユニオンの事例

タグから探す

2023.1.24

海外事業本部越智麻美子

POINT

  • 経済産業省が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を2022年9月に発表し、日本でも人権リスクへの対応を促す動きが加速している。
  • グローバル企業はサステナブル・サプライチェーン構築を進めた企業に社会的価値が加わることに目を向けている。
  • 人権の取り組みにも社内外ステークホルダーとの連携推進や情報発信による競争力強化の機会につなげる視点が必要。
本コラムでは全3回にわたりサステナブル・サプライチェーンの潮流と日本企業のとるべき方策を考察する。1回目に続き、第2回の本コラムは日本政府の動きとグローバル企業事例を紹介する。また次の第3回ではマルチステークホルダーの取り組みや、サプライヤーマネジメントの方法を提案する。

日本におけるサステナブル・サプライチェーン推進の動向

日本では2022年9月に経済産業省が、「国連ビジネスと人権に関する指導原則」※1(UNGP)や「責任ある企業行動のためのOECDデューデリジェンス・ガイダンス」※2を基礎とした「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」※3を発表した。

同ガイドラインは企業が人権尊重責任を果たすための自主的な取り組みとして、人権方針の策定、人権デューデリジェンス(事業活動における人権や環境への悪影響を予防・是正する継続的な取り組み)の実施、負の影響からの救済体制整備の3点を奨励している。適用対象には自社や国内のグループ会社だけでなく海外子会社も含めており、サプライヤーについても「直接の取引先に限らない」として、二次下請け先も含むことが示された。義務化は見送られたが、本ガイドライン発表によりサステナブル・サプライチェーンへの取り組みを企業に促す日本政府の明確な姿勢が打ち出されたといえる。

他方で個別の取り組みや体制整備には、高度なノウハウや専門性が求められる。このような状況に対応するため知見共有・支援の枠組みの整備も徐々に進んでいる。例えば、「責任ある外国人労働者受入れプラットフォーム(JP-MIRAI)」※4の活動が挙げられる。

JP-MIRAIは、2020年に民間企業、自治体、NPO、有識者、弁護士など多様なステークホルダーにより設立され、民間セクターと公的セクターが専門家と連携しながら運営を行っている。主に外国人労働者に関する人権問題の把握と支援を提供しており、外国人労働者への情報提供、外国人労働者との相談・救済パイロット事業などを展開している(図表1)。多言語での相談窓口対応や、独立性・中立性の高い紛争解決までの一貫したメカニズムの構築など、一企業での対応が難しい領域で協働し、企業の人権デューデリジェンスを支援する体制を提供する。
図表1 JP-MIRAI外国人労働者相談・救済パイロット事業の枠組み
JP-MIRAI外国人労働者相談・救済パイロット事業の枠組み
出所:JP-MIRAIのリリース「企業の協業による外国人労働者相談・救済パイロット事業がスタート」(2022年5月23日)
https://jp-mirai.org/wp-content/uploads/2022/05/%E3%80%900523%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%80%91JP-MIRAI%E3%83%91%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%88%E4%BA%8B%E6%A5%AD.pdf(閲覧日:2022年12月27日)

タイ企業が推進するサステナブル・サプライチェーン構築の取り組み

このように国内での支援体制は整備されつつあるが、サステナブル・サプライチェーン構築に求められる取り組みは幅広く、時間もコストもかかる。そのため、対応が後回しになる企業が多いのも事実だ。しかし、アジアにおいてもサステナブル・サプライチェーン構築への取り組みが企業の価値向上に繋がると捉え、本格的な活動を展開する企業も現れ始めている。

例えば、タイでは企業がサステナブル・サプライチェーンへの取り組みを積極的に推進している。欧米への輸出が多い※5ことから銀行、資本市場、保険セクターが企業にESGへの対応を促す取り組みを強化していることが背景にある※6

米格付け会社S&Pグローバルのサステナビリティ格付けで最高位のゴールドクラスを受賞したタイ企業の数は2021年には世界第1位の11社、2022年も米国に次ぐ第2位の8社あった。これは日本企業の受賞(2021年6社、2022年4社)を大きく上回る。両国の受賞企業のESGスコアの内訳と平均値を見てみると「環境」分野では日本企業のスコアが上回るが、人権の指標を含む「社会」とサプライチェーンマネジメントの指標を含む「ガバナンス」では、タイ企業がより高い評価を得ている(図表2)。
図表2 2022年のゴールドクラス受賞企業の日タイ比較
2022年のゴールドクラス受賞企業の日タイ比較
出所:S&Pグローバル「The Sustainability Yearbook 2022」を基に三菱総合研究所作成

サステナブル・サプライチェーンを企業価値へ─タイ・ユニオンの事例

タイ企業の取り組みとして、水産最大手のタイ・ユニオン・グループ(Thai Union Group PCL、以下「タイ・ユニオン」)の事例に注目する。タイ・ユニオンは、深刻な強制労働問題の危機を乗り越え、サステナブル・サプライチェーン構築に注力したことで企業価値を向上させた。

同社は、2015年に米国向け輸出用製品のサプライチェーン上で強制労働・児童労働が行われている可能性が高いこと※7が報じられてから2年以上にわたり、国際環境NGOのグリーンピースなどから厳しく非難された※8。2017年に、サプライチェーン上の人権保護と違法漁業・過剰漁業対策に取り組むことでグリーンピースと合意したが、その後も不十分な取り組みへの批判は続いた。そのような中でも、同社はNGOや国際機関などの外部ステークホルダーとの協議を継続し、2016年に策定した自社の包括的なグローバル・サステナビリティ戦略「SeaChange®」※9を土台にサステナビリティへの対応の強化に取り組んだ。具体的には、①安全で合法な労働、②責任ある調達、③責任ある運営、④人と地域、の4つの分野におけるマイルストーンを策定し、2018年以降その進捗の報告を徹底※10した。このような地道な活動が実を結び、2021年、2022年と連続でS&Pグローバルによるサステナビリティ評価の食品業界部門でゴールドクラスを受賞した※11

タイ・ユニオンは SeaChange® 戦略全体を通じて、パートナーとの協働によるマルチステークホルダー・アプローチと、透明性を重視した積極的な開示を重視している。これら2つの観点から、同社の人権分野の取り組みを詳しく見ていく。

1. マルチステークホルダーのアプローチ

同社は個別テーマごとにNGOや国際機関、企業を含む多くのプレーヤーと連携している(図表3)。例えば、人権デューデリジェンスに必要なリスク情報の収集では、外国人移民労働者に関する専門性を有する同国NGOであるMigrant Worker Rights Networkの協力を得て対話形式の監査で問題を抽出した。また、苦情処理メカニズムを充実化するため、移民労働者向けホットラインを運営する国際NGOのIssara Instituteに加盟している。その他にも人権侵害予防のための優良労働慣行の浸透では国際労働機関(ILO)と、船舶上の人権配慮のベストプラクティス開発では食品大手ネスレや国際人権NGOのVeritéと組むなど、強みをもつさまざまなプレーヤーと協力している※12

これらの活動は人権デューデリジェンスのプロセスの一部であるが、専門性が高いステークホルダーとの協働は単に法令順守に結び付くだけではなく、オペレーションの質を高める効果をもたらしている。
図表3 人権分野におけるタイ・ユニオンの主な外部連携
人権分野におけるタイ・ユニオンの主な外部連携
出所:タイ・ユニオンのウェブサイトを基に三菱総合研究所作成

2. ステークホルダーに伝えることを重視した積極的な開示

タイ・ユニオンは自社の活動が単発的な社会貢献のアピールと捉えられないよう、戦略的意図が伝わるような情報発信に注力している。例えば方針やコミットメントを示すだけではなく、5年先を見据えた人権分野のマイルストーンを具体的に設定し、個別の活動の進捗状況を公表することで戦略との一貫性を示している。

作業途上の取り組みについても見通しや改善点と併せて現状を報告し、透明性を高めている。ステークホルダーに必要な情報を届けることにも注力し、人権デューデリジェンスに関してもアニュアルリポートやサステナビリティリポートとは別にリスクアセスメント・リポート※13や枠組み見直し報告※14を発信している。サステナビリティ情報のみを集約した特設ウェブサイト※9も開設し、情報を探しやすくしている。さらに、英語情報を充実させることでグローバルな評価機関や国際NGOの正確な理解を促している。
タイ・ユニオンが複数の外部ステークホルダーとの連携に注力して積極的な開示の姿勢を示していることは、企業価値を向上させる上で大いに参考となる。

マルチステークホルダーとのエンゲージメントは、人権だけではなく、あらゆるESG課題へのアプローチに必要不可欠である。今回のコラムでは喫緊の課題である人権に焦点をあてたが、企業には人権以外の課題にも広く目を配り、ステークホルダーと共にサプライチェーン構築に取り組むことが求められている。

一方で、企業のリソースは無限ではないため、あまたの課題に優先順位をつけ、効率的な取り組みを行うことが必須となる。第3回コラムでは、幅広いサプライチェーンのESG課題を整理した上で、企業に求められるサプライヤーマネジメントを効果的・効率的に実施する方策を提言する。

※1:国際連合広報センター「ビジネスと人権に関する指導原則」
https://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/(閲覧日:2022年11月7日)

※2:OECD「責任ある企業行動のためのOECDデューデリジェンス・ガイダンス」 
https://mneguidelines.oecd.org/OECD-Due-Diligence-Guidance-for-RBC-Japanese.pdf(閲覧日:2022年11月7日)

※3:経済産業省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(2022年9月)
https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003-a.pdf(閲覧日:2022年11月7日)

※4:責任ある外国人労働者受け入れプラットフォーム(JP-MIRAI)
https://jp-mirai.org/jp/(閲覧日:2022年11月18日)

※5:タイの輸出先上位5位までの順位:1位米国(15.4%)、2位中国(13.7%)、3位日本(9.2%)、4位EU加盟国(7.9%)、5位ベトナム(4.6%)European Commission, 2 August 2022
https://webgate.ec.europa.eu/isdb_results/factsheets/country/details_thailand_en.pdf(閲覧日:2022年12月4日)

※6:タイ銀行の三カ年計画(2020-2022)はESGの事業モデルへの組み込みを金融機関に促すことを目標に掲げている。また、タイ証券取引所(SET)およびタイ証券取引委員会(SEC)は上場企業のESG情報の提供と開示の促進を働き掛けており、タイの保険セクター監督を担うタイ保険委員会も、保険開発計画においてサステナビリティの視点を強化している。
THAILAND Newsletter “Thailand - ESG Revolution: Are You Prepared?” Chandler MHM, 7 October 2021
https://www.chandlermhm.com/content/files/pdf/Newsletter/2021/CMHM%20Newsletter%20-%20Thailand%20-%20ESG%20Revolution%20Are%20You%20Prepared%207%20October%202021.pdf(閲覧日:2022年12月4日)

※7:この問題を報じた米AP通信の記事(2015年3月15日)
https://apnews.com/article/b9e0fc7155014ba78e07f1a022d90389(閲覧日:2022年11月15日)

※8:グリーンピースによるリリース(2015年12月14日)
https://www.greenpeace.org/usa/news/thai-union-seafood-connected-to-forced-and-child-labor-deplorable-working-conditions/(閲覧日:2022年11月15日)

※9:SeaChange®
https://seachangesustainability.org/(閲覧日:2022年11月15日)

※10:Thai Union Sustainability Report 2018
https://www.thaiunion.com/files/download/sustainability/20190502-tu-sustainability-report-2018-en.pdf(閲覧日:2022年12月15日)

※11:S&Pグローバル「Sustainability Yearbook 2021」
https://www.spglobal.com/esg/csa/yearbook/files/spglobal_sustainability-yearbook-2021.pdf
S&Pグローバル「Sustainability Yearbook 2022」
https://www.spglobal.com/esg/csa/yearbook/2022/downloads/spglobal_sustainability_yearbook_2022.pdf(閲覧日:2022年11月15日)

※12:ネスレのプレスリリース「Nestlé and Thai Union inaugurate demonstration boat to promote human and labour rights in fishing industry」(2018年2月28日)
https://www.nestle.com/sites/default/files/asset-library/documents/media/news-feed/nestle-demo-boat-news-release-28feb2018.pdf(閲覧日:2022年11月15日)

※13:タイ・ユニオン Human Rights Risk Assessment Report 2022 
https://www.thaiunion.com/files/download/sustainability/thai-union-human-rights-risk-assessment-2022-en.pdf(閲覧日:2022年11月18日)

※14:タイ・ユニオン Human Rights Due Diligence Framework 2021
https://www.thaiunion.com/files/download/sustainability/policy/20210601-human-rights-due-diligence-framework.pdf(閲覧日:2022年11月18日)

関連するサービス・ソリューション

連載一覧

関連するナレッジ・コラム